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第46話 わたしの新しい人生(1)

 王城から送りの馬車に乗り込んだわたしたちは、領地への帰還を急いだ。


 座席に腰を着けてホッと息をついたものの、落ち着いたとたんに様々なことが思い出されて、気持ちの乱れが収まらない。


 次第に頭がクラクラしてきて、わたしを気遣ってくれるルシウス様の言葉も聞き逃しがちでおかしいなと思っていたら、どうも体が熱っぽいと気がついた。


「風邪を引いてしまったのかも……。すみません、こんなときに」

「疲労が押し寄せてきたのだろう。目を閉じて、少し眠るといい」


 対面に座っていたルシウス様がすぐさま隣に来て、膝枕の用意をしてくれる。

 厚意に甘えて横たわり、大きな手で頭を撫でられているうちに意識は泥のように沈み込み、なんとそのまま屋敷に着くまで起きることはなかった。


 ふと目を開いたときには自分の部屋にいて、懐かしい天井を眺めて嬉しくなる。

 しかし、なぜだか体が重く、起き上がるどころか腕一本すら動かせない。


 すぐに医者が呼ばれ「極度の心労による機能障害」と診断された。要するにショックで熱を出したというわけだ。


 それからも熱は上がる一方で、意識が朦朧とする状態というのを生まれて初めて味わった。

 ぐったりしたまま目覚めてはまた眠りを繰り返していたが、横を見ればいつもそばにルシウス様の姿があり、ぎゅっと手を握られていたのを覚えている。


 そんなこんなで一時はどうなることかと思ったが、数日間こんこんと眠り続けたあとは嘘のように熱が引いて、呪縛から解かれたみたいに全身が軽くなった。


 倒れた日から数えて七日目になる今日は、もう立ち上がって歩いてもよさそうなのだが、その許可はまだ出ない。

 それでも屋敷の面々が代わるがわる話し相手になってくれるので、退屈はしていなかった。


「なぁなぁアレクシア、もっと撫でて~」

「ちょっと! 次は私の番よ!」


 ベッドの上に上半身を起こしたわたしの両脇には、子豹のサイズに大きさを縮めた魔獣姿のロキ君とヒルダさんが寄り添っている。


 ずっとわたしに撫でられたかったという二匹は病み上がりでもお構いなしで、けれど現状のように小さな形態ならばこちらに負担もないし、可愛いからいつでも大歓迎だ。


「わたしの手は二本あるから大丈夫よ。ほ~ら、こちょこちょ~」

「くふふっ、くふふ!」

「きゃっきゃっ!」


 双方のお腹を同時にくすぐってやると、漆黒と白銀の可愛い子たちは嬉しそうに体をくねらせ、短くて太い手足をバタつかせている。


(いつぞやバルコニーから入ってきて、はじめは猫だと思っていたあの子は、やっぱりロキ君だったのよね)


 少年が豹の姿になれると知ったときから薄々感づいていたとはいえ、無駄に焦らされた気がするのは否めない。

 看病されている間に思い立って尋ねてみたら、悪戯っ子の彼は「そんなこともあったっけ?」とうそぶく始末だ。


「こんなに気軽に変身してくれるのなら、もっと早く教えてほしかったわ」


 寂しさを覚えていた当時に再会できていたら、どれほど心の支えになったことかと文句を言うと、相手は「だってルシウス様の許可が出なかったから」と口を尖らせた。


 主君の命令なら仕方ないとは思うが、なにか理由があったのだろうか。


(ロキくんが小さくなれることは機密事項だったのかもしれないわね。あの頃のわたしはまだ信用されていなかったでしょうから……)


