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第1話 宮離霧千陽子

みなさんが、待ちに待っていない、スピンオフ作品です。

よろしくお願いします。

第1話~宮離霧千陽子~

ミンミンゼミが狂い鳴き、太陽は容赦なく高熱の光を地面に浴びせていた、暑い夏のある日のことであった。

ここは、大阪市内のテナントビルの5階にある芸能プロダクション『梅田プロ』の事務所内。

小さな事務所なだけに、働いている人も少ないがクーラーだけは何とか細々と稼働していた。

事務所内にはデスクが5つほどで、そこには一人だけ座って、パソコン相手に何やら打ち込んでいた。

薄汚れた壁にはタレント等のスケジュールが記入されたホワイトボードが掛けられていたが、ほとんど何も記載がない状態だった。


「あっついなーー!おーい、マサやん、今度の舞台の仕事入ってんの?」

と事務所の真ん中にドカンと置かれた一人用のソファーに仰け反るように座っている女性がいた。

名前を宮離霧千陽子(くりむちよこ)といって、一応お笑い芸人である。

あまり売れていないのだが、態度だけは一流芸能人並みだ。

年は31歳で、独身、スタイルはバツグンで、顔もそこそこ美形だ。

グレーのTシャツにデニムのパンツ姿、長めの髪の毛を後で束ね、いわゆるポニーテールにしていた。

化粧っ気はなく、スッピンだ。

スッピンだが、本人はピン芸人ではなく、コンビを組んでいて、コンビ名は『クリム&カリスマ』という名で、異世界コントという絶対売れなさそうなジャンルに敢えて切り込んで行った無謀な芸人だった。

マサやんと呼ばれたのは千陽子のマネージャーで、本名は木村マサトシ、年は千陽子よりは上なのだが、千陽子の『女王様』的な態度に震え上がっていた。

「あ、いや、すまんな、千陽子ちゃん、まだ仕事入ってないねん。エージ君が新ネタまだ作れてないって言うから…この間のネタ覚えられたん?」


ドカッ!


マサやんの方に太いマンガ雑誌が飛んできた。

「アホー!そんなもん、一瞬で覚えられるわ!それより、はよ、エージのネジ巻けや!それに、はよ仕事を入れな、ワイ、干上がってまうで!」

「わかった、必ず入れとくから。怒らんとってや…」


千陽子は女のクセに口が非常に悪い。

仕事柄、キャラを作っているのかと思ったが、元からかなり悪いみたいで、この間も夜中に、マサやんが千陽子の後に付いてキタの飲み屋街を歩いていたら、街に立っている黒服の男達が全員、千陽子を見ると直立不動になり、

『お疲れ様です!』

と挨拶をしていた。

そして、千陽子はその中の一人の髪の毛を掴んで、耳元で、

『また、今度、お前の店に行くから、安うせえよ』

と悪魔の囁きのように言っていた。

言われた方の黒服君は、体をくの字に曲げて、

『はい、ありがとうございます!今度はタダで結構なので、店では、あの、暴れ…』

と言うと千陽子は、眉を寄せて、

『はぁん?』

と一言。

『いえ!何でもありません!お待ちしています!』

とその兄さんは千陽子の姿が見えなくなるまで頭を下げ続けていたというようなことがあった。


千陽子の相方は芸名をカリスマエージといって千陽子よりは少し若いが、将来は漫才作家希望であり、現在は漫才がどんなものかを知るために千陽子と舞台に上がっている。

彼の作るネタは『異世界ネタ』というもので、

自分の趣味である異世界物のライトノベルやゲームなどの世界をコントにしたもので、はっきり言って売れていない。


「エージの新ネタって大体、パターン一緒ちゃうんか?」

千陽子が突っ込む。

「いや、それは…」

マサやんもそれは言いにくいみたいで、歯切れが悪い。

「この間は何か田舎の勇者ネタで『ファイヤー』が『ハイヤー』に聞こえてタクシーとか馬がやって来るとか言う訳のわからんネタやったし、『コールド』とか言って凍りつくというネタなんか、おもろなさすぎて客まで凍りついとったし、あれは確かにワイまでネタが寒すぎて凍ってしもたわ。あはははは!」

