少年
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それは半ば以上無意識の行動だった。
武装もしていない、顔が綺麗なだけの少年に真正面から睨まれた瞬間、俺の中にある種の“恐怖”が生まれたのだ。
――違う。そう思った。滅魂者のスキルを持つ者にしか分からない感覚で、誰にも説明できない感性で、俺はこの少年が違うと悟ったのだ。
肉体的な構造が。魂の在り方が。そして――存在としての根本が。
だから、だと思う。
俺が剣から力を抜いた瞬間、少年は明らかに油断した。微弱ながら俺に向けていた敵意が消滅したのだ。
そのタイミングを、俺は無意識に捉え、逃さなかった。
「その指、削いでやるぜ」
もっとも、こんなセリフを吐いた辺り、本当に無意識かどうか怪しいもんだと、自分でも思うが。
大剣の刃が少年の綺麗な指を、親指以外の四本、すっぱりと切り離した。我ながら素晴らしい手並みだと賞賛したくなる。
なんとか叫ぶことだけは堪えた様子の少年が、地面にうずくまり、苦痛に呻く。それを見て、俺はようやく安心できた。ああ、こいつはただのガキだったのだ、と。
しかし、しかしだ。
喧しく詰め寄ってくるロイドをあしらっている時、それに気がついた。
最初はなんなのか、分からなかった。少年の身体に遮られてよく見えないが、どうやら、左手が光っているらしい、と理解した。
――回復魔法か? いや、だが、魔力の流れは感じない。
これでも【魔法の才能】を持ってる俺だ。魔法の発動を見抜けないはずがない。
だが、確かに少年の左手が光っている。魔法でないならスキルか? しかし、傷を治すスキルなどあっただろうか。
「おい……お前、何を――」
理解できないことほど気味の悪いことはない。俺はストレートに少年へと詰め寄ろうとして、
「――ッ!?」
目を見開いた。
ありえない現象が、起こっていた。
「ろ、ロスト……?」
人形みたいな顔の少女も、その現象に驚愕している。可愛い可愛い部下のロイドは、言わずもがな。
「う……グゥ……ぁあッ!」
少年は獣のような声を上げて、上半身をびくん! と仰け反らせた。左手を天に突き出す少年は、苦しそうに美貌を歪ませている。
その現象を表すならば……そう、復元。
あるいは、再生。こちらの方が、より適切か。
少年の指が、再生を始めていた。
メキメキと音を立てて骨が形成され、筋肉が張り付き、皮が覆う。そうして小さな赤子の指が生え、それが急激に成長していく。
メキメキ、メキメキメキメキと、急速に、ありえない速度で。
「あぁぁああああァァァァアアアア!!」
少年は聞くもおぞましい絶叫を放つ。再生の痛み、急激な成長に伴う痛みに苦しまされているのだろう。
当たり前だ、本来ならば長い年月を掛けて成長するところを、無理やり、十何年分も早められているのだから、成長痛なんて言葉では表せない激痛が走っているはずだ。
そう、無理やり。――俺には、そういう風に見えた。自分の意思ではなく、何か、他の要因があると。
まっ先に疑ったのは金髪の少女だった。クソ生意気な、男口調のこの女は、しかしすぐに違うと分かった。
俺と同様に、いや俺以上に、少年の身に起こった現象に困惑していたからだ。
そもそも、先程も自分で言ったが、この現象は魔法ではない。外部的な魔力の流れは感じないし、第一、再生魔法なんてものは存在しない。
この世界に存在する、治癒と表現できる現象を起こす魔法は、二つだけ。
施術と、医術。
オペはいわゆる傷の治療、メディカルは病気の治療や体力の即回復を行う魔法だ。
今の場合、効果を発揮するとすればオペの方だろう。
だが、オペは万能じゃない。
例えば、少年のように指を切り落とされたとしてだ。施術の魔法でできるのは、傷を塞ぐことだけ。指をくっつけることすら出来ない。もちろん生やすなんて論外だ。
つまり、少年の身に起こっている現象は、現存する魔法ではありえない。
では、これは、いったいどういうことだ?
「ぐっ…………ぁぁ…………」
ぐったりと力尽きた少年の指は、元通り、本当に完璧に完全に再生していた。
チラリと足元を見れば、そこには、俺が切り落とした少年の指が四本。
俺は、頭が痛くなる思いだった。理解不能で意味不明。
だが、この世界にゃこんな言葉もある。
「己の目で見て耳で聞いたなら、それは真実……か」
俺は、目の前で気絶した少年の存在に、あらゆる意味で興味を持ち始めていた。
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更新が遅い上に内容が短いこの体たらく。
毎日更新もそれに近いペースも維持できていないダメ作者です。申し訳ない。
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