クルゾウの日
あたしは、白ソックスに留めた安全ピンを開いて”クルゾウ”を取り外した。
クルゾウは道に落ちていた、手のひらより小さくて、見た事ないキャラクターのマスコットだ。
つるんとした緑色。
とっても、かわいい。
マシュマロみたいにフヤフヤなほっぺたをさする。
とっても、愛おしい。
そう、あたしはクルゾウが愛おしい。その想いがどれほどのものか・・・。
それを、これから語りたいと思う。
女子高生の足で、すやすやとスリープしてたクルゾウは、
糸が切れたような唐突さでパチッ・・・と目を、開けた。
大きな瞳で辺りをグルグル見回している。
え・・・? ここはどこ? 私は誰? みたいな表情だ。
よしよし。今日もかわいいぜ。
サファイアみたいにピカピカで大きな目玉に見とれる。
生き物みたいにウルウルしてるのがもうね、うつくしすぎる・・・。
ため息を吹きかけてハンカチでゴシゴシこすりたくなる宝玉である。
リスっぽくて黒目が目立つそれは、スローロリスの瞳のように神秘的だ。
まだ瞳がグルグル回ってるのは、起動中と言う事なのだろう。
拾い物なので取説はないのだが、こーゆーのはカンでわかる。スマホやパソコンなんかと同じだ。
隣にはトンコがいる。あたしの肩へ顎を乗せしげしげと覗き込んでいる。
クルゾウを手のひらに乗せると、トンコの前へ差し出して見せた。
トンコ・・・。
そんなあだ名が付いた由来は、言わぬでおくのが武士の情けであろう。
あたしは母親を5歳の時に亡くした。
そんなあたしにとって良き相談相手で幼馴染。幼稚園も学校もずーっと同じ。家族のような戦友のような戦車のような。
トンコへの友情・・・それはトンコの体重のように重いつもりだ。
トンコはぽっちゃりした手のひらにクルゾウを載せて とっくりと眺めた。「ふーぬ・・・」と鼻息を吹いた。
クルゾウが揺れた。
「うむ。確かに変だ」
「変でしょ?」
方言でひそひそ話する、田舎道を帰宅途中の女子高生二人の図を想像してほしい。
電線に止まったカラスがカアと鳴いた。
「変だね。かなり変だ。・・・なあエッカ?どしたのこれ?」
エッカはあたしの名前だ。
朝が苦手。ポニーテールを揺らして遅刻と戦う日々。
待ち合わせに遅れてもヘマしても「まっ、え〜かぁ」で済ますゴーイングマイウェイなあたしを、みんなそう呼ぶ。
「まあ、まずは見ててよ。このなぁ?・・・、めん玉のぐるぐるが止まると喋りだすんだぁ」
トンコは「ふむ」と唸ってから、グウと腹をならした。
あたしは目の前へぶら下げたクルゾウを軽く引っ込めた。
「食うなよ」
「食わねえよ」
クルゾウのぐるぐるが止まった。そしていつもの”アレ”が始まった。
「モガーッ! モガーッ! モガモガモガーッ!」
「ほおら! 喋ったべ? 。あーっはははは!」
ケラケラと笑うあたしをよそに、トンコは不満顔だ。
「なーんか、もがもが言ってるだけで、よくわかんね」
それもそうだ。クルゾウの口は絆創膏でふさいであるのだから。
「おっと! しっけいしっけい」
あたしは絆創膏を剥がした。
べりべり・・・。
ほっぺたの一部が絆創膏から剥がれず、クルゾウの顔が むにぃーーっと横へ伸びに伸びて、ぷちんと剥がれた。
クルゾウは
「うひゃあ!」
と悲鳴を上げると、ちっちゃな手で口のまわりを ほうほう とさすった。
