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エターナル・スペランツァー  作者: 和島大和
14/15

第十三弾 『不穏な視線』

 グラウンドでは教師と生徒が入り混じり、負傷者の手当てをしていた。


 テントがあちこちに立てられ始め、いきなり着陸してきた銀翼の戦闘機に、皆が度肝を抜かれていた。




 「……なんだか、見られてるわ。」



 「いきなり着陸したんだ。


  変な注目を浴びても仕方ねぇ。」




 恥ずかしそうに呟くシャルルに、ジャックは苦笑する。


 屋上は着陸に適した場所ではなく、結果としてグラウンドに着陸する他なかった。


 舗装されているわけではないが、あまり関係なく離着陸できるのも、召喚(サモンズ)で生み出された兵器特有の性質でもあった。




 「とりあえず、出るか。」



 「うん。」




 ジャックの確認の問いに、シャルルは頷く。


 そうして風防を開け放った。




 「抱えた方が良いか?」



 「うん、できれば……この態勢から立つのって、正直大変だし。」




 ジャックの次なる問いには苦笑浮かべつつも、答える。


 本音を言えば、このような大衆の面前でお姫様抱っこなど恥ずかしくてたまらないが、そうも言ってられない。




 「よし、それじゃあ……。」



 「っ。」




 ジャックはコックピットを左手で掴み、シャルルは彼の首に手を回した。


 乗り込んできた時と同様に、右手は彼女の膝裏を支えている。


 立ち上がったのは金髪碧眼の男と、プラチナブロンドの髪と緑眼を持った少女。


 その二人の組み合わせに、一斉に周囲がざわめいた。


 学園主席と、学園ドベの組み合わせ。


 その奇異な組み合わせに動揺を隠しきれないらしい。




 「……英雄的なものじゃねぇな。


  どう見ても。」



 「…………。」




 ヒソヒソ話を展開されているようなざわめきに、ジャックは心底居心地悪く感じてしまった。


 シャルルもまた、顔を逸らしてしまう。


 ジャックは銀翼の上に飛び降り、地面に足を着けた。


 そのまま、シャルルを下ろしてやる。




 「立てるか?」



 「うん、大丈夫……ありがとう、ジャック。」



 「おう。」




 ジャックの問い掛けに頷き、礼を言うシャルル。


 そんな彼女に、フッと微笑みながら返事した。


 やがて、もう一機が着陸を試みようとしていた。


 ジャックの機体の後ろから突っ込んでくる。


 機体の全てが金色の戦闘機。


 敵味方問わず誇示するかのような色合いだ。


 そんな絶対王者そのものの風格で着陸してくる機体は、着陸と同時にジャックたちの戦闘機へと接近する。


 一見して、ジャック達の機体へ体当たりを敢行しているように見えた。


 それを見たジャックは、顔を青ざめる。




 「おいおいおい、ぶつけんなよ!?」




 


