第十弾 『少女の本心』
「シャルル!!」
黒煙の中で微かに見えたプラチナブロンドの髪。
シャルルの特徴の一つである珍しい髪色で、黒煙が立ち込める中でも一際存在感を放っていた。
「ジャック!? どこ行ってたのよ!」
「悪い! ……それよりも、屋上は確かカタパルトがあったよな!?」
ジャックの呼び掛けに反応し、不安げな顔を浮かべるシャルル。
軽く謝罪だけして、確認するように尋ねる。
それを受けてシャルルはキョトンと目を丸くさせた。
「あるにはあるけど……どうするつもり?」
「召喚させて欲しい。」
「……え?」
彼女の問いに即答するジャックだったが、あまりに唐突過ぎて困惑してしまう。
ジャックの口から出た言葉は、またしてもいつもの如く信じられないような内容だった。
「ちょ、ちょっと待って……どうしていきなり……。」
「それより、ここは危ねぇ。
上に行くぜ。」
「あっ……。」
目を泳がせながら困惑するシャルルをよそに、有無を言わさず手を引きながら階段を上がり始めるジャック。
どちらかと言えば、普段は自分が彼を引っ張ったり導いたりしていたが、今回は彼の方が自分を引っ張っている。
普段とは違う姿をこのような場で見せられたことで、鼓動を高鳴らせた。
周囲の熱とは違う熱が顔に集まってしまう。
「二階もダメだな……。」
二階は既に黒煙が充満しつつあり、長時間居ればそれだけで危険だ。
更に階段を上がる。
徐々に徐々に、屋上へと近付いて行く。
三階を通り過ぎ、遂に屋上へと続く階段を昇り始めた。
そこで急に、シャルルは何もかもが不安になり始める。
授業に於いて『召喚はリアライザーの努力次第』などと言われるほどに重要だと教えられた。
同時に召喚の苦しみの度合いとして、心臓を引き抜かれるような痛みが伴うという。
そして、開心をした後は、圧倒的なまでの喪失感に苛まれるのだそう。
その喪失感とは、自らが存在する理由が完全に打ち砕かれたような感覚だという。
更に、只でさえ悪い方向へと考えがいく中で、悪く考えれば考えるほど無気力になるらしい。
ストライカーへの僅かな不信感によって召喚してしまい、壊れてしまったリアライザーも出ている。
それほどリアライザーにとって危険なことなのだ。
授業を受けた後にシャルルがあらゆる資料を調べていても、同じようなことしか書かれてはいなかった。
「ジャック……。」
小さく、相手に聞こえるか否かのほんの小さな声量で、名を呼ぶ。
だが、彼の歩みは止まらない。
階段を確実に一段、一段と上がり続けている。
「ジャック、待って!」
「ッ!? ……どうした、シャルル?」
二階から三階に上がる途中の踊り場で、シャルルは思わず強引に手を引っ込めてしまった。
その様子に、今度はジャックが困惑してしまう。
「…………。」
「……シャルル?」
無言で俯き、先ほどまで握られていた手を下に、包むようにもう片方の手で握る。
その両手を胸の前で握り締め、動かなくなったシャルルに、ジャックは彼女の顔を覗き込んで名を呼んだ。
「どうして?」
「え?」
唐突に尋ねられ、ジャックは訊き返す。
そんなジャックの顔を、シャルルは真剣な顔で見据えた。
「どうして、ジャックはアタシを選ぶの?」
「どうしてって……。」
相手の問い掛けに、ジャックは内心で混乱してしまった。
彼としては、シャルルの中で既に自分と召喚することを想定しているとばかり思っていたからだ。
それが、今になって尋ねられてしまったことで、自らの考えが思い違いだったのではと感じてしまう。
「アタシ以外にも召喚出来る子はいるわよ。
どうしてアタシなの? アタシに、何を求めてるのよ?」
「…………。」
どうしてシャルルなのか。