「あはは!なにこれ。面白い顔だぁ」
「だろ!だろ!」
クルゾウは、あたし達を きっ と見返した。ちょっと涙目に見える。そして叫んだ。
「くるぞう!くるぞう!くるぞお!、くるくるくるくる!!・・・・・・」
あたしは、判った判ったと声をかけると、クルゾウの口を絆創膏でふさいだ。
「もがーっ、もごっ、もがもがー!」
クルゾウは絆創膏を剥がそうともがいたが、カタツムリのしっぽみたいに指もなくひ弱な手では剥がせっこない。
「おもしろいねぇ!。こんなマスコット、どこに売ってたの?」
「それがわかんねえの。空き地の草むらに落ちてたんだもの」
「拾いもんかい」
「んだ。ほらぁ?あそこ、でかくてごつい野良猫がいるべ?」
「ああ、トラキチな」
「あいつ、地面でなんか食べてたの。またネズミを捕まえたのかと思ったら・・・クルゾウをかじってたんだよ! 私とっさに石投げてトラキチを追い払ったってわけ。あたしは命の恩人さ。ねえ?クルゾウ?」
クルゾウはモガモガと何か言いたそうだ。
やがて、
「マミー・・・! マミー・・・!」と赤子のように泣き始めた。
いつものシーケンスだ。返す返すかわいい。ギュムッと抱きしめた。
「マミィ・・・」
トンコはうーんと唸った。
「なんかさぁ、これハイテク過ぎね?。めっちゃ高そうだよ? 交番に届けた方が良くね?」
「したっけ、あたしにもうこれだけなついてるんだもの。ラブラブだもの。だからもう、あたしのもんだぁ!」
あたしはクルゾウにほおずりをした。
クルゾウは目をギュッとつむって必死に耐えている。
このツンデレめ。狂おしい、いとおしい。
「なんか・・・モガーとかマミーとか言ってるね」
「そーなのぉ・・・。はいはいママでちゅよ~。クルゾウちゃん?オッパイあげまちゅね~?」
「親バカかよ。・・・にしても、良く出来てるよねぇ。喋ったりじたばた動いたりしてさ。最新のスマホより凄くね?」
「ほんとだよねぇ。きっと都会の人が落として行ったんだよ」
「都会の人?」
「ほらぁ・・・こないださ?、町に軍隊が来てたじゃない?。あの人達が落としたんだよ?、きっと」
「ああ・・・あれって確か・・・、首都・・・外宇宙防衛・・・隊、だったっけ?」
「そうそうそれそれ! 。みんな『地球防衛軍』って茶化して呼んでるけど・・・、笑っちゃうよねえ。ゴジーラでも責めてくるってのかねえ。今年になって急に出来た軍隊らしいけどさ」
トンコはぼりぼりと顎の下を掻いて空を見上げた。
「外宇宙防衛隊・・・だからゴジーラじゃねえなあ。・・・宇宙人用じゃね? 。っていうか外宇宙ってなんだべな。宇宙に外側があるなら、宇宙の内側ってどこかね?」
「あんたの腹の中だべ」
トンコのお腹をポンと叩いた。
「これは内宇宙じゃない、ブラックホールさあ!」
カンラ カンラ・・・と笑うおっさん歩きの女子高生の二人の図を想像してほしい。
電柱のカラスが、パタパタと飛び去った。
トンコが急に真顔になって言った。
「あの軍隊なぁ・・・評判悪かったよぉ?。道で会って挨拶ばしても、むすっと怒った顔して、なーんにもしゃべんねって」
「ふーん」
「でもって変なレーダーみたいなので探ったり、あちこち道に穴を掘ったりしてさ・・・「町を荒らすだけ荒らしてって、詫びも言わねえでどこかへ行っちまった」って・・・うちのじいちゃん、すごい怒ってたよお」
