出航 5話
「あなた・・・」
揺れる馬車の中、妻が不安そうに見つめてきた。
「心配ないよ」
僕は、笑顔で答えた。
「あなたが、そういうならだいじょうぶですね」
妻も微笑んでくれた。
『旦那さま、どうするんです!?この調子だと港も封鎖されているかもしれませんよ!?』
馬車の御者がヤケクソ気味に叫んだ。
「分かっている。次の路地を入って3ブロックで止めてくれ」
「あなた!?」
「大丈夫だと言っただろ。君とは、そこで暫く離れるけれど必ず帰ってくるよ、一緒に」
「でも・・・」
妻の頬を涙が流れる。
辛い想いをさせてすまない。
「もう、家には帰れないのは分かるね?このままロンドンを出て、リヴァプールから新大陸へ行くんだ。ニューヨークという街に家を用意してあるから」
「そんな・・・」
「僕らが帰れるように、ちゃんとしておいてくれよ?ただいまって言うから」
僕は、そっと手にキスをした。
「はい。はい、あなた」
『旦那さま、ここで?』
「ああ」
そこは、テムズ川の側。
「じゃあ、いくね」
僕は、荷物を抱えて馬車を降りた。
遠ざかる馬車を見えなくなるまで見送ると、茶色い布を羽織り目立たない様に測道へ降りた。
「さすがにまだ臭うな」
僕はテムズ川へ繋がっていた使われなくなった下水道へ入った。
これなら人に邪魔されずに港まで歩いて行ける。
はず、だった。




