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最期の片道切符

作者: 踊る大横綱

『それでは発車致します。乗車券指定の席にお座り下さい』


 ガララガタンと古臭い音を立てて出入り口のドアが閉まる。車窓から見える景色は真っ白。駅舎以外には何にも見えやしない。

 発車した列車の慣性力で体が揺れた。ああ、走り出してしまった。これから俺が行き着く先を思って気が滅入る。だけど、仕方ない。そういう決まりなのだから。


「お兄さん、もしかしてあんたもそうなのかい?」


 隣に座っていた腹の肥えたオッサンが声をかけてきた。見た感じはとても人好きのしそうないい人って面なのに、正に人は見かけに依らないってことなんだな。


「ええ、まあそうですね」


 誰かと話す、特に初対面の人間と喋ることが苦手だったので、ついぶっきらぼうに答えてしまう。それでもオッサンはまだ話し続けた。


「いやぁ、私もね、ついつい女の子が好きなもんだからさ」

「おじさん、名前は?」

「私はね、────という者さ」


 ああ、なるほどね。覚えのある名前だ。そういえば、大分と前にニュースでやってた。オッサンがここにいるのも納得だわ。

 俺とオッサンが話している内にも、列車は走り続け、一つ目の駅に着いた。


『シガン駅、シガン駅でございます。一両目にお乗りのお客様はお降り下さい』


 パッと車窓の外へと目を向ける。ものの数人しか乗っていなかったのか、降りた人間は俺がいる車両の人数に比べてとても少なかった。

 降車したやつらは皆、ポロポロと大粒の涙を流しながら駅舎へと歩んでいった。


「いやぁ、羨ましいなぁ。私もあちら側が良かったよ」


 オッサンに同意だ。今降りていったやつらは恐らく一生分の幸運を使い果たしても尚、不足するほどの豪運に恵まれた一握りの人間だ。

 俺だって降りたかったさ。だが、俺が乗る四両目の扉は固く閉ざされている。


『それでは発車致します』


 再び列車は動き出す。重々しい体躯がじわじわと加速を始める。段々、俺の目的地が近くなっていく。

 真っ白だった外の景色はいつの間にか、仄暗い闇が霞がかっていた。


「ここで降りる人も中々可哀想なもんだ」

「ええ、まあそうですね」


 確かにその通りかもしれない。ここは目的地というには余りにも何も無さすぎるのだから。

 徐々に列車が速度を落とし始め、そして止まった。


『ヘンゴク駅、ヘンゴク駅でございます。二両目にお乗りのお客様はお降り下さい』


 さっきの降車人数よりも更に増えている。降りてくる乗客達の顔は暗く沈んでいた。

 まあ、同情はしてやる。だが、まだマシな方さ。お前達は。


「私も贅沢は言わないから、ここで降ろして欲しいものだ」


 オッサンに同じ。俺達なんてもっと酷いトコに行くんだぜ。それに比べりゃお前達は幸運ってもんさ。


『それでは発車致します』


 ガララガタンと扉はまた閉まる。ゆっくりゆっくり列車は動き出す。

 車窓からは、降りたやつらの丸くなった大勢の背中がユラユラ歩を合わせていた。


「はぁ、私も次の駅で降りられるものだと思ったんだがね」


 何を言うか、このオッサンは。あんたが次で降りられる訳がないだろう。しかし、オッサンの方をチラリと横目で見てみれば、冗談を言っている風な顔ではなかった。本気でそう思っていたかのような雰囲気だ。

 オッサンは本物の狂人らしい。斯く言う俺も人のことは言えないのだろうが。

 車窓の景色はいつの間にか、闇を抜けて輝く白亜の世界に変わっていた。目を刺すほどの光が満ち満ちている。


「いいなぁ、いいなぁ」


 オッサンが独りぼやく。その顔はまるで羨ましがる幼児のようだった。気持ち悪い。

 しかしこの景色は目に毒だ。俺達が行き着く場所は既に決まっている。心が押し潰されそうになってしまう。


『テンゴク駅、テンゴク駅でございます。三両目にお乗りのお客様はお降り下さい』


 降りていく人々の顔はとても晴れやかだった。誰一人として俺達のような人間なんていない。ふと、俺が乗る四両目の乗客達を見回してみると、皆が一様に外を羨ましそうに、妬ましそうに眺めていた。まあ、こんなやつらだからこそ四両目なんだろうけどな。


『それでは発車致します』


 またまた列車が走り出す。車窓から見える降りた人々の群れは、ウキウキとした背中をこちらに見せ、過ぎ去っていった。


「はぁ、憂鬱だなぁ」


 俺も憂鬱だ。だが仕方ない。

 刻一刻と変化する車窓の景色は、いつの間にか透き通るほどの白い世界から、赤黒い闇に変わっていた。さっきの仄暗い闇とは比べ物にならないくらいの禍々しさ。どこからか、甲高い悲鳴が聞こえてくる。

 列車の速度が落ち始め、遂に止まった。

 俺の所業に相応しい場所。


『ジゴク駅、ジゴク駅でございます。四両目にお乗りのお客様はお降り下さい』

「あーあ、着いちゃったなぁ」


 今まで頑として開かなかった四両目の扉が、ガタガタと音を立てて開く。

 他の乗客は絶望をその顔に浮かべて降車し出す。重い足取りで。

 俺とオッサンはその最後尾に追随して降りた。


『それでは発車致します』


 誰も乗っていない列車はまたもや走り出した。

 この駅舎を包む鉄臭い臭いや赤黒い闇がひたすらに恐怖を煽る。

 しかし行くしかない。行かなければならないほどの罪悪を重ねてしまったのだから。


「あ、そういえばお兄さん、あんたは何でここに来たんだい?」

「ええ、家族を三人ほど……ちょっとね…………」

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