「そうだっけ?。あたしクルゾウに夢中で、町がそんなだって気がつかなかったなあ・・・。」
あたしは、クルゾウをなでなでしながら、
「元のご主人が、そぉんな恐い人達だったら、なおさらあたしの物になって良かったってもんですよ。ねえ?クルゾウちゃん?」
クルゾウは、首を勢いよくぶるんぶるん振ってわめいている。
「もがー!、もがー!、マミーー!」
まったく、何てかわいいのだろう。
トンコはふと怪訝な顔になって聞いた。
「にしてもさ、なんで口を絆創膏でふさいでんの?」
「だってこれさ、結構音が大きいのよ。夜も朝もずーっと騒いでっからもう、うるさくてうるさくて」
「ボリューム調整出来ね?。電源切ったら?」
「無理無理! いっくら探してもボリュームなんて無いんだぁ。電源も無いしね」
トンコはきょとんとした顔になった。
「え?・・・・・・。電源・・・が、無い?」
「うん」
すっと、辺りが薄暗くなった。
あたし達は今、下校中の道ばたに居る。そこは崖の上にあって、遠くにはアルプスの山々が悠然と見える。
自然と田園の狭間にぽつりぽつりと点在する町の一つが、あたし達の町だ。
アルプスの山頂に、すごく大きな雲がかかってる。それが低くなった太陽を遮ぎり、山間の小さな町に影をかけたのだ。
昭和に舗装されたような古いガタゴト道に人影は無く、あたしとトンコの立ち話を聞いてるのかいないのか、これまた古い円筒形の郵便ポストが近くに、ぽつんと立ってるだけだ。
初秋の肌寒い風が、半袖から伸びる腕をすべっていく。
トンコは急に押し黙ると、じいっとクルゾウを見つめた。
クルゾウは相変わらず身をよじってもがいている。
クルゾウのおでこにはトラキチにかじられた傷跡が残っている。切り傷の谷間に、うっすらと青い何かが透けて見えていた。
「怪我・・・してるっぽいね?」
「トラキチにかじられたからね。助け上げたときはうっすらと血が滲んでたよ。青いけどね・・・。だから家に持って帰って手当てしてさ・・・」
「うっ、うわっ!」
突然、トンコが飛び退いた。
あたしはきょとんとして聞いた。
「どしたの?」
トンコは、ふっとあたしを見て、クルゾウを見て、またあたしを見た。
トンコ、なんか怯えてる・・・なんで?。
「ごめん! あたしもう帰るわ」
「えぇ?。どしたのさ急に・・・」
「しっ、宿題あるし」
「うん。やれば?。家に帰ってからゆっくりと」
「だから・・・」
「だから・・・って・・・、なにが”だから”なのよ?」
「それだよっ!」
トンコは、クルゾウを指さした。
「これ?」
あたしは、クルゾウの頭をつまんでぷらぷら揺らした。
「もがぁー!」と、もがくクルゾウ。
「この子がどうかした?」
トンコは、何かを言いかけて黙った。鼻の穴が開いたり閉じたりしてる。
何か言葉を選んでる感じだ。
トンコは、さっと、きびすを返した。
「そ・・・それね・・・」
と、背中越しに言った。
「うん」
「な・・・なんか変だよ。リアル過ぎるよ!」
トンコはそう言うと、どたたと駆けだした。
あれ?・・・ちょっとちょっと!
「おーい、あんみつさ、食べにいかねぇのぉ!」
「いらねー」
あのトンコの捨て台詞としては、異例中の異例である。
”トンコがスゥイーツを断った!”
