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ぼんやり視界でプチパニック

 父が言っていた、『昭和には、メガネでドジっ()、が流行っていた』と。

 どこか抜けていて、失敗ばかりして、守ってあげなきゃいけない気持ちにさせられることと、メガネを取った時に急にあか抜けて美人に見えるギャップが、男の子の心をわしづかみにしたらしい。


 けど、私は思う。


 メガネでドジっ娘、じゃなくて、ドジだからメガネになるのだ。


 近眼というものは、長時間、暗い場所などで一点を見続けると、目の筋肉が固まって戻らないためにおこる。

 そういう、オセロで言えば、一手先すら考えず、ただ今目の前にあるものを見続けたいという欲望を抑えられずに、目の健康という一生付き合うべき大切な問題を落っことしてきてしまった、


 要するに、ドジなのだ。

 転ばぬ先の杖は、家に置いてきてしまう。石橋からよろめいて落ちる。


 メガネを取ったら美少女なんて、100人に一人もいないだろうに、父はドジで地味な私が少しでも元気になるように、昭和の話をよく口にするのだ。


 今、布団の中で漫画を読みふけった、小学生だった自分を責めたいのには、訳がある。



 つい1時間ほど前、バスに乗るために私はぼけっとしながら並んでいて、後ろの誰かに追い抜きざまにぶつかられた。

 その拍子に、メガネが道に落ちて、私にぶつかった人の後ろにいた人に踏まれた(と思う)。


 バシン、という中々リアルな音がして、私にぶつかった人も、メガネを踏んだ人も、そのままバスに乗って行ってしまった。


 かくして私は、すっかり日も落ちて暗く、寒くなったバス停のベンチで、

 壊れたメガネを握りしめながら途方に暮れている。


 視力がいい人には分からない感覚であろうけど、私の視力は両目とも0.01とかなり低くて、


 メガネがないと水中にいるように周りはぼやけてしまう。


 バスの行き先も見えなければ、ステップも見えない。


 一歩歩けば棒に当たる。



 「あああ。どうしよう。」

 大きなため息が漏れた。


 スマホを目と鼻の先に突き付けて、必死に父にラインで救助要請したけど、中々既読にならない。会議中なのかもしれない。


 母は北海道に出張中。飛行機では来られない。


 あとの頼みの綱は、親友の千秋だけだ。このバスを使うはずだけど、今日は塾かもしれない。こちらも既読にならない。



 二人のどちらかが気付いてくれるまで数時間待たなきゃいけないのか。

 ああ、視力がせめて0.1くらいはあったなら、なんとか手すりづたいに帰れるのに。


 10月の半ば、昼間はまだ暖かいので、コートもないし。困った。本当に。




 「ねぇ!」

  

 ふいに目の前が黒い物体で埋まった。5,6人くらいの人。年齢不詳、服装不詳、職業不詳、


 …多分、男。


 「ずーっと、そこに座ってるけど、暇なら俺らと遊びに行かない?」

 「そうそう。寒そうじゃん。温めあおうよ。」

 「とりあえずなんか食べない?おごるよ。」

 

 矢継ぎ早にセリフが繰り出されるも、その主もわからない。


 私はパニックになった。


 「ああと、私はちょっとメガネが壊れて見えないもので、無理です。」


 「大丈夫、大丈夫。俺の手につかまってればいいじゃん。行こうよ。風邪ひいちゃうよ?」


 「いえ、人を待ってるので…。」


 

 どうしよう!どうしよう!!困った!!!


 あああ。視界も思考もぐるぐる回る。

 誰か助けてぇ…。



 「ほら、そこでお茶しようよ。そこからなら待ってる人も来たら分かるじゃん。ほら。」



 いや、店から人の顔が識別できるならとっくに家に帰ってるよ~!!



 黒い物体から延ばされた手が、私の腕をつかんで持ち上げる。


 「や、やめてください、本当に無理で…。」


 腰の辺りに誰かの手が回る。


 どうしよう!どうしよう!!どうしよう!!!


 


 急に視界が明るくなった。黒い物体がいなくなった。


 ずさって、大きな摩擦音と小さな悲鳴が聞こえて、黒い物体が道に横たわる。


 「なんだてめえ!」


 殴りあう音が聞こえる。


 どうしよう!どうしよう!!どうしよう!!!



 目をつぶって開けた瞬間、次の視界はぼんやりした白だった。


 誰かの背中。男性の大きな背中。10センチ前くらい。


 背中は言った。


 「嫌がってるだろ!」



 荒い息遣いが周りで複数聞こえる。うめき声も。


 「覚えてろよ!」


 苦しそうにうめきながら、去っていくのが分かった。



 あああ。よ、良かった。怖かったよ~。


 「大丈夫?お前こんな時間まで一人でぼけっと座ってたら、そりゃ狙われるだろ!!」


 白い背中は振り返って、しばし沈黙した。



 「大丈夫、大丈夫。泣くな。もう大丈夫だから。」

 と、私の頭をなでた。


 

 「こ、怖かった…。」


 ああ、違う、それじゃなくて。お礼を言わなきゃ。きっと身をていして、助けてくれた。


 「お前、二年だっけ?」

 「あ、はい。綾瀬 (りん)です。」


 あれ?学校同じ人?


 なにせ、顔が見えない。


 でもどこかで聞いたことがある声だ。少し高めで、よく通るキーの声。


 

 違う、お礼を…。


 あ、白い影が遠くなる。追いかけなくちゃ、言わなくちゃ、ちゃんと。



 「あっ!!!」


 二歩歩いたら何かにつまづいた私は、前のめりに、道に倒れこんでいく。


 だから、知ってたよ、歩いたら転ぶことぐらい。だからここで二時間も待ってたんだから。


 スローモーションで近づく地面が、ふっと遠くなった。



 体もふわって軽くなった。重力から解き放たれたみたいに、ふわっと。


 

 顔の左に白いシャツが。今度は間近に。でも顔はぼやけている。



 ヤバい!!!私、お姫様抱っこされてる!!!


 「なんでこけんだよ!」


 「いやその…メガネが壊れまして…。」


 「ああ…。」

 納得したように、私をそっとおろして、


 白いシャツの彼は、おそらく道に落ちていた私の壊れたメガネを拾って、渡してくれた。



 「もしかして帰れないの?」

 


 「…はい。」

 


 「送っていこうか?」

 

 「…え…。」

 

 私が必死にお礼を言うタイミングを探していると、後ろからふいに声をかけられた。


 「凛!」


 「お父さん!!」


 …の声だ。


 「じゃ、大丈夫だな、気をつけてな。」


 「あ…。」


 今度は確実に白いシャツが遠のいていった。


 だいぶ離れたところにいたらしい父が、ようやく私の手を取る。


 「ごめんなぁ、会議でラインに全然気づかなくて。寒かっただろ。」


 「大丈夫…。こっちこそごめん。」


 「今の誰?」


 父の問いに、


 お礼を言えていない上に、名前も聞けず、顔も見えなかった事態にようやく気付いた。


 金木犀の香りがふっと目の前を通って、急に安堵と寒さを感じた。


 




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