ジャックは思考を働かせる。
兵器に乗りたい。
それはある。
敵を倒し、撃ち殺し、復讐し、叩き潰し、本能のままに蹂躙したい。
あって然るべきだろう。
己は復讐のために力を求めているのだから。
しかし、そうした戦意とは別に、何故自分がシャルルを選ぶのか。
何故シャルルでなければならないのか。
「アタシ……怖いの。」
「え?」
小さく呟くシャルル。
消え入りそうなほどに、弱々しい彼女の声音。
普段の勝気な雰囲気ではなく、不安と恐怖に圧し潰されそうな、か弱そうな雰囲気を全面に放出したシャルルの姿。
微かに震えているのが見える。
このようなシャルルは、今まで見たことがなかった。
「ジャックには話していないけど……召喚は凄い痛みと喪失感を同時に感じるらしいの。
アタシ……正直、ジャックになら良いって思ってた。
ジャックなら、アタシを求めてくれるって思ってたから……。
でもね、求められたら求められたで……物凄く不安で、怖くて……苦しくて……。」
「…………。」
今にも泣き出しそうなほどの声音。
震える声を必死に絞り出して、目の前の恐怖と不安をジャックにぶつける。
求めてくれる喜びと、受け入れたい想い。
その想いに反して、不安と恐怖に圧し潰されそうになる。
矛盾しているが、初めて体験する召喚に、不安や恐怖を感じない方がおかしいだろう。
自らの意志とは関係なしに紡ぎ出される言葉に、シャルル自身も驚いていた。
だからこそ、その言葉が自分の想いなのだと感じた。
だからこそ、隠したい気持ちが一層強くなっていった。
これを言ったら嫌われるかもしれないし、避けられるかもしれないから。
しかし、言わずに先に進んでしまえば、互いに後悔することになる。
自分だけならまだしも、ジャックにそんな思いを抱かせたくはなかった。
一方的な言い方でジャックへと吐き出される現状に、酷く後ろめたい気持ちになってしまう。
それでも、自らの口は止まってくれなかった。
「どんなに小さなことでも良い……ジャックの戦いの手助けができればって……そう思ってたから。
ジャックが戦闘機に乗りたがってて、アタシが戦闘機を生み出せるかは分からなくても……それでも、求められたら受け入れようって……。
だけど、どうしてかな? 受け入れたいのに……受け入れられないの……。」
「シャルル……。」
「っ。」
震えの影響でカチカチと歯を小さく鳴らしながら、紡がれていく言葉。
内心では口を閉じて欲しいと願いながらも、やはり止まらない。
そんな彼女の名を、ジャックは小さく呼ぶ。
復讐に囚われ、戦いを求める此方の意志に、必死に応えようとするシャルルを呼ぶ。
どこまでも尽くそうとする意志を、本心を、滲み出してくる少女を呼ぶ。
ジャックの呼び掛けに、ハッと我に返るシャルル。
「ゴ、ゴメン……なんか、変なこと口走っちゃったね。
それに、言ってることもかなりワガママだし……。
っ、早く行かないと。」
苦笑しながら謝罪し、自嘲するシャルル。
すぐさま気持ちを切り替え、屋上に続く階段へと向かおうとする。
先ほどの言葉が、シャルルの本心であり、本音なのだ。
不安と恐怖に圧し潰されそうな想いが、今の彼女が真に訴えたい内容なのだ。
「待てよ、シャルル!」
ジャックがシャルルの手を握る。
このまま行かせれば、このまま続ければ、彼女は壊れてしまう。
直感として、ジャックはそれを理解した。
このまま召喚をしても、シャルルを苦しめるだけだ。
自分よりも、彼女が苦しむだけだ。
自分は、彼女を苦しめたいわけではない。
「どうしたの? アタシの気が変わらない内に召喚しなきゃ……。」
「…………。」
振り向くシャルルを引っ張る。
階段の方ではなく、踊り場の壁の方へ。