そんなタイトルのドキュメンタリー番組が企画されても不思議では無い。
というレベルの異例だ。
驚愕な出来事をよそに、あたしのお腹がぐうっとなった。
「それはそれ、これはこれってことかい?」
胃袋は親友の異変にも動じないつもりらしい。
ま、いいだろ。
別にたいしたことじゃ無い・・・さ。
一人ぼっちで帰るなんて久々だな。
気がつくと、風が冷たくなってきた。
もうすぐ日が暮れる。あたしも家に帰ろう・・・。
足下にかがみ込むと、ソックスの安全ピンにクルゾウを留めた。
うちの学校は、鞄にアクセを付けるのを禁じてる。制服や髪に付けるのも駄目。
でも、ソックスに付けるのは禁じてない・・・という校則の抜け穴に気づいたあたしは、ソックスへマスコットをぶら下げるのを、密かに楽しんでいた。
先生達は何か言いたそうではあるけど・・・今のところ黙認してる。
ただ、真似する子はまだ、いない。
さて。
今、右足ソックスに付いてるのがクルゾウだ。
そして、左足のソックスにはUFOが付いてる。クルゾウに合わせてあたしが作ったぬいぐるみだ。
そうそう、まだ言ってなかったね。
クルゾウって、俗に言う”グレイ型宇宙人”にそっくりなんだ。
きっとそう言うデザインなのだろう。
そういえば・・・・・・。
クルゾウを助けた時、バラバラになった機械の破片が近くに落ちてたな・・・。
ふと、そんなことを思い出した。
そのクルゾウはふてくされてるのか、ずっと黙ってる。
口をふさぐ絆創膏が、ちょっとヨレてシワになってた。
あたしは新しい絆創膏を取り出すと、クルゾウの絆創膏をぺり!・・・っと剥がした。
クルゾウはまだ黙ってる。これだけ静かなのは、めずらしい。
あたしは、絆創膏の剥離紙を剥がしながら、クルゾウに話しかけた。
「あんたは・・・せっかくのハイテクなんだからさ、『くるぞう・・・』とか『マミー・・・』以外に、もっと色々喋ったら?」
クルゾウはむすっと黙ってる。
うふふ・・・、良い良い。クルゾウのこういうヒネた所がまたかわいい。
あたしはほくそ笑むと、絆創膏をクルゾウの口に当てた。
ぺたりと貼り付ける間際に、クルゾウがふいに、つぶやいた。
「迎えに来るぞ・・・・・・」
え・・・・・・?
今、なんて言った?
その時、道ばたの郵便ポストが、”ずれた”。
そして音・・・、というか、身体の芯から震えるような重低音が降ってきた。
”ぶぅーーーーーんっうんっうんっ・・・ずずずずずず・・・・・・!”
「ひぃ!」
奥歯の虫歯がじーんしみる感じ? いや・・・もっと奥の、頭蓋骨が、じーーーんと震えた。
頭抱えてうずくまる。
なんの音?、一体何が起きてるの? これ・・・・・・。
郵便ポストは相変わらずズレたままだ。
ズレた・・・というか、ポストが二本に見える。
立てた人差し指を、勢いよく横に振ると二本に見える、あんな感じだ。
地震だろうか?。
いや・・・なんか違う。
揺れるというより、巨大なスピーカーの上でブルブルさせられてる感じだ。
非現実的な光景に、あたしは怖くなった。頭がおかしくなったのだろうか。
げんこつで頭をぽかぽか叩く。
何も、変わらない。
そのげんこつも二重に見えた。
「やだ・・・・・・」
あたし、本当にどうしちゃったんだろう・・・・・・。
そして、さらに大きな音が降ってきた。
ミュミィ!! ズィーーーーンンン・・・ブズズズズズン!
空気の足で足払いを掛けられたように、あたしは横へ、すてんと転んだ。
転んで倒れて、また転んだ。さらに転んで、ごろごろごろごろ転び続けた。
「なっなっなっ、なんなのこれえええぇ!!」
周りの、ありとあらゆる物がごろごろ転がってる。
郵便ポストも、あたしの足も回ってる。雲が下に来たり、アスファルトが上に来たり。
福引きのガラガラの中だ。福引きの玉はきっと、ハンドルでぐるぐる回されてる間、こうゆう景色を見てるのだろう・・・。
いや、違う! ここは福引きのガラガラの中じゃ、無い。れっきとした・・・れっきとした・・・。う、うわわわ・・・。
世界がぐるぐるぐるぐる、ぐるぐるぐるぐると回り続ける。
「一体、なんなのーーー!?」
空とアルプスと田舎の町がぐるぐるとかき回され、どれがどれだか判らない。
あたしがポストで、ポストがあたしで、空がアルプスで、アルプスから足が伸びてあたしがばたばたともがいてる・・・?。
わけ判らん!
