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第45話 愛する人のために(6)


「きゃああ! 助けて!!」

「逃げろ!」


 貴族たちは悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように走り出す。


 扉に殺到する人々の中に、我先にと他人を押しのける父の姿を捉え、白けた気持ちで見送った。あんな父には、いつか罰が当たるだろう。


「外にも二体おりますから、下手に飛び出すと危険です。陛下は僕のうしろへ。ルシウス、あとは頼むぞ!」


 リアム殿下が王のそばへ駆け寄り、盾を構えて言う。対処を任されたルシウス様は余裕たっぷりに頷くと、突如現れた異様な存在に観察の目を向けた。


「レッドウルフ……獰猛で高い知能を持つ危険な種だ。我が国ではあの個体は絶滅したはずだが……ロキ、ヒルダ、いるか」


『――ここにいるよ。ルシウス様』


 いないはずの者に向けたルシウス様の呼びかけに、なんと返事があった。はたと横を見ると、いつの間にか馴染みの少年と少女がそこに立っている。


 ふたりは悪戯な表情を浮かべると、わたしたちだけに聞こえる小声で報告を行った。


「王太子と護衛たちが出ていったあと、くまなく宮殿を探ったところ、隠し通路を見つけました。その奥には、魔獣を飼育していた檻がありました」


「檻の中では小さくて弱そうに見えたんだけど、外に出したら大きくなってさぁ。いったん逃がしたけど、あれでよかった?」


「よくやった。これくらいの荒療治は必要だろうからな。アレクシアの安全を確保した頃に事を起こすというタイミングも完璧だ」


 満足げなルシウス様はわたしを懐に引き寄せながら、ふたりに新たな命令を下す。


「おまえたちは駐在中の騎士団員と協力し、外にいる魔獣二匹を仕留めてくれ。この場の一匹は、俺が片づける」


『――了解』


 少年たちは異様なオーラを醸し出したと思うと、本来の魔獣の姿に変貌を遂げた。漆黒と白銀の毛並みを持つ二匹の魔豹は、風のように割れた窓から外へ飛び出していく。


 美しい生き物に見惚れていたら、別方向から悲鳴が届いて注意を引き戻された。


「ひ、ひぃぃ……たっ、助けて!」


 見れば、乱入してきた狼魔獣――レッドウルフが特等席のあたりを踏み荒らしながら、今にも近くにいる人間に襲いかかろうとしている。


 狙いをつけられ怯えているのは、公国の使者だ。出口から遠い席にいたため、逃げ遅れてしまったらしい。


(いけない……!)


