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遭遇





.



「いやぁ、危機一髪だったなぁ、お前ら。俺様が来るのがあと少し遅かったら、今頃キマイラにミンチ(mince)にされてヤツの胃の中だぜ」


 幅広の、鉄色をした大剣の腹で肩をトントンと叩きながら歩いてくる男は、ニヤニヤと軽薄そうな笑顔を貼り付けている。安っぽい、仮面のような笑みだ。


「誰? 何が目的?」

「おいおーい。ちょっと冷たいんじゃねぇの? 仮にも命の恩人だぜ、俺」


 フランの警戒心MAXな質問に、男はやはり軽薄な態度で応じた。確かに言うとおりで、ロストもフランも彼のおかげで命拾いしたわけだが、どうにも、素直にお礼を言うのを躊躇わせる態度だった。

 しかし、ここで彼の心象を悪くするのは、たぶん得策ではないだろう。なにせ、単独であんな大きな怪物……キマイラを仕留めてしまう腕の持ち主なのだから。その気になればロストのみならず、フランだって簡単に殺されてしまうだろう。


「とりあえず、ありがとうございました。おかげで助かりました」

「ちょ、ロスト?」


 フランが小声で食ってかかってきたけれど、今だけは主導権を渡すわけには行かない。どうやら彼女には一般常識が足りないところがあるみたいだし、腹の探り合いにも向いていなさそうだ。

 もっとも、自分だって決して向いているとは言えないだろう。ただ、消去法では、自分がやるしか無さそうだ。


「うんうん。素直が一番だぜ」

「それで、どうして、貴方は僕たちを助けてくれたんですか?」


 明らかに疑っている人間のセリフだったが、フランの発言から、これが最適――かどうかは微妙だが、少なくとも悪手ではないと思った。

 相手の行為に対して咄嗟に何が目的? などという言葉が出るということは、ここは、つまりそういう場所だと思ってよさそうだ。


 だまくらかしあい。命のやり取り。ウソと虚構が応酬する、親切を疑わなければいけない場所。そういう場所なのだ、ここは、きっと。


 でなければ、いくら変人とはいえ、フランも今の状況で相手に不信感など抱かないだろう。

 少なくとも、彼女は、自分に対して初対面でも明るく接してきた。誰に対してもそうだとは限らないが、逆に、誰に対してもいきなり警戒する性格でもない……はずだ。たぶん。


 つまり。他人が怪物に襲われている場面で、助けに入るという行為は、怪しむべき親切なのだ。相手もそれは重々承知であるだろうし、今の質問は、あながち的外れではないはずだ。


 はずだ、だの、~そうだ、だの、不確定な要素が多過ぎるけれど、ロストは記憶喪失なのであって、情報など有ってないようなものなのだ。探り思考し鎌を掛け山を張る。それしか、相手と対等に話すことが出来ないのだから、そうする他に選択肢は存在しない。


 果たして、今回の賭けは、どうやら負けなかったらしい。


「まぁ~それが俺様も仕事だからな」


 しかし、勝ったとも言い難かった。


「仕事?」とフランが首を傾げる。確かに、意味の分からない言葉だった。


「いたいけでか弱い市民を守るのが俺様とその部下のシ・ゴ・ト。しかも、このクソ醜い国じゃ珍しい美形さんたちとくりゃあ、助けないって選択肢はねぇってもんよ」


 そう言う彼もなかなか、二枚目な顔立ちだとは思うのだが、それよりも重要な情報が彼の発言には含まれていた。


 まず一つは、彼が何らかの組織に所属している、あるいは率いているらしいこと。

 二つ目は、ここが、クソ醜い(・・・・)国の所有地、あるいはそのものであるらしいこと。

 最後は、やはりフランの容姿は美しいと評していいらしいことだ。まあ、ロストは美しいより可愛らしいと評したわけだが。


 ついでに言うと自分の容姿も並以上だと判明した。そういえば、フランも綺麗な顔だかなんだかと言っていた気もする。


 大剣を鞘に収めた彼は自分の姿を見て「あ~あ~……血塗れだァ」とぼやいていた。髪よりも少し濃いグレイの、セーターっぽいタテジマの服を着、茶色いベルト型のサスペンダーに、ダボっとした黒ズボンを履いているのだが、それらすべてが確かに血で濡れていた。