「たすけてぇーー!!」
いきなり、全てが止まった。
アルプスから下りて来る冷たい風が、前髪を揺らして、隙間から青空が見えた。
背中に押しつけられたアスファルトの感覚で、道路へ大の字に横たわってるんだと気づいた。
あたしの魂が頭の中へすっと戻って、納まった・・・ような感じがした。
頭上をさっと、一羽の小鳥が飛び去った。
とても静かだった。
手を持ち上げて眺めた。もう普通だ。ちゃんと一本に見える。
上体を起こした。やけに重い。おじいちゃんになったみたい・・・。
「クルゾウは・・・?」
ソックスにぶら下がったクルゾウは、白目をむいて伸びていた。
お尻が冷たくなってきた。
あたしは「どっこいしょ」と声に出して立ち上がった。腰をさする。
身体中の節々が、ツーンとしたような変な痛み。
辺りがやけに、うす暗い。
さらに雲が掛かったのだろうか。
あたしは、アルプスを眺めた。
違う。
あれは断じて、雲じゃない。
それは、雲よりもっと高く、もっともっと遙かに、とてつもなく大きかった。
空に浮かぶ、金属と機械で出来た島・・・といった感じ。
それは空に描かれた絵画のように、じっとして動かなかった。
まるで、太古の昔からそこにあったかのように・・・至極普通に、そこへ存在していた。
崖下の林から、小鳥が群れを成して飛び上がり、激しくどよめきながら背後へ飛び去った。
アルプスから吹く風の向こうに、ひどく熱い何かを感じた。
それでいて、ひどく肌寒かった。
膝が震えた。奥歯がカチカチと鳴る。
震えが止まらない。
足下のクルゾウがぼそっとつぶやいた。
「だから言ったのに・・・・・・」と。
呆然と立ち尽くしていると、突然、後頭部にごつんと何かが当たった。
「動いたら撃つ」
振り返ると、黒いスーツの男がピストルを構えていた。
大きなサングラスに隠れて表情は掴めないが、30代半ばといったところか。顎も耳も短い髪も、定規で引いたようにカクカクとしている。
思わず後ずさった。
「動くと撃つ・・・と言ったよな」
岩のように重い声から、断固とした意思を感じる。
・・・この人は、本当に撃つつもりなんだ。
ピストルを突きつけられた女子高生に出来る事は、さほど・・・ない。
あたしはおとなしく手を上げた。
いつの間にやって来たのか、辺りから兵士たちが駆けつけてくる。
自衛隊・・・の兵士じゃない。黒い上下に黒いヘルメット。
ニュース動画で見覚えがあった。
例の、外宇宙防衛隊だろう。
てっきり都会へ帰ったと思ったのに・・・。
あたしを囲むと、一斉にライフルを向けてくる。
至れり尽くせりというか・・・、あたしを撃つつもり、まんまんすぎる。
こーゆー経験、女子高生ライフには普通含まれてないはずだ。
本気で勘弁してほしい。
子供の頃、近所のリンゴ農園に忍び込んで、片っ端からもぎってつまみ食いしたのを思い出した。
農家の主人に見つかってこっぴどく叱られて・・・。
結局、私のとうちゃんがやってきて、リンゴの代金を弁償して解放されたのだった。
あの時もトンコと一緒だったなあ・・・。
今は一人ぼっちで、大大大ピンチにおちいってる。
心細いなあ・・・。
その時だった。
「エッカーーー!!」
トンコだ! トンコが来てくれた!
