第10話
カールと出会ってから、早くも半年が過ぎた。
彼が来るようになってからは小鳥たちが怯えてしまって、コーラスが出来なくなってしまったけれど、色々な諸事情で林でしか彼に会うことが出来ないから仕方がない。
小鳥たちのことは残念ではあるけれど、近づいてこないだけで遠くからこちらの様子を窺っているようなので、見かけることは出来る。
それに、学校で話相手がいない分、カールと話せるお昼休みの時間は、それまで以上に私にとって大切な楽しい時間となっていた。
でも、彼に会うのが難しい時というのも勿論存在する。その最もたるのが学校が無い日だ。
初めの内は学校のある日だけ会っていたのだけれど、カールからもっと長い時間会いたいとお願いされたので、長時間林の中に居ることが出来る休みの日も会うことになった。
休みの日は時間が沢山あるため、歌や話しをする以外のことも出来るから、私としても悪い話ではない。
カールが見つけた兎の巣穴をこっそり見に行ってみたり、カールがどこかから連れてきた馬に相乗りさせて貰って、軽く乗馬を体験させて貰えたりと、カールは外での遊びを色々教えてくれる。
時には、皇都の近くに流れている川から釣ってきたと言う魚を焚火で焼いて食べたりなんかして、まるでレジャーに来ている気分だ。
だから私も、平日より休みの日の方が楽しみではある。でも、休みの日に会うにはちょっとした障害があるのが悩みどころだ。
カールと会うようになってから、私の男性恐怖症も少しは改善されて、同年代の少年くらいなら、見かけても少し怖いと感じる程度で済むようにはなった。
けれど、大人の男性はどうしてもダメで、未だに叔父様とお祖父様にさえ会うことが出来ないでいる。
そんな状態のため、私は徒歩では家の外にすら出ることが出来ない。
だから、林に行くためにはどうしても馬車を出して貰う必要がある。けれど、休みの日に林まで一人で行きたいと言うのに上手い理由が思いつかず、結局、「友達と学校で会う約束をしているから」と言うしかなかった。
その結果、「家にお招きしなさい」だとか、「いつも学校ばかりじゃ飽きるだろうから、他の場所にいきましょう?」と、母様のお友達に会わせて攻撃が始まったのだ。
そのたびに、「相手の子は極度の人見知りだから駄目!」と断っているのだけれど、いつかは言い負かされそうで怖い。
私だって、林の中だけじゃなく、私の家や、前に家族で涼みに出掛けた湖なんかでカールと遊んでみたいのだ。
でも、カールの見た目はどうやらこの国の人に怖がられるらしいから、彼を見た両親からカールとの付き合いを反対されたら困る。
そりゃあ、父様たちが人を見た目だけで判断するような人たちではないのは分かっている。
でも、それと、子供を危険かもしれない相手と付き合わせるかどうかは別だと思う。
前世の両親だって悪い人ではなかったけれど、私の将来のことを考えて厳しい言葉を私へ投げかけては夢を諦めさせようとしていたのだ。
今の両親も、そういう行動に出ないとも限らない。
それに、私たちが会っているここは皇族だけが入れる言わば立ち入り禁止区域だ。警備の兵士さんも入ることはあるけれど、それは皇帝からの命令だし、決められた時間だけしかいることは出来ない。
ここに許可無く入った者は、例外なく罰を受けなければならないと聞いているから、カールとここで出会ったことを感づかれでもしたら、彼は間違いなく罰せられてしまう。
そう考えると、怖くて余計に家族へ彼を紹介出来なくなっていた。
初めの内は、カールが余りにも堂々としているので、私はカールも皇族の血が入っているのだろうと考えていた。
でも、母様にそれとなく聞いてみたところ、皇族の血筋で私に年が近い男の子がいるのは家だけだ、という答えが返ってきた。
ということは、カールはこの林に不法侵入していることになる。父様と母様はこういうことには鋭いから、家族に会わせたらバレてしまう確率は高い気がする。
そんな私の悩みを知ってか知らずか、カールはいつも私よりも早く林へ来て、そわそわしながら待っている。
そして、私が林へやってくると、毎回果物や花などのプレゼントを渡してくるのだ。
