第2話 事件のこと
事件の概要です。
第2話 事件のこと
黒山が千陽子に、氷神の殺人事件について概要を語り始めた。
殺された男の名前は氷神進28歳、元暴走族グループ『ヨイヤミ』のリーダーで、現在は真面目になり、大阪市内の鉄工所で働いている。
家族は妻の明菜25歳と三才になる男の子が一人いる。
事件は、一週間前に発生していた。
氷神は府内の山の中で死体で発見された。
車の中で発見され、車内には燃え尽きた煉炭が入った七輪があった。
状況的に見て、氷神は自分の車の中で煉炭自殺を謀ったものと思われた。
解剖の結果も死因は一酸化炭素中毒による死亡と判断された。
死因が一酸化炭素中毒死と特定された理由としては、それらの死体の体表皮に見られる特有の鮮紅色があったことや、煉炭自殺等で死亡している者ならば車を使っていることが多く、発見されるのは車内がほとんどであったからだ。
また、死亡の推定時刻は、発見時の検死で死後十時間以上は経過していると判明した。
当然、そんな死体である、本来ならば自殺として処理されるはずだったが、殺人、死体遺棄事件として管内の警察署に事件の帳場が作られた。
帳場とは現場の捜査本部のことで、刑事達は普通に『ちょうば』と呼んでいる。
帳場が出来たきっかけはこうだ。
発見された時、氷神は運転席に乗車した状態で発見されたが、助手席に氷神の尿の痕跡が残っていた。
人間は死亡すると体内に残存する尿や便の体外流出が見られることがある。
つまり、氷神は殺されたあと、一度助手席に移され、再び運転席に戻された形跡があった。
つまり、誰かが運転してそこまでやって来た可能性があること。
氷神は以前から、昔の対立グループの者ともめていた事実があること。
車内に、本人、家族以外の髪の毛が遺留されていたことなどから総合的に判断され、捜査本部が作られたのだ。
ただ、この辺りは人通りも少なく、聞き込みをしたが有力な情報はなかった。
黒山から以上のような話を聞かされた千陽子は、
「嫁はんの明菜は?怪しいんと違うんか?」
「まあ、当然、近親者からは、よう話は聞いとるやろうと思うけどな。」
「協力者がおるとか?」
「まあ、そんなとこやろな。そこは今、うちのモンが調べに行っとるわ。」
「そうでっか。」
まあ、素人の考える事は既に押さえているということか。
「まあ、氷神は真面目に働いているとは言ったが、どうも、DVが激しかったらしい。」
「DV?」
「ああ、いわゆる家庭内での配偶者暴力や。かなり激しくて、よく付近住民から警察へ通報があったようや。」
「そうなんですか。そしたら明菜には動機はありますな。」
「それに、アイツは警察にはつかまっていなかったが、仕事帰りに酒を飲んでは飲酒運転で帰ってきていたらしい。近所のもんがその時に結構、因縁をつけられたりしていたらしいわ。まあ、トラブルメーカーっちゅう訳やな。」
「目茶苦茶な奴やな、昔と変わらんやないか。」
「そうやな。まあ、お前はアイツらとは関わって無かったからな。」
「は、当たり前ですわ、あんなヘタレ、相手にする訳ないわ!」
「そやったな、昔からお前は男勝りで、売られた喧嘩は買うが、自分から売ることは無かったしな。」
「そんな、昔の事は言わんとって下さい、今は真面目に芸人やってるんやし、そんな噂立てられたら困りますわ。」
「ハハハハ、そら済まなんだな、また、事件のことで、おもろい話あったら、連絡してこいや。待っとるからな、ああ、それと、キタの飲み屋の黒服をあんまり可愛がったるなや。」
「えっ!あっ!ちょ、それは、クロさん勘弁してえや。」
黒山は背中を見せながら手を振って公園を出ていった。
千陽子は元レディースの暴走族『スターセブン』の総長をしていた。
幹部は自分を入れて七人なのでスターセブンとした。
下には100人近いメンバーがいたが、武闘派で走るよりもケンカをするのが多かった。
だが、黒山がいっていたように千陽子は自分からケンカを売ることは一切なく、売られたケンカを買うだけであった。
