2 実はアイドルでした。1
……それにしても、ご丁寧にさっきの女物の靴をテーブルに綺麗に並べてるけどなんでだろ?
「カズくんは何時に帰って来るか分かる?」
「すぐに帰って来ると……」
泣きそうな顔でポツリと呟く大輔くんに里香が答える。
部活辞めたって言ってたったから、すぐに帰って来ると思うけど教室で懲りずに帰りも上履き卓球してたっけ。
そんなに、好きなら卓球部入ればいいのに。
そんな冗談を言って、騒げる雰囲気は少しもないなぁ。と、思ってると後ろから物凄く嫌そうな声がした。
「げっ」
振り向くと池山が帰って来て、なんとも言えない顔でこっちを見てる。
「かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁずぅぅぅぅぅぅぅぅぅくんんんんんっ」
さっきの状況を見たあたし達もなんの状況か分からないに、今帰って来た池山もこの状況を理解してるわけもなく、驚いてる池山に泣きながら大輔くんは飛びついた。
「な、なんで、ダイくんが居るんだよ。この靴って、もしかして秋香さんもいんの?」
無言で頷いてる大輔くんを見て、溜息を吐いてぶつぶつ何か独り言を言ってる池山。
もしかして、靴……わざとここに置いて隠してた?
でも、隠してたとしても池山も帰って来たし、意味のわからない関係ないあたし達は、そろそろ帰ってもいいよね?
「んで、なんで新倉たちもいんの? ダイくん、いい加減離れろよ!」
池山は大輔くんを引き離すのに必死なのか、こっちも見ないであたし達に話しかける。
「なんで、って言われてもねー?」
あたしと里香が一番聞きたい事なんで、逆に聞き返すと大輔くんが喋り出した。
「だって、だっつて、ひとじがにげだがらぁぁぁぁぁ。しゅうかざんには、おんなのごいたぼうがいいと……」
大輔くんの話をきちんと聞こうとしたけど、何かに焦ってるのか何を言ってるか分かりません。
「まじ?! 仁志ってば俺より先に帰って来てたのか……」
「あぁらぁ、和弘くんおかえりぃっ」
池山がなにか言いかけた時にかぶせて、頭を拭きながらご機嫌な女の人がリビングの入り口で声をかけてきた。
綺麗なロングの黒髪、真っ赤なネイルにお風呂上がりだからか、お顔はスッピン。
でも、綺麗な顔立ちのお姉さん……お姉さんなのか?
「昨日から、忙しくてお風呂入れなかったから借りたわよぉ。和弘くん帰ってきてるけど仁志はまだ?」
ニコニコしながら喋り出した女の人を見て、大輔くんと池山は真っ青になって固まる。
え、なに。どうして2人は固まってるの?
「あら、女の子も居るわぁ! 和弘くんのお友達? もぅっ、どっちが彼女よぉぉぉ。ああん、やっぱり女の子はかわいいわぁ。私 赤木 秋香 って言うのぉぉ。和弘くんの叔母よぉぉぉぉん」
キャッキャッ言いながら秋香さんは、あたしと里香の頬っぺたをツンツン。
そのハイテンションに圧倒されながら池山の方をちらっと見ると真っ青になりながら、大輔くんと何か話してる。
「里香ちゃんと幸ちゃんって言うのぉ~。うんうん。もうっ! 里香ちゃんはちっちゃくてかわいいわぁぁん。あっ、幸ちゃんはスレンダーで背高くてカッコイイ女の子って感じぃぃぃ」
背が高いか。
褒め言葉って言うのはわかってるんだけど、なんて言うか普通の女の子より大きい方なのは少しコンプレックス。
この身長のせいで兄ちゃんに、間違えられるのもあるけど、兄ちゃんに間違えられるのとは別に普通に男だと思われる事が一番……嫌なんだよね。
落ち込んでるあたしなんか気にもしないで、あたし達の身体をニコニコしながらペタペタ触りまくる秋香さん……って! 落ち込む前に、あたし達がここに居る意味ないよね?!
「あの、あたしたち、そろそろ帰りた……」
「「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」」
え、なに?!
あたしが帰りたいと言おうとしたら、池山と大輔くんの叫び声で掻き消された。
「幸たちは、お、俺に会いにき来たんだよな?! あぁ、あ、俺が来いってな? ね? な? もぉ、幸ってば俺にぞっこんラブなんだから。な? な? な? な? こぉのっ」
池山が叫びながら、変なテンションと顔であたしの頬っぺたをつつく。
「へっ?」
間抜けた声を出す、あたしと里香。
ぞっこんラブって、死語じゃない? ってか、あたしが池山を好き?! ちょっと、何を言ってるんだこのバカは。
変に噂になったらめんどくさいし、絶対に嫌だ!