 ジャックの発言も虚しく、金色の機体は進み続ける。


 やがて、互いの主翼がぶつかるか否かの所で、停止した。


 ほんの数センチのズレで衝突していただろう。




 「よう、初めましてだな、銀ちゃん!」




 金色の機体の風防が乱暴に開け放たれ、コックピットから顔を出してきた男。


 片手を高らかに上げ、ジャック達に向かって挨拶した。




 「あ、あぁ……本当に、フォルテス様だわ。」



 『おおおぉぉぉぉぉーーー!!!』




 シャルルが瞳をキラキラと輝かせ、海軍の英雄の名を呟いたと同時、周りの生徒たちが歓声を上げた。


 思わぬ大物の登場に、周りは大興奮だ。


 やれ主席がどうの、高嶺(たかね)の花がどうの、ドベがどうの、完全にどうでも良い話題となってしまった。




 「…………。」




 ジャック自身、内心で安堵する。


 着陸直後は酷く緊迫していたが、それも多少は緩和されたようだ。


 そして、改めて男の方へと視線を向けるジャック。


 男はジャックと同じ金髪碧眼であり、髪はオールバックにしている。


 女性が見れば誰でも振り向くであろう、整った顔立ち。


 眉目(びもく)秀麗(しゅうれい)という言葉を体現したような容姿をしている。


 平たく言えば、イケメンである。


 その整い方は、男であっても周りの女性から言い寄られそうだと、一目で理解できるほどだ。


 見た目の歳はジャックよりも五、六歳年上と言った風情であり、爽やかな雰囲気を纏っている。




 「へへっ、大人気だな!! ……よっ、と!」




 男は周りからの大歓声に嬉々として満面の笑みを浮かべた。


 次いでコックピットから跳躍しては、女性をお姫様抱っこで抱えたまま地面に着地する。


 白を基調とした軍服を着込み、長い赤のマフラーを首に巻いていた。


 自身と余裕に満ちた表情を浮かべながら、ジャックの傍へと歩み寄って行く。




 「ッ!?」




 その時、シャルルは自身の鼓動が高鳴ったのを感じた。


 憧れの存在だから、ではない。


 それ以上に、何か懐かしい感覚を覚えていた。


 まるで、以前会ったことがあるような、不思議な感覚。


 だからこそ、言葉に出来なかった。


 目を見開かせながら彼を凝視する。




 「フォルテス、降ろしてください。」



 「あいよ。」




 男がお姫様抱っこで抱えていた女性。


 彼女の呟きに応じ、フォルテスと呼ばれた男はその場に女性を降ろす。


 スッと背筋を伸ばしながら、その場に立った。


 身長は比較的小柄なシャルルと大して変わらない。


 しかし、健康的に引き締まった体躯をしており、一見して華奢に見える反面、最低限の筋肉はあるように見えた。


 薄紫色の髪をツインテールにして腰まで伸ばし、ツーサイドアップのシャルルと似通った髪型をしている。


 右目は海のように透き通った青で、左目は血のように赤い瞳をしている。


 服装は大胆にも(へそ)を出した純白ノースリーブの軍服で、赤いマントをその上から羽織っていた。


 表情は鋭く、人を寄せ付けない雰囲気(オーラ)(まと)いながらジャック達を見据えていた。




 「レイフィート軍所属の航空隊を指揮してる、フォルテス・エクレールだ。


  よろしくな、銀ちゃん!」




 「…………。」




 フォルテスは名乗りながら手を差し出してくるが、ジャックはその手を握ろうとはせずに無言を突き通した。


 目の前の男とは、あまり関わりたくはなかった。


 そんな彼の態度に、楽しげに笑みを浮かべるフォルテス。




 「……ははっ、無言、ね。


  この際だ、握手は別に求めねぇよ。


  ただ、お前さんの目の前の男は、名を名乗ったんだぜ? その時、自分もしっかり名乗るってのが、男としての……人としての礼儀だと俺は思う訳よ。」




 別段咎める様子はない。


 クスクスと余裕の笑みを浮かべながら、ジャックに告げた。


 あくまでも、彼の選択を尊重するかのように。


 しかし、ジャックからしてみれば、その態度すらも鬱陶(うっとう)しかった。


 戦闘技術は彼の方が高く、彼が先に名乗りながら、ジャックの態度を否定するでもない言葉を並べる。


 そして、それ以上に許せないことがあった。




 「俺は『銀ちゃん』じゃねぇんだよ……『海軍の英雄』さんよ!」



 「ちょ、ちょっとジャック! 彼に失礼よ?」




 シャルルはジャックの後ろから注意した。


 自らが憧れている人物に対し、いきなり失礼な対応をするジャックに、焦りを覚えた。


 しかし、彼には通用しない。




 「上等だぜ、コラ! こちとら只でさえイラついてんだよ。


  上官の立場上だか何だか知らねぇけどな……相手に無礼な態度取ったのはテメェだろうが! そんな奴の下に……俺はつきたくないね。


  俺たちは初めて召喚(サモンズ)したってのに……テメェに横取りされて、活躍を奪われたんだ。


  ……ただ、それは俺が戦闘に関して素人ってこともあるし、仕方ないとも思う。


  俺の実力不足さ。」




 ジャックにとっては初陣。


 その実力は彼の思うところの素人そのものである。


 戦いの知識のみを携えた存在であり、戦場では机上の戦術は意味を成さない。


 だからこそ、大きく文句を言う資格はジャックにはなかった。


 感情的には腹立たしいが、強く言うべきではない。


 しかし、とジャックは眉間にシワを寄せながらフォルテスを睨む。




 「けど、俺たちの機体と激突するかどうかのスレスレ着陸は納得いかねぇ。


  そんなに目立った機体で、目立ったことして、応援されて嬉しいのか? そんなに英雄気取りで歓声浴びて嬉しいのか? そんなに上から目線で物言えて嬉しいのか?


