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後編

朝起きると、膝が痛い。昨日、ジルベスターに飛ばされ、転んだ膝は傷こそたいした事はなかったのだが、打ち身になっていたらしい。一晩経って、両膝が青くなっていた。手のひらや、肘にもうっすらと打ち身がある。窓の向こうを意味なく睨んだ。


「何っ!?修道院だとっ!?」父様の声が裏返った。「姉さん考え直して!」「嫌よっ!ねぇね、絶対嫌っ!」弟妹が席を立ち上がって抗議してくる。「…。二人とも、落ち着きなさい。」母様は、今朝のメニュー、サラダとベーコンとポーチドエッグをキレイに食べてから、二人を諌めた。「ネリネ、理由を言いなさい。」母様が紅茶を飲みながら話を促す。「わたくし、昨日のジルベスターの姿に恐怖を抱きました。廃嫡の身とはいえ、ここで暮らしていれば勘違いをしたバカ者がわたくしに婚姻を求めてくるやもしれません。それは、後々、弟妹に迷惑をかける火種になりかねないと考えたのです。」「ふむ…。」「僕は姉さんが嫡子に戻ったらいいと思っているよ?」「わたくしもっ!」「黙らっしゃい!」母様が一括すると、弟妹達は縮み上がった。「そう簡単に跡継ぎは変えれませんよ。」ニコリと笑うと弟が項垂れた。わかっていて、幼子の様な無理を言ったのだ。「わたくし、メイドとしての才能がありましたの。だから、どこででも生きていけるのです。」その上で「修道院なら、男性の気紛れに振り回されるような事はありませんでしょう?」


「あなた。」「なんだ。」子供達が退室した後の広間。メイドも執事もそれぞれの仕事をしに離れている。ここには、ローマン夫妻のみ。「どうするおつもりです?」母様は冷えた紅茶を飲んだ。唇が渇くのを防ぐ為だ。「わたくし、慌てなくても。と、あの時伝えましたわ。」「…。ああ。」「産まれてすぐ、婚約を結ぶと言い出した時も。」「…。」「娘が可愛くない訳でないと、重々承知しています。けれど、あなた方二人で何もかも決めて、結果、娘が修道院へ行く?」ハッと、鼻で嗤う。「おふざけも大概になさいませ。」母様はそういい残し、席を立った。父は、王や殿下の前でも飄々としているが為、「心臓に毛が生えている」等と揶揄された事を思い出した。「全く、母娘(おやこ)揃って。」父様の額から汗がつつっと一筋、流れた。


母様と二人で、庭のヘーゼルの木の下で話をした。「あなたの素直な気持ちを、母様に聞かせてくれない?」26歳の娘を、まるで幼い時の様に、優しく寄り添って頭を撫でてくれる。「あなたは充分、姉として責任ある仕事をやってのけたの。本来なら、わたくしの仕事でしたのに。あなたに押し付けてしまった。」「いいえっ!母様。わたくしが願い出た事です。むしろ、母様からとりあげてしまった…!」母は、優しく慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。「…。わたくし、少し寂しく感じたんです。」あの日。紅茶を飲んだ時、カップの(ふち)から覗き見る様に彼の様子を伺った。悔しげに、悲しげに、名残惜しそうにしていたならば…。「けれど、彼は何も無かったのです。」まるで他人事で下手したら、早く終わればよい、と考えているのではないか。そう、疑いたくなるような程に無表情だった。「だから、昨夜、あの方に“私のネリネ”と言われて、腹が立ちました。」気が狂う寸前まで恋い焦がれ、いてもたってもいられずに逢いに来たのに。「メイド服を着るわたくしに、気づきもしない。」力任せに引かれたドア。そのドアノブを中から掴んでいたネリネは、ジルベスターの身体が館内に入るのと入れ替わりに外へ飛ばされた。彼は何を見ていたのか。「だから、わたくし、ジルベスターを許しません。」にっこりと、最上級の笑顔を母に向けた。


第二王子が治めて数年。少しずつ、地方の生活も豊かになりつつあり、魔獣も度々数を溢れさせたが、人の生活を脅かす事もなく、近隣諸国とも上手く交流を持って物流のやり取りなどおこなっていた。「なあ、聞いたか?」町の酒場で、いつも呑んでいる仲間にさっき仕入れた情報を伝える。「まーた、“氷心の若獅子”が、新たな魔窟(ダンジョン)を見つけたって。」「おお、なら新しい素材が見つかりゃ一大(いちだい)産業になるな。」「俺達も仕事が途切れずあって、ありがてぇ話だぜ。」「そういやぁ、今度、町に官僚が視察にくるとよ。」「官僚がぁ?なんだってお偉い官僚様がくるんでぇ。」「なんでも、金にこまけぇ官僚でよ。無駄遣いをしてねぇか調べにくるんだとよ。」「はああ、男が少しの金でとやかく言うんじゃねえよな。」アハハと笑い声がつかの間上がったが、「あんた達、バカだねぇ。」酒を運ぶお姉さんが、男達を嘲笑う。「なっ、なんだとっ!」「浮いた金で、道を整備したり学校や病院を作って下さってるのさ。知らないのかい?」「「「…。」」」言い返せない男達を鼻で笑ってお姉さんはキッチンへ戻る。「ちょっと忘れてただけだぜ。」「まぁ、うっかりだよな。」「うちの娘、診てもらった事あるしよ。」「俺も、せがれが字を習いにいってらぁ。」一気に静かになった酒場の前を、どこにでも使われている普通の馬車が通った。「次はどの街に行こうかしら。」「母様、そろそろ同盟国に向かいませんと。妹の結婚式に母と姉が欠席しては、死ぬまで恨まれますわ。」「あら、じゃあ道中もしっかり楽しまなきゃね。」「楽しいと時間が過ぎるのはあっと言う間なのですわ。」母娘(おやこ)はウフフと笑い合った。


「お前、奥方に逃げられたのか?」数日ぶりに訪れたアルフレッドは、いつもいるはずの友セドリックの、奥さんの姿をここ2回程訪れたどちらにも見あたらずにいた事を勘繰り、思い余って聞いた。「まさか。」「だよなぁ。なんだ、お茶会か?」アルフレッドは、執事が入れてくれたお茶を飲みながら尋ねた。自分の好みを分かってくれている。さすが、グレッグ。と心の中で称賛する。「ふふふっ。」セドリックは、思い出し笑いをした。「ん?なんだ?何が面白いんだ?

」「いや、何も。」「しかし、末娘の結婚式が来月だったか。早いもんだなあ。」「ああ。」「皆で行くんだろ?」「まあな。」アルフレッドはそわそわしながら、「なあ、セドリック、ネリネは」「さて、どこに行ったか検討もつかん。」「しかし、結婚式には来るのだろう?」父、セドリックはその言葉に、厳しい顔を作って「招待されていない者が越境など出来ないぞ。」と、牽制する。「ましてや立場ある者が、そんな無作法を仕出かせばどうなるか分からない訳であるまい。」「いや、いやいや、分かっておる。分かっておるとも。」アルフレッドは慌てて否定した。「しかし、あやつは益々手がつけられなくなってきておるのだ。」「別に、他人に迷惑はかけておらんだろ。それどころか国益となる成果ばかりじゃないか。」「…。意地の悪い。」はぁっとため息をつくアルフレッドを尻目にセドリックは我、関せずと茶を飲む。「使うべき時に使うのさ。金も時間も。」彼女達は、今、贅沢な時間をすごしているに違いない。


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