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4:逆光源氏計画

 大陸の北東にある神聖帝国。


 この国には、この世界で唯一”天の声”を聞くことができる聖女がいる。

 天の声は過去、現在、未来の全ての事柄について正確に答えてくれるため、政治的に極めて大きな影響力を持っていた。


『勇者が生まれた』と天の声が言えばその者が勇者になるし、『魔王を倒せ』と言えば魔王を倒しにいくのである。


 天の声こそが国の最高意思。

 ここはそういう国なのだ。

 

 というわけで、この国で一番大きな教会の大聖堂では、聖女のフレイがいつものように天の声を聞いていた。


「天の声よ答えなさい。私が結婚するのはいつなの?」


『……』


「……おかしいわね、何の反応もないわ。他の質問にはちゃんと反応が帰ってくるのに……」


 周囲には誰もいない。

 いや、正確には全員が既に”避難”を完了している。


「天の声よ答えなさい。教皇様の悩みは何?」


『ヅラです』


「天の声よ答えなさい。教皇様の本当の夢は何? 世界平和?」


『違います。フサフサになることです』


「天の声よ答えなさい。教皇様はフサフサになれるの?」


『永遠に無理です』


「無駄な努力ってわけね。天の声よ答えなさい。シスターのエイルはいつ結婚するの?」


『二年後です』


「……天の声よ答えなさい。エイルの結婚相手は誰?」


『騎士のヘイムダルです』


「ふーん……」


 聖女様は少し不満げだ。


「天の声よ答えなさい。私の結婚相手はいつになったら現れるの?」


『……』


 ……天の声は何も答えなかった。


「なんで何も答えないのよ! 一番大事な質問でしょうが! 私、もうアラサーなんだけど! そろそろ私も結婚したいんだけど!」


 そう。

 この聖女、紛れもない正真正銘のアラサーなのである。


 つまり婚期がヤバい。


 この世界では子供を生むのに適した年齢がそのまま結婚適齢期であるため、要約するとつまり婚期がヤバい。


 というわけで、今の彼女にとって自分自身の結婚は最優先事項であった。

 彼女はとにかく婚期がヤバいのである。


「おら答えろや天の声! 私の結婚はいつなんだぁ?! あぁん?!」


 聖女様がモーニングスターを振り回し始めた。

 鉄球の回転によって大聖堂の中に竜巻が発生し、周囲を戦場へと変えていく。


「うおおおお! けっこんけっこんけっこん! けっこんしたいんじゃぁぁぁぁぁーーーー!」


 と、その時だ。


「失礼、聖女様はいらっしゃいますか?」


 大聖堂に騎士が一人やってきた。

 どうやらフレイを探しているらしい。


(はっ! イケメンの気配!)


 相手の声を聞いたフレイは、やってきたのが自分の警護を担当している騎士ではないことを即座に看破した。

 そして若いイケメンであることも。


 フレイは振り回していたモーニングスターを見えないところに放り投げると、まるで今までずっと世界平和を祈っていたかのような素振りで出迎えた。


「あら、どうされました?」


 清楚で知的な大人の女性を演出である。


(そう、こういうところで差がつくのよ!)


 しかし同世代の人族はみんなとっくに結婚しているわけで、むしろ絶望的な差をつけられてしまっているわけだが……。


(若いイケメン! 予想通り!)


 相手を確認したフレイの目が密かに輝いた。

 完全にロックオン完了である。


「……?!」


 若い騎士は背筋が凍るのを感じたが、『これはきっと偉大な聖女様に対する畏敬の念が湧き上がったに違いない!』とかなんとか、そんな感じの前向きな結論に速攻で達した。

 ……若いって尊い。


「聖女様、エルフ国の女王がお越しです」


「シギュンが? それはまた急な話ですね」


 エルフ国と神聖帝国は隣国であるし、フレイとシギュンは互いの国の要人であるし、そして何よりどちらも行き遅れのアラサー(人族基準)である。

 というわけで二人は互いに顔見知りだった。


「何やら結婚することになったのでその挨拶だそうです」


「……は? ……今なんて?」


「ですから結婚の挨拶に――」


「はぁァァァァァッっ?!」



「うおおおおおおおおおっ! おらぁっ!」


 フレイはシギュン達が待っている来客室の扉を蹴破って中へと飛び込んだ。


「ちょっとシギュン! どういうことよ結婚って!?」


「ふふふ。どうやら呼びに行った騎士から聞いたようね。言葉通りの意味よ! 私、結婚することになったの!」


 まるで道場破りのように登場したフレイを、シギュンもまた腕を組んでの仁王立ちで迎え撃った。


「そんな……、嘘……」


「信じられないみたいね。じゃあ私の旦那様を紹介するわ! 婚約者のロキきゅんよ!」


 でーん!


