出航 1話
「出航だ。エンジンに火を入れろ」
僕は、静かに冷たく言い放つ。
スメーは、何かを察してくれたのか復唱すると皆に指示を出した。
湾岸は人で溢れている。
ばかばかしい。
何かに迎合しなければ自分を確認できない可哀想な人達。
後ろの方に、心配そうに僕らを見る人達。
船に乗る事の叶わなかった人達。
大事な物を守る為に何もしなかった、できなかった人達。
もう何の感情も湧かない。
僕は、僕の決めた事をするだけだ。
船が少しずつ岸から離れて行く。
後戻りはできない。
僕は、船を見渡した。
忙しそうに働いている。
「みんな聞いてくれ」
全員が手を止めた。
「港を出てしまえば後戻りはできない。色んな意味でだ。手が汚れるかもしれない、何も手に出来ないかもしれない。無事に帰れる保証も無い。だから、今なら。」
僕は一呼吸置いて吐き出すように
「今ならまだ、戻れる。戻りたい人には小舟を降ろす」
みんなポカンとしている。
そんな変な事を言っただろうか?
「船長、手が汚れるのも覚悟している」
一人が言った。
「無事に帰れるかも、取り戻せる保証もない。けれど、あんたは最大の努力を惜しまないだろう?それこそ命を賭けてくれるだろう?俺たちの為に」
ああ、ああ、その通りだ。
「ならば、俺たちも船長に賭ける」
ありがとう。
「それに、感謝こそすれ恨む筋合いは無いよ。だって船長がいなければ私たちは子供達を助けに行けずに只ひたすらに祈るしか無かった。それに比べれば何倍もましさ」
すこし太ったおばさんが笑って言った。
僕は、右手を突き上げた。
みんなも右手を突き上げた。