初めこそ、悪いからとプレゼントを断っていたものの「良い!我がそなたに与えたいのだ!」と言って断固として押し付けられては断れない。
そこで、私はプレゼントをくれたお礼として、毎回彼が望む曲調の歌を歌うことで返すことにした。
私の歌に、お礼としての価値があるのか不安ではあるけれど、プレゼントのお礼をしたいと言ったところ、彼からリクエストされたのだから仕方がない。
今のところ、不満そうな顔をしてはいないし、たぶん大丈夫だろう。
「カールお待たせ」
「おお、カンタービレか。待っておったぞ!」
今日もお昼ご飯を持って林へ行くと、カールが待ちかねたとばかりに歓待してくれた。
偉そうな言葉使いをするカールだけれど、こういうところは年相応だ。
そんな彼の様子に苦笑しつつ、私は持ってきたお弁当を広げる。
その横では、カールも同じく持参したらしい大量の串焼きをバケットから取り出して食べ始めた。
言葉使いが大人びているせいか、カールは普段実際の年齢よりも上に見える。
でも、こうして一心不乱に料理を食べ続ける様子や、私をそわそわと待っている時の仕草なんかは年相応に幼くて、私は好きだ。
初め、彼が私と2才しか違わないことに驚いたけれど、こうしていると、逆に本当に年上なのかと疑いたくなる。
「ふふふ、カールったら。そんなに急がなくてもご飯は逃げないよ?」
「む。んぐんぐ。ごくっ。そうは言うが、早く食べ終わらなければカントの歌を聞く時間が減るではないか」
「…それもそうね。なら、私も早く食べなくちゃね」
「いや、それで喉に詰まらせては一大事だ。そなたはよく味わって食べるが良い」
そう言ってうむうむと一人納得しているカールに、歌うのは私なんだから、それじゃ意味がないと思うんだけど、と思ったものの黙っておくことにした。
あまり文句を言うと、カールは拗ねてしまうからだ。
そうなると、何故かぶすくれつつ私を抱きしめて離さなくなるので心臓に悪い。
この半年の間にカールへ対する恐怖心はなくなったけれど、だからと言って異性(心は女のままだから、たぶんこれであっているはず)に抱きつかれることに何も感じないわけじゃない。
というか、カールには私が男だとは言えていないのだから、女の子に対する態度として、彼の方こそ抵抗を感じるべきだと思う。
なのに、あんなに自然に抱きついてくるということは、私は女の子に見えないということなんだろうか。
そう思うと胸の奥が冷たくなるので、出来ればそうじゃなければ良いと思う。
それに、前世ならともかく、現世の自分は両親のおかげで見た目だけなら上質だと言える。だから、見た目的には女に見えているはずだ。
それとも、もしかして、中身が見た目の印象を打ち消すほど女らしくないということだろうか?
そんな考えに至った私は、自分の考えに凹んだ。
「元気が無いようだが、どうかしたのか?」
「ううん、なんでもないよ。それより、ほっぺにタレが付いてる」
落ち込んでいたところへ的確に声をかけられ、私は咄嗟に言葉を返せなかった。けれど、振り返った先で頬にタレを付けている姿を見咎めて、どうにか話題を逸らす。
カールは唯我独尊のように見えて、結構機微に聡い。
こうして私が少しでも元気が無い素振りを見せると、すぐにこちらを気遣ってくれる。その様子がなんだかバリー兄様に似ている気がして、少し不思議だ
正反対とまでは言わないけれど、二人は性格がだいぶ違う。それなのに似ているとおもうなんて、どうなんだろう。
そんなことを頭の片隅で考えながら、持っていたハンカチでカールの頬を拭うと、彼は照れくさそうにそっぽを向いた。
「うふふ」
「むっ!笑うことは無いではないか」
「ふふふ、ごめんなさい。でも、ふふ」
「むう、そんなに可笑しいか?…まあ、カントが楽しいのであればそれで良いか」
彼の仕草が存外可愛らしかったので、私は思わず笑みがこぼれた。そのまま笑いが止まらなくなってしまい、暫く笑い続ける。 そんな私の反応に、カールは拗ねたような表情をしていたものの、何故か苦笑を浮かべて一緒に笑い始めた。
そうして少しの間二人で笑いあっていたのだけれど、ふいに険しい表情になったカールが、勢いよく後ろを振向く。
