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異界転生譚 シールド・アンド・マジック  作者: 長串望
第十一章 グレート・エクスペクテイションズ

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第二話 鍛錬を終えて

前回のあらすじ


稽古に出かけていく未来を見送り、紙月もまた鍛錬へと出かけるのだった。

 筋肉や骨のように、魔力も限界まで使えば大きく成長する、というのを、紙月は自分の経験から知っていた。

 地竜と戦った時はまだよくわかっていなかった。

 鉱山で大振る舞いをしたときに少し感じた。

 大大嘴鶏食い(ココマンジャント)たちを凍らせるときに勘をつかんだ。

 海賊船騒動で使えば使うほどにこなれていくことを感じた。

 穴守と対峙し、限界を振り切るような魔力を制御するにあたって、ついにそれは実感として得られた。


 日々精霊晶(フェオクリステロ)を《燬光(レイ)》で彫刻する中で自分の技術が磨かれていくのを感じるように、大掛かりな魔法をいくつも使い限界まで《SP(スキルポイント)》を消費していくことで、確かに自分は限界を超えて強くなっていくということを感じられた。


 肌で感じられる、直観的にそう感じられる、そして、紙月は、それを数値で見ることができる。


「やっぱりな……全体《SP(スキルポイント)》が上昇してる。一気に増えるって程じゃないけど、でも……確かに成長してる」


 そう、紙月は自分の能力を数値として、ステータスとして把握することができる。

 これは鍛錬を続けていくうえでかなり大きなアドバンテージだった。

 誰もがどこかで引っかかる、これでいいのかという疑問に、紙月は数字で答えられるのだ。

 実際に伸びている。だから、これは正しいのだと。

 そしてその自信がまた、鍛錬に集中を与え、より成果を上げていく。


 様々な魔法を、《SP(スキルポイント)》が切れるまで回復する暇も与えず使い続け、そうして得られた実感は大きかった。


「俺は……まだまだ強くなれる。ゲームでは諦めていた()()()()に、届くかもしれない」


 それは紙月にとって大きな獲得だった。

 何者かになれるかもしれないという、そう言う希望があった。


 そのようにして希望ばかりは大きく、しかし精も根も使い果てて久しぶりにくたくたになった体を馬車に預けて、賢いタマを頼りに街に帰ってきた時には、日も暮れて門がしまるぎりぎりだった。


 事務所に辿り着いた時には、稽古に出ていた未来ももう帰ってきていた。


「あ、おかえり紙月」

「おう、ただいま未来」


 未来は鎧姿で、事務所で暇をしていた面子とカード遊びなどしていた。

 これはこちらの世界でもトランプと呼ばれている――というよりは、同じ転生者である有明錬三が広めたらしく、歴としたトランプそのものだった。

 遊び方自体もいくつか説明書にかいてあるようで、娯楽の少ないこの世界にあっという間に広まったそうである。


 ポーカーか何かしているようで、チップらしい三角貨(トリアン)銅貨があちらこちらを行き来している。


「ミライ、お前鎧脱げよ」

「そうだぜ。顔が見えねえのはずりーぞ」

「僕駆け引き苦手なんだからいいハンデでしょ」

「これで手堅い手を打ちやがるからなあ」


 冒険屋たちがぶーたれているが、子供相手に小銭を巻き上げようという根性自体がどうなのだろう。彼らも何も大金を巻き上げようというつもりはなく、小遣いをかけた賭け事の一環といった程度なのだろうけれど、それでもあまりよろしいことではない。


 いや、暇をしているだろう子供を遊びに誘ってくれているのだからそれはそれで面倒見のよい大人たちということにもなるのだろうか。

 元の世界の常識と、この世界の常識との違いは、時々紙月を大いに困惑させた。

 そしてそういうとき、未来の方がすんなりとこの世界の常識に早くなじむのだ。


 紙月よりも元の世界の常識に漬かっていた時間が短いからか、それとも脳の柔軟性というものが違うのか、とかく未来は紙月よりも場になじむことが多い。

 紙月が処世術としてなじもうとするのではなく、未来は自然体としてそこになじんでいくのである。


「俺の頭が固いのかねえ」


 少なくとも、柔らかい方ではないのかもしれない、と最近はとみに思う。

 子供と付き合っていくというのは、頭の柔軟性を日々試されるようなものだ。


 などと感傷に浸っていたら、捨てられた犬のように情けない顔をしたハキロに呼ばれた。


「おーい、シヅキ、ちょっと来てくれ……」

「なんです?」


 ハキロに連れられて行った先は、事務所の事務仕事をひとまとめにこなしている執務室だった。

 奥にはアドゾが腰を下ろすデスクがあり、他にいくつか、事務要員のデスクが並んでいるが、いまは空だ。


「なんで呼ばれたかわかってるかい?」

「へえ……」

「いえ、すみません、さっぱり」


 アドゾはこめかみを押さえて、どでかい溜息をついて見せた。

 怒鳴りつける代わりにだ。


「今日はあんた、ハキロの勧めで採石場跡に行ってきたんだって?」

「ああ、そうです! いやあ、いい所ですね! いい鍛錬になりました!」


 鍛錬を済ませてきたばかりでいささかハイな紙月はそのように答えたが、これにもやっぱりアドゾはため息をついた。


 それから気持ちを鎮めるためだろう、パイプを取り出すと煙草入れから煙草の葉を取って詰め、火精晶(ファヰロクリスタロ)を仕込んだ火口箱でちょいと火をつけ、静かに煙を吸い、吐き出した。

 紙月自身は喫煙しないし、マナーの悪い喫煙者にも思うところはあるが、しかしそう言うことがあっても、アドゾの仕草は粋と言うのがちょうどよい具合だった。


「やりすぎだよ」

「えっ」

「あんたの魔法さ。魔法って言っていい物かどうか知らんけど、やりすぎだってさ」

「ええ? でも誰にも被害は出ない場所ですよ?」

「昼間っからずっと爆発したり燃え上がったり、かと思えば雷が落ちたり土砂降りの雨が降ったり、遠目に見るだけでもこの世の終わりかと思うような光景だったとさ」

「あー」


 そう言えば途中からハイになり過ぎて、遠慮会釈なしに最大威力で魔法を連発していた気がする。


「見かけた旅人やら旅商人やらが大慌てで吹聴したもんだから、大騒ぎだったんだよ」

「そりゃあ、また、なんかすみません」

「すみませんで……はー、まあ、あんたはそう言うほかないもんね。仕方ない」


 アドゾは精神安定剤でも服用するかのような顔つきで煙草を吸い、吐き、そしてため息をついた。


「ま、次からは役所に届け出だしてからにしな」

「そうしたら大丈夫ですか」

「役所が受け入れたらね」


 難しそうな話であった。

用語解説


・煙草

 実際には我々の知るナス科タバコ属のいわゆるタバコのことではない。

 地方によって異なるが、ある種の薬草の類を刻んで乾燥させたもので、茶に近い。

 飲むか吸うかの違いであると言ってもいいくらいである。

 なので厳密には喫煙描写ではない。アニメ化したら絶対に指摘されるだろうが。


・火口箱

 本来は、火打石、火打金、火口などの入った箱を言う。

 この世界では火精晶(ファヰロクリスタロ)を仕込んだ小さな箱で、簡単な操作で火をつけられるライターのような造りであるようだ。


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姉弟作「異界転生譚ゴースト・アンド・リリィ」
連載中!
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