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エターナル・スペランツァー  作者: 和島大和
11/15

第十弾 『少女の本心』




 「シャルル!!」




 黒煙の中で微かに見えたプラチナブロンドの髪。


 シャルルの特徴の一つである珍しい髪色で、黒煙が立ち込める中でも一際存在感を放っていた。




 「ジャック!? どこ行ってたのよ!」



 「悪い! ……それよりも、屋上は確かカタパルトがあったよな!?」




 ジャックの呼び掛けに反応し、不安げな顔を浮かべるシャルル。


 軽く謝罪だけして、確認するように尋ねる。


 それを受けてシャルルはキョトンと目を丸くさせた。




 「あるにはあるけど……どうするつもり?」



 「召喚(サモンズ)させて欲しい。」



 「……え?」





 彼女の問いに即答するジャックだったが、あまりに唐突過ぎて困惑してしまう。


 ジャックの口から出た言葉は、またしてもいつもの如く信じられないような内容だった。




 「ちょ、ちょっと待って……どうしていきなり……。」



 「それより、ここは危ねぇ。


  上に行くぜ。」



 「あっ……。」




 目を泳がせながら困惑するシャルルをよそに、有無を言わさず手を引きながら階段を上がり始めるジャック。


 どちらかと言えば、普段は自分が彼を引っ張ったり導いたりしていたが、今回は彼の方が自分を引っ張っている。


 普段とは違う姿をこのような場で見せられたことで、鼓動を高鳴らせた。


 周囲の熱とは違う熱が顔に集まってしまう。




 「二階もダメだな……。」




 二階は既に黒煙が充満しつつあり、長時間居ればそれだけで危険だ。


 更に階段を上がる。


 徐々に徐々に、屋上へと近付いて行く。


 三階を通り過ぎ、遂に屋上へと続く階段を昇り始めた。


 そこで急に、シャルルは何もかもが不安になり始める。


 授業に於いて『召喚(サモンズ)はリアライザーの努力次第』などと言われるほどに重要だと教えられた。


 同時に召喚(サモンズ)の苦しみの度合いとして、心臓を引き抜かれるような痛みが伴うという。


 そして、開心(フェデルタ)をした後は、圧倒的なまでの喪失感に苛まれるのだそう。


 その喪失感とは、自らが存在する理由が完全に打ち砕かれたような感覚だという。


 更に、只でさえ悪い方向へと考えがいく中で、悪く考えれば考えるほど無気力になるらしい。


 ストライカーへの僅かな不信感によって召喚(サモンズ)してしまい、壊れてしまったリアライザーも出ている。


 それほどリアライザーにとって危険なことなのだ。


 授業を受けた後にシャルルがあらゆる資料を調べていても、同じようなことしか書かれてはいなかった。




 「ジャック……。」




 小さく、相手に聞こえるか否かのほんの小さな声量で、名を呼ぶ。


 だが、彼の歩みは止まらない。


 階段を確実に一段、一段と上がり続けている。




 「ジャック、待って!」



 「ッ!? ……どうした、シャルル?」




 二階から三階に上がる途中の踊り場で、シャルルは思わず強引に手を引っ込めてしまった。


 その様子に、今度はジャックが困惑してしまう。




 「…………。」



 「……シャルル?」




 無言で俯き、先ほどまで握られていた手を下に、包むようにもう片方の手で握る。


 その両手を胸の前で握り締め、動かなくなったシャルルに、ジャックは彼女の顔を覗き込んで名を呼んだ。




 「どうして?」



 「え?」




 唐突に尋ねられ、ジャックは訊き返す。


 そんなジャックの顔を、シャルルは真剣な顔で見据えた。




 「どうして、ジャックはアタシを選ぶの?」



 「どうしてって……。」




 相手の問い掛けに、ジャックは内心で混乱してしまった。


 彼としては、シャルルの中で既に自分と召喚(サモンズ)することを想定しているとばかり思っていたからだ。


 それが、今になって尋ねられてしまったことで、自らの考えが思い違いだったのではと感じてしまう。




 「アタシ以外にも召喚(サモンズ)出来る子はいるわよ。


