第30話 変わる景色(1)
あくる日の朝、目が覚めてすぐにふたりの若いメイドがわたしの部屋を訪れた。
きっちりと髪をまとめた彼女たちは、初々しい顔に緊張を覗かせている。
「奥様、おはようございます。本日から奥様専属のメイドとしてお仕えさせていただくことになりました。よろしくお願いいたします」
「え、ええ……?」
なにごとかと目を瞬いていると、ふたりは沈痛な面持ちで、深々と頭を下げた。
「これまで私たちは配属外におりましたが、同僚による奥様への不敬の数々は聞き及んでおります。たいへん申し訳ございませんでした」
さっそく初仕事を完遂させてほしいと、メイドらは張り切った表情でわたしの支度を手伝いはじめた。朝食の用意から、ドレス選びに着つけ、髪のセットまで、一つひとつ進めてよいか許可を取りながら、一生懸命に世話を焼いてくれる。
ただ眺めているうちに、部屋もわたしもピカピカに磨かれていった。正直、嵐に巻き込まれたような状況に、頭がついていかない。
やり遂げた感を滲ませた彼女たちが挨拶に来たのでお礼を伝えると、満面の笑顔が返ってくる。入り用の際にはいつでも声をかけてほしいと言って、ふたりは部屋を下がっていった。
呆然と扉を見つめていると、メイドと入れ替わるように、飄々とした不思議な少年――ロキ君が姿を見せた。
「よぉ、元気そうだな」
「ロキ君! 昨日はありがとう。帰りは遅かったの? 危ないことはなかった?」
「誰の心配をしてるんだ? こちとら魔獣の中でも高位の存在、魔豹族のロキ様だぜ。見ただろ? オレ様の真の姿を」
金色の瞳がキラリと細められる。路地裏で魔獣に変身する瞬間を、直接目にしてもなお半信半疑であったが、この表情と雰囲気を見れば、間違いなく同一の存在だと確信できた。
「魔獣の大半は本能で暴れるだけのただの獣だ。オレ様のような古代種――言葉を操り、変身もできるやつは特別なのさ。ヒルダもそうだ。あいつは銀色の毛をしてる」
「ヒルダさんも……!? そ、そうだったの……」
さらりと驚愕の事実を知らされたが、双子のような彼らを思えば、それも腑に落ちる。以前、訓練場で目にした美しい二頭の魔獣のうち、漆黒の獣がロキ君で、白銀の獣はヒルダさんだったというわけだ。
「驚いたわ……でも、あなたが無事でよかった。心配していたのよ」
あのあと街に居残ってどうしていたのかを尋ねると、なんと彼はイレーヌ姫の手先として動いた侍女を街中から見つけ出し、暴漢と一緒に屋敷に連行したのだという。
少年の姿からは想像もできない活躍に感嘆の声を漏らせば、彼は嬉しそうに真っ白な八重歯を覗かせた。
「おまえに害をなしたあいつらは、尋問ののち処罰される。公国のお姫様はもう自由に動けないだろうし、コソコソとおまえに嫌がらせをしていたメイド長も、昨夜のうちに解雇されたらしいぞ。めでたしめでたしだな」
「えっ、メイド長が?」
「ああ。ルシウス様は以前から、領主夫人に対する態度を改め、敬意を払うよう使用人に命令を下していたんだ。なのにメイド長はそれに従わず、部下に通達もしなかった。だが、昨日おまえに対して指輪の件を漏らし、表立ってお姫様に加担したことで、やつの怠慢は主君に知られるところとなったというわけさ」
なるほど。それで今朝、急に専属のメイドがついたことにも合点がいった。
ルシウス様は、メイド長のほかにも大幅に人員を入れ替えたらしい。主にわたしに対して反感を持つ者や、規律違反が認められた者を一掃したのだと。
ロキ君はなるべくしてなったことだと言うが、なんだか大袈裟になってしまった気がして少し心配になる。本来、メイドたちの管理は領主夫人であるわたしの管轄だ。うまく立ち回れていれば、別の解決法もありえたかもしれない。
(もっと自覚を持たなくちゃ……)
いつまでも、ルシウス様に守ってもらうわけにはいかないのだから。
*
イレーヌ姫は二日間の軟禁のあと、完成したばかりの橋を渡って公国へ引き渡された。
送り出しが完了するまでわたしは徹底的に守られていて、最後まで姫と顔を合わせることはなかった。
出立の様子を見届けたメイドの語りによれば、姫を取り巻いていた侍女の姿はなく、荒んだ様相で兵士に連れられていく様は、まるで罪人のようだったという。
