第二話 雪男の依頼
前回のあらすじ
寒さに震える紙月と未来。
温かい話でもないものか。
そのようにして広間の暖炉のそばで丸まって、二人が暖かな乳茶を頂いてくつろいでいた時のことである。
毛皮を着こんですっかり着ぶくれしたハキロが、その二人を見つけてにっと笑ったのである。
そそくさと席を立ちたい気持ちでいっぱいであったが、寒さが二人に動くことをためらわせた。
「お前たち、暇してるだろ」
「もうその流れいい加減勘弁してほしいんですけど」
「そう言って、なんだかんだ請けるんだろ」
「内容によります」
「よしきた」
ハキロもまた暖炉そばに腰を下ろし、指先を温めるように息を吐きかけて、ぎむぎむと揉み手をしてから、話を始めた。
なんでも《巨人の斧冒険屋事務所》には、北部出身の冒険屋がいるのだという。遠路はるばるわざわざ西部なんでやってくるのも大変だが、それで冒険屋になるというのだからまた面倒なことをする人物である。
いや、冒険屋をやっているうちに西部まで流れてきて、そのまま居ついたという方が自然だろうか。
ともあれ、その冒険屋である。
「おうい。こっちです、こっち」
ハキロが呼びかけると、のっそりとその冒険屋が現れた。もこもこと毛皮を着て着ぶくれているのはほかの冒険屋と同じだったが、何しろ顔面が偉いことになっていた。髪は伸ばしっぱなしの総髪で、髭も顔を覆って余りある勢いで伸びに伸びており、人間なんだか熊なんだかわからないほどである。
それがのっそりと毛皮を着て立っている姿は、まるで雪男だった。
「イェティオさんだ」
「……イェティオです。よろしく」
「よろしく」
「よろしくお願いします」
年齢どころか下手すると性別すらわからないほどの毛むくじゃらだったが、声の調子から考えるに、どうやら四十がらみの男である、と紙月は見当をつけた。未来にはさっぱり見当もつかない。
イェティオもまた暖炉のそばに腰を下ろし、事の次第を放し始めた。
「おらぁ、北部の山の出で、なんしろ山は刺激もねえ、遊ぶとこもねえ、なんにもねえんで、一旗揚げてえと思って、家さ弟に任せて、冒険屋になったんだべ。そんでまあ、随分なげえこと帰ってなかったんだども、早馬で手紙が届いたんで、へえ」
そういってイェティオは懐から何度も読んだのだろう、くしゃくしゃになった手紙を取り出した。
「実家で宿開いてる親父が、熊木菟さ襲われて、大怪我したそうで、その知らせだ」
勿論、イェティオはすぐにでも実家に帰ってやり、親父の容態を見てやり、あんまりひどいようであれば宿に戻って仕事を継ぐことも考えたそうだ。
しかしそれ以前の問題として、帝国には冬が横たわり始めていた。
西部は恐ろしい寒さにさいなまされるが、通行が止まることはない。
しかし北部まで行くとなると、たどり着くまでにすっかり雪に閉ざされてしまって、とてもではないが実家につく前に立ち往生してしまう。
かといって雪が溶ける春まで待っていては、父親が重態であった時死に目に会えないかもしれない。そうでなくても働き手である父親が倒れたとあれば弟と母親の二人だけで宿を支えていくのは厳しい。
両親はすっかり老齢だし、自分もいい加減いい歳だ。
冒険屋として働いているうちは気にも留めなかったが、こうして手紙が来ると改めていろいろと考えてしまった。
家のこと。家族のこと。また自分自身の今後のこと。
親孝行のためにも、自分の将来のためにも、ぜひとも一度家に帰ってやりたい。
「そんで、森の魔女の噂さ思い出したんだ。おめさんたづ、なんでも空さ飛んでどこへでもひとっとびに行けると言うべ。よがったらおらさ乗せて飛んでくれねえべか」
どうか頼んます、と頭を下げるイェティオは全く真剣であるようだったし、顔こそ見えないが焦りも見える。
またぞろ妙な依頼でも持ってくるのではないかと心配していた紙月と未来であるが、人助けとなれば否やはない。
「すくねえが、謝礼もある」
「いやいや、謝礼なんて」
「おらの実家は温泉宿さやっててよ」
「なに?」
「山間の温泉宿なんだけんど、はーこれがまた肩に効く腰に効く、生まれ変わったような卵肌になるってえ温泉で有名でよ。もし送ってもらえたらば、温泉なんぞいくらんでも使ってもらってええだし、今の時期だから大したもんは出せねえかもしれねえけんど、名物料理もどっさり食わせるだ。いやー、自分で言うのもなんだけどよ、雪見ながらの温泉てのは乙なもんで、頭は冷えるけんど体はぽーかぽか、これで酒でも飲みながら浸かったならば、はーやめられんべ」
どうだべか。
全く感情の読めない髭面に、紙月は微笑んだ。
「なあに、同じ事務所の仲間だ! 勿論快く助けるぜ!」
温泉。
それはどうしようもなく魅力的な響きだった。
用語解説
・イェティオ(Jetio)
北部出身の冒険屋。四十代。
山中などで行動していると魔獣などと誤解されるのが最近の悩み。
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