やっぱりこーゆー時は親友の出番だ。
あ、ありがたい!。
しかし、銃を構える兵士たちの間からのそりと現れたトンコは、両手を後ろ手に縛られた哀れな姿だった。
膨らんだ歓喜は瞬く間にしぼんで落胆へと変わった。
「トンコォ、あんたまでどしたの? ・・・ねえ、あたしたち、どうしてこんな目にあってるの?」
「ごめんな、エッカ・・・」
「ん? なして謝る」
「こうなったの、私のせいなんだあ」
「だから、どうしてなの?」
「あんたと別れた時、あたし気になってネットで・・・ヤポー知恵袋で質問したんよ」
「はあ? 何だってまた」
「あんたのあの人形・・・クルゾウ?だっけ?。あれがあんまり不思議だったんで、知恵袋に書いたんさ。友達が小さな宇宙人みたいなの連れてる・・・って」
「宇宙人・・・? クルゾウが?」
「んだ。そしたらこの人たちが家にやってきて、あたしを取り囲んで銃さ突きつけてこの有様さ。
変な地震は起こるし、ばかでっかい宇宙船が空に浮かんでるし・・・。エッカ、これ、みんな、あんたの宇宙人のせいだよ!」
「はあ? クルゾウは人形だあ! なぁにをおかしなこと言ってんの!」
「おかしなのはあんただべ! あれがただの人形だったら、あたしたちこんな目にあうわけねえべ?」
「そんな事、あたし知らね! クルゾウはなにも関係ないもん!」
またごつんと銃口が頭にぶつかった。さっきの黒服男だ。
「お前・・・本当にそれが人形だと思ってるのか?」
「そ、そうですよ?。だってこんなにかわいいんだもの。人形でないわけがないじゃない」
「人形がそこまでしゃべるか?暴れたり泣いたり喚いたりするか?」
「いや、なんかぁ、よくできた仕組みだなあとは・・・思ってるけど・・・」
黒服男はため息をついた。
「よくできた仕組みというのはな・・・、こういうのをいうんだ!」
黒服男はサングラスを外した。
左目のところにぽっかりと穴が空いていて、機械がびっしりと詰まっていた。その機械の隙間に、クルゾウっぽいのが座っていた。
「え・・・?。ええっ!・・・。ええええええええええ!!」
そのクルゾウっぽいのは、あっかんべえをした。
黒服男はグラサンをかけると、あたしの足元へしゃがみ、素早くあたしのクルゾウをひったくった。
ハッと我に返った。
「あ・・・。ちょっ・・・ちょっと!、クルゾウを返してよ!」
「それはこちらの言うべきことだ!。”彼”を返してもらう」
「ダメーっ! クルゾウはあたしの・・・」
黒服男に飛びかかろうとしたけど、やめた。
黒服男が、ピストルの銃口を・・・クルゾウに向けたのだ!。
「な・・・、なにをしてるの? クルゾウをどうするつもりなの?」
黒服男はニヤリと笑った。
「もう一つ返してもらうものがある。と言うより、そのために我々はこの星までやって来たのだ・・・」
「返すって・・・なにをよ?」
「彼・・・つまり、君の言うクルゾウ君が乗って来た宇宙船を、だ」
はあ・・・?
あっけにとられた。そんなもの・・・あたし知らない。
「どうした?アホみたいな顔をしているぞ」
「どうせ私はお馬鹿ですよ。・・・一体、その宇宙船ってなんなの? ・・・そもそも、あなた達は一体何者なんですか?」
「まだ分からないのか・・・。私は宇宙人だ!」
「ええまあ・・・そうでしょうね? 。クルゾウっぽいのが、あなたを、と言うか、人間そっくりの機械だかロボットだかを操縦してるんだから・・・。ん?・・・」
そこまで言ってから、あたしはふと、あることに思い当たった。
あれ?・・・・あれれ?・・・・ひょっとして。
あたしは思わず叫んだ。
「待って! ひょっとして・・・クルゾウって実は宇宙人だったの?」
「今頃気付いたのか!」
ずっと黙ってたトンコも叫んだ。
「だから・・・さっきからそう言ってるべよ!」
あたしは、「お、おう・・・」と答えるので精一杯だった。
黒服男は語った。
「このクルゾウ君はな、幼少の頃に、母親と星間旅行に出かけたのだ」
「せいかんりょこう?」
