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エターナル・スペランツァー  作者: 和島大和
10/15

第九弾 『深層の想い』



 「ゴホッ、ゴホッ! クソッ! なんなんだよ……これは!?」




 ジャックとシャルルは黒煙が立ち昇る一階に来て、炎が立ち込める高温の廊下を歩きだしていた。


 周囲には血が至る所に付着し、何体も死体が倒れていた。




 「っ、ジャック!」



 「ッ!? ナナリーさんか。」




 シャルルの呼び掛けに反応し、前方へと視線を向けるジャック。


 すると、廊下に倒れているナナリーを発見した。


 うつ伏せに倒れている彼女の元に、二人は駆け寄る。




 「ナナリーさん、しっかりして下さい!!」



 「…………。」




 シャルルがナナリーの体を揺さぶり、ジャックが彼女の白く細い首筋に指を当てる。


 トクン、トクンと脈打つのが指先に感じた。




 「気絶してるだけだな。」




 冷静に答えるジャックは、すぐさま周囲を見渡す。


 他に生きている人間が居ないか確認しようとする。


 だが、黒煙の影響か目視にも限界があった。




 「う……うぅ……。」



 「ナナリーさん?」



 「っ! 目が覚めたか。」




 ゆっくりと双眸を開くナナリーにシャルルが顔を覗く。


 ジャックも彼女の方へと視線を向けた。


 ノースリーブなどの露出の高い服装の影響で、腕や足に多少の切り傷があったが、それ以外の外傷は見られない。




 「シャルルちゃん……ジャックちゃん……。」



 「良かった、目が覚めて。」




 上体を起こし、二人に視線を向けるナナリー。


 そんな彼女の反応に、心底安堵したようにホッと息を吐くシャルル。


 ジャックの言った通り、ただ気絶していただけだったらしい。


 変なところを打ったような印象もない。


 ただ、頬の一部に(すす)が付いている程度だ。




 「気分は、大丈夫か?」




 ジャックはナナリーの傍で片膝を立てながら、ジッと見つめて問い掛ける。


 念のために、彼女の体を彼女なりの判断でどうなのかを聞こうとした。


 仮に歩けなければ、抱えて脱出することも視野に入れなければならない。




 「えぇ、体は大丈夫よ。


  それよりも……うぅっ……。」



 「あ、そんなに早く立ったら……。」




 ジャックに返事を返すナナリーは、その場ですぐに立ち上がろうとする。


 だが、背中を強打したことで無傷とはいかなかったらしく、腹を片手で抑えるような動作をしていた。


 苦しそうな表情に、シャルルが思わず青ざめる。


 それと同時にナナリーの体を支えようと手を添えるも、腹を抑える方とは逆の手でやんわりと静止された。




 「ありがとう、シャルルちゃん。


  私のことは大丈夫よ。


  それよりも、ティムちゃんたちが……どこかに……。」




 ナナリーは優しげな微笑みを浮かべながら、礼を述べる。


 次いで真剣な表情で、職員室の方へと歩み出す。


 窓は全て割れてしまい、踏み締めるごとにジャリ、ジャリ、とガラスの割れる音が響いた。




 「ッ!!?」




 職員室の中を見たナナリーは、大きく目を見開かせていた。


 絶望に満ちた、そんな表情を浮かべている。


 そんな彼女の後ろから、ジャック達も中を見つめる。




 「ッ!?」


 「ッ!?」




 二人同時に、その中の状況に驚愕した。


