表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/7

5:勇者様は無礼者

 新たにフレイとお供の三人を加えて出発したロキ一行は、最寄り街の酒場で夕食をとっていた。

 魔王による聖女誘拐となれば大事件も大事件なのだが、フレイが結婚するという情報を上層部が誰も信じなかったため、あっさりと出発することができてしまったのである。


 まあ、それに関してはあまり触れないのが優しさというものだろう。

 

 ちなみにだが、客層も見た目も、明らかにお子様が出入りするような店ではないにもかかわらず、なぜかメニューにお子様ランチがあった。

 時間帯はディナーだけどランチなのである。

 

「わーい!」


 というわけで、ロキは初めてお子様ランチに大変ご機嫌だった。


『なんやコレ、旗が立っとるで』


 おむつ魔獣も興味津々だ。

 お子様ランチはお子様達の心を鷲掴みである。


 しかしそんな仲睦まじい光景のすぐ横では、アラサー(人族換算)同士での見苦しい争いが繰り広げられていた。


「ロキきゅんの正妻は私なんだからね?」


「あら、そうだったかしら? でもやっぱり年が近い方が相性がいいと思うの。色んな意味で」


「なんですってぇ~?」


「文句あんのかいおらぁ!」


 激しく額をぶつけ合っているのは、もちろんエルフの女王シギュンと聖女フレイである。

 二人とも既にかなり酒が入っているらしく、不良丸出しの口調で火花を散らしていた。


 酔っ払いはお子様の教育に良くないということで、双方のお供達が協力して人の壁となり、ロキ達に見えないように視界を遮っている有様だ。

 と、その時――。


「おい、うるせぇぞババア」


 ……一瞬にして時が止まった。


 聖女と女王の体が向き合ったままで固まり、その視線だけが声のした方向をギロリと睨みつけた。


「ねえフレイ、今何か聞こえなかった?」


「そうね。でもなんて言ったかわからなかったわ」


「うるせぇババアって言ったんだよ」


 声の主は近くの席にいた軽薄そうな青年だった。

 両脇に似たような種類の軽そうな若いお姉ちゃん達を侍らせていて、それ以外にも仲間と思われる男女達が周囲を囲んでいる。


 年齢はどう高く見積もっても、人族換算で二十代前半といったところか。

 おそらく大半はまだ十代だろう。


「ちょっと、本当のこと言ったら可哀想じゃん。おばさんなりに若作り頑張ってんのにさ」


「きゃはは! アンタの方がひどいって!」


 若いお姉ちゃん達が一斉に笑いだした。

 完全にフレイ達を馬鹿にしている。


(こんの小娘共ぉ……)


(若いと思って調子に乗りやがってぇ……)


 シギュンとフレイの敵意は瞬時に彼らへと矛先を変えた。

 二人の額には既に太い血管が浮き出ている。


 彼女のお供達は一様に『アカン……』という表情だ。


「これなんだ? プルプルしてるぞ」


『なんやろな? でもうまそうや』


 そんな状況でもロキ達はお子様ランチに夢中である。

 騒ぎもそっちのけで初めて見るプリンをスプーンでツンツンと突いていた。


 ……お子様ランチ恐るべし。


 ちなみにアーリマンはその横でお茶を飲んで一服中である。

 久々のようかんを食べる手がプルプル震えているが、これはいつも通り。


 おじいちゃんはプルプルしているものなのである。


 というわけで殺る気満々なのはフレイとシギュンだけだ。

 と、その時。騒ぎに気がついた店長が近づいてきて、そっとフレイに耳打ちした。


「あの……。お客様、こちらは勇者様御一行様でございますので、あまり荒立てない方がよろしいかと……」


「勇者? へえ、なるほど。あなたが最近指名された……。確かデリングだったかしら?」


 フレイはそう言えば最近、勇者を指名する天の声があったことを思い出した。

 それが自分の結婚相手なのかと聞いたら例によって返答がなかったので、すっかり忘れていたのである。


 結婚相手ではないということは、つまりどうでもいい奴ということなのだ。


「ババアもそれぐらいは知ってたか。ほら、わかったらさっさと消えな。俺達とは住む世界が違うんだからよ」


 ロキ達は身分を明かしていない。

 つまりこの勇者達は相手が魔王様御一行で、しかも聖女とエルフの女王までいると知らなかった。


「ねえねえ、なんかちっちゃい子がいるよー?」


 デリングの仲間の少女達がロキに気がついた。


「やーん、この子かわいいー!」


「なにこの魔獣! おむつ履いてるー!」


 店の中にいるお子様はロキ達だけである。

 というわけで少女達はロキとおむつ魔獣に駆け寄ると、抱っこしたり頭を撫でたりし始めた。


(こんの小娘どもぉぉぉぉっ! 私のロキきゅんに馴れ馴れしく触りやがってぇぇぇぇっ!)


 エルフの女王シギュン様は激おこである。

 激おこプンプン丸である。


「へっ! ガキもババアは嫌だってよ」


 勇者達はドッと笑いだした。


「ふん、どうやら新しい勇者様には教育が必要なようね」


 フレイは豪快に拳の骨を鳴らした。

 しかしシギュンはまだ震えたまま動かない。


「なんだ? 魔法の使い方でも教えようってのか?」


 勇者デリングはフレイの格好を見て、彼女が魔法を使うと思ったらしい。


「言っとくけど俺は魔法学校を主席で出てるん――」


「おらぁ!」


 ……それは一瞬の出来事だった。

 次の瞬間、まるで最初からそこにいたかのような速度で距離を詰めた聖女が、勇者に怒涛の連打を浴びせていた。


「おらおらおらおらおらおらおらおらァッ!」


 ――そう、それは蹂躙だった。


 二本しかないはずの腕が四十八本あるように見えるほどの連撃。

 さりとて一発の威力が軽いわけでもない。


「ふごごごごごおごご!」


 勇者が身につけていたのは世界最硬と言われるオリハルコン製の鎧だったが、それがまるでビスケットのようにあっさりと砕けていく。


「私も手伝ってあげるわ! 若者に礼儀ってものを教えてあげないとね!」


 シギュンもついに動き出した。

 もちろん何を手伝うかなどわかりきっている。 


 彼女は両手にゼク○ィハンマーを装備すると、ちょうど勇者を挟み込む位置に周りこんだ。


「うらうらうらうらうらうらうらうらうらうららァッ!」


「ふべべべべべべべ!」


 前後から吹き荒れる拳と鈍器の嵐。


 抵抗など微塵も許されない。

 それはまさに処刑であり粛清であった。


「す、すびばぜんでじだ……」


 数分後、勇者様御一行はロキ達に完全降伏した。

 こうして、魔王軍の勝利という、この世界で初の歴史的快挙が達成されたのである。


 ……肝心の魔王様はお子様ランチを食べていただけだったが。


「おかわり!」


 お子様は食べ盛りなのである。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