「君たちの言う海外旅行のようなものだ。銀河と銀河を股にかけ、何千何万光年も離れた星まで旅行をするのだ」
「なんか・・・、すごいねぇ。宇宙人みたい」
「だから宇宙人だと言ってるだろう! 。それで、クルゾウ君は搭乗手続きの手違いで、母親と別の宇宙船に乗ってしまったのだ」
「はあ・・・」
「母親がそれに気付いたのは、宇宙船がワープを終えた後だった」
「待って。そのお母さんは、クルゾウを引き取りに戻らなかったの?」
黒服男はため息をついた。
「そうはいかないのだ。ワープ航法には膨大なコストがかかる。そうぽんぽん銀河から銀河へジャンプは出来ん。母親はな、一人息子に広い世界を見せようと貯金をはたいて星間旅行に出たのだが、引き返すだけの旅費がなかったのだ。しかも、帰宅後に母親は失業したので、貯金をするチャンスもなかった」
「あら、まあ」
あたしはクルゾウを見つめた。
ピストルを突きつけられてはいるが、特に怯える様子もなく、しょんぼりとうつむいている。
鈍いあたしにも、ようやくクルゾウの言ってた意味がわかった。
「マミー、マミー・・・って言ってたけど、あんた、あれ・・・ママが恋しくて叫んでたのね・・・」
クルゾウが哀れになって来た。
あたしは黒服男に聞いた。
「ねえ・・・クルゾウをお母さんの元へ返してあげられないの?」
あたしは、空に浮かんでる超巨大物体を指差して、言った。
「あれ、あなた達の宇宙船でしょう? あれで送ってあげたら?」
「そうしたいが、問題があってな。出来んのだ」
「問題って、なあに?」
「お前だ!」
「はい?・・・」
「忘れたのか! お前がクルゾウをずっと隠し持っていたではないか」
ああ・・・そういえば・・・。
だんだん、事情がさらにわかって来た。
黒服男は続けて言った。
「クルゾウ君は、母親から取り残された惑星で、必死に勉強して宇宙工学を学んだ。彼は独学でワープ航法を研究し、ついには低コストでワープ可能な画期的エンジンを発明したのだ」
「へえええ!クルゾウって、すっごい天才だったんだね!」
「しかし最後にヘマをした。母親の星とは逆方向にワープしてしまったんだな・・・。エネルギー切れで君達の惑星へ不時着し、SOSを発信したのだ。それで我々がやって来た」
「あの超でかい宇宙船で? 随分大掛かりなのね」
「ここまでやって来るには、あのクラスの宇宙船が必要なのだ。莫大な燃料と複雑で巨大なエンジン・・・莫大なコストと莫大な手間をかけているのだ。しかし、クルゾウ君の発明したワープエンジンは、宇宙文明を一変させる力を持っている。これだけの手間暇かけて迎えに来る価値があるのだよ」
にゃるほどねえ・・・。
あたしは深く感心した。
でも・・・。
「そんな重要人物にピストル向けたりしていいの?」
「ああ・・・こんなものは」
彼は引き金を引いた。
あたしは気を失いそうになった。
・・・が、パチンと音がしただけで、クルゾウはけろっとしてる。
「おもちゃだよ」
「は・・・ははは、び、びっくりしたあ・・・」
あたしはへなへなと崩れ落ちた。
まんまと騙されたけど・・・、本物の銃を突きつけられてたわけじゃないんだ・・・。心からホッとした。
なんだ。思ったほど悪い宇宙人じゃなさそうだわ・・・。
「あ。ちなみに、周りの”外宇宙防衛隊”の諸君が構えてる銃は本物だよ。撃たれたら死ぬからそのつもりで」
あたしはぴょこんと立ち上がった。
「まっ、待って! この人たちは宇宙人じゃないの?」
「彼らは人間だよ。我々からの通達を受けて、クルゾウ君を捜索するために急遽設立してもらった隊員達だ」
恐ろしきは人間ってことか。
人間って、ほんと悪だわ。冷や汗がでる。
黒服男は咳払いした。
「さて。そろそろ宇宙船の場所を教えてもらおうか」
「上に浮かんでるじゃん」
「我々のじゃない。クルゾウ君の宇宙船だ」
「いや・・・だから、あたし”知らない”んですけど?」
「隠すとためにならないよ」
兵士達の銃口が、一斉に近づいて来た。
皆、目が異様に血走っている。