「ふざけ……」
「あら、やだぁん。幸ちゃんが和弘くんの彼女なのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
「ひぃっ!」
訂正を入れようとしたら、秋香さんのハイテンションに訂正を入れるタイミングを失う。
あたしと池山が付き合ってると、思いこんだ秋香さんは更にテンションを上げてあれやこれやと、聞いてくる。
「どっちから告白したのよぉー! いやぁん。青春だわー。きゃっきゃっ」
池山を睨むとヘラっと笑いながら視線を逸らされる。
何考えてるの? まじで! あり得ないから、早く訂正させて下さい。
「秋香さーん。仁志からダイの携帯に今メール来たけど読んだ方がいいですか?」
リビングの入り口の方から、今度は知らない男の子の声がする。
その声を聞いてから、この部屋の空気は一瞬で冷たい雰囲気になって静まり返る。
「なんで、俺の携帯をノブが……」
「なんだって? 仁志?」
大輔くんが何か言おうとしたけど、秋香さんの口調が変わったトーンに黙り込むと、あたしをペタペタ触ってた手を止めて、秋香さんはギロッとその声の主を見る。
その勢いのある視線転換につられてあたしもその声の主を見る。
ふわふわのパーマを当てて、切れ長の目をしてる少しキツネっぽくて生徒会長顔って言うのかな?
大輔くんとは、また違うタイプのモテそうな男の子がこっちを見てる。
「「来週まで北海道の宏樹さんの別荘に行くから、今から飛行機に乗る」って、書いてありますけどー」
「ふざけんな! あんのクソガキ!!」
叫びながら、秋香さんはずかずかと池山に向かって頭を殴る。
「痛っ! しゅ、秋香さん、なんで俺を殴るんだよっ」
「ダイちゃんとノブちゃんは殴れないでしょ! 明日はイベントなんだから。痣なんてつくれないじゃない! あぁ、もう、仁志がいなきゃどうしようもないじゃない。せっかくのサプライズがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
秋香さんは叫びながら、池山を殴る蹴る。
さっきのハイテンションのキャラとは豹変して全く違う……あたしは、ちょ、ちょっと怖くなってくる。
そして、新しい仁志って名前に、想像を膨らませさっきのもっさい男の子の事を言ってるのかな? と、考える。
早く帰りたいと思ってはいたけど、ここまで居させられたら何の話をしてるのかくらいは気になる。
「和弘! 今すぐ九州行きの飛行機の往復チケット手配しなさい! 帰りは2枚よっ」
ボカボカ池山の事を殴りながら言う秋香さん。
あれ? 仁志って言う人は北海道って言わなかったけ? 話の流れはよく分かんないけど、仁志って言う人を捕まえたいって事は理解出来た。
「なんで俺が?! ってか、飛行機のチケットの買い方なんか俺わかんねーし!」
秋香さんに殴られながらも、反抗する池山。
あ、あたしも、飛行機のチケットの買い方知らないや。
秋香さんの変わりように呆気にとられて何も言えないから、そんな事をボーっと考えてると秋香さんがまた叫び出した。
「仁志が買えたんだから、あんたも買えるわよ! 一つしか変わらないんだから! 早くしなさいよ。バカ」
「じゃあ、俺が手配するから秋香さんは準備してて下さいよ。あ、でも本当に九州でいいんですか?」
メールを読み上げた男の子が、池山と秋香さんの間に割って入る。
「あのバカが、あなた達に本当の居場所を、言うバカなわけないじゃない。まぁ、ノブちゃんでもいいわ。上の部屋にパソコンあったから、早くしてちょうだい!」
池山を馬乗りしてる秋香さんに、睨まれてビクッとしながらあたしの後に移動してた男の子に、何か池山が口パクする。
「はーい」
「え? あ、あたしも?!」
返事をした男の子に何故か腕を掴まれて、問答無用で二階に引っ張って連れてこられたけど、あたし……関係ないでしょ?
「はぁ……っ」
溜息をつきながら、部屋の扉をパタンと閉める男の子。
あたしの方が溜息つきたいんですけど。
さっきのもっさい人に、大輔くんにそれにこの男の子は? 秋香さんは、池山の叔母さんとは言ってたけど。
「で、あんた誰?」
「は?」
何?! それは、あたしが今まさにあなた方に聞こうと思ってた、よくわからないこの状況に巻き込まれた、こっちの台詞じゃなっすか?
「ダイに誘われたからって勝手に、あんたも友達も家ん中に入るのはどーかと思うけどねぇ」
パソコンの電源を入れながら、話し出す男の子。
お互い初対面だし、あんた誰? って反応はなんとなくまだ分かるけど、勝手に家って何言ってんの? あたし何回も帰ろうとしましたけど!
