10 レッスン初日
レッスンの日になって、兄ちゃんとTreasureのビルがある駅で待ち合わせ。
「これ、レッスンの時に着るジャージだから」
兄ちゃんに、普段着にも着れそうなジャージを事務所下で渡される。
「これ普段に着てたら、絶対に男の子に間違えられるね」
「あぁ、そうそう。レッスンの時は男の振りでよろしく」
「え?! なんで?!」
「当たり前だろ、ショーにはうちの事務所のモデルが出るんだから、ここに事務所の奴らだってレッスン来てるんだから。お前が女ってバレたら高校行けなくなるぞ」
脅しっですか兄ちゃん!
でもね、中2からあたしの身長は止まらず伸びてまして、背の高い女の子から、ちょっと背の高い方の男の子の身長なんですよ。
そろそろ、止まってくれてもいいと思うんですけど、何故かまだ成長中っぽい。
現在の身長はご想像にお任せ致しますが、そのおかげで里香と買い物に行ってもいつも彼氏と間違えられるから「自分女です」って、言わなきゃ女なんて誰も思わないと思う。
そんなどうでもいい自信が、ここで役に立つのは喜んでいいのか悲しむべきなのか。
「俺は今日、帰り遅くなると思うから鍵渡しとくわ。じゃっ」
今日は土曜日だから兄ちゃんちに泊まって次の日もレッスン。
どんな事するかは、分からないけどその方が楽かな。
ダンススクールは、Treasureと同じビルに入ってる。
だけど、兄ちゃんに渡されたジャージに着替えなきゃいけないんですけど……あたしは何処で着がえるのかと問題発生。
女だってことはバレるなって言われたけど、だったら更衣室は? 男子更衣室に入るのは余裕だけど、あたしが着替えられない。
じゃあ、男子トイレの個室で着替えればいいかな? 肝心な事を教えてもらってないし、取りあえず今日はそこで着がえよう。
そして着替えようとトイレの個室に入った途端、バタバタと誰かがトイレに来て叫び出した。
「おーい! 誰かう○こしてるぜぇぇ!」
うげっ、う○こしてるって……あ、あたしの事?! う○こしてないけど。どんだけお子様だよ。
声からして、あたしより下? なんか、かすれたような男の子の声がする。
「誰入ってんのぉ? レッスン来る前にお家で済まして来ないとだめじゃぁぁん」
バンバンと笑いながら、あたしの入ってるトイレのドアを叩く男。
うーん。
どうしよう? 普段のあたしだったらとっ捕まえて蹴り入れるけど……あ、それでいいのか! 男の子だもん普通だよね?
「うっさい! なんだよっ!」
バーンとドアを勢いよく開ける。
「げっ!」
あたしが勢いよくドアを開けた事にビックリして目の前の彼は固まってるけど、声変わりしてなさそうな声だったから年下かと思いきや年上っぽいし背もデカい。
殴り合いになったら、あたし負けそう……なんだけど、なんとも言えない空気で、蹴るとか殴る雰囲気じゃなくなった。
「えっと、新倉の身内?」
何故か小さい声で、あたしに聞くその人。
「新倉って、悠真ですか?」
「じゃあ、お前が悠真の従兄妹のが幸か!」
えーっと? あたしユキなの? ま、まぁ、幸だとまんま女の子だけど、なんでこの大事な名前を、兄ちゃんはあたしに言ってくれてない?!
「ごめんねぇ、う○この邪魔して。俺ここのインストラクターのリュウっ言うの。こないだ、上の階のヘアメイクの代表と新倉が挨拶に来てくれたんだよ「ユキをお願いします」って。そうか、そうかぁ。お前がユキかぁ」
腕組みしなだらニコニコしながら、あたしを見るリュウさんにう○こはしてない、違う! って、暴れるタイミングでもなさそうだから、う○こしてたと思われてた方がいいか。
それに、ユキでいいのかわからないけど、ここは話合わせて挨拶しといた方がよさそう。
「あ、はい。ユキです。よろしくお願いします」
う○こ連発してた人は、リュウさんは今年30歳になる大人の方でした。
見た目も学生って言われてもウンと頷けるけど、容姿は……ゴッツイ、お友達はきっと黒人さん多いと思うYO! って、感じ。
「そろそろレッスン始めるから、手洗って行くよ!」
まじで、う○こしてたって思ってるけど、今はあたしは男だし恥じる事はないか。
よし、とりあえずレッスン頑張りますか!
******
「ひぃーーーっ!!」
……なんすか? このレッスン。
思ってたのよりかなり、し、しんどい。
「ユキ!! 休むなー。終わったら休んでいいけど、まだだめだぜぇ」
初めてでなんでこんなに、体力テストみたいなハードな動きをやらされなきゃいけないんすか……しかも、兄ちゃんの言ってたことと違いやしませんか?
「あの、リュウさん? なんで、マンツーマンなんでしょうか?」
兄ちゃんは他にモデルもレッスンしてるから、男の振りをしろと言ってたんだよね? 他に男ってリュウさんしかいないじゃんか!
でも、あれ? リュウさんもここの会社の人だから、あたしが女って事を隠さないといけないの?
