第37話 幸運の反作用(3)
ひとりになったわたしは、ひとまず座り心地のよさそうなソファに腰かけて、時間を潰すことにする。
しばらくゆったりと過ごしていると、急に外が騒がしくなった。なにやら廊下で男性が声を荒らげているようだ。
「わしは父親だぞ。娘に会うのに許可が必要なものか!」
不用意に顔を出すべきではないが、父親という言葉には反応せずにはいられない。
そっと扉を開けて覗いてみると、警備兵に詰め寄っているのは、シルクハットを被った細面の中年貴族だ。白髪の交じった緋色の髪を撫でつけ、同色の口髭を生やしている。
男は目ざとくこちらに気づくと、声色を高くして話しかけてきた。
「おぉ、アレクシアよ! 父が会いに来たぞ。久しぶりだな、元気にしていたか?」
返事をするのも忘れ、相手の顔をじっと眺める。
(この人がわたしの、この世界での父親……)
名はルドルフ・ブラッドリー侯爵。王国でも随一の産出量を誇る鉱山を持つ、有数の貴族のはずだ。
アレクシアとしての記憶はないが、男の髪色や顔立ちが自分と似ているのはわかった。また、落ちくぼんだ目元など、どこか転生前の父と面影が重なって見えるのも不思議だ。
迷いはしたが、このまま廊下で騒がれては周りに迷惑をかけてしまう。父親であれば危険なことはないだろうと思い、中に入れてもらうよう兵士に話を通した。
扉を閉めてふたりきりになったとたん、父がうろんな目を向けてくる。
「ほう。ずいぶんといい待遇を受けているようだ」
「ええ、まぁ……」
話を合わせながら部屋の中心部へと戻り、ソファに腰かけるよう促した。
向き合って座るや否や、父は上半身を前に傾け、声を潜めて言う。
「それで、首尾はうまくいっていると思っていいのだな?」
不穏な流れに嫌な予感を覚えながら、聞き返した。
「ええと……首尾というのは?」
「レオパルド家を乗っ取る話のことだ。あいつを篭絡して寝首を掻く計画だったろう。途中から連絡もせずに、うまくいっていないのかと心配していたが、奴をたらしこむことには成功したようじゃないか。おまえは見た目だけはいいからな。我が娘として誇らしいぞ」
あまりのことに、喉がつかえたように言葉が出なくなった。
この男はなんて恐ろしいことを言い出すのか。寝首を掻くだなんて……ただ身分を釣り合わせるだけの、政略結婚ではなかったのだろうか。
「あの……家同士が仲が悪いのはわかりますが、そこまでしなくても……」
「なんだと?」
「夫とは思ったよりも気が合って、仲良くやれそうなのです。だから」
「ふざけたことを言うんじゃない!」
顔色を変えた父が、バンッとテーブルに拳を打ちつける。外にいる兵士の存在を気にしてやや勢いを抑えつつも、激しく叱責してきた。
「ルシウスが今日、公爵となれば盤石な地位を手にすることになる。おまえが公爵夫人となり、あの家ごと取り込めるなら一石二鳥とも思ったが、もう時間に猶予はない。『あの方』が焦りはじめ、返済を急かされているのだ」
「返済というとお金が必要なのですか? うちは潤沢な鉱山があるはずじゃ……」
「馬鹿者が、鉱石など底をついていることをもう忘れたのか!? 返済とは金じゃない、救済の代償に命じられた使命を果たせということだ! 叶わなければ、我が家の名声は地に落ち破産するだろう。それどころか関わってきた商売の責を、わしひとりで被ることに……とにかく、あいつを殺らなきゃ、わしもお前もおしまいだ。後戻りはできんぞ!」
ばらばらと投げかけられる言葉の欠片が、心臓に刺さるようだった。
事の全貌は見えないが、父がとてつもない泥沼に足を突っ込んでいるのがわかる。そして、なにより気にかかるのは――。
(わたしは、ルシウス様を殺すために送り込まれたってこと……? このことを知られたら、どうなるの……?)