 ゴオォォッ!と激しく炎が燃え上がると共に黒煙が巻き上がり、瓦礫の山と粉々に吹き飛ばされた机の破片が辺り一面に積み上げられている。


 教師たちはその瓦礫の下敷きになっており、まだ新しく流れ出た血液が、瓦礫の隙間から流れ出てくる。




 「……ひどい……。」



 「……くっ!」




 シャルルが酷く悲しげな顔で呟き、ジャックが歯噛みながら睨むように見つめる。


 自らの無力感を呪うかのように。




 「そんな……そんな……っ!」



 「あっ、ナナリーさん!」




 ナナリーは瓦礫の山に向かって駆け出した。


 それを見てシャルルも後に続く。


 彼女の後ろを追い掛ける。


 ジャックもゆっくりと、職員室の中へと入っていった。




 「アルカちゃん! ティムちゃん!」




 先ほどまで握っていたはずの姉弟の名を叫び、瓦礫をどかしていく。


 女性とは思えないほどの怪力であらゆる瓦礫を、持ち上げては投げていった。


 普段の彼女では考えられないような、必死の形相で取った行動は、シャルルにとって衝撃だった。




 「ナナリーさん……。」



 「さっきまで、さっきまで握っていたの! なのに……なのに……私が、手離してしまった。


  また、また……あの時みたいに、私のせいで……そんなことは……そんな事だけはっ!」



 「…………。」




 独り言のように叫ぶナナリーの言葉。


 今にも泣き出しそうなほどに弱々しい声音だ。


 無我夢中と言った風情でエトワール姉弟を探し続ける彼女に、切なげな表情を浮かべるシャルル。


 誰がどう見ても口を揃えて、この状況下で生きているなどあり得ないと言うだろう。


 しかし、まるでそれを信じていないように、諦めていないようにナナリーは瓦礫に手を伸ばし続けた。




 「あっ!」




 ナナリーは、見つけた。


 大人にしては小さな手と、大人の手。


 異様に白いその手は、エトワール姉弟を彷彿とさせた。


 すぐさま引っ張ろうと手を掴む。




 「アルカちゃん! ティム、ちゃ……。」




 エトワール姉弟を呼び掛けつつも、言葉を途切れさせる。


 少し手前に引くと、腕から先が、存在しなかったからだ。


 すぐさま、元あった場所に戻す。


 傍に居るシャルルに見られる前に、隠そうと思った。


 絶望した。


 戻ってこない命を見て、ズッシリと多大な罪悪感が圧し掛かってくる。




 「また……また、私のせいで……ごめんなさい……ごめんなさいっ……。」



 「…………。」




 ナナリーは心底悲しげな顔を浮かべては、胸元で両手を組んだ。


 まるで、ポッカリと大穴が空いてしまった心を、隠そうとするかのように。


 そうして、誰にも聞こえないほどの小さな声量でボソッと呟いた。


 傍に居たシャルルのみが、微かに彼女の言葉を捉える。




 「ナナリーさん、貴女は……」



 「避難しろ。」



 「え……?」




 シャルルの発言を遮り、ナナリーは振り返ると同時にシャルルに命令した。


 先ほどまでの彼女ではなく、司令官としてのナナリー・レイフィートだった。




 「二度も言わせるな!! 敵の第二波が来ないとも限らない。


  さっさと避難しろと言っているのだ!!」



 「はっ、はい!」




 更に強く命令するナナリーに、シャルルは思わず背筋を伸ばして即座に廊下へと向かった。


 ジャックは出て行こうとはしない。


 そんな彼に、ナナリーが詰め寄っていく。


