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異界転生譚 シールド・アンド・マジック  作者: 長串望
第十六章 ドント・ステイ、ユー・アー・スティル・アライブ

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第二話 ブランフロ村

前回のあらすじ


山奥の寒村の調査を命じられた紙月と未来。

まさかあんなことになるなんて(棒読み)。

 二人組の冒険屋《魔法の盾(マギア・シィルド)》、古槍紙月と衛藤未来は、千の顔を持つ系の限りなく邪神に近いギリギリ邪神ではないちょっと邪悪な神によって異世界に転生した転生者である。

 その際に「面白そうだから」という理由でプレイしていたゲーム・キャラクターのステータスを再現されたせいで、未来はケモ耳の獣人男子にされてしまったし、紙月などは女性キャラだったからか女装する羽目になっている。何を言っているんだお前は。

 なぜ女装させたのか。素直に女性の体にすればよかったのではないか。いやでも性転換と女装はどっちがショックだっただろうか。女体化した方がまだマシだったのか、否か。紙月は深く考えないことにしている。疲れるだけだからだ。未来も深く考えないことにしている。幼いながらに脳の大事な部分に何か致命的な影響が感じられたからだった。


 性癖を破壊する系の冒険譚は後の世にまとめられて出版されるのかもしれないが、少なくともそれはいまではない。

 いま確かなことは、二人にはゲームのステータスやアイテムを再現した不思議な力があるということだった。


 ふたりが愛用する道具に《魔法の絨毯》というものがある。

 これは広大なマップの面倒な移動を省くためのもので、一度立ち寄ったことのある町であれば、一瞬でその入り口まで飛んでいけるというものだ。しかもパーティメンバーをまとめて運べる。

 さすがにゲーム内のように一瞬とまではいかないが、しかし空を飛んでいけるというのは交通機関の貧弱なこの世界では大きなアドバンテージと言えた。二人の乗る《絨毯》をのぞけば、わずかな例外を除いて原則的に天狗(ウルカ)という種族しか空路は選べないのだ。


 これによって二人はお手軽に遠方に旅に出られた。西部から帝都まで冬にもかかわらずあっさりやってこれたのもこれのおかげだった。逆に言えば、行けるのだから行かせてしまえという雑な扱い方もされるようになってしまっているのだが。


 ともあれ、帝都から北部までも、《絨毯》であればすぐの距離だ。

 目的地であるブランフロ村へはまだ行ったことがないため、以前立ち寄ったことのある最寄りの町であるヴォーストに向かう。前回も登録のためにちょっと立ち寄っただけだったが、今回は村までの案内役として、町の冒険屋を雇うことにした。

 冒険屋が冒険屋を雇うというのも妙な話だが、慣れない土地で闇雲に動くより、地場の人間に頼った方が効率もいいというものだ。


 ヴォーストは大きめの町なだけあって、冒険屋事務所の数も少なくなかったが、冬の北部、それも山の中を案内できる冒険屋となると限られていて、依頼料はかなり割高であった。自分の金で雇うのならばぼったくりじゃねえのかと言うところであったが、経費はレンゾー持ちなので紙月も心穏やかなものである。


「それはそれとして(タカ)ッ!」

「はっはっは。人聞きの悪い。これが相場というものですな」

「うーん……危険手当分と見るかぼったくりと見るか微妙なラインだね……」


 とはいえ、腕がいいのは確かであるらしい。

 雇った冒険屋はウールソと名乗った。頭はきれいに剃り上げているが、顎髭はたっぷりとしたもので、穏やかでにこやかではあれど、「熊のような」という形容詞の似合う大男であった。それが防寒着として分厚い毛皮を頭からつま先まですっぽり着込んでいるものだから、ますます熊らしい。

 なにしろこの男は、実際に熊の獣人であるというから、それも当然である。


 いくらか年嵩ではあるが、いまもバリバリの現役であり、それどころか山に入るのであればこの男以上に頼りになる冒険屋もそういないというのは、まあ事務所の所長のうたうところであったが。


「ははあ。子連れのたおやめとなると厳しいやもしれませんが、冬場はかえって獣も少ない。しっかりと準備をととのえさえすれば、危険も数えるほどでしょうな」

「まあ俺たちも多少の心得はあるんだ。お荷物にはならんように気をつけますから、よろしく頼みます」

「よろしい。では荷をととのえて、向かいましょうかな」


 《魔法の盾(マギア・シィルド)》の名は、北部にも少しは知られているが、西部ほど名高いわけでもない。それに、今回はむしろ名前が知られていない方が目立たなくてよいので、二人は単に金持ちの旅人ということにしてあった。