彼は、今のわたしを好きだと言ってくれた。けれど、はじめから結婚相手に命と財産を狙われていたなんて――悪質な結婚詐欺であり、犯罪ではないか。
真実を知ればさすがの彼も傷つくだろうし、怒りも生じるかもしれない。危機感を感じて、わたしへの気持ちも冷めてしまうかも……。
頭の中は真っ白で、吐き気がする。今にも胃袋がひっくり返りそうだ。
ルシウス様と鉢合わせすることを恐れた父が、そそくさと部屋を去っていったことにも気づけないほど、心は千々に乱れていた。
王との謁見を終え、控え室に戻ってきたルシウス様は、様子のおかしいわたしに気づき、なにかあったのかと尋ねてきた。だが、心を決めるには時間が足りていない。
「あの……じ、実は父が」
カラカラに乾いた喉で、せめて父と会ったことだけでも伝えようとしたそのとき、外から案内人の声が被さった。
「お時間です。会場にお進みください」
「ああ、わかった」
ルシウス様が身をひるがえしたので、話をする機会を失ってしまった。
重い足を動かし、部屋を出てあとをついていく。気もそぞろなまま向かった先は、常日頃、盛大なパーティーが開かれているであろう王城のグランドホールだ。
「アレクシア、本当に大丈夫か? 顔色が悪いようだが」
「は、はい……」
ルシウス様に気遣われながら、ふたり並んで入り口の前に立つ。すると大扉がゆっくりと開かれ、中の空気がぶわりと漏れ出した。
『ルシウス・レオパルド辺境伯閣下、およびアレクシア夫人のご入場です!』
知らせの声に合わせて一歩前に出ると、大理石の壁や床に反射するシャンデリアの光が眩しく目を射る。
眇めた視界にまず映ったのは、会場を貫くように敷かれたレッドカーペット。その左右には二百はあろうかという席が設けられ、居揃った貴族たちが我々の入場に興味を示している。
ルシウス様が動く気配を見せたので、エスコートに合わせてゆっくりと歩き出した。
「主役がいらしたわ。正装したお姿も一段と凜々しくて素敵ね」
「隣にいるのは本当にアレクシア夫人か? だいぶ雰囲気が違うような……」
移動の最中、人々の囁きがさざ波のように伝わってくる。ルシウス様への賛辞と同じくらい、わたしに向けられる関心も強いようだ。
自分がどう見られているのか気にかかったが、会場のどこかに父もいると思うと、不用意に見回すのは躊躇われた。まっすぐ前を向いたまま一般席の間を抜けて、右翼側の最前列の席に腰を下ろす。上座の壇が目の前に見える特等席だ。
舞台は壮麗に仕立てられ、正面の壁に吊り下げられた巨大なタペストリーや、中央に用意された王と王妃のための豪華な椅子など、美術館のような光景が目を楽しませてくれる。
それらをじっくり鑑賞する間もなく、式の開始を知らせる鐘が鳴った。
『王様と王妃様のご臨席です』
合図とともに会場にいる全員が起立し、王族専用の出入り口に注目する。カーテンの向こうから姿を見せた金色の冠を戴く男女を、一同は拍手をもって迎えた。
わたしも右にならいながら、壇上を横切って進む高貴なふたりを目で追う。
先を歩くのは灰色の瞳にプラチナブロンドの髪と髭を蓄えた恰幅のいい男性。煌びやかな衣装に身を包み、王錫を携えた姿は、物語に出てくる王様のイメージそのもの。また、王のそばに添う王妃は金色の髪と薄水色の瞳を持ち、文句のつけどころのない美しさだ。
ふたりがそれぞれの座に着いてすぐに、王が厳かな声を響かせた。
「皆の者、楽にするがよい」
会場の拍手が止まり、改めて全員の着席が行われる。続けて開式の辞に移り、王による挨拶がなされた。
「我が国にとって記念すべき日に大勢が集まってくれたこと、礼を言う。式のあとは宴の席を設けているゆえ、存分に楽しんでいってほしい。まずはこの国の発展と未来を祝して――アルテナ王国に栄光を!」
『アルテナ王国に、栄光を!』
かけ声に合わせて皆が複唱し、ホールに割れんばかりの声が轟いた。
迫力のある光景に感動を覚えながら、進んでいく儀式を見届ける。いくつかの式次第が終わり、やがて表彰の儀に入った。
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