第十一弾 『召喚の儀式』
屋上の扉を開ける。
すると、六機の航空機が未だに上空で飛び回っていた。
まるで食物連鎖の頂点に君臨する、猛禽類のようだった。
あちこちに小さな黒煙が立ち昇っており、迎撃に来た航空隊が無力化されているのを物語っていた。
「陸軍の航空隊ね。
一機も墜とせずに全滅しているみたい。」
「海軍の連中は何やってんだよ。」
「作戦行動中か、遠征中か……とりあえず、すぐに駆け付けられない理由があるのよ。」
歯噛みするジャックにシャルルが告げる。
陸軍はすぐさま国土の防衛に向かえるが、海軍であればそういう訳にはいかない。
国土防衛や迎撃に対応が遅れてしまうのは、無理もないことだ。
「グラウンドの皆は避難したらしいわね。」
「……となると、新しく出てきた俺らが奴等の標的だな。」
グラウンドから生徒たちの声は聞こえなくなり、全員が避難したことを認知した。
それと同時に、屋上という野外に出てきた自分たちが、敵機の標的になることは自明の理である。
案の定、大空で飛び回っていた六機が一斉に急降下し、ジャック達の方へと機銃を掃射してきた。
「こっちだ!!」
ジャックはすぐさまシャルルの手を引き、その場を離れる。
少しでも屋根がある場所、少しでも遮蔽物がある場所を選ぼうとする。
第一波の機銃弾は逸れ、六機がバラバラに行動を開始していた。
その間も駆け出す足を止めないジャック達。
ジャックは三連装の巨大な機銃座の陰に身を滑らせた。
シャルルも彼と共に隠れる。
多くの土嚢で前後左右に積み上げられたその場所は、一時的に敵の機銃掃射を防ぐには絶好の場所だった。
爆弾が落とされない内は安全だろう。
「よし……シャルル、大丈夫か?」
「うん、大丈夫。」
ジャックの問い掛けに真剣な顔で頷くシャルル。
彼女の反応を受けてジャックも意を決する。
「……初めての時って、やっぱり緊張したり、怖かったりするわね。」
「まぁ、そう……だな。
初めてってなると、普通は何でも緊張するからな。」
唐突に呟くシャルルに、ジャックは当たり前のように呟いた。
「それで、さっきジャックが何でも言って欲しいって示してくれたから言うけど……アタシ今、すごく緊張してるの。
緊張してるし、怖いし、不安だし……どれだけジャックから励まされても、本当にこれだけは拭えない。
勇気って言うのかな……それがちょっと、まだ足りないみたい。」
「…………。」
苦笑浮かべながら呟くシャルルに、ジャックは真顔でジッと見つめた。
やや自嘲気味に笑いながらも、シャルルは言葉を続ける。
「この状況で、ここまで来て、ここまで連れてこられて……ここまでされたり言われたりしたのに……変、だよね。
アタシ、自分ではウジウジするのは大嫌いなのに……なんでかな? 今は自分でも嫌気が差すほどウジウジしてる。
なのに、一向に前に進めないの。
あんなに決意したのに、こんなところまで来たら、後戻りできないのは解ってるのに……アタシ……アタシ……。」
独り言のように述べていくシャルル。
言葉にすることで自分の中で考えを纏めようとする。
それほど、強烈な不安や恐怖があるのだ。
痛みに対して、心を開くことに対して、未だに恐怖している。
「へへっ……奇遇だな、シャルル。
実はよ、俺もなんだ。」
「え?」
気まずそうに後頭部を掻きながら、ジャックは告げた。
その予想外の言葉に、シャルルは目を見開かせた。
「言っとくけど、お前なんかよりもっと酷いぜ。
手前勝手に召喚したいなんて言って、相棒の背中押すだけ押してウジウジしてんだ。
本当に、シャルルが俺に選ばれて良かったのかな、とかそんな話さ。
お前も俺も、相手の心の本音はどうあっても分かんねぇもんなんだよ。
口では求められたり、欲してるように言われても……行動で示されても……最終的には手前勝手な判断で相手を見るしかねぇんだ。
完全に相手を知ることが現状ではできない以上、自分自身はこうだって……自分に言い聞かせる他ねぇんだよ。」
ジャックも自嘲気味に言葉を述べていく。
やりたいことだけ言い、人の背中を叩きながらも不安を抱いている自分。
相手が言葉で示し、行動で示してくれたにも関わらず、未だに本心はどうなのかと悩んでいる自分。