「誰だ!………そこにいるのは分かっておるぞ、隠れていないで出てこい!」
何時もとは違う鋭い声と表情で叫ぶカールに、私は驚き。それとともに、ここ最近は彼へ抱くことのなかった恐怖心がこみ上げてきて言葉を失った。
そんな中、カールが見つめていた方向から複数の男の人が姿を表した。
その姿を見た瞬間。私は、カールへ感じた以上の恐怖で頭が一杯になり縮み上がる。
そんな私を庇うように、カールが男の人と私の間に立ちふさがり、私の視界から男の人たちの姿を消してくれた。
そのおかげでどうにか息が止まることは防げたものの、男の人たちが近付くにつれて視界の端に映るようになったあるモノに、私は再び身体を強張らせる。
なんと、男の人たちは手にギラリと光る刃を持っていたのだ。
それがカールの背中越しにチラチラと見え隠れする。
あれは、人を殺せるモノだ。
私はまた、殺されるのか。
そんな断片的な思考が頭を占める。思考が停止寸前で動けない状態の私を庇うように体勢を整えながら、カールはいつの間にか懐から短剣を取り出すと、油断なく構えた。
「なるほど、我のことを消そうというのか。そのようなことをしても現状は変わらぬというに。…実に、浅はかなことだ」
「………」
男の人たちの判断力を鈍らせようとしたのか、カールは盛大に嘲りの色を含んだ声色と言葉で男の人たちを挑発する。
でも、そんな彼の言葉にも目の前の男の人たちは何も答えない。ただ、無言のまま進んで来る彼らはまるで生き物では無いかのように感じられ、私の恐怖はより駆り立てられた。
いっそ、このまま気を失ってしまいたい。そう思う私の前で、カールが一つ小さな舌打ちをする。
「ちっ…カント、そなたは逃げよ。あやつらの目的は恐らく我だ。今逃げれば、そなたの命までは取るまい」
「………ご、めん。うごけ、ない」
怯えるだけの私とは違い。カールは冷静に今の状況を分析し、今出来る最善の策を模索しているのだろう。
この絶望的な状況でも、その声は力強いままだ。それに少しだけ勇気づけられ、私はどうにか止まっていた呼吸を再開させることが出来たものの、身体は氷のようにガチガチになってしまっていて、とても動かせそうにない。
せめてそのことを伝えようと、口を開けるが、話すことにすら手間取ってしまう。
ここに私がいても、カールの足を引っ張るばかりで役には立てないし、カールの言う通りに逃げて、救援を連れて来るのが一番良い選択のはずだ。
それなのに、一切動くことが出来そうにない自分の身体への情けなさと、男の人たちに対する恐怖で涙が滲む。
「…分かった。それならば我は、そなたを必ず守ってみせよう。だから泣くな。カントは笑顔の方が可愛い」
「で、でも…」
「大丈夫だ。……あやつらの気配を感じた瞬間に、魔道具で救援を求めた。今の装備は万全とは言い難いが、救援が来るまでの時間稼ぎくらいならば可能なはずだ。だから、カントはそこで大人しくしておれ」
男の人たちから目線を外さないまま、カールは素早く私の傍らへ移動すると、耳元で小さく囁く。
その内容に私は少し安堵した。
彼の実力がどれほどのものなのかは分からないけれど、カール一人だけであの人数を相手にするのは危険過ぎると思う。しかも、私という足手まといがいるのだから尚更だ。
けれど、助けが来てくれると言うのならばなんとかなるかもしれない。
もしかしたら、それは私を安心させるための嘘なのかもしれない。それでも、私はその希望にすがり着くことにした。
「わ、かった。でも、気をつけてね」
「ああ、勿論だ。この国の皇女として、我はこんなところで死ぬわけにはいかないからな」
「えっ…」
カールの告げた言葉の意味が咄嗟には理解できず。私は、この空間にはそぐわない間抜けな声をあげた。
そんな私の様子に、一瞬だけこちらを振り返って悪戯っぽい笑みを浮かべたカールは、すぐに男の人たちへ向き直ると、凛とした声で名乗りを上げる。
「ヴォカーレ皇国第一皇女、スカーラ・ムズィ・カーレ・ヴォカーロ。この名にかけて、貴様らのようなやからにそう簡単に首を渡すつもりは無い。来ると言うのならば死ぬ覚悟をすると良い」
