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第31話 変わる景色(2)

 日の差し込むサロンに客を通し、お茶を飲みながらくつろいでもらうのは、かねてからの計画のとおり。

 ゆったりしたひとり用のソファにはそれぞれグレイス様とリアム殿下が座り、対面の長ソファにはルシウス様とわたしが並んで腰かけた。


 顔の強張っていたグレイス様も、懐かしい館内の風景に心を和まされたのか、少しだけ気をよくしたように見える。予定外の男性客がひとり増えることになったが、こちらの態勢に影響はない。


 飛び入りの青年――リアム殿下については、部屋に移動する間に、ヒルダさんが予備知識を入れてくれていた。

 彼の御名は、リアム・ジ・アルテナ。国名をラストネームに持つ、紛れもない王族のひとり。しかし身分の低い妾の子であることから、その扱いも下げたところに置かれているらしい。


 王太子には正妃の息子である第一王子が確定しており、もしもの後継者争いを避けるため、第二王子たるリアム殿下は帝王教育の機会を与えられずに離宮での暮らしを余儀なくされたという。

 けれどその差別のおかげで、当時ルシウス様の父君が団長を務めていた騎士団の訓練に加わるようになり、レオパルド家とも親交を深めていったのだと。


 武術の才を伸ばしたリアム殿下は、現在は特務隊の隊長を務めているそうだ。

 特務隊とは、王宮の近衛兵とも魔獣討伐を主な任務とする騎士団とも異なる小規模な特殊部隊で、王都で発生する突発的な事件や、隣国との折衝または小競り合いなどにも広く対処する、いわゆる「なんでも屋」。

 王子に当てがう肩書にしては酷いように思えるが、心も体も頑強そうな当人に不遇を憂いている様子は見られない。


「ルシウス、変わりはないか? こっちはずっと国境沿いの紛争に駆り出されていて、おまえの婚礼式にも参加できなかったが」


「つつがなく過ごしております」


「態度が硬いなぁ。昔のように気楽にしてくれよ。僕はグレイス殿を第二の母、おまえのことを本当の兄弟だと思っているんだ。ねぇ、グレイス殿?」


「あら、殿下ったら嬉しいことを。この気配り、息子にも見習ってほしいわね」


 三者の間に流れる穏やかな空気は、家族のように気の置けない関係をうかがわせた。


 しばらく雑談が続くと思われたが、先ほどからどこか不機嫌に見えるルシウス様は、ぶっきらぼうに話題を変えてしまう。


「……それで母上。こちらに来られた用件はどのような?」


「ええ、でもその前にひとつ確認したいことがあって……あなた、後宮から下がられたイレーヌ姫を匿っているという噂は本当なの?」


 思わぬ人物が話題に上り、はっと目を見張った。

 そういえばグレイス様は、事前の手紙でもイレーヌ姫のことに触れ、面会を希望していたのだ。追い出すように姫を帰国させたことを知ったら、どう思われるのだろう。


 緊張を走らせたわたしの横で、ルシウス様が淡々と事実を述べた。


「姫ならば、すでに公国へ引き渡しました。それにしても、匿ったというのは語弊がありますね。護送任務を承った際に経路に不具合が生じ、対応の間、当館に滞在いただいたというだけのこと。本件は逐次、王宮に報告も上げています」


「それじゃあ、なにごともなかったのね? ……はぁ、珍しく火遊びをしているのかと思えば、心臓に悪い……」


 グレイス様は深いため息をついた。安堵ともとれる表情を浮かべているが、姫に会いたいというわけではなかったのだろうか。

 疑問の答えは、リアム殿下の口からもたらされた。


「実はな、王都では今、おまえたち夫婦は噂の的になっているんだ。橋が壊れたというのは建前で、妻に不満を持つおまえが後宮下がりの姫と恋に落ち、囲ったのではないかと」


(えっ……? なにそれ)


 思いがけない話に、血の気が引いていく。

 過去に似たような噂がメイドの間で流れたことがあるが、まさか遠く離れた都の人々にまでそんなふうに思われていただなんて。

 ルシウス様もこれには驚いたようで、寝耳に水といった表情を浮かべている。


「とはいえ、噂の出どころはわかっているんだが……十中八九、僕の兄、すなわち王太子の差し金だろう。あの人は、父王に信頼され、国民からも人気があるルシウスの評判を落としたくてたまらないんだ」


