第41話 愛する人のために(2)
思いもしない関心を向けられて、ぶわりと鳥肌が立つ。とっさに身を引こうとしたが、いち早く王太子の腕が伸びてきて、手首を掴まれた。
「や、やめてください!」
考えるよりも先に、強く腕を振り払っていた。
払われた手を宙に浮かせた王太子は呆気にとられたあと、見る間に顔を赤くし、椅子を蹴るようにして立ち上がった。
「この私の誘いを拒絶するとは、無礼な女め……!」
「お、お待ちください! 娘は感情表現がうまくないところがありまして、要は清めてもいない身で高貴なお方に触れられることを恥じらっているのです。なにせ殿下は王国の太陽。雲の上の存在でございますから、本来であれば近づくことも恐れ多く……」
そう言って王太子とわたしの間に割り込んできたのは、父だ。目を見張るわたしの前で、身ぶり手ぶりを交えながら、王太子の気を静めようと躍起になっている。
褒めそやしながらの説得に渋々と拳を下ろした王太子は、ドスンと乱暴な音を立てて椅子に落ち着いた。
「チッ、まぁいい。大事な駒だからな、大目に見てやる。……とにかく明日は、私の話に合わせて頷いておけ。それで事は済む。わかったな?」
「殿下の温情に感謝いたします。……おいアレクシア。さっさと返事をせんか!」
協力などできるわけがないと突っぱねてしまいたかった。しかし疑いを抱かれれば、身動きが取れなくなる。今はおとなしく従うふりをするしかない。
「……公国が要求しているのはわたしの身柄です。あちらは納得するのでしょうか」
「簡単なことだ。我が国で処分したことにして、おまえと背格好の似た死体を用意して送りつけてやればよい。火刑に処したことにすれば判別もできまい」
予想もしない残酷な物言いに、血の気が引いていく。それではわたしは、生きた死人になってしまう。一生、身を隠して過ごせというのか。こんな浅慮な人が将来は王になるなんて――この国の未来は大丈夫なのだろうか。
そこでごくりと唾を飲み下したことが、肯定と取られたのかもしれない。王太子と父は満足げに頷き合うと、わたしを眼中から外に追いやった。
「これでヤツもおしまいですな。王太子殿下、念願叶いました折にはこのルドルフへの見返りも、何卒お忘れなきよう」
「心配するな。約束どおり借金は帳消しにし、港湾の一部の独占使用権を与えてやる。新しい商売もさぞ捗ることだろう。……そうだ、議会のメンバーに根回しをしておくか。行くぞ、ルドルフ」
王太子は思い出したように立ち上がると、意気揚々と部屋を出ていった。
あとに続くと思われた父は、扉の手前でいったん立ち止まると、なぜか踵を返して戻ってくる。もしや父親らしい言葉をくれるのかと思い、おとなしく待った。さっきも庇ってくれたし、実は娘に対する情があるのではと期待したのだ。すると――。
――バシッ……!!
強烈に頬を張られて、一瞬目の前が真っ暗になる。平衡感覚を失い、床に手をついた。
しばらくの間、なにが起きたのかわからなかった。目の前がチカチカして、頬が燃えるように熱い。
「この馬鹿娘が。わしの努力を無駄にする気か! 自分だけ逃れようなどと思うなよ。おまえはこの父の娘であり、共犯なのだ。公国に差し出され拷問のうえ殺されたくなければ、己の成すべきことをやれ。いいな!?」
暴力的な言葉が、ビリビリと鼓膜を震わせる。一方的にまくし立てた父が足音を鳴らして去っていったあと、再び扉は閉ざされ、ひとりになった。
しばらくすると、ショックで鈍くなっていた頬の感覚が戻ってくる。焼けるような痛みとともに、悔しさが沸き上がった。
娘をなんだと思っているのかと、詰ってやりたい気持ちでいっぱいだ。けれどそんなことをしても無意味だということもわかっている。
日本にいるときも、こっちの世界でも、わたしは親に恵まれない。彼らは自分のことしか考えない。「子どもは親が自由に使える便利な道具」としか思っていないのだ。
逃れられない巡り合わせに、自分ではどうにもできない運命の力が働いている気がした。
「どうして……どうしてよ……」
わたしの人生は、ついに行き詰まってしまった。もどかしさに胸を掻きむしり、その場にうずくまる。
公国に連れていかれれば、わたしは殺される。さりとて自分が助かるためにルシウス様を貶めることなんてできるわけがない。
心の中に思い描いていた煌めく未来図が、ひび割れて粉々になり、散っていくのがわかる。指を血だらけにして欠片を掻き集めても、元には戻らない。
(わたしは、この世界でも幸せになれないのね――)
自暴自棄から漏らした自嘲の笑いはやがて慟哭に変わり、喉が枯れるまで泣き続けた。
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