 紙月は道楽者の魔術師で、精霊晶(フェオクリステロ)を材料にした彫刻などをたしなんでいることにした。彫刻をやっているのは事実であるし、そのために質のいい氷精晶(グラツィクリスタロ)を求めているのだという理由付けにもなる。

 未来はその弟分とも従者ともいうべき子供だということにして、もちろん鎧も着ていない。


 あんまり事務所にこもらせても暇だろうと、《縮小(スモール)》の魔法で小さくして《絨毯》に乗せてきた地竜のタマに、雪上で馬車の代わりとなる大ぞりをひかせることにした。

 ほどほどの大きさにとどめたタマは、馬として使役される甲馬(テストドチェヴァーロ)という生き物に似ていなくもないので、誤魔化しは効く。

 まあその甲馬(テストドチェヴァーロ)というやつはこの時期冬眠するか、そうでなくてもとても動きが鈍くなってしまうらしいので、少し目は引いたが。


「……ずいぶん元気の良い甲馬(テストドチェヴァーロ)ですなあ」

「あー……うん。俺もちょっと意外だ。こいつ寒さとか平気みたいなんで、気になさらず」


 タマは寒さをものともせず、むしろ物珍しげに雪を楽しみながら、力強くそりを引いてくれた。

 新雪どころかその下の根雪にも埋まってしまいそうなものだが、そんなことは何の障害にもならないとばかりにもりもりと掘り進んでいく。なんなら鼻先の雪をもしゃもしゃ食べもする。半分くらい埋まりながらずんずん進んで行くものだから、そのあとを引かれていくそりの乗り心地は決していいものではなかったが。


 二人には全く見分けのつかない雪景色の中を、案内役ウールソが実に的確に道を見つけだして、タマに伝える。タマはそれに素直に従って、雪も氷もものともせずにずんずん直進していくものだから、冬の厳しさに慣れたウールソは大いに苦笑いさせられたものである。


 ヴォーストを出発した一行は、道中一つの宿場町と、一つの村で宿泊して、経費で落ちるからと盛大に地域経済に貢献した。

 その間、ウールソは案内人として頼りになるだけでなく、旅の連れとしても実に頼もしい男だった。材料さえ預けてしまえば、雪の上でもほっとするような暖かなものを食べさせてくれたし、雪の下に隠れて今は見えない様々なことを、よく通る声で朗々と語ってくれもした。

 そしてまた、過去の冒険や経験を通して、あれやこれやとためになることも教えてくれた。聞けばウールソは武の神を奉じる武僧であるとのことで、なるほど世慣れた僧侶ともなれば説法も得意なわけである。

 そのようにして、一行は三日目の昼過ぎに件のブランフロ村へと到着した。


 ブランフロ村は、「山奥の寒村」という言葉が実にしっくりとくる村だった。

 谷にすっぽりと収まったようなというか、傾斜にしがみつくように張り付いた村というか。

 村の真ん中には細い川がすっと流れており、それは流れ流れてヴォースト運河まで続く水系の一端であるという。それを挟み込むような村の面積のほとんどは、幾重にも連なった段々畑であり、何世代もかけて築かれたその姿は、夏ごろにはなかなかの見ものであるそうだ。

 そうしてふもと近くから、山頂に向けて細長く伸びた村は、手前から第一村、第二村、第三村と大雑把に分かれており、雪がひどい冬期は、山奥の第二、第三村は最低限の管理だけにとどめて、もっぱら第一村で生活しているのだそうだった。


 ウールソの案内で、まず向かったのは村長の屋敷であるという。三棟からなる割合に大きな建物で、木造ではあるがかなりしっかりとした造りであった。

 いまの時期は、三つに分かれた村のそれぞれの代表者である、三村長とでも呼ぶべき三人が住まいとしているらしかった。


 突然の来訪に、偶然にもそろって白湯などすすっていた三村長は、驚きながらも丁寧に迎え入れてくれた。紙月がつまらないものですがと帝都の酒などをそっと差し出すと、席も勧めて白湯も用意してくれた。


