共産の一歩
エルフの里とは、総数27600人のエルフ達によって約300年前に迷いの森の奥深くに建設された、エルフ族国家である。
その自治形態は特殊で、まず、20年に一度、里の中から特に才能、力、知能に優れた者を複数選び出す。
そしてそれらの者たちに、三つのある”試練”を課す。その試練の内容は非常に過酷で、最初の試練の時点でも、まず殆どの候補者が突破出来ない。
万が一、第二、第三の試験を無事突破しても候補者が複数残っていた場合、候補者同士によるデスマッチによって最終的に一人に絞られる。
これらの厳しい選定に勝ち残り、里の者たちに自身の力を示して初めて里の代表者、すなわち長老として認められる。
こうして選ばれた長老は、以後里の内政~外交、果ては里の防衛軍の指揮権までを支配することができる。しかし、これらの職務全てを長老が行うのは流石に不可能なため、その補佐のために25~30人ほどの補佐官が長老の独断と偏見によって選ばれ、補佐の任に就く。これらがエルフの里の全容である。
だが、建国当初から続く長老体制に疑問を持つ者は多く、そのため里内は現体制派と反体制派に分かれ二分されている。それでも、二つの派閥は均衡を保っており今のところ里には何の問題も起こってはいない。
・・・あくまで今のところは、だが。
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亙「ここが、エルフの里?本当に?」
エルフ女「?間違いなく本物だけど。」
今、僕はエルフの里に居る。本来なら、偉大なる共産主義の普及の大いなる一歩だ、とでも言って喜ぶべきなのだろうが、想像していたエルフの里と余りにも現実のエルフの里とが違いすぎて、素直に喜べない。
どの位違うのかというと、まず住処からして違う。想像ではてっきり自然と同化した木の家とかだと思っていたが、現実では少しも同化していない石造りの家だ。それも結構豪勢な。
そして違うのは住処だけではない、服装もだ。僕を助けてくれたエルフ女は想像通りの自然服なのに、里の奴らは皆思い思いの服で着飾っていて、少しも自然的では無い。正直、普通よりもちょっと豪華なだけの唯の街だ。
亙「夢が崩れるということは結構つらいんだな・・・」
エルフ女「何かってにへこんでんのよ?ほら、さっさと長老の所にいくわよ」
亙「ハイ・・・分かりました。」
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エルフ女「長老、今日は会わせたい者がいて参りました。」
いくら里のエルフとは言いえ長老にはそうそう簡単に会えるものではない。長老は普段忙しいのだ。それが、無理して面会をしてくれているのだから手短にしなければいけないだろう。
長老「ほう、どのような者だ?」
長老は威厳のある声で問う。
エルフ女「実は、人間なのです。」
長老「何?人間?おまえ・・里の規則を破ったのか!」
長老は選ばれたエルフである、だから大きな力を持っている。もし怒らせたら確実に命は無いだろう。・・・言葉は慎重に選ばなければ。
エルフ女「い、いえ、森を探索中、偶然見つけたのです!」
長老「ならば捨て置けばよかろう、なぜ私が会わねばならんのだ?」
エルフ女「彼は帰る場所が無いと言っていて・・・だから、情けを掛けてやって欲しいのです。」
長老「人間に掛ける情けなど・・まあ良い、そいつ次第だ。会ってやろう。」
エルフ女「!あ、有り難う御座います!」
まさか長老が人間との面会を許可するとは。しかし未だ安心できない、もし彼が長老の意にそぐわないことを言えば確実に殺されるだろう。後は彼次第だ。
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亙「一体、いつまで待てば良いのやら・・」
エルフの里の中でもひときわ荘厳な長老屋敷の中で、亙はかれこれ4時間くらい待っている。彼が人間でなおかつ突然の来訪者である事を差し引いても、待たせすぎである。
亙「まったく、いっこくも早くこの里を共産化したいというのに。」