 防具は肩当てと膝当て、それだけだった。ロストやフランは人のことを言えないが、あえて言うならちょっと軽装すぎるだろうと思う。


「んで、お嬢ちゃんたちは一体なんの用事でこんな場所に居たんだ?」


 一通り自分の凄惨な姿に萎えたあと、彼がそんな疑問を口にした。

 ある意味、自分にとっては核心とも言える質問だ。


「それは……」

「おじさんには関係のない話だと思うけど?」


 即座に、止める間もなくフランがそんな挑発的なセリフを浴びせて、ロストは肝を冷やした。「ちょっと……!」と、今度はロストがフランに制止を掛けるが、彼女は聞く耳を持たなかった。


「うーん、確かに俺様は今年で四十歳のおっさんだけど、ちょいと態度が悪くないかい? お嬢ちゃん」


 四十路(よそじ)間近らしい彼は、長身痩躯の体全体を揺らして怪しく笑った。まずい気がする……。

 そんな懸念もどこ吹く風で、フランは挑発をやめない。


「ボクが女だなんて、一言も言ってないけど?」

「ほえー、まさか男とは……!」

「男とも言ってないけど」

「……じゃあ結局、どっちなんさ」

「教える義務は無いね」

「いやまぁな。男も女もミステリアス(mysterious)な方が魅力的とは言うけどな。……ってもお嬢ちゃんの容姿で性別不詳は、なァ?」


 なにやら、話が変な方向へと向かいつつあった。どうやら危機に陥るような事態は回避されたらしいが、どうやって話題の軌道修正を行おうか、と悩み始めた頃。

 遠方より、なにやら音が聞こえてきた。


 ガッシャガッシャと騒がしい……これは、鎧の音?

 どうやら、予想は正解だったようだ。


「ひ、ひどいですよジェイさん!? 置いていくなんて……ん?」


 現れたのは、白銀の重厚そうな鎧を身に纏った青年だった。兜をかぶっていないから素顔が見える。金髪金眼の、精悍さと人の良さが同居した顔立ちだ。顔立ちは幼いものの、美男と呼んで差し支えないだろう。