 魔術彫刻家なる胡乱な職業とともに名乗った紙月たちに、三村長はそれぞれ、郷士(ヒダールゴ)にして第一村の長ワドー、村唯一の医師にして第二村の長ナガーソ、葡萄酒(ヴィーノ)醸造家にして第三村の長カンドーを名乗った。

 ワドーは人族の高齢男性で、その顔つきは巌のように厳しい。顔に刻まれた皺は深いが、その体躯はしっかりとしており、座る姿にも威圧感のようなものがあった。

 ナガーソはなんとも飄々とした土蜘蛛(ロンガクルルロ)の高齢女性で、村の医者でもあるというだけあって、しなやかでほっそりとした見た目は、なるほど力仕事より頭脳労働派のようだ。

 カンドーは年齢不詳の天狗(ウルカ)だったが、西部の傲慢かつ派手目の天狗(ウルカ)に慣れた二人には珍しいことに、温和そうな見た目をした大人しそうなひとである。天狗(ウルカ)にありがちなこととして、男女の区別は何とも言えなかった。


「ふむ……これは結構な品を頂きましたね。しかし何分厳しい時期柄、大したおもてなしも出来ず申し訳ない」


 やんわりと口を開いたのはカンドーであった。見た目通り柔和な物言いだが、さらりと牽制してくるあたり、あまり歓迎はしていないようだった。

 まあ、厳しい冬の最中に物見遊山気分の連中がやってくれば、面白くもないだろう。それに閉鎖社会では、見慣れない余所者は得てして警戒されるものだ。


「魔術彫刻家、とか言ったが……その芸術家のセンセイがまたこんな村に何の用だね」


 胡乱気なナガーソに、紙月は営業スマイルを浮かべた。


「センセイってほどじゃありませんよ。俺は精霊晶(フェオクリステロ)に彫刻を施して好事家に売っているんです」

精霊晶(フェオクリステロ)に彫刻を? 消耗品ではないか」

「フムン、まあ都会ではそういう需要もあるだろうさ、ワドー」

「ええ、ええ、それではまあ、さる貴族筋から大口の依頼が入りまして、質のいい氷精晶(グラツィクリスタロ)がどうしても必要になったんですよ。それもできるだけ大きいのがいい。市場に出回るのじゃあなかなか具合がいいのが見つからないで、困っていたらこの村の話を聞いたってわけです。なにしろ氷精晶(グラツィクリスタロ)は数多く出回っても、上等なものとなると限られてくるってわけで」

「そうかね」

「ええ、ええ、そうですともそうですとも。こんな時期に急に押しかけてもご迷惑だとは思ったんですが、どうにも依頼人がせっつくもので、なにしろお貴族様というのはこっちの都合なんて考えないで自分のことばかりですからね。かといってそこらのケチな氷精晶(グラツィクリスタロ)で妥協するなんてのは(シャク)ってなもんで、ええいどうせ払うのは貴族の財布なんだから一等質がいいものをと思い立ちまして、ええ、ええ、そこでなんとか融通してもらえないものかとこうしてお訪ねしたわけでして」

「そうかね、まあなんだ、うちもおかみの絡む商売だからな。好き勝手はできんよ。わざわざ来てもらって無下にするのも、悪いかもしれんがね」

「まあ適当なところを見繕ってやろうかね」

「うむ」


 よくまあそうもべらべらと喋れるものだと、感心半分呆れ半分で未来は紙月のやるように任せた。

 商談、というよりその前段階の挨拶だが、それにしたって子供が口を挟むというのも妙な話だし、紙月の詐欺師かと思うような調子のよい口ぶりに、気軽に口を挟めるようなものでもない。


 挨拶の締めとして、紙月は彫刻の見本と称し、こぶし大の水精晶(アクヴォクリスタロ)を球状に磨いて、その内側にレーザー彫刻でいくつかの花を立体的に彫り込んだものを贈呈した。

 球状に磨くのはともかくとして、鉱石の内側を細工するというのは、恐らく帝国広しといえどまだ紙月くらいしかやっていないだろう、というかできないだろう技術であるから、これには三村長も大いに驚き、感心してくれた。