  お前がここ来てやってること……全部、見てて気分悪いんだよ。」



 「…………。」




 ハッキリ過ぎるジャックの発言に、フォルテスは真剣な表情で見据える。


 初陣を飾った機体に激突するか否かの着陸パフォーマンス。


 それには納得がいかないらしい。


 更にジャックは続けた。




 「握手しねぇのは無礼だし、名を名乗らねぇのも無礼だ。


  アンタは上官だから、本来は俺から名乗り出るのが常識さ。


  けどな! ……変な呼び方で人を馬鹿にするような言い方よりも、俺のさっきの態度の方が無礼だって言うんなら、俺だってアンタを馬鹿にしてやるよ。


  いきなり通信開きやがった瞬間の言葉が『銀ちゃん』だと? ふざけんじゃねぇ! そんな奴が、偉そうに俺に命令してくんじゃねぇよ『金ちゃん』!」




 ジャックは眉間にシワを寄せながら、結構な距離まで接近した。


 相手を睨みながら威嚇する。


 自分がされたように、相手に仕返しする。


 そんなジャックに対し、依然として真剣な表情のフォルテス。




 「ジャック、いい加減落ち着いて!」



 「俺は……こう見えて冷静だぜ。


  狂ってんのは、向こうの英雄さんの方だよ。」




 シャルルに注意され、反抗的に言葉を発するジャック。


 頭に血が上りながらも、言葉通り冷静ではあった。


 そんな彼に対し、満足げな笑みを浮かべたフォルテス。




 「なるほど。


  思っていた以上にガッツがあるんだな。


  見たこともねぇ機体だったから、どっかの学生の腑抜け野郎が、勝手に召還(サモンズ)してんのかと思ってたぜ。」




 笑みを浮かべながら、相手を称賛するフォルテス。


 彼からしてみても、ジャックに対する第一印象はあまり良くなかったらしい。


 それでもそれを顔に出さず、軽い調子でフォルテスの方から接触してきたのだ。


 直後、フォルテスは真剣な表情を浮かべる。


 先ほどまでの軽い調子の男ではない。


 一人の軍人としての顔だった。




 「数々の無礼な態度と言動、すまなかったな。


  ……名前、聞かせてくれねぇか?」



 「…………ジャック・クリードだ。」




 頭を下げて謝罪し、改めてジャックに名を尋ねる。


 彼の謝罪もあり、ジャックは今度こそ名乗った。


 しっかりと、自らの存在を告げた。




 「ジャックか……へへッ! 良い名前だな、ジャック。」



 「……どうだかな。」




 フォルテスの友好的な態度に、ジャックは視線を逸らす。


 先ほどあれだけ睨み、あれだけの暴言を吐いたにもかかわらず、意にも介さない様子のフォルテス。


 そんな彼に、どことなく後ろめたさから視線を合わせられないでいた。




 「おいおい、素っ気ないなぁ、ジャック君は!」




 フォルテスは、視線を合わせないジャックの肩に腕を回す。


 ガッと肩を組んでは至近距離で見つめた。




 「せっかくこうして知り合ったんだ。


  もっと仲良くしようぜ? な?」



 「テメェ……なんなんだよ、その切り替えの早さはッ!!」




 ニヤリと笑いながら、あまりに早く切り替えながら友好的に接してくるフォルテス。


 そんな彼に、ジャックは困惑しながら叫んだ。


 その声音には、先ほどまでの拒絶の色はない。




 「で、こっちの嬢ちゃんが……」



 「メイリア・マルカイユ。


  彼の『リアライザー』でもあり、世話役でもある。」




 フォルテスはジャックと肩を組みながら告げようとしつつも、それを遮られ、女性は名乗った。


 ようやく口を開いた彼女は、フォルテスに対して述べた敬語ではない。


 更に言葉を続ける。




 「好きなものはクレープで、特技はクレープ作り。


  趣味は、たまにクレープ店を開いて皆に食べさせること。


  将来の夢は、クレープで世界を平和にすることね。


  クレープとフォルテスなら、比べるまでもなく圧倒的且つ絶対的にクレープの方が大事。」




 「……だ、そうです……。」




 淡々と紡がれる奇想天外な自己紹介に、フォルテスも冷や汗混じりに苦笑する。


 やたらとクレープを推し、最早『ストライカー』であるはずのフォルテスよりも上だと公言する始末。


 将来の夢が何とも壮大で、無視することに越したことはない。




 「…………。」


 「…………。」




 思わずジャック達も黙る。


 その周りに居る者達も黙る。


