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第6話 異世界に転生したわたしは人妻でした(4)

 あれこれ考えながら部屋の奥に進んでいくと、書記机の上に新聞が置かれているのに気がついた。


 近づいて覗き込むと、文字は日本語とも英語とも異なる形状をしているのに、不思議と意味を読み取ることができる。


 異世界転生の自動翻訳機能によるものか、アレクシアとして生きてきた経験値によるものかはわからないが、日常生活の「話す」「読む」といった面で困ることはなさそうだ。


(そうだわ、新聞を読めば、この世界の知識が身に着くかも……!)


 少年には休めと言われたが、興奮状態にあるせいか、まだ眠くはない。さっそく机の正面に回り椅子に腰を下ろすと、新聞を机に広げた。


『我が北領が生んだアルテナ王国の英雄、辺境伯ルシウス・レオパルド。王命により妻を娶ることとなり、多くの女性が悲しみに暮れた――』


 どうやらこの記事は、この地の領主であるルシウス様について特集した号のようだ。


(王国ということは、けっこう広い国なのかしら。そして、わたしの旦那様は北の領地を任された辺境伯の地位にあり、英雄と呼ばれる存在で……なんだかスケールが大きいわね!)


 中世ファンタジーの世界観は前世において漫画や小説で嗜んでいたから、抵抗はない。面白そうだと勢いに乗り、文字を追った瞳の輝きは、みるみるうちに陰っていった。


『お相手は毒猫と称されるアレクシア・ブラッドリー侯爵令嬢。その美貌と気まぐれで社交界を騒がせるが、悪評が過ぎるあまり二十二の誕生日を迎えても嫁ぎ先が決まらず。臣下の安寧秩序を重んじる国王陛下が仲立ちをし、レオパルド家嫡男と婚姻を結ぶも、令嬢の愚行はとどまるところを知らず』


(わぁ、わたしって二十二歳なのね……って、なによこれ。全部アレクシアの悪口?)


 新聞は公共性の高いものではなく、いわゆるゴシップ紙の類だと気づいたが、かえって先が気になり目を離すことができない。


 記述によれば、ルシウス様は大災である竜を討伐した功績を称えられ、三カ月後に王都で開かれる建国記念式典において公爵位を賜ることになっているのだと。しかし公爵となるのに独り身では様にならないことから、この縁談が持ち上がったらしいが……。


(離婚は式典が過ぎてからと言っていたのは、これが理由だったのね……)


 だが、この結婚は当初から波乱含みだったようだ。


『婚礼の日、領地に侵入した魔獣を退治するため、英雄ルシウスは式を中座し、騎士団を率いて出陣した。急ぎ任務を終え、返り血のついた鎧姿で式場へ戻った新郎に向けて、新婦のアレクシアがかけた言葉は――


「汚い! わたくしに近寄らないで、この戦闘狂の野蛮人!」


参列者が唖然とする中、新婦は敬うべき新郎にブーケを投げつけ……』


(きゃあぁ! 国を守った英雄に向かって、なんて暴言を吐いてるのよ、わたし!?)


 魔獣討伐というからには相当の危険を伴う大仕事なのだろう。命をかけて使命を果たした夫を誇りこそすれ、あろうことか罵倒しこき下ろすとは開いた口が塞がらない。


 記者は、この結婚は英雄ルシウスに対しあまりに酷い仕打ちであり、早急に縁を切るべきだと意見を述べている。

 続きにはアレクシアが過去に起こしたトラブルの数々も挙げられていたが、口論になった令嬢の髪を切っただの、婚約者のいる男性を誘惑しただの、頭を抱えたくなる愚行ばかり。読み進める気力が失せてしまった。


(こんなにも救いようのない悪女だったなんて……これはもしかしなくても、夫のあの人から完璧に嫌われているでしょうね)


 考えが甘かったと反省する。今後、態度を改め善行を積んでいったとしても、ここまで下がった評価を短期間で回復することは難しいだろう。離婚待ったなしである。


 目安の式典まで三カ月の猶予があるというのだから、それまでに自立できるよう対策したほうが現実的だ。いい子にしておけば、慰謝料も恵んでくれるかもしれない。奥様の身分を諦めるのはちょっぴり残念な気もするが、イケメン夫と幸せな新婚生活なんて、平凡な日本人であったわたしにはしょせん無理な話だったのだ。


(はぁ、なにかどっと疲れが……。もう休もうかな)


 あっさりと白旗を上げたわたしは気持ちを切り替え、初めて訪れた宿の設備をあらためるように、部屋の細部を確認していった。きついドレスを脱いで着替えたいが、パジャマのようなものはないだろうか。


 デラックスでスイートな室内にはストックルームがいくつもあって、冒険心をくすぐられる。扉のひとつを開けると、居間とは様相の異なる小部屋があり、正面の間仕切りの奥から、かぐわしい花の香りと湯気が漂ってくる。


「バスルームがあるわ……!」


 中を覗いて、思わず歓喜の声を上げた。タイル張りの床の上にはゆったりと足を伸ばせる楕円形のバスタブが置かれ、たっぷりとしたお湯が張られている。湯面には赤い花びらが散らされ、耽美な雰囲気だ。


 手前に戻ってよく確認すると、台の上にタオルやバスローブも用意されていた。部屋つきのメイドはいないと言っていたが、最低限の準備はしてくれているらしい。


(ここはわたしの部屋だと言っていたし、勝手に入ってもいいのよね?)


 異世界でも日本と同じ入浴の文化があると知り、ホッとする。湯船のそばの壁には古銅色の蛇口が備えつけられ、使い勝手もよさそうだ。


 遠慮なくお風呂を使わせてもらうことにして、ドレスのボタンに手をかけた。ややこしいコルセットの紐を解くのに苦戦しながら、息苦しくてたまらなかった服と下着をすべて脱ぎ去る。


「すごい……! ボン・キュッ・ボンね!」


 などと自分のプロポーションに感動しながら、軽く体を流し、湯に浸かった。


 足を伸ばし体をほぐすと、波立っていた気分も落ち着いてくる。とにかく早くこの体に慣れて、この世界の常識というものを理解していきたい。誰に迷惑をかけることなく、かけられることもなく、ひとりで生きていけるようになろう――。


 しっかりと温まってから湯船から上がり、体を拭いて肌触りのいいバスローブを身に纏った。メインルームに戻り、ドレッサーの前に陣を取る。せっかくなので、高級そうな化粧水をたっぷりと使わせてもらうのだ。


 そうこうしていると、自然と身も心も貴婦人になった気がしてくる。我ながらなかなかの適応能力、意外となんとかなりそうじゃない?


 念入りに肌のお手入れを済ませたあとは、いよいよ憧れの天蓋つきベッドのお目見えだ。


「さぁ、寝ましょうか! それでは失礼しま~す」


 はしゃぐ子どものように飛び込めば、弾力のあるマットが遊具のように揺れて楽しくなってしまう。穏やかに微笑みながら、ふかふかの布団に身を横たえた、そのとき。


 ――カタッ……。


「……?」


 壁の向こうから、小さな物音が聞こえたような気がした。


お読みくださり大変ありがとうございました!

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続きのほうも何卒よろしくお願いいたします(*ᴗˬᴗ))ペコリ

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