第38話 幸運の反作用(4)
「それでは国のため顕著な功績を残した者をここに讃えよう。英雄ルシウスよ、前へ」
名前を呼ばれたルシウス様は、落ち着いた様子で席を立った。マントをひらめかせた彼は中央に進み出ていき、体を折り曲げて片膝を床に着ける。
同時に王が壇上から下りてきて、ルシウス様の前に立った。
「北領の守護を任せし辺境伯ルシウス・レオパルド。そなたは先の魔獣掃討戦において、騎士団を率いて黒竜を討伐し、この国の平和に大きく貢献した。よって褒美として褒賞金を与え、新たに公爵位を授ける」
王がその手の錫を掲げて、ルシウス様の肩にとんと置く。ルシウス様は頭を垂れたまま、重々しく答えた。
「謹んでお受けいたします」
会場から盛大な拍手が沸き上がる。わたしも痛いくらいに手を叩いて、祝いの気持ちを送った。
「面を上げ、勲章を受け取るがよい」
王の指示に合わせ、勲章を盆に乗せた補佐役が進み出てくる。その場に立ち上がったルシウス様は、王にひとつ願い出た。
「陛下。今日は陛下が引き合わせてくださった妻を連れてきております。お許しいただけるのなら、この勲章、妻につけてもらいたいと思うのですが」
(えっ!? そんな話、聞いてないけれど……)
唐突に注目を浴びせられ、思わず息をのんだ。
戸惑いながらルシウス様に目をやると、案ずることはないといった目配せが返ってくる。どうやら、彼の急な思いつきに合わせてほしいということらしい。
その意図は、少し考えればなんなく汲み取れた。
この場にいる人々は、わたしたち夫婦は不仲で、上辺だけの夫婦と思い込んでいる。今後はおかしな憶測を呼ばぬよう、仲良しアピールをして知らしめておこうというのだろう。
「ほう、夫婦同伴で出席を言いつけておきながら、そこまでは気が回らなんだ。許そう。英雄の妻たる者よ、前に来なさい」
王の言葉に従い、わたしは腰を上げた。とにかく心を落ちつけようと努める。
これは光栄なことであり、拒む必要はない。余計なことは考えずに、夫の栄誉に花を添えると思えばいいのだ。
いちど深呼吸をして、何歩か足を前に踏み出した。すると、
「お待ちください、父上!」
甲高い男性の声が響いて、黒づくめの兵士を引き連れた異色の集団が、大扉から踏み込んでくる。先頭にいるのは、高貴な礼装に赤いマントを身に着けた金髪碧眼の青年だ。
彼らは上座の手前まで突き進んでくると、そこに警戒して立つルシウス様から少し距離を保った場所で立ち止まった。
「王太子ではないか。式に遅れてきたと思えば、私兵まで連れてくるとは、いったいなにごとだ?」
王が眉をひそめて、小言を漏らす。乱入してきたのが王太子と聞いて、会場の警備に立つ王国兵士らが対応できずにいるわけを理解した。
(あの人が、ルシウス様をライバル視しているという王太子ね……)
事前に学んだ知識を掘り返しながら、話題の人物を見定めようと目をやった。
名はアーサー・ディ・アルテナ。王と王妃との間に生まれた第一王子で、少し前に我が北領の屋敷を訪れたリアム第二王子の腹違いの兄だ。
王太子の顔立ちは母親の王妃に似ているが、鋭い目つきと曲げた口元が性格を表しているようで印象はよくない。その薄い唇が開き、どこか棘のある声が飛び出した。
「祝いの場に水を差し、申し訳ありません。先ほどシャドナ公国の使者が到着し、謁見を申し出てきたため、私が対応しておりました。この使者は公国君主である公爵からの書信を預かっており、内容を確認したところ緊急と判断したので連れて参った次第です。さぁ使者よ、直接説明するがいい」
王太子に促され、異国の装束を着た男が前に進み出る。その者は手持ちの巻物を広げ、はっきりとした口調で申し立てた。
「恐れながらシャドナ公からの訴状を読み上げさせていただきます。
――『先だって後宮の勤めを辞した公女イレーヌは、護衛を担いし辺境伯の屋敷に身を寄せた折、その妻アレクシアより執拗な嫌がらせを受け、心身に深い傷を負った。両国の和親のために遣わした愛娘に対するむごい仕打ちは断じて容認できず、強く抗議する』
との由。我が君主はたいへん立腹しており、納得のいく対応がなければ戦争も辞さないとお考えです!」
(な、なんですって……?)
場は騒然とし、不穏な気配が膨れ上がる。唐突に個人名を出されたわたしは、虚をつかれて立ち尽くすしかない。
目ざとくこちらの姿を捉えた使者は、大胆にも指を差し向け、非難の意を表した。
「毒々しい赤毛をした娘……あの者が諸悪の根源! 公女を傷つけた大罪人です!」
「おのれ……妻になにを言う!」
「――静粛にせよ!」
憤慨したルシウス様の怒声と王の号令が重なって響く。
勅命により混乱の渦に巻き込まれかけた会場内にも、押し殺したような静寂が流れた。
「ううむ……由々しき事態であるな」
思いもよらない爆弾を抱えることになった王は、低く唸っている。公国とは同盟を結んでいるはずなのに、戦争までほのめかされては穏やかではない。
もはや式典どころではなくなっていたが、会場を去ろうとする者は誰もいなかった。むしろ貴族らは好奇心を隠さずに、目と耳を大きくして見守っている。
王は落としどころを探ろうと、使者に対話を持ちかけた。
「訴えの内容は大方理解したが……公爵は具体的になにを望んでいるのだ?」
「簡単なことにございます。その不敬者を当方へお引き渡しください。自国にてしかるべき刑にかけ、処罰いたします」
(そんな……処罰って……わたし、どうなってしまうの?)
身を強張らせたわたしの代わりに、側方面から再び鋭い声が飛ぶ。
「承知しかねる! そちらの訴えは事実無根。姫がなにを思ってそんな嘘を言ったか知らないが、身内の言葉をうのみにするとは、賢君と呼ばれた公爵の目も曇ったか!」
ルシウス様の猛抗議を受けた公国の使者は一瞬面食らった様子を見せたが、負けじと説教めいた口調で返した。
「あなた様はルシウス・レオパルド辺境伯閣下でございますね。閣下は悪妻に騙されていると、姫が申しておりました。ですが事件はあなた様の目の届かぬところで起こっていたのです。我が姫は、嫉妬に狂ったアレクシアから酷く罵られ、侍女を取り上げられ孤立させられたあげく、濡れ衣を着せられ追い出されたと涙ながらに語りました。帰国時の哀れなありさまを見れば、疑う余地もありません」
真実ではないのに嘘だと言いきれない巧みな表現だ。反論せねばと思うのに、切り口が見つからない。
耳を傾けている貴族たちは、隣り合う人と頷きを交わしながら、疑うような目をわたしに向けている。おそらく使者の言葉を信じかけているのだろう。
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