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後編・須崎ひかりの事情


「〜〜〜♪」

 家路につく足取りは軽かった。

 帰ったらいったいあの子はどんな顔をするかな?

 そればかりが気になってしまう。

 今日、友達と遊んでいたら、沙月ちゃんが逃げるように去っていくところを見た。

 あの後ろ姿をわたしが間違えるはずもない。

 心ここにあらず、といった様子だったから……きっと見られたのだ。

 ヤキモチ焼きのあの子がどんな反応をするか……。我ながら趣味が悪いとは思うけど、つい楽しみになってしまう。

 わたしは電車を待っている間も上機嫌だった。

 

 

「ただいまー!」

 気がつけば家にたどり着いていた。

 そして座卓に突っ伏した女の子……。

 そう、わたしと沙月ちゃんは同棲しているのだ!

 改めて幸せを実感して顔がにやける。


 と、沙月ちゃんがゆっくりとこちらに顔を向けた。

 目が真っ赤。

 ということはやはり……?

「……沙月ちゃん?」

「……おかえり」

 沙月ちゃんは喉が錆びついたかのよう。それでも頑張って声を絞り出している。

 そして、

「お風呂……入ろ?」

「あ、沸かしといてくれたの? ありがとー! じゃあ一緒に入ろっか!」

 沙月ちゃんは何かあるたび、わたしとお風呂に入りたがる。どうもお風呂の中だと話しやすいらしい。

 今日の用件は明白だ。

 とりあえずわたしは、可愛すぎる彼女をお風呂に連れ込んだ。



 改めてその姿に息を呑む。

 わたしも大きい方ではないのに、それよりもはるかに華奢なカラダ。

 肩なんて、今にも折れてしまいそうなほどほっそりしている。

 背中にはつまめるようなお肉なんて一切なく、それでいてお尻はわずかに少女らしい膨らみ。

 本人は肉付きが薄いのを気にしているみたいだけど、そんなことはこの子の魅力をかけらも損なわない……どころか、計算されつくした彫像のような隔絶した美しさをもたらしている。

 「人形のような女の子」とは、まさしく沙月ちゃんのためにある言葉だと思う。

 そして烏の濡羽色した髪は背中を覆い、白と黒のコントラストがもう……!


 ……おっと、つい興奮しすぎてしまった。

 沙月ちゃんは自分の美しさに無自覚なんだよなあ、だからわたしが邪な視線をぶつけても気にしないし……。

 ともかく、これ以上ボーッとしていたらさすがに怪しまれる、お風呂に入ろう。



 そして、浴室。

 沙月ちゃんは何も言わないけど、いつもわたしの後ろに入りたがるのはなんとなく分かっている。

 わたしを抱きしめて何が楽しいんだろう……。

 まあわたしにとっても都合はいい。沙月ちゃんはあまりに儚げで、下手に力を入れたら壊してしまいそうだから、いつもそっと触れるようにしている。けど、沙月ちゃんの一糸まとわぬ背中をまともに見てしまったら自制できる気がまるでしない! 沙月ちゃんという至高の芸術品を自らの手で壊そうものなら死んでも死にきれない!!


 それにこうすると背中にほのかな膨らみが……おっといけない、沙月ちゃんのカラダを堪能していないで、そろそろ本題に入らないと。

「……いったいどうしたの、沙月ちゃん」

 その言葉に、沙月ちゃんは何かをこらえるような顔になって。

「…………今日、見た。ひかり」

 そう言うと、わたしの肩をそっと噛んできた。

 といっても、全然痛くない……どころか、噛まれていることすら意識しないと分からないぐらい。

 もっと強く噛んでくれてもいいのになあ……と思いつつ、

「あー、友美ちゃんと一緒に歩いてるところ?」

 と、一気に核心を突いた。


「久しぶりに遊ぼうって言われてねえ」

 沙月ちゃんはわたしの肩から口を離し、

「……それで、デートの誘いを断ったの?」

 とつぶやくように言う。

「ごめんねえ、あっちが先約だったからさ。……ヤキモチ、焼いちゃった?」

 そう言うと、また甘噛みしてくる。……さっきよりもほんの少しだけ強く、けどやはり噛まれているとは気づかないぐらいの強さで。

 ああもうカッワイイなあ!


