中編
誤字報告、ありがとうございます!お礼をお伝えするところが解らなかったので、ここに書かせて頂きます。読んでくれてありがとう!
暖かい部屋に温かい料理、久しぶりの家族での食事。「ねぇね、とっても美味しいわ。」「ネリネが作ったなんて、信じられないな。」「わたくしが育てた野菜が使われているのよ。」「姉さん、まだおかわりある?」幸せな食卓。「まだ沢山作ってありますからね。」弟から皿を受け取り、鍋からポタージュをよそう。「お嬢様、私がしますから。」「いいのよ、わたくしがしたいの。」「しかしですね…。」メイドがおろおろしている理由は、客間にアルフレッド、ジルベスター親子を放置しているからだ。お茶も出していない。
あの後、何も言わずに広間に戻り、母様と弟妹を呼び食事を促した。父様は、しばらく話していたようだが、彼らに客間にて待つように執事に告げると席についた。そして、今。「さて…。ネリネ、お前が食事を取る間、私が話を聞いてみるよ。」食べ終えた父様は、メイドにお茶を頼むと客間へ向かう。「あなたも席に着いて、お食べなさい。」食事を終えた母様が私からお玉をとりあげ、椅子に座らせる。メイドのお仕着せを転んだ拍子に汚してしまった為、Aラインのワンピースを着ている。これなら、弟妹と同じ食卓に着いても違和感はない。「ねぇねは頑固なんだから。私達、誰もねぇねをメイドだなんて思ってないのよ?」「そうだよ。亡命の為とはいえ、今は違うんだから僕らの姉さんはメイドの仕事をしないでいいんだよ。」弟妹はキレイに食べきった皿をメイドのワゴンに乗せ、代わりに配膳されたデザートのアイスを嬉しそうに口に運ぶ。「それにしても、なんだって今頃…。」母様が食後のお茶を飲みながら呟く。「あれから、付き合いはなかったのですか?」パンをちぎりながら聞く。「お父様同士は登城した際に話をしていたそうだけど、ジルベスターとは会ってないんじゃないかしら。」だったら尚更、判らない。10年の間に何があったのか。
客間では、薄ら寒い空気が流れていた。父様は、メイドが運んできた紅茶を一口飲み、「とりあえず、飲んで一息ついてくれ。」と勧めた。「…。ああ、すまない。」何度目かの謝罪を口にするアルフレッド。ジルベスターは、じっと一点を見つめたまま、微動だにせず座っている。「…。」「コホン、さて、ジルベスター。」「!」父様に呼ばれ、ジルベスターはバネのように身体を動かし父様の顔を見た。「なぜ、今頃になって我が娘、ネリネの事を聞く?しかも、『私のネリネ』などと。」「わかっています。わかっているんです。自分勝手だと!」ジルベスターは顔を両手で覆うと、オイオイ泣き出した。「!?」あまりの事に戸惑いを隠せずいると、「セドリック、私から説明させてくれ。」アルフレッドが話し始めた。
婚約解消となった後、ジルベスターは通常通り生活していた。父親同士が決めた婚約だったし、ネリネとは友達とか年の近い親戚位の感覚で、“いずれ伴侶となる相手”といった認識がなかった。だから、父から婚約解消の話を相談されても「あぁ、良いですよ。」ってな具合で快諾したのだ。それからしばらく、騎士寮ですごしながら、各地の魔獣討伐に向かい、横領や汚職が露呈していく貴族や聖職者を捕縛したりと忙しくしていたのだが、ある時、遠征中に食事をしていて気づいたのだそう。味がしないと。まぁ携帯食など、旨いものでなし味など解らなくても困らない。と、思っていたらしい。
しばらくして、遠征地から戻ったジルベスターに新たな結婚話が持ち上がった。相手は、やはりこの時世の為か、婚約者だった者が汚職をしていた貴族と縁続きの者で、白紙になった女性だった。乗り気ではなかったが、一度だけとの話で、食事をする事になった。その店は、以前ネリネと行った事のある店だった。食事が運ばれてきた時に、ふいに思い出された。「今は、カレイが旬だから脂がのって美味しいですね。」ネリネが、カレイの身を食べた後にいった言葉だった。しかし、今はその時と季節が違った。その身を口に運ぶと、やはり違う。けれど、相手の令嬢は「美味しいですね。」と食べている。それまでの日常がひっくり返ってしまった瞬間だった。
「その後、再度ネリネに婚約を申し込むと言って聞かなかったんだが、亡命したと聞いてな。」今度は、火が消えた暖炉の様に冷えてしまった。何をしても、冷徹な表情で「一時など、“氷心の若獅子”などと揶揄されたのだ。」アルフレッドは、ポリポリと頭をかく。彼の二つ名が、“炎将の獅子”だからだ。
セドリックは、改めてジルベスターを見る。10年前に会った最後の姿は、騎士とはいえ、奥方に似て細身で父親であるアルフレッドとは真逆のタイプだった。しかし、戦となるとその細身の身体は鋼鉄のバネのようにしなやかに、敵陣を駆け抜けるのだ。特別、美男ではないがその長身と長い四肢はバランス良く、隊服を着ると目を惹いた。婚約解消となった後も、彼ならすぐに新しい婚約が結ばれると思っていた。しかし、今、目の前にいる彼はどうした事か。父、アルフレッドの若かりし頃の姿に重なるゴツゴツとした手にガチガチとした肩。太ももなど二倍に太くなっている。話を聞くと本人は自覚のないまま、じわじわと心に傷を負い、自覚してからはずっと失恋のようなショックを感じ続けているようだ。泣き続けていたジルベスターが顔を挙げた。涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。「拭きなさい。」アルフレッドがハンカチをジルベスターに渡す。28歳の息子にハンカチを渡す57歳の父親。どちらも、一個隊を任される大将だ。セドリックは、なんともいいようがなかった。
「旦那様、よろしいですか?」客間のドアがノックされ、母様が父様に確認する。「ああ、どうぞ。」父様は自らドアを開き母様を招きいれる。「お久しぶりでございます。」アルフレッドに挨拶すると、母様はジルベスターを見る。「なんとまぁ…。」その様に、呆れた声を漏らす。「言ってやるな、本人が一番呆れているのだ。ままならぬ事に。」「本当にすまない。奥方。」何度目の謝罪か。アルフレッドは頭を下げ、ジルベスターの頭を下げさせる。「とりあえず、今夜は遅いですから。お話はまた、日を改めて下さいませ。」母様は毅然と伝えて、部屋を辞した。醸し出す雰囲気は、先ほどのネリネととても酷似していた。




