第32話 変わる景色(3)
お供はつけずにふたりきりでというグレイス様の希望に従い、世話役の少年少女とメイドたちを下がらせた。
美しく剪定された植え込みの間を、義母のあとについて歩いていく。
グレイス様は顔が整っているぶん、表情が乗っていないと不機嫌なように見える。
けれど散歩に誘われたことだし、ひょっとしたら向こうも関係の改善を望んでくれているのかもしれない。
話が通じるようなら、今のわたしが以前のアレクシアとは人格が異なることを打ち明けてみてもいいのかも──
そんなことを考えているうちに、緑の小道の先に休憩できそうな場所が見えてきた。
気を利かせたつもりで、先を行く貴人に声をかける。
「お義母様。よかったらあそこのベンチに……」
するとグレイス様はこちらを振り向き、目の前に詰め寄ってきたと思うと、ドンとわたしの胸を突いた。
「うっ」
目を白黒させながら二、三歩よろめいて踏みとどまる。相手の顔を見ると、そこには強い嫌悪の表情が浮かんでいた。
「――お義母様ですって? 冗談じゃないわ、気色の悪い」
ひゅっと息が詰まり、全身が凍りついたように冷えていく。
「おまえのせいで、あの子の輝かしい評判は傷つけられてばかり。今回も、王太子によってはめられるところだった。もしかして、それが狙いだったのかしら!?」
「ち、違います。わたしは……」
「そもそも、あの婚礼式で我が家がどれほど辛酸をなめたことか。それを平然と妻の顔をして、息子を尻に敷いているなんて……。おまえがうちの嫁だなんて絶対に認めない。あの子だってわたくしと同じ気持ちで、苦境に耐えているのだと思っていたのに――」
気の収まらない様子のグレイス様は、わたしのドレスの胸倉を掴んで激しく揺さぶった。
「あなた、うちの息子になにをしたの? なにかおぞましい真似をして、あの子の心をおかしくしたんでしょう!? 答えなさい、この毒猫!!」
爆発した怒りの前に、言い訳などできようはずがない。謝罪の言葉も口にできないまま翻弄されて、最後には突き放され、地面に尻もちをついた。
「はぁ、はぁ……息子と別れなさい。そして一刻も早くこの屋敷から出ていって!」
雷のような言葉を叩きつけたグレイス様は、うなだれたわたしを残して足早に去っていった。
心臓が傷を持ったようにドクドクと痛んでいる。誰かが探しに来る前に自分も館に戻らなければと思いながらも、手足に力が入らない。
(グレイス様……申し訳ありません……)
わたしとルシウス様は時がくれば離婚するのだと告げて、グレイス様を安心させることもできたはずなのに、そうはできなかった。
口にすれば今度こそ、見たくない事実から目を逸らせなくなってしまうから。
この期に及んでもなお、ルシウス様の優しさにすがろうとするなんて、本当に救いようがない。
*
グレイス様たちは本館にて晩餐をともにしたあと、別棟の迎賓館にひと晩泊まり、明日の朝にここを発つ予定となっている。
わたしは体調がすぐれないという理由で晩餐会を欠席した。そうしなければ主賓であるグレイス様が気分を損ねてしまうと見ての判断だ。
ルシウス様にはまた心配をかけることになったが、グレイス様には心を込めて準備したもてなしを少しでも楽しんでもらいたかった。
それにわたしが席をはずすことで、本来の目的である相談事も捗ったことだろう。
今頃あちらは食事を終えて迎賓館に向かったか、あるいは別室で食後のコーヒーを飲みながら、ルシウス様と談話しているかもしれない。
自室にて軽食をとったわたしは、晩餐会が解散された頃を見計らい、ジョニーさんに会おうと厨房へ向かった。会食が成功したかどうか、情報が欲しかったのだ。
片づけをしていたジョニーさんは、わたしの体調を気遣いながらも、こちらの欲しい答えをくれた。来賓のふたりは料理を喜んでくれたと聞いて、ホッとする。
お礼を告げたあと、部屋までつき添ってくれる専属メイドとともに廊下を進んでいくと、目の前に目立つ人影が現れて、ぎょっとして足を止めた。
フランクに片手をあげて呼び止めてきたのは、リアム殿下だ。屋敷内で迷ったというわけではなく、意図してわたしを待ち伏せしていたようだ。