「ふふ、でも嬉しいな」

 沙月ちゃんの無言の問いかけを感じた。よし、ここは少し安心させてあげないと。

「ヤキモチ焼いてくれたってことは、沙月ちゃんやっぱりわたしのこと大好きなんだなあって思って。……大丈夫だよ、わたしが沙月ちゃんと別れることは、未来永劫なにがあってもありえないから」

 そう、そんなことは絶対にありえない……いや、どんな手を使ってでもそんな事態が起こらないようにするんだ。

 わたしは振り向いて、沙月ちゃんにキスをした。

 そして、そのまま……。



***



 翌朝、まだ暗いうちに目が覚めた。

 寝起きがいい……いや、良すぎるのがわたしの長所だ。

 なんといっても、沙月ちゃんの寝顔を心ゆくまで存分に堪能できるのだから!

 神様だって味わうことのできない、わたしだけの贅沢。

「ふへへ……」

 いかん、変な声が出た。


 いやしかし、ゆうべの沙月ちゃんも可愛かったなあ……。

 甘えるようにわたしの胸に顔を埋めて、「ひかり……ひかりぃ!」と必死にわたしの名前を呼んで。

 どれだけ意識が飛びそうになっても、わたしを手放すまいとばかりにしがみついて。

 いやあ、よかったあ……。

 あえてヤキモチを焼かせた甲斐はあった。


 そう、沙月ちゃんはカワイイのだ、誰がどう見ても。

 本人はどうも自信がなさそうだけど、それはあんまりオシャレに気を使ってないから。

 第一印象では野暮ったく見えるかもしれないけど、そんなので沙月ちゃんの可愛さを覆い隠すことはとてもできない。

 だから不安なのだ、わたしは。

 まともな視神経の持ち主ならば、老若男女問わずこの子の美しさに惹かれてしまう。沙月ちゃんを口説こうとする男ども(たまに女)を何度、水際でブロックしてきたことだろう……。沙月ちゃんは可愛すぎるのだ。


 もちろん容姿だけじゃない、沙月ちゃんは中身もカワイイ。

 内気な子だけど、何事に対しても一生懸命で。

 好きな本について語る時はつい早口になってしまって、気付いた瞬間真っ赤になって恥ずかしがったり。

 料理も得意で、わたしが「あれ食べてみたいな〜」なんて何気なく言っただけなのに、頑張って練習してその料理を作ってくれたり。

 そして何より、わたしを求める時の必死さが……最っ高に! カワイイのだ!!


 見た目もカワイイ、性格もカワイイ、誰だってこの子のことを好きになる。

 だから、誰にも教えない。

 沙月ちゃんがカワイイってことは本人にだって教えない。

 沙月ちゃんはカワイイから、相手なんてよりどりみどりだ。

 わたしが選ばれるとは限らないから。

 だから、わたしは沙月ちゃんにヤキモチを焼かせるのだ。

 不安にさせて、そしてたっぷり甘やかして。わたしの存在を沙月ちゃんの心の中に刷り込んでいく。その繰り返しでいずれ、わたしがいなければ生きていけないようにするんだ。沙月ちゃんにはわたしが必要だって錯覚させるんだ。


 心配なのだ、わたしは。

 沙月ちゃんが自分の魅力に気がついた時、わたしは捨てられるんじゃないかって。

 だから沙月ちゃんの骨の髄までわたしのことを刻み込む。

 わたしから決して離れられなくなるまで。


 沙月ちゃんはわたしのことが好きなのかもしれない、いちおう告白もされたし! (これはわたしの人生においてダントツで良かったこと、あとは沙月ちゃんのご両親が沙月ちゃんをこの世に生み出してくださったことと沙月ちゃんが健やかに育ってくれたことと沙月ちゃんと出逢えたことと沙月ちゃんのはじめてをもらったことと沙月ちゃんと同棲を始めたことが同率1位)


 でもまだまだ全然まったくこれっぽっちも足りない。


 比翼の鳥って言うんだっけ? 沙月ちゃんもわたしも、1人では生きていけないようになりたい。2人一緒が当たり前になりたい。もし沙月ちゃんがいなくなったら生きる意味なんかないんだから! わたしのすべては沙月ちゃん、だから沙月ちゃんのすべてもわたしにしたい。

 そう、もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと沙月ちゃん沙月ちゃん沙月ちゃん沙月ちゃん沙月ちゃん沙月ちゃん沙月ちゃん沙月ちゃん沙月ちゃん沙月ちゃん………………。


 そんなことを考えつつ、

「……ふへへ」

 もう1度沙月ちゃんの寝顔を眺めて、わたしは妙な笑みを浮かべた。





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