と千陽子は笑いながらネタのダメ出しをしだした。

「ま、まあ、彼も若いんやし、まだまだ勉強が必要なんやて。」

「ちっ、マサやんはホンマにエージに甘いな。アイツその内に砂糖付けみたいに甘甘(あまあま)になるで、もっとおもろいネタ作らんかー!とか言って喝を入れたらんとアカンで。」

「ああ、わかった、今度言っとくわ。」

「ホンマやな、頼むで、こないだワイが怒ったら、アイツ、目に涙溜めて『そんな言わんでもエエやん』とか言ってジーッとこっち見てくるんやで、気持ち悪いわ、ホンマに『キモッ』や!」


とか千陽子が話していると外から誰かが帰ってくる足音がする。

すると、千陽子はスッと立ちあがり、事務所の出入口ドアの前に行く、そして、足音がドアの前辺りに来たときにサッとドアを開けた。

「おはようございます、社長!」

と元気よく挨拶をする。


『あの足音を聞き分けるんかいな…』

マサやんが千陽子の能力に舌を巻く。


社長の梅田太郎は年の頃は50代前半くらいで、大手芸能プロダクションのスカウトを長年やっていたが、最近になって独立し、大阪に事務所を構えた。

前の職場の社長の承諾もあり、何人か太郎に付いていく芸人がいたが、千陽子は太郎が頼み込んで付いてきてもらっていた。


千陽子は社長の梅田太郎の前では猫を被る。

自称で10枚は被っているとのことであった。

「社長~!今度また、食事に連れて行って下さいよ~。」

と超猫なで声で食事を強請(ねだ)る。

それを聞いた太郎が言い返す。

「アホ、お前に奢る金があったら、ドブに捨てた方がマシや、この間かて、寿司食べに行ったら、時価の大トロの握り50貫くらい食べよったやろ!回転寿司とちゃうんやからもっと考えて食べんかいな。」

「てへ。」

千陽子が頭に拳を乗せてコツンと軽く叩くようにして舌をペロッとだす。

「そんなんしたってかわいいことあらへん。」

太郎は千陽子の本性を見抜いていた。


「ところで千陽子、今度の関西コント大賞にエントリーしとるらしいな。」

「そうなんですわ、だから、新しいネタで勝負しようと思ってエージに頼んでいるんですけど、まだネタが出来上がってないみたいで、マサやんも、そのせいで舞台の仕事入れてくれへんので、練習も出来ないんですわ。」

と千陽子は言い訳をツラツラと立て並べる。


それを聞いて、太郎がフーッと息を吐く。

「まあ、それはしゃーないとして、千陽子、お前、あんまり夜に暴れたらアカンで、他の芸人に目え付けられたら、それをネタに蹴落とされるで。」

「わかってますぅ、最近は自重してますから。」

そう言いながらジロリとマサやんを見る。

マサやんは、『自分は何も言ってない』という風に目の前で手を振る。


「はーちょっと外で空気吸ってきます。」

そう言うと千陽子は事務所から出ていった。


「社長ぉ~千陽子の奴、最近、仕事無いからメチャクチャ荒れてますねん、何とかしないと。また問題起こしまっせ。」

「ああ、わかっとるわ、アイツの芸人としての才能はピカイチや、せやから、前の職場の社長に無理言うて引き抜かせてもろたんや、このまま埋もれさせたらそれは、わしらの責任や、早いとこエージと離さんとな。」

「やっぱり、そのほうがエエでっか?」

「そやな、エージはちと真面目過ぎる。千陽子に合うんはもっと、ボケに徹する(アホ)や、それでこそ千陽子のツッコミが生きる。」

「せやけど、社長、ウチの事務所にそんな器用な奴いまへんで。」

「そうやなんや、それがわしの悩みや。千陽子を手に入れたときは、この芸能プロダクションも、貧乏から脱出やと思うたんやが、千陽子のレベルが高過ぎて、組んだ芸人が次々と潰れてしまいよった。」