少々乱暴に引っ張った。
「あっ……ッ!?」
壁に背を預けて引っ張るジャック。
シャルルが彼の懐へと連れてこられた瞬間、両腕で抱き締められた。
それに目を見開かせながら、酷く困惑するシャルル。
「知ってたよ、召喚することによって、リアライザーが苦しむって話。」
「え?」
「ナナリーさんから聞いたんだ。
けど、俺はシャルルの想いを履き違えちまった……ごめんな。」
「…………。」
耳元で囁き、今度はジャックの方から謝罪する。
シャルルはこれから紡がれるであろう言葉を待った。
「俺は、シャルルが求めてるから俺も求めようと思ったんだ。
シャルルはいっつも勝気だからよ、俺のことも簡単に受け入れてくれるんじゃねぇかって、心のどこかで勝手に思ってたんだ。
けどさっきの話聞いて、お前も不安で、怖くて……お前にも弱い部分ってやつがあるんだって知った。」
内心で申し訳なく思いつつも、言葉を紡いでいく。
彼女にだけ腹の内を曝け出させ、自らは隠すなどということは出来そうになかったから。
自分の言葉によってシャルルから責められようとも、構わないと思ったから。
「バカ……ジャックのバカ……アタシ、そんなに強くないわよ。
女の子を……アタシを何だと思ってるのよ……。」
シャルルは彼の言葉を聞き、唇を噛み締めながら数回ジャックの胸を叩く。
自然と、涙まで流れてしまう。
せき止められていたものが、一気に流れるように。
しかし、不思議と怒りはなかった。
やっと、理解されたから。
やっと、自分を観てくれて、分かってくれたから。
そんな少女そのもののシャルルの後頭部を、ジャックは優しく撫でる。
労うかのように、幼子を相手にするかのように、ゆっくりと、優しく撫で始める。
「ゴメン……けど、俺は召喚するなら、やっぱりシャルルじゃなきゃダメなんだ。
お前が生み出してくれる兵器を、俺が扱えるかどうかじゃねぇ……俺は、お前が生み出してくれる兵器を扱いたいんだ。
お前の心で造られた物に乗って、奴等を完膚なきまでに蹴散らしてやりてぇんだ。
そして俺たちの信頼関係は、アイツら程度がぶっ壊せるほど弱くはねぇことを示したい。
もし、苦しくなったら言って欲しいし、怖くなったら言ってくれ。
俺とお前が召喚する上での理念は、『目の前の壁を二人でぶっ壊す』。
どんなに固い壁も、どんなに強い壁も、俺たち二人で全部ぶっ壊してやるんだ。」
言った本人も驚くような言葉を、淡々と紡ぎ出す。
まるで、この言葉を言うために生まれ、この場に立っているかのように。
全てが運命で定められていたかのように。
しかし、これが己の本心だと理解できた。
シャルルじゃなければならない理由は、シャルルの生み出す物が良いからだ。
自分に新たな居場所を授けてくれたのが、腕の中のシャルルだったから。
そのシャルルが生み出す物で弱いはずがない、と確信していた。
そして、ジャックの言葉を聞いたシャルルは涙を流しながらも微笑する。
「まるで、告白みたいな言葉ね。」
「……ハハッ! そうかもな。
けどよ、恋人にも負けねぇくらい信頼はしてるつもりだぜ。
お前は俺の相棒だからな。」
クスクスと笑いながら告げるシャルルに、ジャックも苦笑する。
告白のようではあっても恋人同士ではない。
あくまでも相棒同士だ。
しかし、その信頼関係はそこらの恋人よりも深いと互いに自負していた。
「行けるか?」
「うん、大丈夫。」
ジャックの真剣な問い掛けに、涙を拭って頷くシャルル。
二人は再度手を繋いで、屋上へと続く階段を見つめた。
「それじゃあ、行くか。」
「うん。」
遠くではプロペラの音が聞こえ、未だに空中で敵が待機しているのが解る。
二人は、意を決して屋上へと続く階段を踏み締めていった。