第十四弾「学園の聖女」
シャルルと別れた後、ジャックはグラウンドへと戻っていた。
グラウンドには数多くのテントが並べられており、生徒たちは忙しなく動き回っていた。
辺りは既に日没。
誰もがテントの外で様々な作業に没頭し、炊き出しや松明の準備に追われている。
とはいえ、空襲の影響から校舎は未だに炎が燻ぶっているため、それなりに明るい。
生徒の中にはその消火にあたっている者も居た。
ホースを手にし、数人がかりで炎へ水をかけ続けている。
「…………。」
ジャックはそういった光景を、空襲の凄まじさを目に焼き付ける。
普段ならば、ここで彼等の手伝いをするだろう。
しかし今のジャックは、そういった行動をしたいとは思えなかった。
誰かを手伝いたいなどとは思えなかった。
その原因は主に、シャルルに対して抱いた心情にある。
自分でも理解の外側にあるその思考を、考え続ける。
ジャックはベンチに座り、頭を抱えていた。
初めて召喚を経験した。
初めて戦闘機に乗って高揚した。
初めてシャルルと協力して敵を墜とした。
それを成し遂げたのはシャルルのため、という想い。
彼女のために行動したからこそ、召喚は成功したのだ。
そのことを理解していたにも関わらず、先ほどの自分は彼女を蔑ろにしてしまった。
ジャックはシャルルのために行動したかった。
シャルルのために、傍に居てやりたかった。
何よりもシャルルと喜びを分かち合いたかった。
「…………。」
無言で地面の砂を見つめる。
今の自分はさぞ酷い顔をしているだろうと思いながら。
シャルルは、召喚を実行した際に苦しんでいた。
精神的な負担は、測り知れないものがあるだろう。
苦痛を受けながらも、ジャックのために我慢していたシャルルに、ジャックも何かしてやりたかった。
『目の前の壁を壊す』
ジャックがシャルルと共に決めた、一つの理念。
召喚をするにあたって考えるべき、一つの思想だ。
あらゆる理不尽や敵、困難や問題を『壁』に見立てて、二人で壊していこうというもの。
それは、ジャックが提案して作り出され、決定された理念だった。
しかし、ジャックはその理念を自ら破ったようなものだった。
だからこそ、今のジャックは、
「何してんだよ……俺は……。」
激しい自己嫌悪と罪悪感に苛まれていた。
金髪の頭を抱え、ガシガシと乱暴に掻き毟っていく。
とてもじゃないが人の為になろう、動こうという気にはなれない。
「俺は、いったい……いったい何してんだよ。」
唇を噛み締め、先ほどまでのことを頭に浮かべようとする。
『何か悩みがあるのなら……何でも言ってよ。』
唐突にシャルルの言葉が脳裏をよぎる。
別れ際に発せられた言葉。
心配するような表情のまま、紡がれた言葉。
悩み。
ジャック自身は悩んでいないつもりだった。
しかしこうして改めて考えることで、悩みの一つであると自覚しつつある。
その悩みが何なのか、何故こんな想いを抱いているのかはジャックにも分からない。
分からないからこそ、質が悪いものだと思った。
シャルルが『海軍の英雄』と謳われるフォルテス・エクレールに対し、ある種の崇拝対象としたことで、良い気分になれなかったのは事実だった。
それが悩みの理由なのかは定かではなかったものの、そのことが頭から離れない。
「無駄に人を傷つけて……悲しませて……。」
シャルルの立場で考えれば、これほど悲しいことはないだろうと思う。
心を開いた相手に一方的に無視され、離れられた心情。
それでも自分の考えを尊重してくれた結果、どういった想いになっているのだろうか。
考えなくても分かる。
心の底から、傷付いているはずだ。
今すぐ行って、元気な姿を見せて接すれば、きっとシャルルも元気を取り戻すだろう。
「今の俺が行ったところで……何もしてやれない。
余計にアイツを傷つけるだけだ。」
グッと髪を鷲掴みしながら呟く。
自己嫌悪が行き過ぎれば、誰かに対しての行動すらも迷惑ではないかと考えてしまう。
今のジャックは、まさにそれだった。
傍に居るだけでも、という考えにはなれなかった。
「…………。」
ふと、ジャックは顔を上げて遠くを見つめる。
すると、一人の少女が視線の先に映り込んだ。
少女は大きなバケツを両手で重たげに持ち、フラフラした足取りでテントの中へと入っていった。
すぐにまた、空のバケツを持って出てくる。
少女は長く、綺麗な銀髪をしていた。