そんな事を呟いていると向こうからあのエルフが歩いてくる。どうやら、話がまとまったようだ。
エルフ女「長老から面会の許しが出たわ。付いてきて。」
亙「やっとですか。まあ、文句を言える立場ではありませんが。」
泣きついてまでして、やっと里まで連れてきて貰えたのだ。感謝こそすれ文句を付けられる立場でではないのは、勿論重々承知の上だ。
エルフ女「減らず口はいいから早く付いてきてほしいものね。」
淡々とした顔でそう告げる。残念だが、この顔を見る限りあまりふざけていられる場合でもなさそうである。
亙「・・・分かった。」
どうやら、”長老に会う”ということは一筋縄にいくような事ではないらしい。覚悟はしておいた方がよさそうだ。
そう思いつつ亙は立ちあがり、エルフ女に連れられ長老の部屋へと向かって行った。
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~長老の部屋~
長老「お前が件の人間か・・名はなんというのだ?」
亙「と、東條、東條亙です・・・。」
亙の心中『こんなのが里の長老だなんて・・想像以上だ!!』
エルフの長であり里最大の実力者だとは聞いていたが、実際会ってみるとやはり迫力がちがう。亙はいままでの人生で一度も経験した事の無い圧倒的なプレッシャーに委縮してしまっていた。
長老「東條亙か・・珍しい名だな。何処の生まれだ?何故森の中に入ってきた?」
心の底まで透かすような鋭い目つきで亙の顔を睨みつつ言う。いや、案外本当に心の中まで透かしているのかもしれない、長老ならばあり得る。
亙の心中『真実を伝えるしかないか・・果たして、信じて貰えるかな?」
亙「じつは、僕はこの世界の生まれではないんです。森の中にも、目を覚ましたら突然居たんです。」
長老「ほう、それはまことか?ではお主、転移者だな。」
長老は案外アッサリと亙の話を信じてくれた。しかし、転移者とは一体どのような存在なのか。
亙「転移者??」
長老「ふむ、転移者というのはな、お主の様にこの世界の神によって突然この世界に転移させられた者の事だ。何十年かに一度位の割合で現れるのだが、私も見るのは初めてだ。」
急に長老の目つきが珍しい物を見る目つきに変わる。
亙「僕がその転移者ですか・・・しかし、一体何のために転移させられたのでしょうか?」
もとの世界に戻りたいとは思わないが、何故自分がこの世界に転移させられたか、その理由を知っておかなければ共産主義をこの世界に根付かせるという目的が揺らぐ可能性もあるだろう。
長老「古来より、この世界に現れた転移者には二つの道があるといわれている。第一の道は弱きを助け強きを挫く勇者としての道。そして、第二の道はこの世界に戦乱をもたらす魔王の道だ。」
再度、厳しい目つきで亙を睨みながら言う。
亙「勇者の道と魔王の道ですか、先代の転移者達はどちらの道を選んでいったのですか?」
長老「無論、殆どが勇者の道だ。勿論、少数だが魔王の道に進んでいった者も確かに居るがな。」
亙「そうですか・・・では、僕の処遇は?」
長老「そうだな、せっかくの転移者を殺してしまうというのもつまらん。生かしておいてやる。この里に滞在するのも認めてやろう。」
亙「感謝いたします!!」
長老「うむ、では私は忙しい。そろそろ退室してもらおうか。」
そういわれるとともに亙は立ちあがり足早に長老部屋を後にした。その姿からは、誰が見ても一刻も早くこの部屋から退室したいという気持ちがにじみ出てはいたが。
長老「・・・行ったか。」
長老は自身の能力で亙が屋敷から出たことを確認すると、不気味な笑みを浮かべて呟いた。
長老「だれかおるか!」
補佐官「はっ、ここに。」
先ほどまで何もなかった筈の部屋のすみにいきなり人影が現れる。
長老「奴を監視しろ。いいな?」
補佐官「御意。」
そう答えるやいなや、再びその人影は姿を消した。もはやその場には足跡すら残ってはいない。
長老「なんとしても奴に”第三の道”は選ばせぬ。」
誰も居ない部屋の中、長老は小さく呟いた。
共産主義者・・最近減りましたね。