互いに相手の本音を理解できない立場でいる以上、自分に言い聞かせて納得させるしかない。
現状のジャックができ得ること。
現状のシャルルができ得ること。
それは人に相談するのではなく、自らは相手をどう思うか。
まずはそこにかかってくるのだと示す。
人のことを考えるよりもまずは、自分のことを考える。
「……なんだか、自分勝手というか……自己中心的ね、それ。」
「ハハッ! 確かに、そうかもしれねぇなァ。」
視線を逸らしながら、シャルルは思ったことを口にする。
自分を強調するジャックの言い回しに、違和感を感じた様子だ。
ジャックもその言葉には納得しているらしい。
事実、ジャック自身はこれを偽善や独善的だという意識が強い。
だが、それでもジャックは言葉を続けた。
過去の自分に掛けてくれた、大切な言葉を相手に伝えるために。
「俺がまだもっとガキの時にさ……母親から言われた言葉があるんだ。」
そう言って、ジャックは目を閉じる。
自らの心の中にしまいながら、今まで誰にも言ったことがない言葉を、目の前の少女に向けて発するために。
「『自分のため、自己中心的、独善的で偽善的。
生きていれば言われることが何度もあるし、確かにそう捉えても可笑しくないかもしれない。
だけど、最初はそれで良いし、決して悪いことじゃない。
そうやって少しずつ少しずつで良いから、誰かに与えることの喜びを感じて、知っていければ良い。
そうすればいつかは人に、自分自身の大切な部分や大切なものを分け与えることが出来ると思うから。』
……俺と妹が喧嘩する度にこの言葉を言ってくれた。
だから、俺たちの関係も、最初はそれで良いんじゃないか? それこそ、俺たちは恋人じゃなくて相棒同士なんだ。
お前は俺だけじゃなく、お前自身を信じてればいいと思う。
俺もそうするし……それが、『自信』に繋がって、『勇気』を持って踏み出せるんだと思うぜ。」
母親から授かった言葉を相手に伝え、己の想いを、考えを相手に伝えた。
お互いに足を踏み出せないのであれば、お互いに自分を信じながら勇気を振り絞れば良いのだ、と。
「……そっか……そうだよね。
ありがとう、ジャック。」
「おう!」
彼のお陰で、また一つ吹っ切れたように笑みを浮かべるシャルル。
それを受けてジャックは自信に満ち溢れた笑みを浮かべた。
その彼の表情が、再び自分を押し上げてくれたようにも感じる。
「……ジャック、アタシが開心をしたら一気に腕を入れて欲しい。
痛みを、少しでも和らげるにはそれしか方法はないから。
どんな状況になっても、絶対に躊躇っちゃダメよ?」
「了解。
あとは、どうすれば良い?」
「あとは……。」
真剣な表情で開心をした時の対応を教えるシャルル。
同様に真剣な表情で、ジャックは頷きつつも他にするべきことを尋ねた。
シャルルはしばし考える。
男であるストライカーが行う際に重要な項目は、開いた心に瞬時に腕を入れること。
「あとは、すぐに引っ込まないで欲しい。」
「……つまり、腕を入れたらその状態をキープしろって、事か?」
「そういうこと。
もし大きく動いてしまったら、リアライザーの心に傷をつけて、最悪の場合は心臓にダイレクトに負担が掛かってしまうの。
『ガラスのハート』なんて言葉があるけど、リアライザーの心はそれくらい脆いから注意してね。」
「……肝に銘じておくぜ。」
二つ目は、腕を突っ込んだ後にジッとしておくこと。
根気よく待つことが重要なのだ。
『ガラスのハート』とはよくいったもので、心は非常にもろく、傷付きやすい。
傷がついてしまえば、リアライザーの心臓に多大な負担が掛かってしまうのだ。
そうした注意事項を聞いて、ジャックも冷や汗を隠し切れない。
「あとは……その……。」
「ん?」
次いで何かを言おうとした段階で、シャルルは視線を逸らしてしまう。
急に歯切れが悪くなり、ジャックが首を傾げた。
顔を赤らめ、何かを言いたそうにするシャルル。
「何をすればいい? 俺は、お前が求めるものだったら何でもするぜ?」
「っ、じゃあ……えっと……。」
フッと笑いながらも告げるジャックに、シャルルは驚きながらも意を決したようにジッと顔を向けた。