髪が膝裏まで伸びており、足を動かすたびに髪も動き回っているのが見える。
頭頂部に付けられた赤いカチューシャが印象的な、小柄な少女だ。
服装は白を基調とした長袖の学園服を、二の腕まで捲り上げていた。
遠目からでも分かるほどに、制服の所々を泥や血で汚していた。
ジャックよりも小さな体をしている。
そんな少女が一人、水いっぱいのバケツを両手で必死に持ちながら、落とすことなく運んでいる。
安定しない足取りでゆっくり一歩一歩を踏み締め、通りすがる生徒たちを避けながら、目的のテントへと水を運んでいるようだ。
「…………。」
少女の献身的且つ自己犠牲的な行動を、ひたすら見つめ続ける。
バケツを右側に持ってきては、上半身を左に傾けることで、何とかバランスを取っている状態だ。
捲り上げた事で見えた白く細い腕では、いずれ限界を迎えることだろう。
そんな少女の姿を見たジャックは、一つの想いを浮上させる。
「俺は……贅沢な悩みを持ってんだな。」
ジャックよりも明らかに華奢な少女が、自らを顧みずに働いている。
文句の一つも垂れる様子を見せず、ただひたすらに足を動かしてテント間を行き来していた。
ジャック自身がこうして悩んでいる間も、少女は水を零さないようにゆっくりと歩いていた。
「……シャルル。」
ジャックは、プラチナブロンドの髪を持つ少女を脳裏に浮かばせた。
本当は彼女の元へ向かうべきだろう。
彼女を一刻も早く元気付けなければならない。
しかし、そうしている間にも空襲によって被害に遭った者達が、苦しむ羽目になる。
空襲の影響で働く者たちが、苦労する羽目になる。
「言い訳がましいのは解ってる。
偽善ってことも、アイツから逃げてるってことも……解ってる。」
俯きながら、ジャックは独白した。
今自分がしようとしていることは、そういうことだから。
周りから見た評価で、偽善と映り、シャルルから逃避しているように映る。
自分がしようとしていることが、善であるという考えはない。
寧ろ、悪としての色が濃いように思えたから。
「けど、このまま頭抱えて悩むくらいなら……気を紛らわせるために動くしかねぇ。
シャルルには後で謝って……今は俺に出来ることをやってやる。」
自分に言い聞かせながら立ち上がるジャック。
悩んでも悩んでも、前になど進めない。
ならば、体を動かして気を紛らわせようと考えた。
もしかしたら、問題から一歩退くことで、全体を捉えられるかもしれない。
「結局、俺は一体何をしてるんだろうな……。」
足を動かし、銀髪の少女の元へ向かう中で自嘲気味に呟いてしまう。
実際、ジャック自身も何をしているのか理解できなかった。
本来すべき問題から目を逸らし、決断を長引かせながら関係ないことをしようとしているのだから。
だが、精神的に不安定な今のジャックは、こうすることでしか前に進めない状況に立たされていた。
やがて、ジャックは少女の元へと辿り着く。
相変わらず頼りない足取りで、水がいっぱいに入ったバケツを手に持っていた。
「おい、大丈夫か?」
「え?」
ジャックが話し掛けると、少女は視線を向けてくる。
身長はジャックより低いが、女性の中ではそれなりに長身だった。
その反面で非常に華奢な体つきをしている。
琥珀色の綺麗な瞳で見つめてきた。
色白の額には汗が噴き出しており、湿った前髪が張り付いている。
それでも、彼女は拭おうとすらしなかった。
キョトンとした面持ちで見つめてくる少女に、ジャックはバケツへと視線を逸らした。
「それ、重いだろ?」
「あ、いえ! これくらいは大丈夫ですよ。
私のことは、心配無用です。」
ジャックの問い掛けに反応した少女は、ニコッと微笑みながら告げてくる。
明らかに疲労が溜まった様子だったが、それを感じさせないほどに明るい笑顔だ。
自分よりも他者を考え、そのために動くが故の表情ということだろう。
「それに、今回の空襲は局所的とはいえ、多くの人が傷ついてしまいました。
亡くなった方も、何人かいるようです。」
「…………。」
少女は眉を八の字にさせ、視線を下に向けながら呟いた。
悲しげな表情で告げる少女を、ジャックは黙って見つめる。
すぐに少女は視線を戻す。
「大切な人を失った悲しみ、体が不自由になってしまった悲しみ……この空襲がもたらした多くの悲しみに比べれば、今の私はまだまだ幸せ者ですから。
だから、この空襲で苦しんでいる人たちこそが、最も気に掛けられるべき存在です。」
