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第40話 愛する人のために(1)

 王城の一室に拘留されたわたしは、ぽつりと置かれた椅子に腰かけ、呆然と宙を見つめていた。


 取り急ぎ放り込まれたその部屋は、埃っぽくて殺風景だ。最小限の家具に水差しとコップが用意されているが、窓は換気用の小さなものしかなく、扉の外には兵士が張りついている。


(はぁ……なぜこんなことになったの……?)


 二度とまみえることはないと思ったイレーヌ姫が、まさかこんな形で仕掛けてくるなんて想像もしていなかった。勝気な性格であることは知っていたが、自国に戻ってからも悔しさを募らせ、復讐心を燃やしていたのだろうか。


 あちらの公爵は、娘の涙ながらの訴えを信じ込んでいるようだ。

 わたしが悪者として仕立て上げられ、公国にひとり連れていかれたならば、まず無事では済まない。おそらくは釈明の余地もなく、姫の思いどおりに処刑台の露と消えることになる――。


 ぞくりと寒気が走り、震える我が身を抱きしめた。


 絶望するには、まだ早いと思いたい。国民の目を気にする王が、ひとまず明日の議会に結論を持ち越してくれたのは幸いだった。


 だがその場に期待を抱けるかというと、そう甘くはない。日本の国会のように貴族のお偉方が討論しながら多数決を採るのだろうが、話し合いが公平になされるかどうかは疑問だ。


『アレクシアならやりかねない』

『不届き者が、とんでもないことをしてくれたな』


 人々の大半は、きっとそんなふうに考えている。迷惑なわたしのことなど、さっさと公国に引き渡して丸く収めようと唱える者も出てくるのではないか。


(ルシウス様……わたしは、どうしたら……)


 一筋の光のような存在を思い浮かべて、ギリギリのところで気持ちを保つ。優しいあの人は、わたしのために心を痛めているに違いない。


 その彼は今、どうしているだろう。いったん城下のタウンハウスに身を引いたか、それとも城内にとどまり、わたしの無実を訴えてくれているのか。


 おのずとルシウス様の助けを期待してしまうものの、無茶はしてほしくない。いくら英雄であっても、一介の騎士と王族の間には権力の差がある。

 王太子の命令に反してまでもわたしを守ろうとする姿勢を見せてくれた彼だが、そのために不敬罪で処罰されるようなことがあったら目も当てられない。どうか彼自身の保身を最優先にしてほしい――そう祈るように考えていると、扉を隔てた向こう側から、ボソボソと話す男の声が聞こえてきた。


「――警備ご苦労。……さるお方が面会を……このことは内密に……」

「はっ、かしこまりました!」


 気配を察し椅子から立ち上がると同時に、ドアノブが回り扉が開いた。誰が来たのかと思えば、今日顔を知ったばかりの我が父、ルドルフである。


「お、お父様……? どうしてここへ……」

「喜べ。おまえのことを心配し、高貴なお方が足を運んでくださったのだぞ」


 薄ら笑いを浮かべた父が道を空け、人を招き入れた。


 ぬっと前に進み出てきたのは、上質そうなローブを纏った男性だ。

 すぐに顔を隠していたフードが取り払われ、金髪と鋭角な目元があらわになる。それは忘れもしない、式典の場に公国の使者を連れてきて、わたしを窮地に陥れたアーサー王太子だった。


「王太子……殿下?」


 私を心配して来たとは、どういうことだろう。ギクシャクと頭を低くしているうちに、王太子は目の前を横切り、ひとつしかない椅子に堂々と腰を下ろす。


「おまえたち、話がしやすいよう、もっと近くに来るがいい」


 そんな命令が降ってきて、うしろから近寄ってきた父に押されるように立ち位置をずらし、三者で向き合った。


 王太子は軽く笑みを浮かべているが、どこか皮肉めいて胡散臭い。父もまた小狡い顔をしているから、まるで悪党の集会に踏み込んだ気がして居たたまれない。


 なにを言われるのだろうと警戒する矢先、ひんやりとした声がかかった。


「ルドルフの娘よ。おまえを最初の刺客としてルシウスに差し向けたはずが、報告はなしのつぶてで、正直失望していたのだ。だが二矢として放ったイレーヌを煽り、このような好機を手繰り寄せるとは、結果的にいい働きをしたな」