  どうしてアタシなの? アタシに、何を求めてるのよ?」



 「…………。」




 どうしてシャルルなのか。


 ジャックは思考を働かせる。




 兵器に乗りたい。


 それはある。


 敵を倒し、撃ち殺し、復讐し、叩き潰し、本能のままに蹂躙したい。


 あって然るべきだろう。


 己は復讐のために力を求めているのだから。




 しかし、そうした戦意とは別に、何故自分がシャルルを選ぶのか。


 何故シャルルでなければならないのか。




 「アタシ……怖いの。」



 「え?」




 小さく呟くシャルル。


 消え入りそうなほどに、弱々しい彼女の声音。


 普段の勝気な雰囲気ではなく、不安と恐怖に圧し潰されそうな、か弱そうな雰囲気を全面に放出したシャルルの姿。


 微かに震えているのが見える。


 このようなシャルルは、今まで見たことがなかった。




 「ジャックには話していないけど……召喚(サモンズ)は凄い痛みと喪失感を同時に感じるらしいの。


  アタシ……正直、ジャックになら良いって思ってた。


  ジャックなら、アタシを求めてくれるって思ってたから……。


  でもね、求められたら求められたで……物凄く不安で、怖くて……苦しくて……。」



 「…………。」




 今にも泣き出しそうなほどの声音。


 震える声を必死に絞り出して、目の前の恐怖と不安をジャックにぶつける。


 求めてくれる喜びと、受け入れたい想い。


 その想いに反して、不安と恐怖に圧し潰されそうになる。


 矛盾しているが、初めて体験する召喚(サモンズ)に、不安や恐怖を感じない方がおかしいだろう。


 自らの意志とは関係なしに紡ぎ出される言葉に、シャルル自身も驚いていた。



 だからこそ、その言葉が自分の想いなのだと感じた。


 だからこそ、隠したい気持ちが一層強くなっていった。



 これを言ったら嫌われるかもしれないし、避けられるかもしれないから。


 しかし、言わずに先に進んでしまえば、互いに後悔することになる。


 自分だけならまだしも、ジャックにそんな思いを抱かせたくはなかった。


 一方的な言い方でジャックへと吐き出される現状に、酷く後ろめたい気持ちになってしまう。


 それでも、自らの口は止まってくれなかった。




 「どんなに小さなことでも良い……ジャックの戦いの手助けができればって……そう思ってたから。


  ジャックが戦闘機に乗りたがってて、アタシが戦闘機を生み出せるかは分からなくても……それでも、求められたら受け入れようって……。


  だけど、どうしてかな? 受け入れたいのに……受け入れられないの……。」



 「シャルル……。」



 「っ。」




 震えの影響でカチカチと歯を小さく鳴らしながら、紡がれていく言葉。


 内心では口を閉じて欲しいと願いながらも、やはり止まらない。


 そんな彼女の名を、ジャックは小さく呼ぶ。


 復讐に囚われ、戦いを求める此方の意志に、必死に応えようとするシャルルを呼ぶ。


 どこまでも尽くそうとする意志を、本心を、滲み出してくる少女を呼ぶ。


 ジャックの呼び掛けに、ハッと我に返るシャルル。




 「ゴ、ゴメン……なんか、変なこと口走っちゃったね。


  それに、言ってることもかなりワガママだし……。


  っ、早く行かないと。」




 苦笑しながら謝罪し、自嘲するシャルル。


 すぐさま気持ちを切り替え、屋上に続く階段へと向かおうとする。


 先ほどの言葉が、シャルルの本心であり、本音なのだ。


 不安と恐怖に圧し潰されそうな想いが、今の彼女が真に訴えたい内容なのだ。




 「待てよ、シャルル!」




 ジャックがシャルルの手を握る。


 このまま行かせれば、このまま続ければ、彼女は壊れてしまう。


 直感として、ジャックはそれを理解した。


 このまま召喚(サモンズ)をしても、シャルルを苦しめるだけだ。


 自分よりも、彼女が苦しむだけだ。


 自分は、彼女を苦しめたいわけではない。




 「どうしたの? アタシの気が変わらない内に召喚(サモンズ)しなきゃ……。」



 「…………。」




 振り向くシャルルを引っ張る。


 階段の方ではなく、踊り場の壁の方へ。