自分は五体満足で、大切な人を失っていないから。
それを表情として表すように、笑みを向けてきた。
優先されるべきは自分ではなく、空襲で被害に遭った者達だと、至極当然のことのように告げていた。
それでも少女の疲労は、自分でも隠し切れない状態になっていた。
「明らか疲れてるってのに、自分は後回しに考える、と?」
ジャックは少女に向けて真剣な表情で問いかける。
彼自身、シャルルよりも自分を優先してしまったから。
自分が苦しくなった状況で、他人よりも自分を優先してしまったから。
他者を優先するための答えを求めるかのように、尋ねていた。
「はい。
疲労がないと言えば嘘になりますが……私は、私の意志でこうして動いて、人を助けたいだけですから。
自分を優先するのは、その後でも遅くはありません。」
「っ!」
微笑みを絶やすことなく、淡々と自分の意見を口にする少女。
そんな一種の信念のようなものを聞き、目を見開かせるジャック。
彼女は自分の意志で、疲労を押し退けてでも他人のために動いているのだ。
「だから貴方も、貴方の意志で動いてください。
たとえそれが、誰かを助ける行為じゃなくても……私は良いと思います。
ですが……私個人としては、貴方にも他の人の手助けをして欲しいと願っていますよ。」
「…………。」
重いバケツを持ち続けながら、一切の悪態を吐くことなく、話し掛けてきたジャックに丁寧な対応をする少女。
この上なく献身的な少女は、ジャックの意志を尊重する構えを見せた。
そして、ジャックにも人の手助けをして欲しいと告げた。
命令ではなく、個人的な願いだ。
ジャックは考える。
ただ気まぐれに近付いただけだったが、彼女の元で動けば、他人のために動こうとする意志を持てるのではないか、と。
仮に抱けなくても、他人のために動こうとする者の行動を、見ることは出来るはずだ。
「それは、俺のやり方でも、良いのか?」
もう一つ問い掛ける。
何をしても迷惑なのではないかと考えた。
だからこそ、シャルルの方へは行けなかったから。
自分の意志で、自分なりのやり方で良いのかどうか。
そんな問いを受けた少女は、慈愛に満ちた微笑みを向けて頷いた。
まるで聖女のような微笑み。
人を包み込んでしまいそうな、優しげな微笑み。
「もちろんです。
貴方は貴方のやり方と意志で、行動するべきですよ。」
「……なら、それを俺が俺の意志で持つって言ったら、どうする?」
「へ?」
ジャックは真剣な表情でバケツを指差し、少女は素っ頓狂な返事をしてしまう。
恐らく、そういった展開は予想していなかったのだろう。
酷く困惑した様子でジャックを見つめていた。
先ほどの優しげな微笑みから一変してしまう。
「えっと……あの……。」
少女は困惑のあまり、目を泳がせてしまった。
どう言うべきかを考えているようだ。
そんな少女が持つバケツの取っ手を掴み、軽く持ち上げるジャック。
「あ、あの、何を……されて……?」
「アンタの言う通りにするなら、ここで俺がこうしても何も問題はねぇだろ?」
「そ、それは……しかし……。」
「俺は俺の意志でアンタを助けたいだけだぜ。
そんな俺を否定してしまったら、アンタ自身を否定することになるはずだ。」
「…………。」
目を泳がせながら、ジャックの言葉への反論を述べようとする少女。
しかし、自分が口に出したことを否定するわけにもいかず、結果的に受け入れる他ない状況に立っていた。
「一人より二人……ただ、俺はこういうことはあまりしたことねぇから、アンタの指示で動くしかねぇけどな。」
「そ、そうですか……。
あの……初対面で、お互い知らない部分が多い中で……私のために動くなんて、迷惑じゃありませんか?」
話を進めていくジャックに困惑しながらも、少女は問い掛ける。
恐る恐ると言った風情で尋ねていた。
そんな少女に、ジャックは笑みを浮かべた。
「当然。
迷惑なら最初から提案しねぇからな。」
「そう、ですか……。
そ、それでは、お言葉に甘えて……よろしくお願いします。
私はクラシオン・ハイラートです。」
小さく頭を下げ、名を名乗る少女。
クラシオンと名乗った少女は、バケツから手を離した。
「よろしく……ジャック・クリードだ。」
「ジャックさん、ですね。
では、私について来て下さい。」
「おう。」
ジャックも同様に名乗る。