「あのお方の嫉妬深さは困ったものですわ……。臣下であるうちの息子をライバル視する意味はないのに」


 リアム殿下とグレイス様の話をじっと聞いていたルシウス様は、静かに視線を伏せて言った。


「実は当方の調査でも、崩れた橋の橋脚に工作の痕跡が見つかり、それに王太子殿下直属の兵が関与していることは察しておりました。なにかお考えがあるのだろうと、黙していたのですが」


「やはりそうか……。だが犯人がわかったところで、王太子の私兵には特権が与えられていて、罪には問えない。すまないな、ルシウス……」


 策略、王太子、橋の工作――不穏な単語が並び、心がざわめく。


 情報を整理するに、イレーヌ姫の長期滞在は、王太子により仕組まれたことだったらしい。それにしても後宮から不要な姫を返す機会を利用するなんて、酷い話である。


 顔を上げたルシウス様は、そんなゴシップなどくだらないとばかりに一笑に付した。


「評判など、なんとも思いません。噂もそのうち消えるでしょう」


「あなたね……のんきに構えていられる問題じゃないのよ。後宮にいる頃から関係があったと見なされれば、不義の罪になるわ。下手すれば断罪されていたかもしれないのに」


「すでに退去させましたので、問題はありません」


 深く取り合おうとしないルシウス様に、グレイス様は呆れ顔だ。


「おい、ルシウス。念のため聞くが……。おまえ、姫と関係は、持ってないんだな?」


「当たり前です。俺は結婚していて、妻がいるのですから」


「その結婚があったから、余計に話が大きくなったんだろう。なにせ妻というのが、かの有名な……」


 ブラウンの瞳が、ちらりとこちらを向いた。続く言葉は濁されたが、深く考えなくても予想はつく。「妻というのが評判の悪いアレクシアだから」と言いたいのだろう。

 わたしという悪妻を抱えた気の毒な英雄と、後宮の夢破れた可哀そうな姫。そんな組み合わせだからこそ、余計に人々の想像を掻き立てたのかもしれない。


 知らず唇を嚙みしめていると、「アレクシア」と声がかかった。隣を仰げば、穏やかな青い瞳がこちらに向けられている。気にするなと励ましてくれているのだ。


「ルシウス様……」


 小さく微笑んで見せると彼は安心した表情を浮かべ、話の席に戻った。


「噂の話はもういいでしょう。ほかに、施設で事件があったと手紙にはありましたが?」


「それは機密に触れる話よ。よそ者がいては話せないわ。あなた、席をはずしなさい」


 急に目を吊り上げたグレイス様が、手に持っていた扇の先をわたしに突きつけた。

 いきなりのことに竦み上がった直後、横から鋭い声が挟まれる。


「いいえ。彼女はよそ者ではなく俺の伴侶。話を共有しても問題はないかと」

「な、なんですって……? その娘を庇うなんて、いったいどういうこと……?」


 青ざめたグレイス様を気遣ってか、リアム殿下が間に入った。


「まぁまぁ。仕事の件は、レディに聞かせるものじゃない。僕が説明するよ。ルシウス、ちょっとあっちへ行こう」


 立ち上がった彼は、ルシウス様の返事を待たずに席を離れてしまう。否応なくルシウス様があとを追い、この場にわたしと義母のふたりが残された。


「……」


「あ、あの……」


 重苦しい沈黙が場を埋め尽くす。内心慌てながらも、なんとか間を持たせようと必死で頭を絞った。

 妙案は浮かばず、くじけそうになったそのとき、あちらから動きがあった。


「……お庭を少し歩きましょう。あなたと話をしなければと思っていたのよ」


「は、はい。ぜひ……!」


 案内しようと腰を上げたが、不要とばかりにグレイス様が先を行ってしまう。

 それもそのはず、相手は先代の辺境伯夫人。この屋敷を知り尽くした大先輩を前に、いい格好などできるはずもないのだった。


お読みくださり大変ありがとうございました!

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続きのほうも何卒よろしくお願いいたします(*ᴗˬᴗ))ペコリ

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