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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)3.2 < chapter.3 >

 夕方、それぞれの休日を楽しんでいた隊員たちが宿舎に帰ってきた。

 クーラーボックス一杯のイワナを釣ってきたキール。

 海で釣り上げた二メートルのサメを担いで帰ってきたハンク。

 久しぶりにクエンティン家の人々との面会を楽しんできたマルコ。

 昆虫標本と研究資料の展示即売会に行っていたゴヤ。

 総務の女子と遊園地に行っていたレイン。

 中古レコード屋で掘り出し物を発見し、ほくほく顔のチョコ。

 帰ってくるなり地球土産の雷おこしと言問団子を配り始める副隊長。

 彼らはさっそく土産話の発表会を開催しようとしたのだが、シアタールームから出てきたベイカーに事情を説明され、急遽『女子中学生への接し方会議』を始める。

「今どきアニメ映画も少女漫画も見たことないなんて、それはもう虐待だよな?」

「そうだよな。そのせいで友達もできないなんて、可哀そうに……よし、せっかくだからサメの解体ショーを見せてやろう! お嬢様学校でサメの解体を見たことがある生徒は少ないはずだ! 良い経験になるだろう!」

「待てハンク。それ、普通に引く」

「え?」

「キール先輩のおっしゃる通りだと思います……」

「王子まで!? なぜ!?」

「だって、なあ?」

「ええ……内臓は、ちょっと……」

 常識人たちの制止により、サメは袋詰めにされて冷蔵庫に突っ込まれた。

「じゃあ、まず俺が友達一号に立候補してくるッス! 珍しいカブトムシあげれば、その場で友達になれると思うんスよ! ほら、この標本! 箱の底が透明だから、腹のほうからもよく観察出来て……」

「待てゴヤ。女の子はそういうの嫌がるぞ。かなりガチで」

「ええ、キール先輩のおっしゃる通りかと……」

「マジっすか!?」

「腹のほうは特にマズイ」

「足の付け根あたりのワサワサした感じは、ちょっと……」

 常識人たちの説得により、昆虫標本はゴヤの私室に片付けられた。

「んー……メリノさんたちと遊園地でワイワイしてる写真とか、見せないほうがいいですよね?」

「そうだな。友達がいなくて悩んでいる子に、それはな……」

「また後日見せていただけますか?」

「はい、今はしまっておきますね」

 常識人同士の話し合いにより、遊園地の写真とキャラクターグッズは物置部屋に押し込められた。

「最高にアゲアゲなサマーチューンのレコードは……」

「なんでダンスミュージック系の『夏の曲』は素っ裸のお姉ちゃんばっかりなんだろうな?」

「このレコードジャケットはセクハラに該当する可能性があります。すみませんが、チョコさん……」

「はーい、仕舞ってきまーす……」

 常識人同士の至極真っ当な判断により、レコードプレーヤー周辺に平積みされていたセクシー路線のレコードはオーディオラックの中に収納された。

「雷おこしは?」

「副隊長、また地球観光行ってたんですか?」

「アタシ芋ようかんとあんこ玉食べないと生きていけない体質なのよ。ねえキール? 雷おこしもしまっておいたほうがいいかしら? これ、どっちかっていうとアダルト商品よね? 濡れせんべいほどディープなアダルト商品じゃないかもしれないけど、どうかしら?」

「副隊長、お願いですから普通に『ご年配に人気のお菓子』と言ってください。それに雷おこしより、その『浅草』Tシャツにツッコミどころが……」

「『TOKYO』鉢巻きも、少々気になりすぎるファッションアイテムかと……」

「そうよね。やっぱりお子様には、『あえてベタベタ路線で日本人受けを狙った外国人のコスプレをするオカマの異世界人』の奥深さは分からないわよね……」

「そういうコンセプトだったんですか?」

「深すぎますね……」

 常識人たちの苦肉の策として、オカマ言葉の副隊長ごと私室にお引き取り願うことで事態を打開した。

 さて、これで準備は整った。女子中学生がいつシアタールームから出てきても、常識的でさわやかな騎士団のお兄さんとして対応可能である。


 だが、しかし。

 待てど暮らせど出て来ない。


 事情を説明した後シアタールームに戻ったベイカーも、その後一度も出て来ていない。

「……大丈夫か? サイトの奴、さすがに中学生には手ぇ出してないよな……?」

「あー……隊長とロドニーなら、キスまでは普通のスキンシップとか言い出しそうな気が……」

「私が様子を見てきます」

「いえ、王子が行ったらトニーがキレますから! それなら俺が行ったほうが……」

「いやハンク。お前と俺は見た目が怖いからやめておいたほうがいいと思う」

「だったら俺が行くッスよ?」

「ゴヤだと失言が怖い」

「ワカル」

「それな」

「ありそう」

「ですね……」

「ちょ、え!? マルちゃんまで!? 俺どんだけ信用されてないんスか!?」

「あのぉ~、私が女性の姿で行けば、一番警戒されないのでは?」

 レインの提案に、全員一斉に「それだ!」というジェスチャーを返した。

 今日は男性として行動していたレインは、その場で性別をチェンジする。

「では、偵察に行ってまいります!!」

 性別チェンジの瞬間からきちんと『女の子走り』に変わる。そんなレインに、仲間は内心こう思っていた。


 ノーブラ最高、と。


 意図せず悩殺技を繰り出したレインは、シアタールームの扉をノックし、そっと開いて様子を窺う。

 テレビはつけられていない。

 入り口から見えるのはソファーに座るベイカーの後頭部のみ。女子中学生どころか、トニーとロドニーの姿もない。

「……?? あの、隊長? お客様はどちらに……?」

 そう声をかけると、ベイカーはそっと振り返り、唇の前で人差し指を立ててみせた。

「?」

 室内に入り、静かに扉を閉めて近付く。

 レインはそこでようやく、今の状況を理解する。


 ベイカーにもたれかかって眠るヘンリエッタ。

 フットレストにされながら一緒に眠る黒犬たち。

 ぬいぐるみのように抱きしめられ、困り顔の狼。


 遊び疲れて眠る子供を叩き起こすことなんてできない。レインは肩をすくめ、ベイカーの耳元で囁く。

「身柄の引き渡しは明日以降に決定ですね。親御さんにご連絡をさしあげるべきでは?」

「お願いできるか?」

「担当者はどなたですか?」

「ピーコックが窓口役だ。『明日の午前十一時に騎士団本部へ』と伝えてくれ」

「明日の午前十一時、ですね? かしこまりました」

 上目遣いで救いを求めるロドニーに気付かぬふりをして、レインはシアタールームを出た。

 リビングルームの仲間たちにも状況を説明し、情報部に連絡を入れる。

 これから先、彼女が平穏な生活を送ることはできないだろう。学校は良くて停学、悪くて退学。そして停学処分で済んだとしても、貴族の人間関係は狭い。『何かやらかして騎士団のご厄介になった』という噂はすぐに広まるだろうし、噂に尾ヒレはつきものだ。盗んだものが文庫本一冊でも、話が広まるうちに被害額は風船のように膨れ上がり、最終的には桁が三つか四つは増やされる。『被害に遭ったどこかの誰か』が『ショックのあまり自殺した』ことにされ、必ず誰かが『人殺し』と言い始める。停学処分が明けても復学はできないし、別の学校に編入することも難しい。

 親の言いなりに生きてきた『個性のない優等生』から『優等生』の部分が取り除かれたら、あとには何が残るのか。

 せめて今夜くらいは、楽しい夢の中で眠らせてやりたいと思う隊員たちだった。


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