 シギュンが示した先では、ロキが大きなソファに座ってケーキを食べていた。


『うまいなコレ』


「うん」


 お子様は生まれて初めて食べるケーキの味に大満足である。

 アッフォー国は没落しすぎて国家の体をしていないので、お菓子屋さんなんてなかったのだ。


 先日お供に加えたばかりのおむつ魔獣と一緒に、仲良く甘味を堪能している。

 それを見たフレイは思わず後退った。


「シギュン、アンタ……。いくら男に飢えてるからって、こんな小さい男の子を……。誰か来て! 人さらいよ! この女がかわいい男の子をさらってきたわ!」


「ちょっと、違うわよ。ちゃんと婚約したんだから。ね? ロキきゅん?」


「そうだぞ!」


 呼び方がロキ”くん”ではなくロキ”きゅん”になってしまっている。


(重症だわ。これはもうダメかも……)


 フレイは親友の頭を心配しつつ、元気よく返事をしたお子様の横にしゃがみこんだ。


「いい、坊や? あなたはこのおばさんに騙されてるのよ」


「おばさんっていうな、おばさんって。ロキきゅんが変な言葉を覚えちゃうでしょ。お姉さんよお姉さん」


 シギュンは静かに青筋を立てた。


「言っとくけど、ロキきゅんはれっきとしたアッフォー国の王族なのよ? 身分の高い者同士ならこの歳で婚約や結婚も普通にある話だわ」


 その声に呼応して、黒子のアーリマンがサササッとロキの首に例のペンダントを巻きつけた。

 これが赤く光るのは現役の魔王だけなのだ。


「そ、それは……。魔王の身分を証明するためのペンダント……」


 ロキの国ではないが、フレイは別の魔族の国の王を直々に討伐しに行ったことがある。

 というわけで、ペンダントが本物であることを疑いはしなかった。


「じゃあ、本当に……、結婚……? そ、そんな……」


「ふっ、残念だったわねフレイ。というわけで、私は独女会からは抜けさせてもらうわ」


 一度は立ち上がったものの、フレイはショックで膝から崩れ落ちた。

 そんな彼女の前に立ったのは、口をもぐもぐしているロキである。


「お姉さんが聖女なのか?」


「……え?」


 聖女の返答には先程までの力強さはない。


「お姉さんが聖女なのか?」


「そうよ。まだ独身のね」


 フレイは自嘲気味に笑った。


「よし! じゃあボクがさらっていくぞ! お姉さんもボクのつまになれ! ボクの国は””いっぷたさいせー”なんだぞ」


「妻? も、もしかして私も……、結婚、できるの?」


 フレイは酷く動揺していた。


 自分の背後にカンペを持ったアーリマンが立っていることにも全く気が付かないほどに。

 そしてロキがそのカンペをただ棒読みしているだけだということにも気が付かないほどに。

 

「やった、私もついに――。 はっ!」


 しかしそれも一瞬のことだ。

 彼女はすぐに冷静さを取り戻した。


「……ふう。危なかったわ。私としたことが、まさかこんなお子様に心を揺さぶられるなん――」


 そう言いかけた時、突如として飛んできた天の声がフレイの意識を貫いた。


『逆光源氏計画』


「逆……、光源氏……」


 フレイは源氏物語なる読み物のことは全く知らなかったが、その意味することは正確に理解した。

 つまり将来有望な幼女を飼い慣らして、大きくなったら頂いてしまおうという計画の男女逆転版である。


(確かに……。この子かわいいし、この顔なら将来はイケメン間違いなしだわ。魔王ってことは身分もばっちり……。つまり有望株じゃない! イケる! 完璧だわこの作戦!)


 それはまさに天啓だった。


「……仕方がないわー。さらわれて無理やり妻にされるんじゃ拒否できないわー」


 フレイのその言葉はとんでもない棒読みだった。


「フレイ、アンタちょっと。言ってることがさっきと変わってるじゃない」


「うるさいわねうるさいわね。仕方がないのよ、だってさらわれちゃうんだもの。あ、ロキくん待っててね、すぐに準備するから。ついでに追加のケーキを持ってこさせるわ」


「ケーキ?! わーい!」


 こうして、新たに聖女フレイもロキの仲間に加わった。



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