何で誰が知ってるとか、知らないとか兄ちゃんは教えてくれないんだ!
って言っても、必死にレッスンしてるだけで男の子の振りとか全くしてないけど、あたしが女だなんてこれっぽっちもリュウさんは思って無さそう。
「あぁ。なんか、悠真が連れて来た子はキッチリ仕込んどいといてって、社長に頼まれてんだよ」
社長って、宏樹さんだよねぇ?
きっちりって、宏樹さん本気?! あたしを何処に向かわせてるの!
「はいはい。話はいいから、早く覚えちゃって」
あたし、もう足も腕も限界きそう……。
「なんだ、ユキは体力ないなぁ。しかも少し細いな。飯ちゃんと食ってるのか?」
食ってるよ! そこらの女子より絶対に食べてる。
クラスの女子のぶりっ子弁当なら4つ……いや、5つは食べれる! よく、あの小さいので、本当に足りるのかって思う。
あの量だったら絶対に小学校の時の給食のが絶対に多い。
背高くていいなぁって言われるけど、あんな量で背なんか伸びるわけないじゃん。
食べて、走る!(男子を追いかける)ってれば、勝手に伸びるって。
「まぁ、他の奴らよりは頑張ってる方だわ。今日はこれ位にしとくか」
何基準か分からないけど、あたしってば体力ある方なんじゃん!
なんて叫んでもっと疲れることになったら嫌だから、ここは黙っておく。
「今日はユキがどれくらい、動けるか見たかっただけだから、明日は技術つける方の始めるからもう少し楽だよ。あははは!」
やっぱり体力テストみたいな感じだったのか。
あー、明日もあるのか……もう、汗がだくだく気持ち悪い。
「あぁ、ジムのシャワー入ってていいよ」
おお! いいの?! ……って、待てよ? どっちに入るんだ?
「女子の方は覗くなよ。けけけっ」
ですよねぇっー!
この汗臭いままバスに乗って、兄ちゃん家に帰るのヤだけどしょうがないか。
「ユキくぅぅぅぅぅぅぅん! 迎えに来たわよぉぉぉぉぉぉん!」
へっ?! どっかで、聞いた声。
どこから声がしてるのか分からなくて、リュウさんを見ると顔が引きつってる。
「何? お前の担当ってやっぱり鬼ばばぁなの?」
「鬼ばばぁってのはよく、分かりませんけど……」
「リュウっ! なんで鍵なんか閉めてるのよ! 早くここ開けなさい!」
鬼ばばぁって……あきらかにこの叫び声は秋香さんだよね?
リュウさんは何故か、レッスン室の入り口の鍵を閉めてたらしい……なんで、鍵なんか閉めてたんだろ?
仮にも男の振りしてますけど、あたし女の子! ちょっと、怖くね?! いや、怖いよね?!
「ユキの担当がわからなかったから、鍵閉めてたんだよ。鬼ばばぁ、前にここで暴れてレッスン出来なくしたから。あぁ、ユキの担当……はぁぁぁ」
そんな事を言いながら、しぶしぶ鍵を開けに行くリュウさん。
「なんで、鍵閉めてるのよ!」
勢いよくドアを開けた秋香さんはグーでリュウさんを殴る。
「いでっ! な、なんでって、ここで秋香さんが暴れるからでしょ!」
「それは、あなたが言う事を聞かないからじゃない! ユキちゃんに変な事してないわよね?!」
「するわけないじゃないですか! 男に何かしてどうすんだよ! 仮に女でも秋香さんの担当には、手出しません! ちゃんと、レッスンしてたし! ユキも何か言ってやれよ!」
え、何かって、何を言えばいいの? 何か、言えって顔であたしの顔を見る二人。
「リュウさんに、キッチリとしごかれました!」
あたしの言葉を聞いてリュウさんが自慢気な顔をしてると、秋香さんが口を開く。
「……ほら! しごかれたって言ってるじゃない!」
バコーンっと、リュウさんが秋香さんに殴られる。
「はぁ?! いつもは、ちゃんとしごけって、キレんのになんだよこれ!」
「ユキちゃんは、いいのよ! 察しなさいよ! バカ!」
「秋香さんじゃないから、そんなの知らねぇよ!」
二人はギャーギャーやってる。
仁志くんの他にも秋香さんに、盾つける人が居た事に少し驚いたけどそれよりも
「秋香さん、早く帰ってシャワー浴びたいんですけど……」
「あぁ、そうよね。ごめんなさねぇ。じゃあ、社長室の所のを借りに行きましょう」
「そこのシャワーで十分だろ?」
「だから、あなたは察しなさい! って、さっきから言ってるじゃない! もう、そんな事を言ってから彼女に振られるのよ!」
「ちょっ! 彼女の事は関係ないだろ……ですます……」
「明日、鍵閉めてたらタダじゃおかないからね! 行くわよ、ユキちゃん」
あ、リュウさんが負けた。
なんてボーと観察してみたけど、あたしが女の子って遠回しに気付きなさいってリュウさんに言ってるのかな?