 なにやら褒められているようだがピンと来ず、戸惑いが隠せない。けれども数刻前に父と交わした会話がふと浮かび上がり、繋がりが見えてきた。


 父が「あの方」と呼んで恐れ敬っていた相手は、目の前にいる王太子その人。


 たぶん父は、手持ちの鉱山が枯れて納税もままならないという事実を王太子に知られ、それを公にせず助けてもらう代わりに、いいように使われている。

 その結果、ルシウス様を厭う王太子の意をくんだ父の命令で、わたしはレオパルド家に遣わされたのだ。妻となり、夫の命を内側から狙うために――。


「想定したものとは違ったが、天は我に味方しているようだ。それにしてもイレーヌの暴走ぶり、あれは相当腹に据えかねたのだろうな。気位の高いあの女は、結局ルシウスにも相手にされなかったと見える。お笑い草だ」


「すべては殿下の思惑どおりに運ぶでしょう。ところで据え膳を前に女遊びのひとつもできぬとは、本当に面白味のない男ですな、ルシウスは。ガハハ」


(な、なにを言ってるのよ、この人たち……!)


 わたしが背負わされた重い十字架に加えて、ここに至る苦境がすべて彼らによって仕組まれたものだと思うと、はらわたが煮えくり返りそうだ。イレーヌ姫と関わったせいで夫は少なからず振り回され、わたしは理不尽に恨まれて命まで狙われているのだから。


 怒りに震えるわたしを見てなにを勘違いしたのか、父が甘ったるい声をかけてきた。


「わかっている、この好機を引き寄せたのは、おまえが苦労してルシウスを骨抜きにしたおかげだと言いたいのだろう? 殿下、どうか娘にも相応の褒美をお約束ください。突然矢面に立たされて、驚いているはずです」


「ふむ、そうだな。この件がうまく片づいたら、一生安泰に暮らせるだけの金を与えてやるつもりだから、安心するといい」


(……? どういうこと?)


 明日以降の生存が危ぶまれるわたしに褒美と言われても釈然としない。議会で王太子がわたしの無実を証明してくれるとでもいうのだろうか。ありがたいはずの話にも、なぜか嫌な予感を覚える。

 それにさっきから、この状況を好機と呼ぶのはなぜなのだろう。


 その答えはすぐに、絶望の刃となって返ってきた。


「だが本番はこれからだ。明日の議会は傍聴が許されているゆえ、多くの貴族が訪れる。ルドルフの娘よ、おまえには最後の一押しをしてもらう。皆の前で、イレーヌを傷つけた黒幕はルシウスだと証言するのだ。妻を持ちながら、ほかの女を弄んだゲスな男だとな」


(な、なんですって……?)


 やっと彼らの狙いが見えてきて、ハッとした。

 王太子は、ありもしないルシウス様の不貞行為をでっち上げようとしている。そうして非難の矛先を、わたしから彼にそっくり移し替えようとしているのだ。


 愕然とするわたしを見て、王太子の目がすっと細くなる。怪しまれたかと思い、額に汗が浮いたが、そうではなかった。


「……なんだか雰囲気が変わったか? 女は母上のような金髪が一番だが、赤髪もいいな。おまえについてはなぜか良い評判は聞かなかったが、イレーヌよりよっぽどいい女ではないか。どれ、可愛がってやろう。膝の上に座れ」


お読みくださり大変ありがとうございました!

もし気に入って下さったら、ブックマークなどをしてくださると、励みになります。


続きのほうも何卒よろしくお願いいたします(*ᴗˬᴗ))ペコリ

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