高圧的に言い放つその姿は、皇女と言うには勇まし過ぎる。けれど、確かに皇族の名を語るのに相応しい威厳があった。
そんなカールの姿に、私は言葉を失う。
ずっと男の子だと思っていたカールが女の子だったということと、長年会えずにいた皇女様だったということに対する驚きもあったけれど、鬼のように荒々しい気迫と同時に醸し出される皇族としての自信あふれる高貴なオーラ。
そんな、彼女が放つ圧倒的な支配者の空気に、私は恐怖も忘れてただただ魅入られていた。
でも、その間にも男の人たちは慎重にこちらへと歩みを進めて来ている。
その姿をカールは油断なく見つめ、私から遠ざかるためか、一つ息を吸い込むと、早足で自ら前へと進む。
その表情の勇ましさは、獰猛な獣のようだ。今までこんな表情は見たことがなかったけれど、これが鬼としての彼の本性なのかもしれない。
すると、彼の殺気に触発されたのか。男の人たちが、それまでの慎重な足運びから一転、一息にカールとの間合いを詰めると、手の中の刃で斬りかかる。
「っ!」
それを見て、カールの空気に飲まれて忘れていた恐怖が再び蘇り、私は息を飲む。
そんな私とは対照的に、カールは無言でその攻撃を避けると、逆に相手の懐に潜り込んで斬りつけた。
それに、斬りつけれた男の人がよろめく。
けれど、相手は複数だ。一人がよろめいたところで、直ぐに他の人がカールへと襲いかかる。
しかも、今度の攻撃は複数同時だった。複数の刃が彼女へと差し迫る光景に、私は反射的に手で目元を隠す。
けれど、カールはそれにも慌てることは無く。瞬時にしゃがみ込むことで男の人たちの攻撃を回避すると、その態勢から立ち上がる勢いを利用し、男の人の一人へと体当たりをかました。
その衝撃で男の人がよろけ、わずかな隙間が生まれる。それは、とても小さな隙間ではあったけれど、子供が逃げるのには十分だ。
カールは男の人たちが対処する前にその隙間から上手く抜け出すと、そのまま私がいる方向とは反対へ走り、構え直す。
「ちっ」
そんな彼の行動に、男の人の一人が舌打ちをするのが聞こえ、 私は恐る恐る目を開いた。
目に映るカールの姿に怪我がなさそうなことを確かめ、私は詰めていた息を吐き出した。
でも、短剣を握りしめ、男の人たちを見据えているものの、カールの息は少し乱れている。
今は彼女の方が上手く立ち回れているように見えるけれど、このまま戦いが長引けば、彼女の体力が持たないかもしれない。
そんな不安から、私は一刻も早く助けが来ることを祈り、両手を組む。
膠着状態に入ったのか、微動だにしなかったカールたちだったけれど、ふいに男の人の一人が懐から何かを取り出し、カールの方へと投げつけた。
カールはその仕草を見咎めると、素早く後ろへ飛んで男の人が投げたものを避ける。
けれど、そのことに私が安堵したのも束の間。投げられたものは地面へ着弾した途端、大きな音と光を放ち、爆発した。
「…っ!カール!!」
咄嗟に目を瞑ったものの、あまりに強い光に目が眩み、耳鳴りがする。
その不快感に眉を寄せながら、私は目が回復するのを強い焦燥を抱きながら待つ。そして、目が回復すると急いでカールへと目線を運んだ。
あれは多分爆弾だ。ここまでは爆風がこなかったことを考えるとそれほど爆発力は強くないのだろうけど、近距離にいたカールには被害が出ているかもしれない。
そんなことにはなって欲しくない。
そう祈るように考えながら見た先に広がっていた光景に、私はそれまでの恐怖も忘れて駆け出した。
私の目線の先では、カールが地面へ身を横たえており、その少し離れたところには、爆発から逃れたのだろう、無事な様子の男の人たちが刃を構え直し、カールへ近づいている。
男の人も、その手にある刃も怖い。でも、何よりもカールを失うことが怖い。
その強い衝動が、強張っていた身体を溶かし、どうにか走り出すことは出来た。それでも、ついさっきまで固まっていた身体は思うようには動いてくれず、足がもつれて何度もこける。
そのせいで体のあちこちが痛い。それでも、私は何度も立ち上がってひたすら走った。
いやだ、いやだ、いやだ!