名を認知したクラシオンは、ジャックの前を歩き始めた。
そんな彼女を追うために足を動かすジャック。
二人はあるテントの中へと入っていった。
「ッ!?」
そのテントの中を見て、ジャックは目を見開かせる。
凄惨な光景が、テントの中に広がっていた。
辺り一面が血だらけで、重傷を負った者だけが集まっているようだった。
即席の、簡素なベッドに横たわる男女。
思った以上に広いテントの中は、数床のベッドが敷き詰められていた。
包帯を体中に巻き付けている者や、四肢のいずれかを欠損している者、喘ぎ苦しんでいる者など。
テント内の重体者は様々な症状で苦しむ、地獄絵図そのものだった。
「あの、大丈夫ですか? ジャックさん。」
「え? あ、あぁ。」
心配そうな顔で問いかけてくるクラシオンに、ジャックはなんとか反応する。
予想を遥か斜め上を行った光景に、ジャックの顔は青ざめてしまう。
「ジャックさん。」
「お、おう。」
クラシオンは一つのベッドの傍へと立ち寄り、ジャックを呼ぶ。
ジャックはすぐさまそちらに向かった。
ベッドに横たわるのは、全身を包帯でグルグル巻きにされた生徒だった。
最早男か女かも分からない。
包帯から血が滲み出ており、肉が焦げたような臭いがした。
「これだけの人が、大きな怪我や火傷で苦しんでいます。
今回の空襲は避難する暇すらありませんでしたから……被害は小さくありません。」
酷く悲しげな顔で呟くクラシオン。
彼女は包帯の一部を解いた。
焼け焦げた体を消毒する。
その間も生徒は声を上げることもなく、意識を失っていることが見て取れる。
ジャックが持ってきたバケツの水で手拭いを浸し、包帯で覆われた生徒の体を懇切丁寧に拭いていった。
そうして新品の包帯を巻いて綺麗にする。
クラシオンは真剣な表情で淡々と作業を進めていった。
文句の一つも言わず、汚いものを見るような目を向けることもなく、治療にあたる。
「これで良いでしょう。
次のところへ行きましょうか。」
「あぁ。」
スッと立ち上がり、ジャックの方へと視線を向け、クラシオンは微笑を浮かべて告げた。
それにジャックは頷く。
「それで、バケツはどうする?」
「あ、そのままで結構ですよ。」
彼の問いに微笑し、そのままで良いと告げる。
テントを出ると、二人して次のテントの方へと向かった。
「なぁ、ハイラートってシルディア自治聖都を統治してる、大貴族のことか?」
「あ、はい! よく、ご存知ですね。」
「まぁな。」
ふと疑問に思ったことを口にするジャック。
それにクラシオンが反応した。
シルディア自治聖都。
下級士官学校から遠く離れた都市。
ヴァレアス帝国から唯一独立した政治体制を取る特殊都市であり、大貴族・ハイラート家が統治している。
「しかし、そんな大貴族の令嬢が、何を思ってここに来てんだよ? シルディア自治聖都はヴァレアスの正規軍とは関係ねぇだろ?」
なんて尋ねる。
ジャックの言う通り、シルディア自治聖都は軍事に於いても帝国から独立した都市であり、一種の都市国家としての立場を確立している。
下級士官学校はあくまでも正規軍の士官養成学校であるはずなのだ。
そして、シルディア自治聖都の士官学校があるはずである。
わざわざここまで足を運ぶ必要はない。
「……色々ありましたからね。」
苦笑混じりに濁らせるクラシオン。
あまり、詮索されたくない話題なのだろう。
「次は、ここですね。」
そうこうしている内に、二人は次なるテントの場所へと入っていった。
先ほどまでの重体者が居ないとはいえ、重症者はそれなりに居る様子だった。
「やぁ、また来たんですか?」
入り口のすぐそこに、男子生徒がベッドで上半身を起こしていた。
笑顔で話しかけてくる。
そんな彼にクラシオンは笑顔を浮かべた。
「はい! また来ました。
といっても、今は単なる見回りですけどね。
その後の体調はどうですか?」
「あぁ、良くなりましたよ。
……って、ジャック・クリード……。」
クラシオンの問いを答え、男子生徒はジャックへと視線を向けるなり蔑むような表情を浮かべる。
そんな男子生徒の言葉によって、クラシオンは意外そうにジャックを見つめた。
「お知り合い、ですか?」
「知り合い? ハッ、冗談でしょ。
僕がこんなクズと知り合いになるもんか。」
「え?」
クラシオンがジャックへ問い掛けるも、男子生徒が吐き捨てるように答えた。
それに驚愕する。
