第36話 幸運の反作用(2)
――一カ月後。わたしとルシウス様を乗せた馬車は、建国記念日に間に合うよう前もって館を出発し、一路アルテナ王国の首都アルティミリアを目指した。
契約獣のふたりもついてくると言うので、賑やかな旅路を期待したのだが、当初からその姿は見えない。彼らは馬車には乗らずに、魔獣の姿に戻って走ったほうが楽しいというから驚きだ。もちろん人の目につかないよう、妖術という便利な技でもって身を隠しているというのだが。
車窓から外を覗きながら、対面の椅子に座っているルシウス様に問いかけた。
「あの……ロキ君とヒルダさんは、ちゃんと馬車についてきているのですか?」
「いや。どこかに遊びに行ってしまったようだ。式典が終わるころには戻るだろう」
ルシウス様いわく、遊びたい盛りの彼らが外出にはしゃぐのはいつものことで、言いつけておいた周辺警戒の任務を放り出し、自由行動に出たらしい。それでも魔獣の棲息地から離れた王国の内地は比較的安全であり、彼らがいなくとも問題はないと。
なにより目の前にルシウス様がいるのだから、危険があるなどとは考えてもいない。しかしわたしが心細く感じていると思ったのか、まめな気遣いがさっそくに織り込まれた。
「不測の事態があろうと俺が守るから、安心していい。それに、魔獣の活動には活発期と静穏期があり、今は後者に当たる。昨今、魔獣を駆逐するだけでなく、生態を研究することでわかってきたことだ。そのかいあって気持ちや暮らしの余裕に繋がりつつある」
「それは素敵ですね。魔獣が人に害を成すというのも一方的な見方ですから、共生の道を探ることは理にかなっていると思います。ロキ君やヒルダさんの例もありますし……」
「そうだな……。君ならそう言ってくれると思っていた」
柔らかくなった声音に引かれてそちらに目を向けると、彼の青い瞳が優しく細められている。
理由は定かではないが彼が喜んでいることがわかり、とても嬉しくなった。またひとつ心を重ねられた気がして、胸の奥が温かくなる。
それからもなにげない会話を楽しみながら、自然豊かでのどかに見える道中を順調に抜けて、式典当日の午後、無事に首都へと入った。
速度を落とした馬車に揺られながら、初めて目にする市街の煌びやかさは格別のひと言。ここに来るまでにいくつかの町を経由してきたが、田舎の空気が濃い地方に比べて、発展の規模が段違いだ。
奥まった丘にそびえる白亜の城は、三角錐の屋根をいくつも天に突き上がらせ、雄大な迫力をもって城下を見下ろしている。麓に広がる街は広大で、貴族街と庶民街に別れており、城に近づくほど大きな財を持つ貴族が土地屋敷を所有しているらしい。
その一角にグレイス様が住むレオパルド家のタウンハウスもあると聞いたが、ルシウス様としては特に立ち寄るつもりはないという。おそらく義母とわたしの不仲に配慮しての判断だと思うと、少しやるせない気持ちになった。
ただ式典にはグレイス様も招かれているはずなので、会場で会うことになるかもしれない。確執が生じていても、きっと息子であるルシウス様の晴れ舞台を楽しみにしていることだろう。もし顔を合わせたなら、きちんと挨拶ができればいいのだが。
馬車は、城に続く大通りを一直線に進んでいく。式典は夕刻からの開催だが、空は茜色に染まりはじめていて、時間の余裕はないようだ。
程なくして城のエントランス前に到着し、門番の敬礼を受けながら馬車を降りた。
広大な城の前庭にはすでに多くの馬車が停まっており、着飾った貴族たちが続々と玄関のアーチをくぐっていくのが見える。
「俺たちも行こう」
「はい、ルシウス様」
彼にエスコートされながら城内へ入ると、すぐに官吏の男性が駆け寄ってきて、ペコペコと頭を下げた。
「北の辺境伯閣下! ようこそおいでくださいました。控えの間にご案内いたします」
案内人のあとに続き、太い柱が立ち並ぶ大廊下を進んでいく。
するとルシウス様はたちまち周囲にいる人々の注目を集めはじめた。パートナーのいる貴婦人はおろか、その連れの男性ですら、魂が抜けたみたいにこちらに見惚れている様子が見てとれる。
(当然よね。今日のルシウス様は、最高に素敵だもの……!)
今回の衣装選びにはわたしも関わっており、その仕上がりには自信があった。
晴れの場ということも念頭に置いて選定したのは、最高級の生地で仕立てた純白の礼服。襟や袖口には金糸の刺繍が施され、輝くばかりの神々しさだ。威厳を添えるマントは深みのある群青色で、うっとりするほど高貴で落ち着いた雰囲気を醸し出している。
首元を飾るタイブローチは、澄んだ緑をたたえた大粒のペリドット。わたしの瞳と同じ色を身に着けたいと言って、彼が自ら選んだものだ。理由を聞いたときには赤面したものの、こうして夫の中にわたしの色が収まっているのを見ると、胸が熱くなるものがあった。
一方、ルシウス様の隣に立つわたしもまた信じられないほどの高級品で身を固めている。
彼から贈られた特別なドレスは、光沢のある白い生地に妖精の羽と呼ばれる貴重なレースをふんだんに使用した一点もの。精巧な刺繍で縁取られた胸元には、夫の瞳の色である青、すなわちブルーダイヤのネックレスが輝いている。耳飾りも同じくだ。
身に余る贅沢に震えもしたが、今のわたしはルシウス様の妻。夫のレベルに見合うよう振る舞わなければならない。この完璧な立ち姿をもって臨む大舞台で、誰よりも素敵なわたしの旦那様が王様から栄誉を授かるのだ。いよいよね、と胸が躍った。
やがて天井の高さが一般的なものとなり、扉がいくつも並ぶ廊下に差しかかる。案内人は部屋のひとつを示して、わたしたちを中に通した。
「奥方様はこちらでお待ちください。恐れ入りますが、閣下におかれては、事前に王様への顔見せをお願いいたします」
開会まで一緒にいられるのかと思ったら、ここで待つのはわたしだけのようだ。
「城に不慣れな妻を、ひとりで残していくわけには……」
ルシウス様は躊躇いを見せたが、王の呼び出しとあれば応じないわけにもいくまい。
心細さは見せずに、明るく声をかけた。
「わたしのことなら、気にしないでください」
「だが、ここに来る途中にも、君は男たちの目線を惹きつけていた。近づいてくるふらちな輩がいるかもしれない」
あれはルシウス様に向けられたものなのにとおかしく思いながら、笑って答えた。
「少しの間ですし、大丈夫ですよ。ここを離れずに待っていますから」
そっと寄り添えば、彼もわたしを安心させるように肩を抱いてくれる。
それから廊下にいる警備兵に念入りな警護を命じ、案内人と一緒に部屋を出ていった。
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