第39話 幸運の反作用(5)
そのタイミングで、前面から退いていた王太子が大仰な振りをもって使者に加勢してきた。
「姫は慣れぬ後宮暮らしで体を壊し、弱っていたのだ。よって私は国に帰りたいという姫の願いを聞き入れた。だというのに護衛を任せた騎士の元で足止めを受け、その妻から嫌がらせを受けていたとは……」
その姫を後宮から不要と締め出した張本人のくせに、どの口が言うのか。ルシウス様は、妨害により任務が長引く中、最後まで筋を通そうとしていたというのに……。
気を強く取り戻したわたしは、意を決して口を開いた。
「イレーヌ姫とわたしは、たしかにぶつかることもありましたが、おっしゃるようなことは誓ってしておりません。一方的な言いがかりは……」
すると今度は、使者のほうが目を剥いて咬みついてくる。
「この期に及んで言い逃れをするとは、なんと卑怯な! 皆さま、姫が受けた被害について、もっと具体的な話もございます! 姫の持ち物であるルビーのついた宝飾品……父公爵から贈られ大切にしていたそれを、その者に無理やり奪われたというのです!」
「は……?」
一瞬ぽかんとしたが、どこか心当たりもちらついて――それに思い至ったとたんに、血の気が引いた。
脳裏に浮かぶのは、ある夜、世話になった礼だといって一方的に押しつけられたアンクレットのことだ。関わるのが嫌でそのまま片づけてしまったわたしも悪いが、まさかあんな些細な出来事に、罠が仕掛けられていたなんて。
「――あれは、イレーヌ姫が謝礼だと言って勝手に……」
つい感情的になり、失言に気づいたときにはもう遅い。
「ほら、認めましたぞ! なんて浅ましい女でしょう。絡まれた我が姫が気の毒でなりません……」
目元を拭い、人々の同情を集める使者とは正反対に、周囲のわたしを見る温度が下がっていくのがわかる。
そこで弾けるような笑い声を上げたのは、王太子だ。
「証拠まであるのなら、冤罪を疑うまでもない。公国の要求どおり、その女を引き渡すことを検討いたしましょう。捕まえろ!」
そのひと声で、彼の後方に控えていた私兵の面々が動き出した。『王太子の影』と呼ばれる黒き鎧に身を包んだ者たちが、無慈悲な死神のように押し迫ってくる。
(嫌よ、怖い……来ないで!)
恐怖におののき、よろよろと後ずさる。
そんなわたしと彼らの間に、広い背中が立ちふさがった。
「止まれ! 王太子殿下の私兵といえど、妻に危害を加えたら容赦はしない」
言い放ったルシウス様の手が腰の剣に添えられるのを見て、相手もたちまち身構える。
ただならぬ雰囲気の中、王太子は余裕の態度でニヤリと笑った。
「ルシウスよ。王族に逆らうつもりか? 剣を抜いたら、反逆罪で死刑だ」
それでもルシウス様は剣の柄から手を放さず、王太子ほか影の者たちと睨み合いを続けている。一触即発の危機に、無力なわたしは息もできずに見守ることしかできない。
唯一、その場を収めることのできる権力を持つ声が、ようやく間に入った。
「ええい静まれ! 冷静にならぬか!」
王の一喝をもって双方が力を抜き、殺気立った空気がわずかに緩んだ。
おかげで最悪の事態は回避されたが、逆境には変わりない。このままでは悪者に祭り上げられるばかりだ。ここは仕切り直し、当事者と関係者のみで話し合えないだろうか。
ルシウス様も同じように考えたのか、体の向きを変え、王に申し入れた。
「国王陛下。公国の使者が言うように姫の不興を買っていたとしても、このルシウスがあちらに赴き、謝罪をすれば済むことと存じます。公国との取り次ぎを願います」
「うむ……そうだな……」
王の決断を待たずして、公国の使者がやかましい鳥のように騒ぎ立ててくる。
「その必要はございません! 調べは公国で行えば済むことで……!」
するとルシウス様は、使者をギラリと睨みつけ、言った。
「――黙れ。その方、命が惜しくば今すぐに公国に戻り、事実確認を取るよう公爵に伝えよ。それからイレーヌ姫にもだ。我が妻に危害がおよぶ前であれば、空言を責めはしない。だがもし嘘を突き通すようなら、このルシウスが地の果てまでも追い詰め、報いを受けさせてやるとな」
猛虎のごとき気迫に圧倒されて、ついに使者も口をつぐんだ。しかし、
「やめよ、ルシウス。おまえ個人の話ではないのだぞ」
見かねた王がそうルシウス様をたしなめて、ひとつの折衷案を出す。
「使者よ。訴えが事実であれば、余も怒りを禁じ得ない。だが議論を尽くさずに国民を切り捨てれば、民意は離れる。君主の道理は公爵も理解していよう。よってひとまず訴えの内容を明日の議会にかけることにしたいが、どうだろうか。もちろん、余の名にかけて厳正に対処すると約束しよう」
「か、かしこまりました……それでは、結果を見届けたいと存じます」
使者は王の提案を受け入れることにしたようだ。
これで、問答無用で公国に連れていかれることはなくなった。救われた思いで王の顔色をうかがったら、思いのほか冷たい灰色の目が、じろりと睨んできた。
「夫人は審議が済むまで、城に拘束するものとする。連れていけ」
「え、そんな……きゃあっ!」
後ろから肩を引かれて、思わず悲鳴を上げる。振り返ると、赤い隊服を着た王国兵士が目の前に迫るようにして立っていた。
そのまま肩と腕をがっしりと掴まれたわたしは、抵抗もできずに城の奥へと引きずられていく。
「アレクシア!」
血相を変えたルシウス様がこちらに駆けつけようとしたが、集まってきたほかの兵士たちが壁となり、道を阻まれてしまう。
「ルシウス様……!」
がんじがらめの状況を抜け出せず、ルシウス様と引き離された。
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