依然として顔は赤いままだが、言葉に発するために息を吸い込む。
「あ、頭を、撫でて欲しいの。」
「……それだけで良いのか?」
「えっ? じゃ、じゃあ……あ、あとは……抱き締めたりとか……背中を擦ったりとかも……。」
「他には?」
「えっと……えぇっと……っ、も、もう良いわ!」
至極簡単な注文にジャック自身は拍子抜けしつつも、シャルルとしては必要不可欠なものだった。
開心を行い、召喚によって腕を入れられる時点で想像を絶する苦痛を抱くのであれば、それに耐えた暁に何かして貰わなければ、割に合わない。
一種の報酬としての安息を、求めていた。
ただ、あまりに許容され過ぎたこともあってか、最後にシャルルは恥ずかしそうにムキになって叫んでしまう。
多少の緊張は解れたのだろう。
「それで、頭撫でたり、抱き締めたり、背中擦ったりってのは……手を入れた状態でやれって話か?」
「と、当然でしょ!?」
「……けどよ、それだと撫でられねぇぜ。
両手塞がっちまってんのに。」
「……え?」
ジャックの発言に目を丸くさせるシャルル。
両手を塞がって撫でられない、と告げられては一瞬、何のことかと考える。
そして、その言葉の意味を瞬時に理解した。
「……アンタまさか、開心した心の中に、両手で突っ込もうなんて思ってないでしょうね?」
「え、違うのか?」
青ざめた表情のシャルルの問い掛けに、逆に尋ね返すジャック。
そんな彼の反応に驚愕してしまう。
「っ、ち、違うにきまってるでしょ、バカ! 危ないこと考えないでよね。
利き手を入れるのよ、利き手を。
入れるのは両手じゃなくて、片手なのよ。
両利きならどっちでも良いけど、アンタは右利きだから右手『だけ』を入れるの! 分かった!?」
激しく否定しながら怒鳴る。
急に命の危機を感じ、必死に訴えかける。
開心をした後は、利き手且つ片手で突っ込むのだと強調する。
ジャックの場合は、右手のみを入れるよう言われた。
「あぁ、右手ね……了解した。」
「……はぁ~、き、気づいて良かったわ。
流石はジャック……普通の人とは質問の素っ頓狂さが違うわ。」
すぐさま激しく訂正し、ジャックは了承する。
そんなジャックの反応に、シャルルは思わず冷や汗をかいた。
危うく間違った入れ方をされて死ぬところだ。
「悪かったな、素っ頓狂な質問ばっかでよ。
けどよ、そんなに壊れやすいのに、大切なモンだってなったら、どうしても両手で扱いたくなるだろ。
特にお前だったら、俺は片手で無造作に掴むなんて真似、出来ればしたくねぇんだからよ。」
「ッ!?」
真剣な表情で告げられた彼の言葉に、シャルルは目を見開かせる。
彼は彼なりに配慮した考えを持ち、大切に想ってくれているのだと理解する。
「……き、気持ちは嬉しいけど……ダメなものはダメなの。
お願いだから、両手じゃなくて片手でしてね?」
頬が紅潮しながらも顔を逸らし、念を押すように告げるシャルル。
正直、相手が自身を大切に想った末に勘違いしたことならば、いつもほどの苛立ちはなかった。
寧ろ、怒りを覚える必要すらないと感じるほどだ。
相手に大切にされている、という想いを理解できれば、何をされても良いとすら思えた。
「まぁ、肝に銘じてやってやるぜ。
何でもって言った手前、俺から断るわけにはいかねぇからな。」
ニッと余裕の笑みを浮かべながら告げた。
シャルルは真剣な表情で、彼を見据えた。
「アタシは、アンタを信じてるからね?」
「あぁ、俺もお前を信じてる。」
「優しくしてよ?」
「分かってる。」
「さっき言ったこと、絶対にしなさいよ!?」
「命令されなくてもやってやるよ。」
「それと、絶対に両手を入れるなんてバカみたいなこと、しないでよ!?」
「しつけぇな! 一度言われりゃいくら俺でも分かるって!!」
何度も何度も確認するシャルルに対し、遂に怒鳴ってしまうジャック。
気を取り直し、シャルルの心臓部が光り輝きだした。
服があってもお構いなしに、光の穴が形成される。
「よし、行くぜ。」
「う、うん……。」
開心を間近で見つめ、朝にあったことを目を閉じて思い出すジャック。
ティムがナナリーを介して行った召喚。