「少し話を聞きたいんだが、いいかな」
近づいてきた彼に単刀直入に申し込まれて、言葉に詰まった。
いくらなんでも非常識だと感じたが、断るには身分差のハードルが高い。それに彼の目に色めいたものはなく、むしろ事情聴取を求められているかのような雰囲気だ。
心配するメイドに「大丈夫よ」と言い含め、先に行かせた。優秀な彼女はこのあとルシウス様に知らせにいくだろうから、保険にもなる。
ひとまず個室に入ることは避けて、階段脇の小スペースに落ち着いた。
物置のような場所で王族に立ち話をさせるのは気が引けるが、会話を長引かせないためにはちょうどいい。殿下のほうも気にしてはいないようだ。
「単刀直入に聞こう。いったいなにを企んでる?」
「企みと言われましても……」
これまで朗らかだった男性の表情は、今は驚くほど真剣だ。がたいの大きい男性だから、真顔でいられると少し怖い。
「僕は社交界に顔を出さないから君との接点はないが、奇抜な噂は耳に届いている。ルシウスが結婚したと聞いて、えらい爆弾を押しつけられたものだと思ったが、驚くほどその情報と現状が一致しない。しかもあのルシウスを骨抜きにするなんて……君は本物とすり替わった偽者か? そうでなくとも、なにか裏があるとしか思えない」
きっと彼は、わたしがルシウス様をたぶらかし、害をなそうとしていると疑っているのだ。以前のアレクシアの素行を聞いていれば、当然のことだろう。
「お気持ちは、わかります……。でも、ご心配されるようなことは起こらないと、お伝えしておきます」
頭のてっぺんから足の先まで、観察されているのがわかった。ふだん不法者の取り締まりも行うという彼の職業柄だろうか、おのずと尋問されているような気になってくる。
怯えていては、かえって逆効果だ。姿勢を正して毅然とした態度でいると、ふと圧を消した彼が、目元を緩めて呟いた。
「やっぱり好みだな……」
「え?」
意外な言葉を聞いた気がするが、空耳だろうか。
やがて彼は、自己紹介をするかのように、ウキウキと自分語りに入った。
「ルシウスと僕は幼なじみでね。騎士の見習い時代に同期だったし、剣の師匠も同じで。まぁ師というのは、あいつの父親なんだが……。師匠は、離宮に追いやられていた僕のことを訓練に連れ出して、自分の息子のように育ててくれた。生きるために強くなれと――グレイス殿とルシウスはもちろん、こうして今があるのは彼ら一家のおかげなんだ」
「そう、でしたか……」
ルシウス様や、彼の家族の話を聞けるのは嬉しく、興味深くもあった。考えてみれば、わたしの知識は書物や人づてによるものばかりで、この家のことをほとんど知らない。
「君たちの結婚には、僕は反対だった。レオパルド家が国に貢献したことを思えば、酷い仕打ちだと思ったからね。遠征先から手紙で父王にも上申したんだが、公爵の位を叙すにあたり貴族間のバランスがどうのと言って、聞き入れてはくれなかった。侯爵である君の父と王太子の後押しとあらば、よっぽどのことがない限り、覆すことは難しい」
わたしとルシウス様の結婚を、父だけでなく王太子も支持していたというのは初耳だ。
それにしても、初めて他人から父のことに触れられて、ふと響くものがあった。
考えてみれば、わたしにもこの世界での父が存在しているのだ。会ったことはないが、どんな人物なのだろう。
もしかしたら式典の日に、王宮で会えるかもしれない。離婚すれば実家に戻ることになるだろうから、どんな人物か情報を集めておかなければ。
上の空になりながら相槌を打っていると、話は思わぬ方向へと流れた。
「ルシウスには幸せになってほしいと思っていた。だが君のように美しい女性が不当な評価で貶められているのは許せない。僕は俄然、君の味方だ。僕こそが君を幸せにしたい」
「……はい?」
思わず声が裏返った。
うっとりと見つめてくる瞳に悪意めいたものは感じられないが、そんな話をするなら、これ以上ふたりきりでいるべきではない。
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