「あんた誰って、何? それに勝手にってなに? 何か騒ぎがあって、見てれば池山の家だし、何かあったのかと思って家に入れば池山のお母さん居ないし。池山とあんた達も知り合いっぽいけど、こっちの台詞なんですけど」
カチンときてクラスの男子達にやってるように、殴ろうかと思ったけど、見た感じ年上ぽいから我慢して口だけで抑える。
「池山って……カズ? は? あんた知らないの? ダイと俺の事も知らないの?」
「は? 大輔くんもあんたの事なんか知るわけなけないでしょ」
何言ってるんだ、この人。
同じ学校ではないし、近所でも見た事ないのに知ってるわけないじゃん。
あ! もしかしてカッコいい部類に入る人達って、俺の事知ってるんだって思い込みの激しい人種なのかも。
兄ちゃんはそんな感じじゃないし、まぁまぁカッコイイ池山もあんなだから……こんな人は初めて見たけど、そんな池山よりこの人は、頭ヤバい感じ?
「わぁ……あんた、なんかキモイ」
初対面の人に言うことじゃないのは、わかってたけどつい本音がポロっと。
まぁ、言わないで黙ってて、死ぬまでキモイって事に気が付かないのも可哀想だし別にいっか。
「き、キモイ……ま、まぁいいや。じゃあ、あんたもっさい変なやつ見たんだ?」
「なんか叫んで、立ち去って行きましたけど」
男の子を睨みながら質問に答える。
なんで、よく分からない人に馬鹿正直に、あたしってば答えてるのだろうか。
そんなことを思いつつも、この人にキモイって言った後の反応が頭をよぎる。
流石にあたしみたいな女だか男だかわからない感じの女に、キモイって言われれば怒るかもって少しは思ったけど、この人は怒ってない?
「そいつ、仁志って言って秋香さんの息子でカズの従兄。だったら、俺らの担当から外れればいいのに……は別の話だから今は置いとくけど、秋香さん女の子が癒しなんだと。だからあんまり女の子の前だと騒がないから、あんたらをダイが家に入れたんだと思うよ。それにしても今日はいつもと変わらない暴れ具合だったわ」
状況はわからないけど、なんであたしがここに居るのかは分かった気はする。
それに、あんた誰って? って、言われたさっきより口調が、柔らかくなってる気がする。
「仁志は、俺たちのイベントにサプライズで出る予定なんだけど、秋香さんがあんなだし本人にも先週まで黙ってたみたいでさ。そしたら「聞いてないしイベントなんかに出ない!」って、逃げ出したらしい。で、今に至るってわけ」
サプライズにイベント? 何のこと言ってるんだ? よくわからないけど、そこら辺はあたしには全く関係ない話だよね?
「本当に知らないんだな。ほら、これ」
と言ってパソコンの画面をきょとんとしてるあたしに見せてくれる。
『━━━Crystal
モデルからアイドルになる3人グループ。
Jun(17)
Nobu(16)
Dai(15)
デビューイベント当日、なにかが起こる!!━━━』
ふーん。
みんな、アイドルってだけあってカッコイイじゃん。
デビューとかなんとか、テレビとクラスの子が言ってたのって、この事だったのかな?
ん? カッコイイ? この画面に写ってる男の子ってどっかで見たような? どっかで……って?!
「これと、あんた同じ顔ーーーーー! って、えぇぇぇぇっ?! こっちは下に居る大輔くん? どういう事?」
男の子を押しのけてパソコンに写ってる、Nobuと目の前に居る男の子を見比べる。
「まじで知らなかったのかよ。そう、それが俺だから、俺の名前ノブって言うの」
そ、それで何かが起こるって事が、サプライズでそれに仁志くんが? じゃあ、あのもっさい仁志くんって人は……何者?!
「もしかして、もっさい仁志が何って思ってる?」
無言であたしが頷くと、プっと吹き出しながら説明を始めてくれた。
「秋香さんの息子だよ? もっさくしてるのはカモフラージュでちゃんとすれば、あいつもまともなんだよ。だけど、モデルとかテレビとか全く興味ないからあーなんだよ。ちゃんとさせて、俺らと一緒にデビューさせる予定なんだと」
な、なんですと?! デビューって事は、大輔くんもこのノブって人は芸能人なの?
言われてみれば、テレビで見た事はある気はするけど……そ、それじゃあ、うちの学校に居ないタイプの男の子でしょうがない。
それにさっきの不機嫌全開のノブくんの態度は、あたしが大輔くんのファンで尻尾振って近づいた思ってたからって事?
昨日のテレビもそうだし、クラスの子もデビュー前なのに騒いでるんだもん。
それなりに人気あるこの人達を、知らなかった年ごろのあたしもどうかと今は思いはじめる。
それで変に騒がられたらって、警戒してたって事だよね? だったらこの人ってばキモくないじゃん……謝った方がいいのか?
「あのぉ、ノブくん?」
「ちょっと待って。静かにっ」
混乱してるあたしに突然「シッ」と真剣な顔で、あたしの口に人差し指を当てるノブくん。
「ひゃっ……!」
く、唇に男の子の指が! えっ?! 何? どうしよう!
心臓がドキドキしてるのが自分ですごいわかる。
挙動不審にノブくんを見ると、顔がすぐ目の前にあってノブくんの顔を改めて見ると、芸能人だからかやっぱりカッコイイことにまたドキッと心臓が鳴った気がした──