 辺りがシン、と静まり返った。




 「えぇっと……じゃあ、キミは?」



 「へ? あっ、シャ、シャルル・マリーです!」




 フォルテスによって唐突に振られたシャルルは、酷く狼狽(ろうばい)しながら頭を下げる。


 まるで、この静かな空間を何とかしてくれと言わんばかりだ。




 「シャルル・マリー……。」




 フォルテスはシャルルの名を反芻(はんすう)する。




 「…………。」


 「…………。」




 フォルテスとシャルルは、ジッとお互いを見つめていた。


 ただ黙って、視線を交わしている。


 静かな空間を何とかするどころか、自分たちが静かな空間と化してしまった。




 「シャルル。」


 「フォルテス。」



 ジャックとメイリアは、同時にパートナーの名を呼ぶ。


 いつまで経っても固まったままの二人を、呼び起こそうとした。




 「あ……ゴ、ゴメン。」


 「なんでもねぇよ。」




 そして、フォルテスとシャルルの二人は同時に我に返った。


 二人して顔を逸らす。




 「あの、えっと……。」



 「あ~、メイリアに(なら)って自己紹介する必要はねぇからな。」




 気を取り直して口を開くシャルル。


 メイリアの自己紹介直後ということも相まって、自らの情報を流すべきかを悩んだ。


 そんな相手の心情を理解しているかのように、フォルテスは彼女に踏み止まるよう促す。


 口で言わずとも理解している、とでも言いたげだ。



 

 「コイツは初対面の人間を前にして、無駄に緊張して、適当に言ってるだけだからよ。」




 と、フォルテスは溜め息混じりに呟いた。


 どうやら今に始まったことではないらしい。


 彼の言葉に真顔で見つめるメイリア。




 「適当とは心外です。


  全てが嘘という訳ではありません。


  貴方の『リアライザー』であることと、クレープが好きだということは事実です。」



 「……逆に言えばそれだけだろ? 殆ど嘘じゃねぇかよ。」



 「…………。」




 メイリアの反論に、またしても呆れたように呟くフォルテス。


 全くもって正論を叩き出す彼に、メイリアは顔を赤らめて視線だけ逸らし、何も言わなくなった。




 「赤くなるくらいなら、端から言わなきゃいいのによ。」



 「よ、余計なお世話です。」




 フォルテスのからかうような言葉に、メイリアは恥ずかしそうに顔ごと逸らしてしまった。




 「おい。」



 「んん?」




 ジャックは唐突にフォルテスを呼ぶ。


 それに軽く反応してみせるフォルテス。




 「いつまで肩組んでんだよ?」




 酷く不満げに睨みながら、問い掛ける。


 先ほどからずっと、フォルテスはジャックと肩を組んだままだ。


 問いかけられたフォルテスはケラケラと笑ってみせる。




 「ハハハッ! まぁ、細かいことは気にすんなって。


  そんなんじゃお前、女にモテねぇぜ?」



 「んだと?」




 ケラケラと笑いながらからかうフォルテス。


 ジャックもそんな彼の態度に、眉をひそめる。




 「そんな事よりもフォルテス。」



 「ん、なに?」




 気を取り直したように真剣な表情を浮かべるメイリアに、フォルテスは視線を向けた。


 用件だけを聞こうと耳を傾ける。




 「ナナリー様に報告しなければいけませんよ。」



 「おぁっといけねぇ。


  へへへっ、ナナリーさんか……確かに報告しねぇと、後が怖ェからな。」




 メイリアの言葉に、フォルテスは納得したように首を縦に振る。


 そうしてようやくジャックの肩から離れた。


 彼らの所属は、レイフィート軍。


 ナナリー・レイフィートの配下という立場である。


 一刻も早く彼女に報告をしなければならない。




 「ナナリーさんはあぁ見えて、意外にペッタンコの貧乳なんだぜ。


  知ってたか、ジャック?」



 「っ!? は、はぁ!? 知らねぇよ、んなもん! ってか、興味ねぇし!」




 ニヤニヤしながらナナリーのことを口にし、知っていたかを問い掛けるフォルテス。


 その言葉にジャックは顔を真っ赤にし、否定する。




 「初心だねぇ! シャルちゃんみたいなカワイ子ちゃんを相手にしながら、そりゃねぇよ。」



 「だぁーうっせぇ! さっさと行っちまえ、この野郎!」




 自らの言葉で顔を真っ赤にさせたジャックに、フォルテスは実に楽しげである。

 