 村長たちは、何事もすぐすぐにとはいかないから、迎賓館で休んでくれと告げて場を締めた。

 未来としてはまずまず好感触だったのではないかと思うのだが、向き合って言葉を交わした紙月としては、


「どうにも、渋い」


 と感じたようであった。


「まあ突然やってきた芸術家なんてのは胡散臭くはあるんだろうけど、壁がなー。結構壁を感じるな。最初からあんまり話を聞く感じがない。手ごたえがかたいな」

「余所者ですからなあ。北部は行き来も困難とあって、閉鎖的になりがちでしてな」


 これは村に隠し事があるのかどうかということとは関係なく、もう地方性といってもいいらしかった。


「アンドレオだ。案内する」


 迎賓館だという立派な建物まで案内してくれたのは、このアンドレオと名乗った男だった。

 背は高くないが、骨は太く胸も厚く確かな造りで、武骨の二文字が服を着て歩いているようであった。


 この男は酷く寡黙で、最初に短く名乗った後は、ひたすら無言で()()()()と歩いていくばかりである。

 紙月が「すごい雪だな」とか「この村はいつもこんな感じなのか」とか差し障りのない話題を投げかけても、「ああ」「そうだ」「そうか」と短い言葉が振り返りもしない背中越しに飛んでくるだけであった。


 珍しく会話に困った紙月が肩をすくめてあたりを見回すと、何の仕事をしているものか、村人の姿がちらほらと見えた。

 軽く会釈するものの、あまり反応はよろしくない。若者などは気になってはいるらしく、こちらを窺う様子ではあるが、年寄りなどははっきり顔をそらしたり、露骨に訝しげな眼を向けてきたりもする。

 ひそひそとなにやら話す様子などは、どう好意的に見ても歓迎されているようではなかった。

 なるほど、ウールソの言うように余所者は好かれていないようである。 


「ここだ。余所者用の館だ」

「余所者用」

「ああ。俺も余所者だ」


 説明になっているのかなっていないのか。

 アンドレオは随分立派な正面の扉を開いて、やっぱり()()()()と歩いて入っていってしまう。

 自分たちも入っていいものだろうかとまごついていると、中からぱたぱたと足音を立てて少女が駆けつけてくれた。


「ああああああごめんなさいっ! お父さんったらもう、お客さんを放って! ごめんなさいね本当に! あの人ったらぶっきらぼうで、なに言っても()()()みたいなものだったでしょう。誰にだってああなんだから、本当にもう。町の人かしら、こんな時期に珍しいわね。さあさあ、寒かったでしょう! 雪もほろって、おあがりくださいな! 部屋もね、ええ、部屋もすぐに用意しますから!」

「あ、ああ、アンドレオ……さんの娘さんかな?」

「あら! あたしったら挨拶もせずに! ごめんなさいね。ポルティーニョっていいます。そう、あの()()()の娘です。お父さんは気が利きませんからね、なにかあったら、何でも言ってください!」

「そう、そうか、ありがとう」

「いえいえ! お役に立てれば幸いです!」


 まるで壁打ちみたいな独り相撲の会話からの、圧倒的なおしゃべりに、さしもの紙月もちょっとのけぞった。

 どうやったらあの寡黙な男にこんな娘ができるものかと、未来も目を白黒させてそれを見守った。


 このおしゃべりな娘ポルティーニョがあれやこれやと迎賓館について説明しながら、三人を客室に案内してくれた。部屋は二人用のもので、紙月と未来で一部屋、ウールソで一部屋割り当てることにした。

 ポルティーニョがそれぞれの部屋に置かれた鉄暖炉(ストーヴォ)に火を入れてくれたが、部屋があたたまるまで時間がかかるので、三人はそれまでの間、一つの部屋で鉄暖炉(ストーヴォ)に集まって暖を取った。


「お父さんがごめんなさいね。それに村の人も、きっと嫌な態度取ったんじゃないかしら」

「え、いやあ、まあ」

「いいんですよ! 本当のことだから。あたしとか、若い人はそんなでもないんですけどね、お年寄りはみんな余所者が嫌いなの。でも悪い人たちじゃないんですよ。気難しいだけで。あたしたち子どもには甘い所もあるような、そんな普通の人たちなんですよ、でもね、北部は厳しいとこでしょ。それに山の中。自分たちで頑張って開拓してきたんだって、そう言う思いがあるから、なおさら他所の人に対してはね、簡単には心を開かないみたいなんですよ」