超、怖い。
防衛隊の隊長らしき男が怒鳴りつけた。
「我々は君を射殺したりはしない! ただ脅かしてるだけだ」
「はあ、それはどうも・・・」
何の気休めにもならない言葉が投げられてげんなりした。
「だが、拷問する許可は得ている」
「はい?」
「宇宙人諸君は、クルゾウ君と宇宙船を引き渡せば、宇宙文明のテクノロジーを地球に伝授しても良い・・・と言っている。我々の文明が大きく飛躍するチャンスなのだ。世界主要国の間で、すでに国際協定が結ばれてるようだ。君・・・これは地球規模の一大事なのだよ」
「はあ、そうっすか・・・」
女子高生一人の命など風前の灯火だと言わんばかりだが・・・。
しかし困った。そうは言われても、宇宙船なんて本当に知らないのだ。
・・・・・・ん?。
んんっ?・・・。
いや、待てよ・・・。
あたしは、クルゾウを見つけた時の風景を思いうかべた。
クルゾウが空き地でトラキチにかじられてて、あたしは石を投げて追い払って、クルゾウを助け上げて、そして・・・。
「あーーーっ!!思い出したっ!!思い出しましたよっ!!」
周囲の男達がどよめいた。
「宇宙船の場所をか? どこだ! どこにある?」
あたしは、左足のソックスから、ぬいぐるみのUFOを取り外し、上に掲げた。
「これです!このUFOです!」
兵士たちが一斉に銃口を向けて来た。
殺意が渦巻くのがわかった。
「・・・何の冗談だそれは」
ああいかん。あたしは慌てた。
「待って! これを見て!」
あたしは、ぬいぐるみの横にあるジッパーを開いた。
ジッパーを開くと、ワタに包まれて、ごちゃごちゃ機械が詰まっている。
隊長が飛んで来て、手に持った黒いアタッシュケースを開くと、見慣れない装置を黒服男に渡した。
黒服男は、装置から伸びた針金みたいなのをぬいぐるみに近づけた。
「仮想配線確立・・・、部品構成適切・・・量子パターン適切に連動・・・。おお、仮想ワープが確立している! 。これは本物だ!!」
「いやあ・・・、あたし変なものが落ちてると拾っちゃうクセがあるんだよね。UFOのぬいぐるみ作るときに、クルゾウのそばに落ちてたそれを入れておけば、なんか本物っぽいかなあって・・・あはは」
「まさかこんなものに入れておくとは・・全く!」
兵士達が、一斉に銃口を下げた。
隊長が言った。
「やれやれだな・・・。ま、おめでとうと言わせてもらおう。エッカくん。君は地球を救ったヒーローってとこだぞ」
「はあ、そりゃどうも・・・」
あたしは気の抜けた返事をした。なんか、どっと疲れた。
「ともあれ、我々の望みは果たした。えらく回り道をしたが・・・君は偶然にも、クルゾウ君と彼の宇宙船を保護し、厳重に保管してくれていた事になる」
「ソックスに留めてただけですけどね・・・」
隊長がそばにやって来て、肩を叩いて言った。
「任務とはいえ、銃を向けて申し訳なかった。何かのぞみがあれば、今のうちに言っておくといい。我々から上へ伝えておこう」
「なんでも良いんですか?」
「なんでも言ってくれ」
あたしはにっこりと微笑んで言った。
「それなら、クルゾウをください」
巨大宇宙船が地球を去り、
トンコとの平凡な日々が戻り、
そして1年が過ぎた。
クルゾウは今でも、あたしの右足ソックスに止まってる。
夜中と授業中は”黙る”ことを覚えたので、もう口に絆創膏は貼る必要はなかった。
左足ソックスに、もう、UFOは留まってない。
代わりに、クルゾウそっくりの宇宙人が留まっている・・・。
あの後、彼らはリーズナブルなワープ航法を完成させたらしい。
一人の宇宙人が、小さなUFOで、我が家の玄関前にワープして来たのだ。
クルゾウのママだった。
それ以来、ママが私の左足ソックスに留まっているのだ。
母親のいない我が家に、ちょっと変わったママが来て、ちょっとだけ賑やかな生活が訪れた。
相変わらず、あたし達の学校では、ソックスへのアクセを禁じていない。
そして、真似する子は、まだ、いない。
~終わり~