 「ハハハッ! 良いねぇ、その素っ気ない態度!」




 なんて言いながら、ようやく肩から離れるフォルテス。


 そうして、笑みを浮かべながら言葉を続ける。




 「ま、ナナリーさんに報告しないといけないのは事実なんでね。


  お前さんの言葉に甘えて、俺達はもう行くぜ。」




 フォルテスは余裕の笑みを浮かべながら話を切り出す。


 そんな彼に、シャルルは近づいて行った。




 「あ、あの!」



 「ん? 今度はどうした?」




 シャルルの呼び掛けに、フォルテスは向き直って問い掛ける。


 先ほどから連続的に呼び掛けられてしまう状況でも、嫌な顔一つしない


 彼の余裕ある対応にシャルルは目を逸らしつつも、意を決してどこからかサインペンと色紙を取り出した。




 「あの、良かったら、サインください!」



 「お、サインか……へへっ、良いぜ。」




 顔を赤らめながらもサインペンと色紙を渡すシャルル。


 そんな彼女の態度に驚きながらも、すぐに笑顔を浮かべてフォルテスは了承した。


 上官への報告が遅れる、などとは考えていないらしい。




 「握手とかは、ご希望じゃねぇのかい?」



 「……え?」




 フォルテスからの思わぬ申し出に、シャルルは完全に不意を突かれ、固まってしまう。


 握手することなど想定していなかった。




 「ぜ、是非、お願いします!」




 断る理由などなかった。


 すぐさま手を差し出す。


 憧れの英雄が目の前に居るのだ。


 ファンとして握手しない、などという選択肢があるはずもない。


 寧ろ、良いのかというレベルである。




 「はい、ジャックくん共々、キミとは交流しそうだからよろしく頼むよ。」



 「あ、ありがとうございます!!」



 「…………。」




 フォルテスは一言添えながらも、快く彼女の白くて小さな手を握り締めた。


 その様子を、ジャックは面白くなさそうな目で見つめている。




 「それじゃ、元気でね……シャルちゃん。


  お前さんの活躍、応援してるぜ。」



 「ッ!!!?」




 満面の笑みを浮かべながら、フォルテスはシャルルの頭に手を乗せては優しく撫でた。


 その予想外の行為に、シャルルは目を見開かせる。


 そして同時に、またもや懐かしい気持ちになった。


 同じような光景を目の当たりにしたような、不思議な感覚。


 フォルテスは踵を返し、歩き始める。




 「では……。」




 メイリアは軽く会釈してから彼の後を追い掛けた。


 金色の戦闘機にメイリアが触れた途端、光り輝く粒子となって霧散する。


 それらを見送るジャック達。




 「行っちゃったわね。


  なんか、初めて会ったけど……なんだろう。


  一緒に居て……少し安心するというか……不思議な感じだったわ。」



 「…………。」



 「あっ! ちょっと待って、ジャック。」




 シャルルはフォルテスと居て感じたことを、ポロッと呟く。


 その言葉を聞いたジャックは、その場から即座に離れ始める。


 まるで、シャルルの呟きから逃げるかのように。


 そんな彼を呼び、肩を掴んで静止させるシャルル。




 「あん? ……なんだよ?」




 呼び止められた酷く不満げに尋ねるジャック。


 言動もどこか乱暴だ。


 そんな彼に対しても、シャルルは微笑みを浮かべた。




 「先に『粒子化』しましょう。」



 「……りゅうしか? なんだ、それ?」




 聞いたこともない単語が、シャルルから発せられて首を傾げる。




 「説明は後よ。


  さ、早く。」



 「っ!」




 なんて言いながら手を繋いでくるシャルル。


 そんなシャルルに、ジャックは困惑しながらも握り返した。


 今更だと自分でも思うが、戦いが終わってからはあまり顔を見られたくなかった。


 そんな彼をよそに引っ張り、銀翼の戦闘機のの主翼に手を触れるシャルル。


 刹那、銀翼の機体は光の粒子となって霧散し、シャルルの体を包み込んだ。


 まるで、兵器と化した自らの心の欠片を、吸収するかのように。


 そうして、二人は人目が付かない場所まで歩いて行った。


 その間も手を繋いだままだ。


 シャルルとしては、もう少しだけこうして手を繋ぎたかったのだが、




 「なぁ、もういいだろ?」