脅威は去ったと思っていいのかもしれないが、スッキリはしない。けれどもルシウス様から任された進行中のミッションを思えば、いつまでも過ぎたことにかかずらってはいられなかった。義母のグレイス様の来訪日は、もう間近に迫っているのだ。
頭を切り替え、準備に本腰を入れる。まずは気になっていた自分の衣装周りの問題について、屋敷に呼んだ仕立屋と相談し、好みに合わせて直してもらうよう算段をつけた。
それから当日のスケジュールを固めて、人員の配置を整える。滞在中に使ってもらうゲストルームの選定、館内の装飾、晩餐会のメニューは調理長のジョニーさんとやりとりを重ねて詰めていく。
ルシウス様はわたしの自主性を重んじながらも、いつでも相談できる態勢をとってくれていた。皆の協力のおかげで、初のイベントの切り盛りは無事にこなせそうだ。
なんとなく物事が順調に回り出したような、なによりこの館に来て初めて自分の存在が認められた気がして、心は完全に浮き立っていた。
そうして細部を見直しながら時を過ごし、いよいよ迎えた約束の日。
太陽が空に高く昇る頃、ルシウス様と使用人の面々と一緒に、館の前に横並びに立って待った。すると、林の向こうから伸びやかな角笛の音が聞こえてくる。馬車が近づいたことを知らせる合図だ。
門の向こうを見つめていると、森の影から立派な馬車が姿を現す。速度を緩めた馬車は、ぐるりとロータリーを回り、エントランスポーチの前で停車した。
その馬車にグレイス様が乗っているのは間違いないのだが、ほかにもうひとつ、目を引く存在があった。馬車に随伴して現れた、単騎の騎士である。
馬に跨っているのは、ルシウス様と同年代くらいの男性だ。大きな体に筋骨隆々としたタフガイという印象で、髪と瞳は落ち着きのあるブラウン。士官のような服にマントを羽織っているが、どこか品を感じさせる顔立ちをしている。
護衛にしては立派だなと思いながら隣を見ると、ルシウス様も驚いた表情を浮かべている。警戒するような気配は見られないから、おそらく知り合いなのだろう。
馬から降りた青年は、すぐさま馬車に近づき、タラップの脇に立った。
馬車の扉が開いて、つばの大きな帽子を被った年配の女性が顔を出す。青年に手を取られ、地面に降り立ったその人こそ、グレイス・レオパルド前辺境伯夫人。ルシウス様の母君だと、ひと目で理解した。
立ち姿は気高く、紺色のドレスは重厚で気品に溢れている。巻き上げた髪は明るい栗色をしていて、瞳にはルシウス様そっくりの透き通った青い光をたたえ、美しく輝いていた。
精悍な騎士と麗しい貴婦人という、妙に迫力のある組み合わせの男女が、石張りのアプローチの上を進んでくる。青年が気さくな笑顔を浮かべ、ルシウス様に声をかけた。
「よぉルシウス、久しぶりだ。ちょうど任務帰りにグレイス殿のところに顔を出して、その流れでちょっとな。おまえにも会いたかったし、護衛がてら同行させてもらったよ」
待ち受けたルシウス様が、騎士流の敬礼をもって歓迎の意を表する。
「母上、ようこそお越しくださいました。リアム殿下におかれましても、ご健勝でなによりです。母の護衛をしていただいたとのこと、誠にありがとうございます」
「おかげさまで道中も安心でした。このお方をもてなして差し上げてね、ルシウス」
続いてわたしが挨拶をする番となり、ドキドキしながら深く頭を下げた。
「アレクシアでございます。お会いできて光栄です」
――しん、と沈黙が落ちる。
三秒ほど待ってからそっと顔を上げると、思った以上に居心地の悪い空気がわたしを襲った。青年は珍しいものを見るような目で見つめてくるし、グレイス様はじろりとこちらを睨みつけたと思うと、ふいっと顔を逸らしてしまう。
「んん? 聞いてた噂と違って、綺麗な奥さんじゃないか?」
殿下と呼ばれる彼が、無遠慮に顔を覗き込んでくる。驚いて身を反らせていると、
「……おふたりとも、長旅でお疲れでしょう。どうぞ中へ」
そうルシウス様が間に入り、客を迎え入れた。
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