千陽子は常勝負け無しで超人的なパワーとメンバーを纏めるカリスマ性を持っていた。
ケンカで、よく補導された。
当時、大阪府警の少年課にいた黒山にはよく補導され、その度に説教された。
千陽子自身も、このまま大人になるのは駄目だと思い、気持ちを入れ直して真面目になった。
伝説のレディース『スターセブン』は解散し、以後は下の者達も再結成することはなかった。
「久しぶりに礼子にでも、連絡してみるか。」
と言いながら、千陽子は事務所に戻った。
事務所に戻ると社長とマサやんが、顔を真っ青にしていた。
「千陽子!お前を訪ねて、大阪府警の刑事さんが来てはったんやで、お前、何かやらかしたんか?」
と社長の梅田太郎が言う。
「ああ、クロさんでしょ、さっき、公園で会いましたわ。」
「何や、知り合いかいな、で、何の用事やて?」
「ああ、ワイが真面目に芸人してるか見に来たと言うてましたわ。」
「それだけか?」
「それだけですけど、何でっか、ワイが何か悪いことでもしたとか思ってるんですか?」
「あ、いや、そう言うことではないんやけど、やっぱりな、相手は何や言うても刑事やし、」
「アホらし、やっとれませんわ、刑事が事務所に来たくらいでビビってたらあきまへんで。」
と千陽子が息巻く。
「ま、ま、ま、そうやけどな、あ、そう言えばさっき、エージ君からネタが上がったって連絡があったわ。」
と千陽子のマネージャーのマサやんこと木村マサトシが千陽子に伝える。
「ホンマでっか?!わかりました、で、エージは?」
「後でこっち来るって。」
「チッ、後でって、あのアホ、チンタラしやがって、ネタできたらダッシュで来んかいな!」
「まあ、しょうがないわ、お母さんの月命日の墓参りらしいから。」
「あ、そうなんや、そらしょうがないわ」
千陽子は理由を聞いて怒りを鎮める。
「そしたら、ワイもちょっと人に会う用事があるから、夕方にまた事務所に顔出しまっさかいに、時間がかかるようでしたら、ネタのコピーでも机に置いといてくれって言うとって下さい。」
「あ、ああ、わかった。」
千陽子は礼子こと、一条礼子に電話した。
彼女は、スターセブンのナンバー2で、頭脳明晰で、千陽子の下で仲間をよくまとめていた。
千陽子の強さに憧れてチームに入っていた。
「ああ、礼子か?元気にしてるんか?」
「リーダー!、あっ、すみません千陽子さん、お電話ありがとうございます。」
何か元気が無いような沈んだ声だ。
「何や礼子、元気無いのお?」
「え、ええ、まあ、」
千陽子はこういう時に、勘が冴える。
「何かあったんか?」
「い、いえ、何も無いです。」
「アホ、ワイの仕事はしゃべりのプロやで、お前のしゃべり方ひとつで何かあった事くらい、わかるわ!」
それを聞いた一条礼子は慌てて応える。
やはり、この人には隠し事はでけへん……
「!……す、すみません、あ、あの、兄貴が…」
「何や兄貴て、隼人のことか?隼人がどないしてん?」
「あの、あの、人を殺したとかで警察に捕まってしもうたんです。」
「何やて?もしかして、それって氷神の件か?」
「どうしてそれを?」
「さっき、クロさんがワイのとこ来て、その件を話してきたわ。」
「クロさんが…、そうなんですか。」
「とりあえず礼子、お前、詳しく話聞くから、ちょっとこっち出てこい。他の奴等も呼ぶから。」
「わかりました。場所は?」
「そやな、礼子は堺やったな、ワイは今、梅田やから中をとって、天王寺の駅でエエやろ。」
「いや、梅田でいいです、今からそちらに直ぐに行きますから。」
「わかった、そしたらJRの大阪駅の改札前や!」
「わかりました。」
それから、千陽子は『スターセブン』の元幹部達を呼び出した。
ナンバー3の熊谷樹里亜とナンバー4の美山香は直ぐに来れると言ってきた。
後の三人は仕事で今は無理だといわれたが、ナンバー5の堂本静香は後で合流すると回答があった。