 ポルティーニョはやかんをストーブにかけながら、そのように語った。

 村の閉鎖的な点を短所とはとらえながらも、彼女は自分の生まれ育った村を悪く思っては欲しくないと、いいところなのだと、そのように感じているらしかった。


「そういえば、アンドレオさんも自分のこと、余所者だって言ってましたよね?」

「ああ、うん、お父さんもね、他所から来た人らしいんですよ。どこか、とおいところ。でも村で何年もがんばって、お母さんと結婚して、あたしも生まれて……お母さんはもう死んじゃったんですけどね、あたしがずーっと子供の頃に、でも、それでもうすっかりこの村の人だって、村の人も頼りにしてくれるし、村長だって、認めてくれてるんですよ。お父さんは、まあ見ての通り、飛び切り気難しい人だから、自分のこと、余所者だなんて言いますけどね。この迎賓館の管理だって任されて、ちゃんと信頼されてるんですよ。だんまりだけど、悪い人じゃないんです」


 ポルティーニョが彼女の父について語るのを、未来は何とも言えずに聞いた。

 未来の父親も、あまりよく喋る方ではなかった。たった一人の家族だったが、正直なところ、よく知っているとは言えなかった。その顔よりも、背中ばかりを見ていたような気がした。

 未来は自分の父親のことを、彼女のように誇らしく語れるだろうか。少し自信がなかった。


 おしゃべりな少女はやかんで沸かした白湯を三人に配って、部屋を辞した。


「なにか不便なことがあったら、なんでも呼んでくださいね。ああ、そうだ、それから、隣の部屋にもう一人、お客さんがいるんですけど、気兼ねしないでくださいね。お父さんの古い知り合いらしいんですけど、お父さんに負けず劣らずだんまりで、あんまり出てこないですから」


 ぱたぱたと忙しなく去っていく背中を見送って、三人は白湯であたたまり一息ついた。


「いやはや。やっぱり北部は寒いな。着込んできたけど、それでもこたえる」

「それに雪がすごいよね。道は雪かきしてあったけど、そのわきに積んだ雪なんて、ぼくより高いもんね」

「この辺りは豪雪地帯ですからなあ……とはいえ、以前はここまででもなかったように思いますが」

「そうなんですか?」

「二十年は前のことですが、もう幾分かは雪も少なかったように思いますな。まあそれでも余所者嫌いは相変わらずと申しますか、何とも懐かしいものですな」


 その時は武者修行の一環で山に入っただけで、村にはそこまでかかわらなかったそうではあるが、それでも体感として雪が増えているというのは疑惑の信憑性も増そうというものである。


「二十年でそう変わることもありますまいが、まあこの村にはたいした特産はなく、畑も広くは取れず、働き手はもっぱらこの時期の氷精晶(グラツィクリスタロ)採りで忙しい頃でしょうな」