 鎧の胸部には獅子の意匠がなされている。


「おう、アレクサンダー。無事に追いついたか」

「誰ですかそれは。僕の名前はロイドです……って言うまでもないでしょう」

「そうだったな、アンドリュー」

「………………」


 ロイドと名乗った青年は呆れた顔で首を振っていた。セリフを付けるなら「だめだこりゃ……」といった感じか。

 青年は素早く表情を改めると、柔和な笑みを浮かべてロストとフランへ向き直った。


「君たちは攻略者(プレイヤー)かな?」

「あ、うん……」


 突然の乱入者に、フランも少したじろいでいた。明らかに気の良さそうな好青年だから、噛み付くに噛み付けないのだろう。

 ただ何となく、それだけでない気もしたけれど、今の段階では答えは出そうにないので無視した。ついでにプレイヤーという単語も今は無視だ。特に記憶は刺激されなかったし。


「僕の名前はロイドだ」

「知ってる」

「知ってます」


 なぜかもう一度名乗ってきたので、頷いた。ロイドさんは変な顔をしていた。


(わり)ぃな。こいつは変わってるくらいクソ真面目で愛すべき奴なんだ」

「へぇ。大変ですね、アンドリューさん」

「……そんなに僕の名前をアから始めたいんですか?」


 ロイドさんがズレた返しをしていた。現実逃避だろう。

 まぁ、悪ノリしてしまったロストにもごく小さいミニマムサイズくらいの責任はある。といってもミニマム程度なので、罪悪感は芽吹かないし謝罪もしない。


「あーこほん。ところで、ひとつ聞きたいんだけど」


 わざとらしい咳払いで注目を集めたのは、フランだった。なにやら態度が改まっている。


「その、胸の紋章って……」


 そういって彼女が指差したのは、ロイドさんの胸元、ライオンの意匠。


「ああ。……その様子だともう分かってるみたいだけど、その通り。僕()は、【獅子星騎士団】の団員(メンバー)だよ」


 獅子星騎士団……残念ながら、記憶を刺激する名称では無かった。記憶を失う前の僕とその獅子星騎士団とやらに、対した関わりはなかったらしい。

 固有名詞が出てくる度に、ロストは自分の記憶と照合してみるのだが、残念ながら効果は得られていない。


「……僕、“ら”?」


 そう言って、フランは可愛らしく、しかし眉間に皺を寄せた顔で首を傾げた。視線の向かっている先は、長身痩躯の四十路おっさん。


「……ん? なんだいお嬢ちゃん」

「まさか、らって、この人も……?」


 恐る恐る、といった様子で、フランはロイドさんに尋ねた。


「ああ、そうだよ。というか、僕の上司」

「じょ……!?」


 流石に、唖然とせざるを得なかった。明らかに、ロイドさんの方が騎士に向いてるのに!?

 記憶の中では、騎士というのは誇り高い精神と鍛え上げた剣術、そして徹底された統率力で市民を守る存在、となっている。

 ロイドさんならばしっくりくるが、このおっさんはどうかと言われれば……かなーり微妙である。

 それが、上司とは。


 そういえば確かに、寄ってきた時に『ジェイさん』とさん付けだったし、話し言葉も丁寧だった。歳もおっさんの方が遥かに上だし、状況証拠だけならば納得できる要素はたくさんある。

 ただ……なんというか……この性格と風貌はとても騎士には見えない。


「おいおいロイド君。何かおっさんはとても馬鹿にされた気分だよ」

「いえ、仕方ないんじゃないですか? ジェイさんはあまり騎士らしくないですし。…………性格も見た目も」

「なんか言ったかね?」

「いいえとんでもございません」


 緩いやりとりをしている騎士二人は置いておいて、問題は、フランである。

 なにやら、物凄くショックを受けている様子だった。それも、尋常ではなく。


「なっ――――」

「な?」


 だから、彼女が小声で何事かを発した時、咄嗟に身構えなかったのは、自分が阿保としか言い様がない。


「なんでアンタみたいなのが騎士なんだよッ!?」

「うわっ!?」


 聞き取れずに耳を近づけていたロストは、耳の奥がキィーンとした。もの凄い大声だった。


「不誠実で不真面目そうで自堕落そうでふざけてて格好もだらしなくて騎士道精神の欠片も持ち合わせてないようなおっさんが、どうして騎士になれるのさ!? バカじゃないの? 騎士ってのはもっと高潔で気高くあるべきでしょ! それがあまつさえ上司? 世も末だよ! とにかくボクはアンタみたいなのが騎士だなんて認めないッ!」