いずれも、千陽子に憧れてチームに入ってきた者達であり、余程の事が無い限りリーダーの集合合図は絶対だった。
時間がかかりそうなので、千陽子はとりあえず、事務所に連絡して、今日はこのまま仕事は上がると伝え、エージのネタは机に置いておくように伝言した。
夕方も4時を過ぎると暑さは和らぐと思ったが、大阪の夏は灼熱地獄だ。
地球温暖化か何かは知らないが、やたら暑い。
千陽子がJR大阪駅の改札前にやって来た。
既に樹里亜と香は駅に来ていた。
「お疲れ様っす。リーダー!」
樹里亜が挨拶する。
「樹里亜、やめてやそれ、千陽子でエエから。」
「す、すみません、つい。」
と樹里亜が頭を掻きながら謝る。
「お久しぶりです、千陽子さん。」
「おー久しぶりやな、香、元気にしとるか?」
「ええ、お陰さまで、何か礼子の兄ちゃんが捕まったとか?」
「ああ、まあ、その話は礼子が来てからワイも聞こうと思ってな、何かクロさんの話ではややこしい事になってるみたいや。」
「そうなんですか?」
この樹里亜と香はチーム『スターセブン』の元幹部達で、樹里亜はちょっとそそっかしくて、ケンカっぱやく、香は普段は大人しいが一度切れると千陽子でも抑えるのが大変な人物であった。
この二人は、どちらも喧嘩自慢で、これまでは一度も負けたことがなく、タイマンの喧嘩では負け無しと大阪で有名だった千陽子にケンカを挑んだが、一撃で伸されてしまい、それ以後は千陽子の人柄に惚れてチームに入ったという経緯があった。
しばらくして、改札から礼子が、出てきた。
礼子もそうだが、全員かなりの美人で、これだけの人数が集まると振り返る男共も、一人二人ではなかった。
「すみません、待たせてしまって。」
「別に、エエで、そんなに待ってないし。」
と千陽子が応える。
「あそこに行きますか?以前よく行ってたファミレス。」
樹里亜が提案する。
「ああ、あれな何て言うたかな?」
千陽子が思い出そうと顎を指でつまんで顔をしかめる。
「ゴスト梅田店」
香が答えた。
「それや!なんや今言おうと思てたのに。」
と千陽子が言うと香がニヤリと笑う。
ということで、四人はその店に向かった。
「せやけど、みんな見違えたな、樹里亜は今、何やってんねん?」
「私ですか?私はアパレル関係ですわ、あんまり景気はエエこと無いですけどね。」
と笑って答える。
「香は?」
「私はネイルサロンです。」
「へぇーそれって儲かるんか?」
「ぼちぼちですわ。はははは」
と香も笑って答えた。
まあ、そんなに儲かる仕事がそこら辺に転がっている訳ではない、みんなは千陽子に心配かけまいとしているのはわかっていた。
自分も芸人として売れなくて苦しい毎日だからこそ、弱音は吐けなかった。
「礼子は?」
「私は主婦なんで…」
と礼子が答えると香が、
「え、それって大丈夫なの?梅田まで来てるって旦那さんに言ってるの?」
「うん、千陽子さんに兄貴のこと相談するって言ったら、送り出してくれた。」
「かー!エエ旦那やな。」
と樹里亜が感心する。
「お、店、着いたで。」
駅から店までは少し離れているが、地下の店なので、地下の商店街を話しながらだと、時間が短く感じる。
4人が店に入る。
クーラーが効いていて涼しい。
ここへは、高校生の時によく利用した。
さすがに特攻服では来れないので、普段着で集まっていた。
「わー、懐かしい!何年ぶりやろ?」
「14~5年ぶりですかね。」
と礼子が言う。
当然だが、中の店員は昔とは違う。
しかし、昨今の店舗の入れ替わりの激しさは目まぐるしく、下手をしたらこの店も無くなっていたのかもしれない。
みんなは、席に着くとそれぞれの好みの飲み物を頼む。
いよいよ礼子の話を聞く事になる。
どんな話になるか、わからないが、黒山が裏があると言った事件だ、一筋縄ではいかないのだろう。
千陽子は出されたコップの水を一口飲んで、これから語られる話に集中した。
あらすじのコメントで結構あおってましたが、どうも普通の殺人事件の臭いがします。
人( ̄ω ̄;)すんませんな。