 「え?」




 と、ジャックが告げてきた。


 その言葉に、訳が分からないと言った風情で見つめるシャルル。


 そんな彼女に、ジャックは握り合った手を掲げた。




 「手、離していいだろ?」



 「……ジャック?」




 ジャックは視線を逸らし、再度問い掛けた。


 そんな彼の行動が、イマイチ理解できないシャルル。




 「少し、疲れたんだ。


  お前も、そろそろ休んだらどうだ?」




 ジャックは問い掛け、提案した。


 休むように、進言してくる。


 だが、シャルルは先ほどのような喪失感はなくなり、元気を取り戻していた。




 「アタシは、充分よ。


  それより、もう少しお話ししない? アタシたち、初めて召喚(サモンズ)したし……。

  一緒に居ても、別に不思議じゃないわ。」



 「けど……俺は……。」




 苦笑しながら告げたシャルルに対し、ジャックは目を伏せた。


 今にも泣き出してしまいそうな表情だ。


 ジャックの顔を、心配そうに見つめる。


 彼の力になりたい。


 それが、現状のシャルルの想いだった。




 「ジャック、どうしたの?」



 「っ、何でもねぇ……。」



 「何でもないって……そんなことないでしょ?」



 「だから、何でもねぇって……。」



 「……そんな態度を取って、何でもないことないでしょ。


  何か悩みがあるのなら……何でも言ってよ。」




 言葉を交わす内に、何かを隠そうとするジャック。


 それが、態度に明確に出ていた。


 シャルルは努めて、優しい声音で語り掛けた。


 ここで上から詰め寄っても、彼は隠すだけだと思ったから。




 「…………。」




 そんなシャルルの態度に、ジャックは何も言わなくなる。


 悩みがあると、無言で肯定していた。




 「何でも言って? アタシたちの理念(ルール)は『目の前の壁を壊す』でしょ?」



 「ッ! ……あぁ、そう、だな……。」




 シャルルの言葉に、ハッと我に返るジャック。


 流石のジャックでも、自らが言ったことを忘れたりはしない。


 意を決して語ろうとする。


 だが、何といえば良いのか、今のジャックには理解できなかった。




 「……悪い。


  言おうと思ったんだけど……うまく言葉に出来ねぇ。


  少し、時間くれねぇか?」



 「もちろん、いいわよ。


  ジャックが相談したいってなったら、相談してくれると嬉しいから。」




 ジャックの言葉に、ニコッと微笑むシャルル。


 本心からの言葉をそのまま彼に伝えた。




 「ありがとな、シャルル。


  俺が言えた立場じゃねぇけど……お前も、悩んだら隠さずに言えよ? どんな相談でも乗るからよ。」



 「うん、わかった。」




 ジャックは切なげに微笑みながら礼を言う。


 互いに礼を言った後、ジャックは踵を返して立ち去っていった。


 彼の背中が消えるまで、見つめていた。




 「ういっす。


  何事かと思ったけど、大丈夫かい? シャルルさん。」



 「ッ!?」




 突如として、一人の男がシャルルの背後から声を掛けた。


 その呼び掛けにビクッと驚き、体ごと振り返る。




 「あ、なんだ……ブルガル先生でしたか。


  もう、驚かさないでくださいよ!」



 「あはははっ! いやぁ……。」




 ホッと胸を撫で下ろしながら呟くシャルル。


 男は微かに顔を赤らめながら、後頭部を掻いた。




 ブルガル・シュヴァイン。




 それが、男の名だった。


 シャルルよりもやや身長が高い程度の男で、小太りな体型だ。


 顔立ちは醜い、と称されても可笑しくはないほどに酷い。


 薄くなってしまった黒髪は、まるで油でも塗ったかのようにテカテカ。


 服装は教員特有の黒スーツだが、白いカッターシャツはスーツの隙間から出ており、ボタンも開放的で肘まで(めく)りあげていた。


 更にベルトの部分から一本のチェーンが装飾され、そこに多数の鍵が付けられている。


 お世辞にも着こなしているとは、到底言えないだろう。


 そんな男の目は黒眼で、まるで魚のように飛び出しており、目元にはクマが出来ている。




 「さっきのやりとり……見てましたよね。」



 「あぁ、まぁ……。」