 烈火の如し、という他なかった。凄まじい剣幕で、ロイドさんも、ロストも、そして苛烈な言葉を浴びせかけられているおっさんも。とにかく、圧倒されていた。

 一番最初に衝撃から復活したのはおっさんだった。


「ははぁ。なるほど、お嬢ちゃん、騎士に憧れてんだな?」


 余裕を取り戻したおっさんがそう言うと、フランはぐっ、と何かを堪えるように押し黙ってしまった。しばらくして、小声で「騎士の……」と口を開いた。


「騎士への憧れなんて、もう、捨てた」

「にしちゃあ、随分と必死だったぜ?」

「憧れは捨てた。でも、だからって、騎士団が堕落するのは許せない」


 はっきりと、おっさんの目をフランは真っ直ぐに見つめていた。どこか山猫とか、そういう類の動物の印象を受けるおっさんの目を。

 根負けしたのは、おっさんだった。


「……ま、確かに俺様は騎士団の中でも最高に最悪な役職だし、騎士の汚い部分の結晶体みたいな男だかんな」

「結晶体? 泥の塊の間違いでしょ?」

「否定はしないね。――ただ」


 そう言った瞬間のおっさんは、確実に、騎士の顔ではなかった。

 強いて言うなら、殺し屋。


 目にも止まらぬ早業で、抜剣した大剣がフランの喉元に突きつけられていた。本当に、どうやったらあんな巨大な得物をあんな速さで抜き放てるのか。


「あんまり、年長者を馬鹿にしないことをオススメするぜ」

「――――ッ!」


 フランの瞳が大きく揺らいだ。それは、たぶん、動揺だけが原因じゃない。


 その眼を見た瞬間、自分でも驚くことに、自然と体が動いていた。


 おっさんが構える大剣に、自分の手を添えていた。刃の部分に手を掛け、ぐぐっ、と押し込む。


「これくらいでいいんじゃないですか? 非礼ならいくらでもお詫びしますよ」

「……おいおい少年、得物の刃に手を置くもんじゃないぜ」


 彼の言うとおりだ。実際、ロストの指に刃が食い込み、出血し始めていた。痛みはもちろんあるが、それ以上に、指が削げ落とされそうだという恐怖がロストを蝕む。

 それでも、それが分かった上で、ロストは大剣を押し込み続けた。血が刃を伝い、何滴か地面に落ちる。


「ふぅん、なかなか根性あるじゃねぇか、少年」

「どうも」

「じゃ、その根性に免じて――」


 そう言って、大剣が僅かに下がった。ホッとして、手から力を抜いた瞬間。


「その指、削いでやる」


 ロストの指が、親指を残して四本、宙に舞った。何が起きたのかを理解する前に、カッと焼けるような感覚、直後に言葉で表現するのが難しいタイプの激痛が襲ってきた。


「――……ァっ、ぐぅぅ……!!」


 叫ぶことだけは避けられたが、そんなことに意味はない。猛烈な痛みと吐き気に耐えるように……などと理性的な考えはなかったが、とにかく、ロストは膝を折って地面にしゃがみこんだ。指を抑えて激痛に耐える。


 耳の奥が痛い。胃がぎゅっとなって、吐きそうになって、自然と涙が浮かぶ。


「ろ、ロスト!?」

「なっ、ちょ、ジェイさん!?」


 それぞれ別の人物の名前を呼ぶ叫ぶは、ほぼ同時に発せられた。フランが駆け寄ってくるのが見えたけれど、何かを返す余裕などない。


「何考えてるんですか!? 相手は子供ですよ!?」


 ロイドさんの責めるような声が聞こえてくる。

 そして、おっさんの嘲るような声も。


「いいんだよ、ガキにゃ世間の厳しさを教えなきゃな。エンコ詰めってやつさ、どっかの風習らしいぞ?」

「そんな……!」


 頭が痛い。視界が赤く染まる。死ぬなんてことはないだろうが、だからって気休めにもならない。痛いものは痛い。すごく痛い。ああ、それに、このまま血が止まらなきゃ死ぬかも……


 死を、ぼんやりと意識した。


 それが発動したのは、たぶん、無意識だ。


「……? なんだ……?」


 それ(・・)に最初に気がついたのも、おっさんだった。性格の割に鋭い、と、どうでもいいことを考えていたのは、頭が変に冷静だったせいだ。


 そう、なぜか、ロストの頭の中は冷静だった。


 たぶん、原因は、それ(・・)の存在だ。




 ロストの、指を失った左手が、淡く光り始めていた――――。




.

 またも切るところがなくてぶつ切りました。

 ここで切らないと、またしばらくちょうどいい場所がなくて、クソ長くなってしまうので、苦肉の策です。




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