それを脳裏に浮かべながら、ジャックは双眸開き、シャルルの光り輝く心に右手だけを突っ込もうとする。
シャルルはギュッと目を閉じた。
来るべき苦痛に身構える。
一方のジャックも、光の直前で一度だけ、手を引っ込めた。
それで先ほどのナナリーの言葉が、一瞬だけ脳裏を通過する。
『心を引き抜かれれば壮絶なまでの疲労感と喪失感を同時に味わうものなのだ。』
『その苦しみは、男であればショック死するほどの凄まじい苦しみ。』
『召喚したければ……今度は貴様がアイツを信じ、自らの心を曝け出す覚悟を決めることだ。』
酷く恐ろしい。
自らのせいでシャルルが傷つくことが、何よりも恐ろしい。
しかし、今はそんなことを言っている場合ではなく、シャルルから先に心を開いているという現実が目の前にあるのだ。
それを無視して、ここで逃げ出すわけには、当然いかなかった。
「行くぜ。」
今度こそ、ジャックは右手を光り輝くシャルルの胸へと入れ始めた。
指先だけを入れた段階で、手が震え始める。
このまま突き入れれば確実にシャルルが傷つくのが、目に見えている。
それでも、心を開いてくれた彼女のためにジャックが出来ることは、召喚を完遂することだ。
そうして一思いに、グッと手を突っ込んだ。
掌の中間点までは入り込んだ。
「あぁッ、うぐぅぅあぁぁッッッッ!!」
「ッ!?」
その段階で、あまりの苦しみに顔を歪め、声を張り上げるシャルル。
今まで聞いたこともないほどの苦しそうな声と反応に、一瞬気圧される。
ビクッと震えてしまう。
それでも、構わず入れ込む。
一方のシャルルは、心臓を引き抜かれそうな痛みと苦しみを感じていた。
ただ突っ込んだだけで、聞いていた話以上の想像を絶する苦痛だ。
あまりの苦しみに汗が滲み出てくる。
「ッ!?」
ジャックの手に、なにか得体の知れないものが触れた。
あまりに唐突に触れてしまったものに驚いてしまい、思わずその周囲を手探りするように動かしてしまった。
その度に、何かが指先が触れる。
「あっ、アァッ!! ガアァッ! ……や、め……て……。」
「ッ!!!? わ、悪い!!」
それによってシャルルは、更に苦しみ出してしまう。
強烈な苦痛に耐えかね、彼の腕をグッと掴んでしまうシャルル。
足がガクガクと震え、口の端から涎が垂れようとも最早気にならないほどの苦痛だった。
首をブンブンと振り、動かさないで欲しいことを必死に訴えかける。
そこでようやくジャックも我に返り、謝罪する。
手首より奥には、入らなかった。
光の奥にあった『何か』に指先が触れている状態。
「っ、くッ!」
開心の穴が急に収縮した。
シャルル自身が心を閉ざし始めたのだ。
ジャックによって手探りで抉られた感覚に陥り、思わず疑念を抱いてしまっていた。
彼の好奇心によって、自分が利用されたのではないか。
戦うための一種の手段として、自分は見られているのではないか。
先ほどまでの言葉は、全て嘘だったのではないか。
そうした相手を疑問に思う心によって、ジャックに対する想いを閉ざしつつあった。
手首を締め付けられ、ジャックも痛みに顔を歪める。
それによって、更なる苦痛がシャルルを襲う。
「うぁッ! があッ!」
「シャルル、ッ……シャルル!……落ち着け……。」
心を閉ざし始めては悶え苦しむシャルルに、ジャックは左手を伸ばす。
言われていた通り、なるだけ優しく抱き寄せる。
そのままぎこちなく背中を撫で始めた。
手首の痛みが原因で力が入りそうになるが、今のシャルルの苦しみに比べれば酷く軽いものだろう。
だからこそ、ジャックは自分よりも腕の中の少女を優先した。
「シャルル……さっきは、本当に悪かった。
俺、シャルルの声で動揺しちまったんだ。」
耳元で謝罪と共に弁解する。
内心で自責しながら、心を開いてくれるように願い、言葉にして発する。
「もう俺は、お前を傷つけたりなんかしねぇ。
お前を、苦しめたりなんかしねぇ……俺がずっと傍で、一緒に居てやる。
お前が俺を受け入れるまで、いつまででも待ってやるから……ゆっくり、ゆっくり呼吸してみろよ。」
「ッ、ッ、ッ、スゥー……フゥー……ッ。」
「そうだ。
それで良い……落ち着け……俺が傍に居てやるから、焦らなくていい。」