 とっさに体が動き、足元にあった石の破片を拾い狼魔獣に投げつけていた。


 狂暴な視線をこの身に受けてから無力な自分に気づいたが、こちら側にはルシウス様がいる。彼に任せておけばなんとかなるはずだ。


 標的をこちらに移した狼魔獣は、じりじりと足を踏み出した。


 しかし、なぜか微妙にわたしと魔獣の視線が合わない。別の人間――少し逸れた場所にいる王太子を狙っているようだ。

 狼魔獣は濁音を重ねたような、不快な声を発した。


『見ツケタ……。我ヲ閉ジ込メタ、憎イ人間。引キ裂イテヤル!』


「なんでこっちを見るんだ……来るな! 来るんじゃない!!」


 王太子は剣を構えているが、足はがくがくと震えて、戦える状態ではない。けれども魔獣はお構いなしに、獲物に向かって突進を始めた。


 同時にルシウス様が一足飛びに討伐対象との距離を詰める。いったん鞘に納めていた剣を流れるように抜き、魔獣の爪が王太子に届く前にそれを一太刀で切り伏せた。


 まさに電光石火。無血で叶った収束に、胸を撫で下ろしながら事態を見守る。


「……おまえに罪はないのだが。許せよ」


 剣を振り、魔獣の血を払ったルシウス様は、その剣先を今度は王太子に突きつけた。


「さてこの魔獣、なぜ王太子を狙っていたのか――説明を伺いましょう」


 誰を追求すべきかは、どの目にも明らかだった。



 すぐにロキ君とヒルダさんが外にいる魔獣を捕らえたという報が入り、目の前のことに集中できる環境が整った。


 廃墟と化した議会場に居残っているのは、わたしとルシウス様のほか、協力者であるリアム殿下、国王ならびに公国の使者、それに王太子だけとなっていた。


 重苦しい沈黙の中、震える声で切り出したのは王だ。


「王太子宮から魔獣が出たとはどういうことだ。いったいなにをしようとしていたのだ」


 王太子は視線を逸らし、ぶつぶつと呟いている。


「あれはまだ子どもだとブローカーが……今朝までは変わりなかったのに、なぜ……」


 魔獣は常識では測れない。檻の中で姿を小さく保ち、牙をむく時を待っていたのだ。

 国が受けた多くの被害を耳にしているはずなのに、そんなこともわからないなんて。


「僕から、よろしいでしょうか。此度の事件に関することです」


 王のそばに立つリアム殿下が、報告を申し出た。


「先だって用務で隣国を訪れた際、詳細な生態情報をつけて付加価値を上げた魔獣の子が闇市で取引されているのを発見しました。我が国でしか存在が確認されていない種で、明らかな密貿易です。流出元を探るため、魔獣の生態に詳しいレオパルド家の保有施設を訪ねたところ、出品されていた情報の部分は当該施設から盗まれたものと判明しました」


 その施設とは試験段階ゆえに公にはされておらず、名目は動物愛護を装いながら、実は魔獣の中でも無害であると証明された種の保護と研究を目的としたものだと、ルシウス様が耳打ちしてくれる。


(グレイス様とリアム殿下が館に来られたときに、ルシウス様に相談していたのはその関係のことだったんだわ……)


 リアム殿下はそんなわたしの心を読んだように頷くと、話を続けた。


「施設を調べると、何者かが研究員になりすまし、情報を盗んだ形跡がありました。その者は一足先に行方を眩ませていましたが、聴取できた人相に心当たりがあり、調べを進めましたところ、王太子の影にたどり着き――」


「濡れ衣だ! 私が密貿易に関わっているとでもいうのか!? さてはリアム、貴様、私をはめて王位継承権を奪う気だな!」


 王太子に胸ぐらを掴まれ、身動きの取れなくなったリアム殿下に代わり、ルシウス様が説明を引き継いだ。


「問題はそれだけではありません。王太子は隣国からレッドウルフ――先ほどの魔獣を買い取り、手元で飼い慣らそうとしていたのです。俺の元にいる契約獣が、この城にないはずの魔獣の気配を察知したというのでリアム殿下に警戒を呼びかけておりましたが……まさか管理の不備で逃げ出したところに遭遇するとは」


 そんな偶然はないと思うし、檻を開けた犯人たちもわかっているのだが、余計な口は挟むまい。


「魔獣を他国と売り買いし、飼育しようとしていただと……?」


 王の声が震えていることから、その行為は重罪に値するのだろう。少し考えればわかる。特に魔獣の密輸は生態系や国の治安に大きく影響を及ぼすもので、王族が禁を破ったとなれば、それこそ大問題である。


「し、知りませんよ。なんのことだか……そうだ、ルドルフだ。その女の父親、ブラッドリー侯爵です。すべては金に困っていたあの者が企んだこと。私はそそのかされて……」


「言い訳はもういい。調べればわかることだ。リアム、特務隊を王太子宮に向かわせよ。それから王太子本人と、その影たちも拘束し、取り調べを行え」


 顔を紙のように白くした王がそう命じると、王太子は往生際悪く喚きはじめた。


「息子である私を信じないのですか!? クソッ……父上がそんなだから私が王としてふさわしくないなどとほざく輩が出てくるのです! だから私は力を得ようと……」


 抵抗する王太子を、リアム殿下率いる特務隊が取り囲み、連行していく。

 その様子を険しい顔で見送った王は、直後に肩を落とし放心状態になってしまった。


 王家の事情はわからないが、上に立つ者たちがこれではいけない。きちんと始末をつけ、この国の道が正されることを願うばかりだ。


「あの……」

 これまで気配の薄かった公国の使者に声をかけられて、顔を向ける。するとすっかり疲れた顔をしたその人は、愁傷に頭を下げた。


「先ほどは助けていただきありがとうございました……。私はいちど国に戻ろうと思います。思えば姫の主張にはおかしな点もございましたので……」


 使者は改めて公爵に話をし、イレーヌ姫が口にしたことの真偽を確認してみると約束してくれた。


 わたしとルシウス様は顔を見合わせ、安心を分かちあった。もう城にとどまる理由はない。一刻も早く、温かみのある屋敷に帰りたい。


「行こう、アレクシア」

「はい、ルシウス様」


 差し出された手の平に、自分のそれを重ねる。

 今はただ、なにも考えずに、当面の危機を乗り越えたことを喜びながら。


お読みくださり大変ありがとうございました!

王国を揺るがす事件の顛末でございました。


もし気に入って下さったら、ブックマークなどをしてくださると、励みになります。


続きのほうも何卒よろしくお願いいたします(*ᴗˬᴗ))ペコリ

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