それでも彼女に振られた事を、出すのはちょっとリュウさんが可哀想なんじゃ。
「リュウさん、今日はありがとうございました。明日もよろしくお願いします。元気出してください!」
「元気って……おう、お疲れさま」
あたしの「元気出してください」に驚いたのか目を丸くしながら、ヒラヒラっと手を振るリュウさんに頭を下げて、秋香さんを追いかけて社長室に向かった。
「普段はここ誰も使ってないから、着替えとかでも気兼ねなく使ってちょうだい」
社長室と同じ階にあるどこにでもありそうな鍵付きシャワー室に飛び込む。
もう、今日は疲れた!
さっさとシャワー浴びて、秋香さんに送ってもらおっと。
******
「鍵ちゃんと閉めてね! また明日帰りは、迎えに行くからユックリ休んでちょうだい」
「ありがとうございます。おやすみなさい!」
兄ちゃんのマンションの前まで秋香さんが送ってくれた。
レッスンの後はこれから夜道は危ないからって秋香さんが来れる時は、迎えに来てくれるみたい。
あのハードなレッスンの後だから助かる。
しかも、秋香さん来てくれなかったら、今日なんか汗臭いままバスに乗らなきゃいけないとこだった。
「あ、ジャージ洗わなきゃ明日着るのないや」
冬だったら、二日いけたかな。
いや、あの練習じゃあ、無理か。なんて下らない事を考えながら洗濯機の中に全部突っ込む。
「あー。お腹空いたなぁ……って、冷蔵庫になんも入ってないじゃん!」
えぇ、お腹空いたんだけどお財布の中も寂しいから出前も頼めないし、外に買い物に出る元気もないです。
お腹空いた、空いた、腹減った、減ったけど、眠い……少し寝てから考えよ──。
──ん?
あれ? なんか、いい匂いする。
「……兄ちゃん?」
いつの間にかソファーで寝てたあたしは、いい匂いするキッチンをぼんやりと眺める。
あれ? 兄ちゃんパーマかけてたっけ? 遅くなるって言ってたのは自分の髪の毛やってたのかな。
それにしても、このいい匂いのせいで余計にお腹空いたなぁ……。
「あ、起きたの?」
「うん。……ん?! あれ?」
兄ちゃんじゃない! なんでノブくんが居るんだ?
「もうちょっとで、飯出来るから」
飯? なんで、ノブくんがご飯を作ってんだ? って、なんか、あの……?
「な、何っ?」
なぜか、目の前に座ってじぃっと見られてる。
「ん? あぁ、いや、初めて会うよな? 悠真くんの従兄妹のユキだっけ? 俺、ノブ。よろしく」
「え、あ? よろしくお願いします」
初めまして? あれっ?! あたしは兄ちゃんの従兄妹? もしかして、ノブくんの前でも男の子してた方がいいの?
それに何回か会ってるのに、幸って気付かないの?!
それって、かなり凹むんですけど……しかも、一応は知り合いのノブくんの前でも男の子のふりをする意味がわからない。
「そうだ。俺のも洗濯したいのあったから、洗濯機の中のジャージとか風呂場に干しといたから」
「あ、どうも、すいません」
初対面(ノブくんの中では)なのにノブくん、いい人じゃん!
幸で会った時の最初は性格悪そうだったのに、ってあれはあたし達がファンで礼儀ない子だと思ってたんだっけ?
パーティーの時は優しかったし頭ポンってされて──なんてことを、考えてるとお腹の虫がぐぅぅぅぅっと音を出した。
「あぁ、腹減ってんの? もう飯出来るから少し待ってろよ」
あたしのお腹の虫はグーグー鳴ってるからありがたいんですが……もう一回だけ言うけど、なんでご飯?
「そろそろ、ジュンとダイも来るから」
あたしがきょとんとしてると、追加の説明が入る。
なんで、ここに2人も来るの?
そもそも、ノブくんがここに居るのも謎です。
「あのっ?」
「ん? なに? あ、もう飯できたし、皆来るからご飯よそって」
「え、うん。わかった」
お腹の虫には逆らえず、流されるがままご飯をよそう。
それにしても、ノブくん顔に似合わず和食。イタリアンとかカッコよく作ってそうなのに。
ひじきなんて、ばぁちゃんの家でしか食べたことないし、ノブくんお料理上手なんだぁ……って、そうじゃなくてっ!
「なんで、ノブくんがここに居るのでしょうか?」
「なんでって、普段は実家なんだけど週末はここに俺とダイは泊めてもらってんだよ。週末はどうせ帰り遅いから、悠真くんが飯置いといてくれれば勝手に使えって鍵持ってんの」
ダイは家近いんだから家で飯食えって言ってんのに。
とかなんとか、ブツブツ言ってる。
あぁ、なるほど。 あたしと同じ感じなんだ。
ふ~ん、大輔くんも泊まってるのかぁ。
「え?! 泊まってる?!」
一瞬、納得しかけたたけど……泊まるって何?!
まだ兄ちゃん帰ってきてないのに、有名人があたしになんかするとは思わないけど男の子の中に一人はやだよ!
……ノブくんからすれば、悠真の従兄弟のユキなんだろうけどさ。