ジャックが彼女に深呼吸を求め、苦しみに顔を歪ませながらもそれに従うシャルル。
再三に渡って傍に居ることを強調する。
安心できるように、優しく囁く。
シャルルはしっかりと、彼の言葉を聞き入れていた。
聞き入れるだけならば、現状でできる。
しかし、それを実行するには多大な負担が掛かってくる。
それでも、シャルルは彼に従った。
ジャックはシャルルのために。
シャルルはジャックのために。
互いが互いのために行動する。
すかさずジャックも、手首を締め付けられる痛みを感じながら、背中を擦り、後頭部を撫でたりもした。
なるだけ早い段階でシャルルが落ち着き、痛みも苦しみも全て払拭できるように。
「……ジャッ、ク……。」
「大丈夫だ……大丈夫……。」
ゆっくりと双眸を開き始め、シャルルはジャックの名を呼んだ。
同時に、彼の腕を掴んでいた手を離す。
その間も変わらず、背中を擦るジャック。
そんな彼の背に、シャルルも両手を回した。
「ジャックが、今……触れてる、もの……アタシの、心、だよ。」
「ッ!? シャルルの、心……。」
「うん。」
シャルル本人から告げられた言葉。
それは、ジャック自身が今触れている『何か』が、シャルルの『心』であるということ。
初めて触れた、シャルルの『心』だ。
改めて、指先で触れてみる。
するとそれは、身を委ねれば酷く優しく、心地の良いものだった。
「これが、シャルルの心……なんだか……優しいな。
今の俺には、あまりにも優しすぎる。
……母さんを、思い出す。」
シャルルの心に触れているのは指先だが、その指先からでもどこか優しい想いが流れ込んでくるのが感じられた。
それを口にする。
この心から兵器が生み出されると考えると、切ない気持ちにもなった。
穢れのない、澄んだ心で生み出された兵器が、敵を討ち、人を殺すのだ。
心の全てが流れ込んでくるわけではないが、シャルルがジャックを想う気持ちは感じられた。
徐々に、徐々に開心の穴が開いていき、手首の痛みも消えていった。
「ジャック、もう、大丈夫、だよ。」
「大丈夫って?」
「……うん、そのまま……引き抜いて……。」
「……分かった。」
シャルルの言葉にジャックは頷いた。
そうしてゆっくりと、腕を引き抜いていく。
「ぅぐッ!」
「……痛くねぇか?」
「う、うん、もう大丈夫……だから、そのまま、お願い……。」
ゆっくりと抜いていく。
その度に、ジャックはシャルルの心が欠けていき、指先に集まっては手の甲に収束していくのを感じていた。
脳裏に銀色の航空機が思い浮かぶ。
直感的に、召喚した際の兵器であると理解した。
一方のシャルルは、自らの存在が欠けていくのを身を以て感じていた。
彼に吸収されていくような感覚。
自分が自分じゃないような、そんな感覚だ。
その圧倒的な喪失感に、思わず涙が溢れそうになる。
やがて、ジャックは手を引き抜いていた。
抱き寄せる手はそのままに、自らの手の甲を見つめる。
黒い線で六芒星が刻まれている。
それをジャックはジッと凝視した。
「これが……六星刻印か。」
「……ジャック……。」
「っ、シャルル!? どうしたんだよ!?」
名を呼ばれて彼女の方へと視線を向けると、涙を流しているのが見えた。
予想外の展開に、ジャックは驚愕してしまう。
「何だろう……涙が、止まらないの。
お願い……傍に居て。
……心細くて、アタシ……死んじゃいそう……。」
酷く弱々しく、今にも消えて無くなりそうな声音。
全身を震わせ、涙を溢れさせ、心底寂しげな表情を浮かべている。
そんな彼女の様子に、ジャックは力強く手を握る。
「俺が傍に居てやる。
敵と戦う時は、俺たちは一緒だ。」
「……。」
涙を流し続けるシャルルに語り掛け、共に戦うことを言い聞かせた。
今のシャルルを、独りで残すということはできそうになかった。
ジャックはその場に立ち、震え続けるシャルルの膝裏に腕を入れ、両肩を抱えながら持ち上げた。
その状態のまま、カタパルト目掛けて猛ダッシュする。
漆黒のカタパルトの端まで来たと同時に、ジャックは右手を屋上の床に添える。
「召喚!!!」
力強く叫んだ刹那、六芒星の魔法陣が展開され、銀翼の戦闘機が召喚された。