男子生徒はまるで害虫でも見るかのような表情を、ジャックの方へと向けた。
「高嶺の花であるシャルルさんをたぶらかして、無理やり召喚させた上に海軍の英雄であるフォルテスさんに、偉そうに怒鳴ったんだ。」
その言葉を受け、ジャックは眉をひそめる。
「無理矢理ってのは心外だな。
俺たちは互いに信頼して、段階を踏んで召喚したんだ。」
食って掛かるような言い方をする。
まるで強姦でもしたかのような言い草に、流石のジャックも聞き捨てならなかった。
自分たちは確かに信頼していた。
その後は自分が揺らいだせいでシャルルを傷つけたが、それでも召喚した当時は確かに信頼し合っていたのだ。
それを赤の他人の第三者から、自分たちの状況や心理を勝手に決めつけられるのは我慢ならなかった。
「撤回しろよ、テメェ。」
「ジャ、ジャックさん、落ち着いてください。」
目の色を変えて突っかかるジャックを、クラシオンは必死に止めようとする。
しかし、男子生徒は止まらなかった。
「その男は落ちこぼれなんだから、大貴族であるシオンさんと話すなんてあってはならないよ。
シオンさん、それを理解できないの?」
「え?」
唐突に標的を自分に変更した男子生徒に、クラシオンは困惑する。
そんな彼女に、彼は続ける。
「準主席とか、大貴族のハイラート家とか、キミの背中にあるその肩書を、しっかりと意識したことがあるの?」
「……わ、私は別にそういうものを重視していません。
肩書よりも、困っている人たちを助けたいだけです。」
責め立てるような男子生徒の言葉に、クラシオンは冷や汗をかきながらも反論する。
自らの信念を曲げまいと抵抗するように。
そんな彼女に対し、ニヤリと笑みを浮かべる男子生徒。
何を思っているのかは定かではないが、歓迎されていないのは確かだった。
「貴族だか何だか知らないけど、俺たち平民を助けるフリをしてるだけだろ。
『学園の聖女』とかなんとか言われてるけど、結局は自分に酔いしれてるんだ。
そもそも、本当にハイラート家の人間なのか? ハイラート家に銀髪は居ないはずなんだけどなァ。」
「ッ!」
明らかに楽しんでいる男子生徒。
クラシオンが『学園の聖女』と呼ばれていることは無知だったが、それすらもバカにするような言い回しをする。
『ハイラート家に銀髪は居ない』
この言葉で、クラシオンは打ち砕かれたように、心底悲しそうな顔をする。
なにかしらのトラウマやコンプレックスがあるように見え、男子生徒はそれを突いて楽しんでいるようだった。
それが余計にジャック自身の癇に障った。
こうして献身的に看病してくれている者を前にして、ここまで傷つけることが出来るのか、と。
まるで、クラシオンを傷つけることでストレスを解消しているようにすら見える。
「おい、お前。」
「あァ?」
ジャックの呼び掛けに、今良いところなのにと言いたげな顔で睨みつけてくる男子生徒。
そんな彼に向け、ジャックは口を開く。
「貴族がどうとか、ドベがどうとか、準主席がどうとか……今の状況下で関係ねぇだろうが。」
「ジャ、ジャックさん……。」
男子生徒に吐きつけるように言ったジャック。
そんな彼にクラシオンはもう一度止めようとする。
しかし、ジャックは止める気など微塵もなかった。
優しい彼女の性格であれば、人を責めたりなどできないだろうから。
だからこそ、ジャックが代わりに言ってやろうと考えた。
「空襲受けて、周りは怪我人だらけで、誰が死のうが生きようが分からねぇ状況だ。
そんな中で負け犬みたく下らねぇことで騒ぐんじゃねぇよ! 俺のことはドべだとか言ったって良いし、俺も自覚してる。」
淡々と想いを紡いでいく。
自分でも驚くほどに怒気を孕ませながらも、相手に食って掛かる。
「ドベであるはずの俺が被弾せず、テメェが被弾した時点で俺より格下ってことだぜ。」
「何だと?」
見下しながら、静かに告げた。
それに男子生徒も反応する。
ドベであるジャックに言われた言葉が、余程自らのプライドを傷つけるものだったのだろう。
「戦争中で、空襲受けて誰かに八つ当たりしたいってのは解るが、クラシオンは誰よりも働いて、動いて、怪我人のために真面目にやってんだよ。
そういう奴を蔑むような奴は気に入らねぇよ。」
「ジャックさん! もう、いいです。
早くここから出ましょう!」
ジャックの留まるところを知らない言葉を、クラシオンは一喝して止めるとテントの外へと押していった。