 苦笑しながら謝罪するシャルルに、ブルガルは平然と頷いた。


 盗み聞きしていたことを公言しているような発言だが、シャルルは気にしない。




 「すみません、見苦しいところを見せてしまって……。」




 シャルルはその場で、ブルガルに向けて頭を下げた。


 盗み聞きされた以上に、さっきのやり取りの見苦しさに罪悪感を覚えているらしい。


 相手は教師という立場でもあるため、シャルルとしては彼から咎められるのを防ぎたかった。


 だが、ブルガルも大して気にした様子はなく、彼女の謝罪に首を振った。




 「いやいや、シャルルさんが謝ることじゃないですよ。


  寧ろ、ジャック・クリードが貴女に謝るべきだ。


  勝手に召喚(サモンズ)した挙句、使い終わったら『さようなら』なのだから。」




 シャルルに対してはニコニコとする一方、ジャックの話になるとあからさまに嫌悪したような表情を浮かべる。


 酷い顔立ちが余計に際立っていた。


 しかし、召喚(サモンズ)については、シャルルも言っておくべきことがあった。




 「っ、ま、待ってください。


  ジャックが召喚(サモンズ)したのは、私からもお願いしたからです。


  ですから……私にも、責任はあります。」




 最初こそ食らいつくように発していたが、徐々に俯かせていくシャルル。


 俯きながら目を泳がせ、言葉を紡いだ。


 そんな彼女の態度に、ブルガルは余裕の笑みを浮かべる。


 しかしそれは、ジャックやフォルテスのような、余裕に満ち満ちた様子もなく、魅力の欠片もない。


 ただただ、ひたすらにキモいだけである。




 「……フフッ、そんなことはないよ、シャルルさん。


  シャルルさんは、凄いよ。


  そうやって誰にでも自分を低くしてるし、この場に居ない相手すらも思いやる優しさを持っている。


  フフフッ……以前までなら、どんな女性に対しても、絶対に離し掛けられなかった僕が、運命的にキミと出会えたことで、こんな風に、普通に、お話しできるように、なったんですよ。


  フフフッ……僕にとって、キミの存在があったからこそ大きく進歩しました。


  その進歩を踏み出させてくれたシャルルさんが、間違っていることなんて、決してありません。


  だから、謝ることなんて、何もないんですよ。」



 「は、はぁ……。」




 ニコッと微笑むブルガル。


 テカテカの前髪を指で払いながら格好つけ、学園一の美貌と噂されるシャルルに笑顔を向けた。


 彼の発言に、シャルルは酷く困惑した。



 あまりに、自分に味方してくれるから。


 あまりに、ジャックを責め立てるから。


 その病的なまでの発言は、学園主席のシャルルですら理解に苦しむものだった。



 ただ、彼女の中では先生である以上は『良い人』という観念が強い。


 疑う心情は、特になかった。




 「あ、あの……ブルガル先生。」




 恐る恐る、問い掛ける。


 何故こう言った態度を取っているのか、自分でも理解はしていないが恐る恐る尋ねた。




 「ん、何かな? 悩みがあるのなら何でも言って欲しいな。


  僕はこう見えても、キミの教師なんだから。


  キミの悩みを隠さないで欲しいと思うし、どんな相談でも乗ってあげようと、僕は考えているからね。」




 ニコニコと笑いながら紡ぐ言葉。


 聞いても居ないのに、悩みだといったわけでもないのに、勝手に決めつけて話を進める。


 しかも、その紡がれた言葉はジャックの先ほどの発言と酷似していた。




 「えっと……や、やっぱり良いです! 失礼します!」



 「あぁ、気をつけてね。」




 シャルルは何かを問い掛けようとして、やめた。


 何故だか、ここに居たくなくなってしまった。


 すぐさまジャックが消えた方へと駆け出していく。


 そんなシャルルを、ブルガルは笑みを浮かべながら見送った。


 そして、シャルルの姿が消える。




 「照れ隠しか……フフフッ……。」




 この場にブルガルだけが残り、独りで妄想しては赤面する。


 途端に彼は、舌なめずりした。


 まるで獲物を狙う蛇のように、シャルルの姿が消えた先へと、視線を向けていた。




 ただひたすらに、ジィッと見つめていた。

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