 表情は鬼の形相と言わざるを得ないが、ジャックは動じない。




 「ジャック・クリード……よもや私の命令が聞こえなかった、とは言うまいな?」



 「あぁ、当然聞こえたさ。」



 「……ならば、何故ここに立っている? 貴様、死にたいのか?」




 ナナリーの問い掛けに、ジャックは真顔で答えた。


 そんな彼の態度に、ナナリーは表情を険しくしながら問いかけた。




 「はッ、冗談。


  死にたいわけねぇだろ。


  俺はアンタから、別の命令を貰いたいのさ。」



 「別の命令……だと?」




 ハッと笑いながらも答えるジャックに、ナナリーは目を見開かせる。


 何を命令しろと言うのだろうか。


 ジャックは彼女に不敵な笑みを浮かべながら、口を開き始めた。




 「アンタの口から、『敵機を墜としてこい』と命令されたいのさ。」



 「……なに?」




 ジャックの発言に、ナナリーは目を見開かせて訊き返した。


 彼の口から、とんでもない言葉が出てきたからだ。




 「二度も言わせんなよ。


  言えよ、この俺に。


  『敵機を墜としてこい』ってな!!」



 「…………。」




 余裕に満ち溢れた笑みと共に、自らの胸に親指を立てるジャック。


 何故これほど自信を持って発言するのかは知らないが、ナナリーは自らの後輩の一人を思い浮かべた。


 同じ金髪で、目の前の少年のように自信に溢れている人物。


 数瞬、その人物とジャックが重なったようにも見えた。


 内心では頼もしく思う反面、簡単に容認できることではなかった。


 だからこそ、ナナリーはジャックの胸ぐらをグッと力強く掴む。




 「図に乗るなよ、小僧。


  貴様に命令しても、誰と召喚(サモンズ)するつもりなのだ? リアライザーは決まっていないだろう。」




 ナナリーは睨み据えながら問いかけた。


 至極当然な質問だ。


 いきなり戦場に出たいと言ったところで、召喚(サモンズ)に於けるあらゆる要素が揃っていない。


 戦場に行くには、召喚(サモンズ)しなければ始まらないのだ。




 「……っ、俺の相棒はシャルルだけだぜ。


  召喚(サモンズ)はシャルルとやるし、アイツは俺が求めるものを出してくれるって信じてる。」



 バキッ!


 「ッ!?」




 一瞬気圧されながらも真剣な表情で告げるジャックに、拳で顔面を殴りつけるナナリー。


 瓦礫の破片が散乱する床に、ジャックは倒れ込んだ。


 男顔負けの凄まじい拳打だ。


 口の中が切れ、血の味と臭いが充満する。




 「なに、すんだよ?」




 殴られたことに不満そうな顔で、ジャックはナナリーを見上げた。


 ナナリーは視線を逸らすことも、顔を逸らすこともしない。




 「……貴様は……貴様は、何も分かっていない。」





 静かに、そしてどこか悲しげな、寂しげな声音で告げた。


 顔は先ほどから変化はなく、鬼の形相と評しても過言ではないだろう。




 「召喚(サモンズ)されたリアライザーは、心を強引に『引き抜かれる』。


  想像しにくいだろうが、心を引き抜かれれば壮絶なまでの疲労感と喪失感を同時に味わうものなのだ。


  その苦しみは、男であればショック死するほどの凄まじい苦しみ。


  初めてであれば尚更だろう。


  それでも、『この人のためなら』と思って開心(フェデルタ)を実行し、強引に自分に言い聞かせながら自らを曝け出し、必死で死なないように、命まで手放さないように耐えているのだ。