「ただでさえ余所者扱いだし、あんまり邪魔にならないようにはしないとですね」

「左様ですなあ。さて、拙僧の部屋もまずまずぬくまった頃合いでしょう。女性(にょしょう)の部屋にいつまでも居座るのも聞こえが悪い。部屋で休ませていただこう」

「ああ、お気遣いどうも……でも俺、男なんですけど」


 紙月が一応付け足しておいた言葉に、ウールソはフムンと髭をしごいて紙月を見下ろした。


「うちの事務所にもそのようなものがおりますな」

「えっ」

「えっ」


 はっはっはと気持ちよく笑いながら去っていくウールソの背中を見送って、二人は顔を見合わせた。

 異世界どうなってるんだと。


 ともあれ、村にはついた

 腰を落ち着けて休むのもいいが、すっかり根付いてしまう前にもう少し村を調べておきたいところである。

 ふたりは装備をととのえると、名残惜しい鉄暖炉(ストーヴォ)のぬくもりからしぶしぶ離れて部屋を出た。

 出たところで、タイミングも良く鉢合わせになったのは見知らぬ人物であった。


「ぬっ」

「わっ」

「おっと」


 あやうくぶつかりかけた未来が慌てて立ち止まり、紙月が止まり切れずその背を押す。つんのめりかけた未来の体を、ぎょっとしたらしい謎の人物が咄嗟に手を出して支えた。

 妙な体勢で、妙な沈黙が流れた。


「あ、ありがとうございます」

「…………うむ」

「ああ、どうも、お隣のお客さんですかね。俺たちはさっきついたばかりのものでして、」

「ああ、すまんが、急ぐ」


 紙月がまた営業スマイルで軽妙にからもうとするのを制して、謎の人物はもごもごとくぐもった声でそれだけ告げると、二人を避けるようにしてさっさと立ち去ってしまった。


 事前に寡黙とは聞いていたが、ここまで怪しいとは思ってもいなかった。

 なにしろ()()()()としか言いようがない。

 顔も見えないくらいにすっぽりと目深にフードをかぶったローブの人物で、どこに出しても恥ずかしくない不審人物である。


 とはいえ、格好に関しては紙月に何をどうこうといえた話ではないので、そのあたりの追及は控えておいた。世の中にはいろんな人がいるのである。


「まあ、ああいうのは例外として、一応いろいろ話を聞いて回るのがこの手の依頼(クエスト)の定番だよな」

「そうだね。定番も定番の村長にまた話聞いてみる?」

「うーん。でもさっきの感じだと手ごたえがなあ」


 余所者嫌いらしい年寄りの中でも、飛び切り頑固そうな顔をしていたのが三村長の一人郷士(ヒダールゴ)ワドーである。さっきの今で話を聞きに行っても適当にあしらわれそうではある。

 紙月は少し考えて、手分けをしようと提案した。


「ふたりしかいないのに?」

「だからこそ役割分担だな。さっきの嬢ちゃんが言ってた、割と話が通じそうな若い連中は俺が当たるよ。未来は年寄り連中に話を聞いてみてくれないか」

「ええ……? なんか逆じゃない? ぼくあんまりおしゃべり得意じゃないよ?」

「なに、お前は聞き上手だよ。俺みたいに下手に口の回るやつは、むしろ胡散臭くて信用できないかもしれねえ」

「胡散臭いって自覚はあったんだね」

「大学でネズミ講とか誘われた時のを参考にしてる」

「参考資料が最悪じゃない?」

「まあ役には立つんだよ。使い方次第だな。大したことも知らんと思うけど、暇してる若い連中なら色々話してもくれるだろうさ」

「その間にぼくはおじいちゃんたちにおやつをもらってこいって?」

「わかってるじゃないか」


 子どもの未来があれこれ聞き出そうとするより、むしろ向こうの話したがるところを聞いてくる方がよほど舌の滑りも良くなることだろう。未来は肩をすくめた。


「ま、もともと余所者は嫌われてるらしいんだ。期待せずに行こうぜ」

用語解説


・《魔法の絨毯》

 ゲーム内アイテム。使用することで最大一パーティまで、いままで行ったことのある町などの入り口まで一瞬で移動できる。ただし、ダンジョンなどの近くには飛んでくれない。

『これは何故飛ぶのだ? 何故絨毯なのだ? もっとこう、安全なものはなかったのか?』


・ウールソ

 熊の獣人(ナワル)。《メザーガ冒険屋事務所》に所属する冒険屋。

 所長を含む《一の盾(ウヌ・シィルド)》という高名なパーティの一員だったが、ヴォーストに事務所を構えてからはソロでこまごまとした仕事をすることが多い。

 槌を武器とする武の神の武僧だが、最近はあまり手ごたえのある相手がいないのでもっぱら素手。

 人当たりはよく、穏やかな人柄だが、人間の頭蓋骨くらいなら中身入りで簡単に握りつぶせる。


・《縮小(スモール)

 《魔術師(キャスター)》系統の覚える特殊な魔法《技能(スキル)》。

 文字通り対象を小さくしてしまう魔法で、耐久力や攻撃力が落ちる代わりに敏捷性が上がるという特徴がある。敵にかけて弱体化を狙うほか、自分にかけて小さな隙間を通ったり、ゲーム性のあるスキルである。

『《縮小(スモール)》の呪文で小さくなれば食費が減る、ということはない。腹の中のものには魔法がかかっとらんから術が解ければそれまでよ。わかったら出てこんかい盗人め!』


・タマ

 《魔法の盾(マギア・シィルド)》の二人が飼っている地竜の雛。

 帝都大学での実験で生まれ、刷り込みで懐いてしまったために依頼で押し付けられたのだが、賢く大人しく強くと馬としては優良物件。食費が高いのが玉に瑕


甲馬(テストドチェヴァーロ)(testudo-ĉevalo)

 甲羅を持った大型の馬。草食。大食漢ではあるがその分耐久力に長け、長期間の活動に耐える。馬の中では鈍足の方ではあるが、それでも最大速力で走れば人間ではまず追いつけない。長距離の旅や、大荷物を牽く時などには重宝される。性格も穏やかで扱いやすい個体が多い。寿命も長く、年経た個体は賢く、長年の経験で御者を助けることも多い。