 少々乱暴に引っ張った。




 「あっ……ッ!?」




 壁に背を預けて引っ張るジャック。


 シャルルが彼の懐へと連れてこられた瞬間、両腕で抱き締められた。


 それに目を見開かせながら、酷く困惑するシャルル。




 「知ってたよ、召喚(サモンズ)することによって、リアライザーが苦しむって話。」



 「え?」



 「ナナリーさんから聞いたんだ。


  けど、俺はシャルルの想いを履き違えちまった……ごめんな。」



 「…………。」




 耳元で囁き、今度はジャックの方から謝罪する。


 シャルルはこれから紡がれるであろう言葉を待った。




 「俺は、シャルルが求めてるから俺も求めようと思ったんだ。


  シャルルはいっつも勝気だからよ、俺のことも簡単に受け入れてくれるんじゃねぇかって、心のどこかで勝手に思ってたんだ。


  けどさっきの話聞いて、お前も不安で、怖くて……お前にも弱い部分ってやつがあるんだって知った。」




 内心で申し訳なく思いつつも、言葉を紡いでいく。


 彼女にだけ腹の内を(さら)け出させ、自らは隠すなどということは出来そうになかったから。


 自分の言葉によってシャルルから責められようとも、構わないと思ったから。




 「バカ……ジャックのバカ……アタシ、そんなに強くないわよ。


  女の子を……アタシを何だと思ってるのよ……。」




 シャルルは彼の言葉を聞き、唇を噛み締めながら数回ジャックの胸を叩く。


 自然と、涙まで流れてしまう。


 せき止められていたものが、一気に流れるように。


 しかし、不思議と怒りはなかった。



 やっと、理解されたから。


 やっと、自分を観てくれて、分かってくれたから。



 そんな少女そのもののシャルルの後頭部を、ジャックは優しく撫でる。


 労うかのように、幼子(おさなご)を相手にするかのように、ゆっくりと、優しく撫で始める。




 「ゴメン……けど、俺は召喚(サモンズ)するなら、やっぱりシャルルじゃなきゃダメなんだ。


  お前が生み出してくれる兵器を、俺が扱えるかどうかじゃねぇ……俺は、お前が生み出してくれる兵器を扱いたいんだ。


  お前の心で造られた物に乗って、奴等を完膚なきまでに蹴散らしてやりてぇんだ。


  そして俺たちの信頼関係は、アイツら程度がぶっ壊せるほど弱くはねぇことを示したい。


  もし、苦しくなったら言って欲しいし、怖くなったら言ってくれ。


  俺とお前が召喚(サモンズ)する上での理念(ルール)は、『目の前の壁を二人でぶっ壊す』。


  どんなに固い壁も、どんなに強い壁も、俺たち二人で全部ぶっ壊してやるんだ。」




 言った本人も驚くような言葉を、淡々と紡ぎ出す。


 まるで、この言葉を言うために生まれ、この場に立っているかのように。


 全てが運命で定められていたかのように。


 しかし、これが己の本心だと理解できた。


 シャルルじゃなければならない理由は、シャルルの生み出す物が良いからだ。


 自分に新たな居場所を授けてくれたのが、腕の中のシャルルだったから。


 そのシャルルが生み出す物で弱いはずがない、と確信していた。


 そして、ジャックの言葉を聞いたシャルルは涙を流しながらも微笑する。




 「まるで、告白みたいな言葉ね。」



 「……ハハッ! そうかもな。


  けどよ、恋人にも負けねぇくらい信頼はしてるつもりだぜ。


  お前は俺の相棒だからな。」




 クスクスと笑いながら告げるシャルルに、ジャックも苦笑する。


 告白のようではあっても恋人同士ではない。


 あくまでも相棒同士だ。


 しかし、その信頼関係はそこらの恋人よりも深いと互いに自負していた。




 「行けるか?」



 「うん、大丈夫。」




 ジャックの真剣な問い掛けに、涙を拭って頷くシャルル。


 二人は再度手を繋いで、屋上へと続く階段を見つめた。




 「それじゃあ、行くか。」



 「うん。」




 遠くではプロペラの音が聞こえ、未だに空中で敵が待機しているのが解る。


 二人は、意を決して屋上へと続く階段を踏み締めていった。

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