  死んでしまえば、兵器も消失するからな。


  …………それを貴様が弁えず、理解せず、平気な顔をして、召喚(サモンズ)をするなどと簡単に言うな!!」



 「ッ!!?」




 ナナリーの言葉に、ジャックは目を見開かせた。


 そんな話は聞いていない。


 神聖な儀式のようなものという話は聞いた。


 しかし、リアライザー自身が多大な負担を背負い、男ならばショック死するほどの苦痛を感じながら召喚(サモンズ)するという話は知らない。


 心と共に、命まで手放す可能性があるなんて話も知らない。


 リアライザーが死ねば、兵器が消失するという話も知らない。


 あらゆることが、知らされておらず、知らなかった。


 これも、自分が授業をしっかり聞いていなかったツケだ。


 そんなジャックの心境を、ナナリーは理解していた。




 「知らない、と言う顔をしているな。


  シャルル・マリーならば、知っているはずだ。


  そして、それが召喚(サモンズ)の指導に於いて最も重要視すべき要素だ、ということも理解していたはず。


  それでも貴様に詳しく教えなかったということは、貴様がアイツを選ぶことを理解し、アイツも覚悟が出来ているということだろう。


  奴の覚悟とは、貴様が突発的に召喚(サモンズ)を申し出てきても了承する覚悟だ。


  たとえ自分が断っても、貴様との召喚(サモンズ)が出来るように、敢えて自ら茨の道を選んでいる。」




 淡々と、シャルルの心を代弁するように言葉に発する。


 ナナリーはジャックに背中を向け、背中越しに彼を見下ろした。




 「シャルルが抱いた深い想いも、理解してやれ。


  そして、召喚(サモンズ)したければ……今度は貴様がアイツを信じ、自らの心を曝け出す覚悟を決めることだ。


  それで成功し、敵を倒せたのならば――」




 一方的に言い終わると、ナナリーは出口へ向かって歩き出した。


 そして廊下に出ると同時に、ジャックの方へと体を向ける。




 「――私が全責任を取る。」




 真顔のまま、当たり前のように告げたナナリーは、シャルルが逃げていった方へと歩みを進めていった。


 ジャックは、半ば放心状態となってしまう。


 自分のせいで、苦しまなくてもいいシャルルが苦しむ羽目になるのだ。




 「あんな話聞かされた後に……召喚(サモンズ)なんて……できるかよ。」




 歯噛みしながら一人呟く。


 その時、脳内にシャルルの言葉が流された。




 『開心(フェデルタ)は簡単にできるものじゃないわ。』



 『普通の人間なら、信頼していない相手に心を見せようなんて思わないもの。』



 『表面上の想いじゃない、深層心理の中での想いに起因するからね。』



 『だから言ったでしょ? 開心(フェデルタ)は簡単にできるものじゃないって。』




 時に真剣な表情で。


 時に苦笑混じりで。


 時に笑顔のままで。




 シャルルはジャックに対して教えてくれた。


 それら説明の中で、自らの苦しみの話は一切してこなかった。


 自分を押し殺し、召喚(サモンズ)の魅力を推すように説明してくれた。


 しかし思い返せば、シャルル自身も恐怖を抱いていたことを物語っている。




 危険が伴うからこそ、開心(フェデルタ)は簡単に出来るものではない。


 危険が伴うからこそ、普通の人間は信頼していない相手に心を見せようと思わない。


 危険が伴うからこそ、表面上の想いではなく、深層心理に至るほど大きな想いに起因する必要がある。


 危険が伴うからこそ、再三に渡って開心(フェデルタ)は簡単にできるものじゃないと示す。



 直接的に危険だとは言わなかったが、危険だということを暗に訴えかけ続けていたのだ。



 それを、ジャックは理解できなかった。


 そして、今ようやく理解してしまった。



 次いで、再びシャルルの言葉が脳内に流れる。




 『相手の性格や癖を理解した上で、その人の未来の行動なんかに期待する。』



 『この人になら秘密を伝えても大丈夫って感情を抱くの。』




 「信頼……そうか。


  俺を信頼していたからこそ、お前は……。」




 会話の流れを思い出し、目を閉じる。


 当時の光景を思い浮かべる。


 シャルルはジャックを信頼しているからこそ、『信用』と『信頼』の違いを説明出来たのだ。


 そして、信頼しているからこそ、理解しているからこそ、敢えて危険な要素を取り除いた教え方をしたのだ。




 「信頼してねぇのは……俺の方なんだな。


  それに俺……シャルルの想い通りに行動してるじゃねぇかよ。


  俺の性格や癖を……シャルルは理解してたんだな……。」




 黒煙と炎が立ち昇る中で、ジャックは天井を見上げた。


 全てを理解したが故に、不思議と微笑みが浮かんでしまう。


 瓦礫と死体が溢れた凄惨な場所であるのに、別のことを考えてしまう。


 不思議と、満たされたような感覚を抱く。




 「さて、行くか!! 覚悟なんて俺の性に合ってねぇ。


  ウジウジ悩んでねぇで、目の前の壁をぶっ壊さねぇとな!」




 ジャックは立ち上がり、拳を掌に打ち付けながら気合を入れた。


 そうして、シャルルが出ていった廊下へと駆け出していった。

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