「恐ろしい話です。」

二人は千陽子が出て行った出入口のドアを見ながら立ち尽くしていた。

というのも、今までエージ以外の芸人が千陽子と組んだが、ボケのタイミングがマズイとかで千陽子に舞台から蹴り落とされたりするのはザラで、普通にボケたとしても、千陽子の必殺技『高速ツッコミ』で骨折や流血、失神は日常茶飯事となっていた。

そのため、相方となる芸人が嫌がってしまい、千陽子は孤立してしまったのだった。


事務所から外に出てきた千陽子は、自販機で、缶コーヒーを買って、近くの公園のベンチに座って飲んでいた。

「はーホンマおもろないわ。」

千陽子が空を見上げる。

自分が今の事務所で浮いているのはわかっている。

他の芸人は萎縮してしまい、ボケのタイミングを崩して、自分のタイミングに合わせられないことが続いた。

イライラして、相方の尻を蹴りあげたら、舞台の下へ落ちてしまうこともあった。

何とかマサやんが謝り倒して事なきを得たが、その芸人は別の芸能事務所へ変わっていった。

自分も相方の方へ歩み寄ろうとするが、それでは最高のパフォーマンスを客に見せられない。

それは千陽子のプライドが許さなかった。


「くそ!」

千陽子は硬いスチール製の空き缶を片手で握り潰すと公園内のゴミ箱に向かって投げた。

空き缶はゴミ箱の縁に当たって跳ね返り地面に落ちる。

「ちっ!」

千陽子は舌打ちをすると、横から声がする。

「そんなとこ捨てたらアカンがな。」

「はあ?」

千陽子が鬱陶しそうに声のする方へメンチを切る。

「おーおーそんな怖い顔しとったら、別嬪さんが台無しやで。」

と言ってきたのは50代後半くらいの白髪混じりのオッサンだった。

「あ、クロさん!お久しぶりっす!どうしたんすか?」

千陽子が立ち上がってニヤッと歯を見せる。

クロさんと呼ばれた男は、名前を黒山五郎と言って、現在は大阪府警の捜査一課の刑事をしている。

昔、千陽子が若い時にだいぶ世話になった人だ。

「お前を訪ねて事務所に行ったら、ここやって聞いてきたんでな。」

「アイツら、ホイホイと人の場所を言いやがって…」

千陽子が地面に落ちた空き缶を拾ってゴミ箱に入れる。

「まあ、そう言うたるなや、ワシも手帳を見せて聞いたからな。」

「そうですか、で、ワイに何の用でっか?」

氷神(ひかみ)が死んだぞ…」

黒山がそう言うと千陽子が目を大きく見開いて黒山を見る。

「何やて?クロさん、それは、ホンマでっか?」

「ああ、昔の対立組織の奴等にやられたんやろうという噂や。」

「クロさんはその捜査を?」

「いや、ワシはその捜査から外された。」

「えっ?なんで?」

「まあ、昔、お前らの面倒を、よう見たったからな、ワシがそいつらに情報を流すとか思っとるんやろなあ…」

「そんな…クロさんはそんな人やないって…」

「まあ、そう言われたら悪い気はせんな、はははは。」

黒山は力のない笑いを見せる。

「だがな、千陽子、この件には裏があるみたいや…」

「裏?」

「そうや、どうも、ワシの勘がそない言うんや。」

黒山の目が妖しく光る。

このオッサンは、これまでに色んな事件を解決してきているが、かなり切れる刑事と噂には聞いている。

「はあ、勘ですか?」

「あー、千陽子、お前、わしをバカにしとるやろ?」

「えっ?いや、それはないッスよ。ホント。でも、裏って何なんですか?」

「いや、そこら辺のところはまだわからん。ただ、死に方がちょっとな…」

「死に方?」

「ああ、初動の時は、ワシも現場に入っとったから知っとるんやけどな、これは捜査の秘密やから誰にも言うたらアカンで、お前が氷神と顔見知りやから事情聴取のために話したとでも思っとってくれ。」

「わかりました。」

まだ、黒山から話も聞いていないのに、千陽子の背中からは冷たい汗が流れていた。






『蔵光』と違って、次回の投稿までの期間は長くなりますが、根気よく続けていきます。

まあ、連載ですが、スピンオフですし、読み切りに近いので、気楽に読んでください。

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