 そんなふうに適当に納得していると、ドアをノックする音が聞こえて関心が移った。「どうぞ」と声をかけるとすぐに扉が開いて、お盆を持ったルシウス様が姿を見せる。


「こら、おまえたち。アレクシアに無理をさせるなとあれほど……」


 見咎められたとたん、二匹はルシウス様が入ってきた扉の隙間から素早く抜け出ていった。

 日々ますます人間じみていくような気がする彼らは、逃げ足がとても速い。


「まったくあいつら……。具合はどうだ?」

「もうすっかり元気です」


 近づいてきたルシウス様はベッドサイドに腰かけて、お盆の上の食器を持ち上げ、手ずから食事の世話をしてくれる。

 ふぅふぅとスープを冷まして口元にスプーンを運ばれるのは、こそばゆくも嬉しい。だが、その過保護ぶりには少々恐れ入るものがある。


 寝込んでいる間は変に気を遣われ、情報を入れてもらえなかったから、王城の事件のその後もわからないままだった。それにわたしのほうから相談しなくてはならないこともあるのに、先延ばしにしている状態だ。


(今日こそは、お話しができるかしら……)


 どこから切り出そうかと悩んでいると、ふいに部屋の外が騒がしくなった。


 足音が近づいてきたと思うと早いノックが三回されて、緊迫したメイドの声がドア越しに響く。


「旦那様、大変です! グレイス大奥様を先頭にご親戚と名乗る方々が突然いらして、奥様に会わせろと……」

「なんだと?」


 険しい顔をしたルシウス様が、扉の向こうを睨んだ。


(グレイス様とご親戚の方々がいらしている……?)


 式典にも出席していたであろう貴族の面々が、閉式後いくらも経たないうちに押しかけてくるなんて、よっぽど大事な話があるのだろう。


「君は顔を見せる必要はない。俺が対応する」

「いいえ。わたしも皆さまにお会いしたいと思います」

「しかし……」

「ルシウス様の妻として、務めを果たさせてください」


 固い決意を胸に、ただちに面会に応じることを決めて、身支度を整えるため急いでベッドから足を下ろした。



 来客が待つ広い部屋に入ると、既視感のある視線が降りかかった。

 はじめからこちらを下に見ているとわかる、嫌な感じの雰囲気だ。


 奥に長いロの字型のテーブルには、年のいった紳士からわたしと年の変わらなそうな青年まで十名弱の顔ぶれが揃っている。

 その中で見知った顔は、ルシウス様の母であるグレイス様だ。居並ぶ男性の中で紅一点、大きな存在感をもって正面奥の上座に腰かけている。


 手短に挨拶を済ませ、すぐ目の前にある空席にルシウス様と並んで腰かけながら、周囲の様子に目を配った。


 ルシウス様いわく、「普段は疎遠で都合のいいときだけ親戚面をする赤の他人のようなもの」だという彼ら。

 王国の各地に根を張る分家筋で、立場は伯爵や子爵などまちまち。こうして出張ってくるのはほとんど母方の血縁者であるらしい。

 ルシウス様の亡き父上は武功により出世した一代貴族であり、婿として家門に迎えられたのだそうだ。


「先達の方々がこのような辺境へ約束もなく押しかけるとは、なにごとでしょうか」


 開口一番、ルシウス様が睨みを利かせて言う。すると奥のほうの席にいる黒髭を蓄えた男が、耳障りな濁声を振りまいた。


「ルシウスよ、その態度はいただけないな。我々は家門の行く末を考え、話し合うべく集まったのだ。おまえはこの度、公爵となった。家門始まって以来の出世であるからには、もはや個人の枠で収まる話ではない」


 黒髭が合図をすると、下座にいた別の男がわたしのところにやってきて、一枚の書類を机の上に置いた。

 初めて目にするものでも内容を想定しやすい形式のそれは――。


「離婚届け……ですか」


 予想どおりの出方であり、驚きはなかった。


 彼らの頭の中は手に取るようにわかる。

 ルシウス様の出世を、まるで自分の手柄のように勘違いした輩たち。

 我が物顔で気を回し、せっかくの栄光を汚す恐れのあるわたしを排除しにきたというわけだ。

お読みくださり大変ありがとうございました!

いよいよ最後の章になります。


もし気に入って下さったら、ブックマークなどをしてくださると、励みになります。

続きのほうも何卒よろしくお願いいたします(*ᴗˬᴗ))ペコリ

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