郷士(ヒダールゴ)(hidalgo)

 貴族階級と平民の間にある身分。

 主に貴族が不在地主である領地で、代官として領地を治める家。

 一代貴族であるが、通常は長男が次の郷士(ヒダールゴ)として叙任される。


・ワドー

 高齢の人族男性。

 ブランフロ村全体の村長にして第一村のまとめ役。

 元は彼の祖先が人々を率いて開拓を主導し治めたのがブランフロ村の始まり。

 一応はエージゲ子爵に封じられている形だが、後から来ただけの子爵に対していい感情は抱いていない。

 村のためであれば時には冷徹な判断も下す。


・ナガーソ

 第二村の村長にして村で唯一の医者。

 高齢の夜恋(ベラエイル)女性。

 若い頃に帝都で医学を学んでおり、いまも最新の医学知識を得るため新聞や雑誌を定期購読している。

 しかし郷土愛は強く、若者が村を離れていくことには頭を抱えている。


夜恋(ベラエイル)

 土蜘蛛(ロンガクルルロ)の氏族の一つ。

 ひときわ強い毒を持つ、と噂されるが、彼女らの持つ毒は大抵の隣人種にはしびれる程度のもの。

 実際には自前の毒よりも、様々な毒と薬の調合を得意とする調薬職人。

 その毒は恐れられ、時に迫害されることもあったが、優れた薬学知識は侮れるものではなく、権力者とつなぎを得るものも多いとか。

 このような相反する性質から、森の奥に潜む魔女というイメージにもなっているようだ。

 また、土蜘蛛(ロンガクルルロ)の中では柔らかい体つきをしているため、その美しさに惑わされるという逸話も多く残っている。

 大抵の場合、その美しい夜恋(ベラエイル)というのは男性のことだが。

 医の神オフィウコを信仰することが多いが、鉱石を用いた薬や毒もあるため、山の神や火の神にも祈りを捧げる。


・カンドー

 高齢の還安(ト・エライア)男性。

 第三村の村長にして葡萄酒(ヴィーノ)醸造家。

 彼の父の代から葡萄(ヴィンベーロ)畑と葡萄酒(ヴィーノ)醸造所を立ち上げ、彼の代でようやく売り物になる葡萄酒(ヴィーノ)ができた。

 そのことから葡萄酒(ヴィーノ)には並々ならぬ自負がある。

 物腰穏やかで何事にも控えめだが、きっちり不満は溜めているタイプ。


還安(ト・エライア)

 天狗(ウルカ)の氏族の一つ。

 珍しくあまり高慢ではない。

 性格は臆病で慎重なところがあるが、一度慣れるとやや図々しいところも。

 能力的には凡庸で、戦闘能力はほとんどなく、人里で暮らすものが多い。

 東西大陸のどちらにおいてもよく見かけられ、一般に天狗(ウルカ)としてよく知られる氏族の一つ。

 天狗(ウルカ)では珍しく農耕を営むことが知られ、よく果樹などを育てて果実を採っている。

 天狗(ウルカ)の国アクチピトロにおいては労働階級であり、細々とした雑用を務める。

 またその温厚な気質から、支配階級の子息の乳母などもすることがある。

 その性格は人里でも受け入れられがちだが、たまにナチュラルな上から目線が出てくることも。


・アンドレオ(Andreo)

 ポルティーニョの父親。

 迎賓館の管理の他、山の見回りなどを任されている。

 元は余所者であり、ポルティーニョの母と結婚して村に根付いたという。

 多くは語らないが、鍛えられたその身体から、冒険屋や傭兵の類だったのではないかとも噂される。

 三村長からも信頼されているが、本人はあくまでも一線を引いているところがある。


・謎の人物

 クローズド・サークル・ミステリであれば犯人か第一被害者になりそうな不審者。

 顔がわからないのをいいことに別人の死体と入れ替わって舞台裏で暗躍しそうな怪しさ。

 しかし、別にそう言うことはない。

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姉弟作「異界転生譚ゴースト・アンド・リリィ」
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― 新着の感想 ―
[良い点] 土蜘蛛が一族の夜恋族は森の魔女♂……ってコト?! 森の魔女ではなく「森の魔女♂」は異世界ではメジャーな性癖だったのですね。 [一言] >> 性癖を破壊する系の冒険譚は後の世にまとめられて出…
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