もうまともに思考する余裕のない頭には、そんな言葉ばかりが渦巻く。
そのせいか、男の人の横を通る時も何時ものような拒否反応は起こらず、ただただカールのことしか頭にはなかった。
「スカーラ様!カンタービレ様!」
「くっ!」
横を通る私を斬りつけようとしたのだろう、男の人の一人が刃を向ける。けれど、その時に後ろから響いてきた、酷く焦りを帯びた男の人の声に彼らは動きを止めた。
そのおかげで無事に男の人たちの横を通り過ぎることに成功した私は、カールの側に腰を下ろすと、恐怖で震えながらも、気力を振り絞って彼女を背中に庇う。
そんな私と、後ろからやってきている立派な鎧をつけた兵士さんたちを見比べた男の人たちは、一つ悔しそうな声を上げると、素早く身を翻す。
「逃がすか!アルトはスカーラ様とカンタービレ様を保護しろ」
「はっ」
「残りの者は私とともに賊を追うぞ」
男の人たちが逃げるきっかけとなった声の主が、誰かへと指示を出している声が聞こえる。
男の人たちも見えなくなったし、カールが呼んでいた救援も来た。これでもう大丈夫だろう。
そう判断した私は、カールの傷の具合を見ようと後を振り返る。
「っ!」
カールの姿を改めて見た私は、男の人たちがいなくなったおかげで生まれた余裕を直ぐになくすはめになった。
何故なら、地面に横たわるカールの怪我が尋常ではなかったからだ。
爆発の直撃は免れたのか、幸いどこかが千切れたりしているわけではない。ただ、爆発の衝撃で飛び散った石や砂で身体全体が傷だらけで、頭を打ったのか、意識も無い。
心なしか顔色も悪いように見える彼女の姿に、私はこのままではカールが死んでしまうのではないかと思えてならなかった。
「かーる、かーる、カール。いやだ、死なないで」
『そいつを助けたいのか?』
泣きそうになりながら私は無意識の内に彼女の身体に触れる。すると、頭の中に声が響いた。
そんなことは普通なら有り得ない。でも、今の私にははどうでも良いことのように思えた。それよりも、その声が聞いてきた内容の方が問題だ。カールを助けたいか否かなんて、そんなことは聞かれるまでもない。
「助けたいに決まってる!」
『そうか、ならば歌え。俺が力を貸してやる』
当たり前なことを聞く声に苛立って、私は反射のように叫び返す。
すると、厳かな中にも傲岸不遜な雰囲気を纏う男の人の声が、頭の中へ再び響いた。
頭の中で声がするだなんて、後から考えれば明らかに怪しいし、可笑しな現象だ。
けれど、疲労と混乱と焦燥で思考能力の鈍っていた私は、その奇妙な現象を疑問に思う余裕すらなかった。
私が歌うだけでカールが助かるのなら、いくらでも歌おう。
そんな藁にも縋る心境で、私は歌を紡ぐ。
それは、学校で最近習った治癒の歌だ。
これを歌えば少しずつ対象者の傷が治るらしい。けれど、本来ならそれは私にはまだ効果がある術として使うことが出来ないはずのものだ。
だというのに、私が歌い始めると、カールの身体が仄かな光に包まれ、少しずつ傷が治り始めた。
その代わり、私の身体からはどんどんと力が奪われていく感覚がある。
それはとてもしんどい感覚だ。けれど、カールの傷が完治するまでは止めるわけにいかない。
私は歌うたびに強くなる眩暈に似た感覚に耐えながら、気力を絞って歌い続けた。
「美しい」
いつの間にか側に来ていた女の人が、思わずといった風に呟く。
その言葉に応える余裕なんてなかったけれど、彼女の声には聞き覚えがあった。叔父様が兄様たちに稽古をつけに来る際護衛をしている人の一人がこんな声をしていたはずだ。
他の護衛の人は男の人だから会ったことがないけれど、唯一の女性近衛兵だというその人は、母様の幼なじみということもあって、我が家に来ると必ず母様がまとわりついているので私も何度か言葉を交わしたことがある。
確か、名前はアルト。
恐らく、先ほど私たちの保護を指示されたのはこの人だろう。
と、いうことは、ここに来たのは近衛兵さんたちなのだろうか。 カールが本当に皇女ならば、それも当然と言えば当然かもしれない。
そんなことを考えつつ、私は力を使い果たしたのか、急激に襲い掛かってきた強い眩暈に抗いきれず、意識を失った。
ここまで閲覧していただきありがとうございます。
カールは実はヒーロー枠ではなく、ヒロイン枠でした。BL展開を期待していた方には申し訳ないです。
一応NLを目指しているので、主人公の側には女の子が集まる予定 なんですが、元々はBLとして設定作ってた話をNLに変えた影響で、カールは男装の麗人になって貰いました。
主人公が女装なら、男装ヒロイン(?)がいても良いですよ、ね?
ここで第1章はひとまず終了なので、次話とその次の話くらいは番外編的な感じの話を入れて2章に進む予定ですので、これからも宜しくお願いいたします。




