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第29話 あなたの妻でいるために(6)

「街へ残してきた部下が、侍女を拘束してじきに戻るはずです。こちらは手段を選ぶつもりはない。尋問すれば、自白するのも時間の問題でしょう」

「わ、わたくしの侍女を尋問するですって!?」


 取り乱した様子を見れば、うしろ暗いことがあるのは明らかだ。捕らえた侍女が状況に沿った証言をすれば、有力な証拠となる。もう言い逃れはできない。

 悔しげに唇を噛んだ姫だったが、すぐに強い口調で反論をした。


「侍女がなにを喋ろうが、関係ありませんわ。それにわたくしは国賓よ。この身になにかあれば、公国の父が黙ってはいない。王国に準じる立場を取っていても、実際の国力は互角なのだから!」


 痛いところを突かれたのか、ルシウス様は押し黙った。こめかみに血管が浮いているのを見る限り、心境は穏やかではないだろう。それでも彼は冷静さを保ち、引導を渡した。


「あなたには早急に国にお帰りいただきます。時が来るまで部屋でおとなしくしていてください。でないと命の保証はできません」


 けれども姫は余裕を崩さない。薄笑いを浮かべながら、焦らすような足取りで一歩、また一歩と彼のほうへと足を運びはじめた。


「冷たいことをおっしゃらないで。わたくし知っているのよ。あなたがわざと大橋を壊して、わたくしを領地に引き留めようとしたことを……」


「いいえ。橋の崩落は偶発……というと語弊がありますね。何者かの工作により破壊されたと見ています」


「ほ~らね。『何者か』だなんて誤魔化しても無駄よ。工事だってなんだかんだと引き延ばしていたじゃない。わたくしを引き留めたくて必死だったんでしょう」


「修繕工事に度重なる妨害があり長引いた、それだけです」


 もったいつけたやりとりにわたしの危機感は高まっていく。固唾をのんで見つめていると、ついにルシウス様の眼前に立った姫が、しなやかなその手を彼の逞しい肩にかけた。


「ルシウス卿、わたくしに恥を欠かせないで……。身も心もあなたに捧げるつもりよ。そんなつまらない女とは離婚して、わたくしと一緒になりましょう?」


 姫が背伸びをし、彼に口づけようとするのを見てあっと息をのむ。


 ところがルシウス様は、接触する前に彼女の体を容赦なく払いのけた。

 どすんと尻もちをついたイレーヌ姫が、驚愕の表情で彼の顔を見上げる。


「な、なにをするのよ!?」


「先日の夜、庭で言ったはずだ。大事な妻に誤解されては困るゆえ、贈り物や過度の接触は控えてほしいと」


 敬語すら取り去った彼は、汚らわしいものを見る目つきで姫を見下している。


(先日の庭でのことって……)


 彼がいつの話をしているのか、すぐに思い至った。

 贈り物を理由に庭に呼び出された悪夢の夜、ルシウス様はイレーヌ姫の誘惑をきちんと跳ねのけていたのだ。キスしているように見えたのも、おそらくは姫による見せかけの動きだったのだろう。


 ルシウス様が合図をすると、彼が連れていた兵士が一斉に動いて、姫とその侍女を容赦なく取り押さえた。

 姫は鬼女の形相を浮かべ、唯一自由になる首を振り乱しながら叫んだ。


「わ、わたくしは一国の姫なのよ!? わたくしと結婚すれば最上の未来が約束されるのに、どうして……!」

「おまえを女として見ることはない。妻を愚弄し傷つけようとした者を五体満足で返さねばならないと思うと、はらわたが煮えくり返りそうだ。指の一本たりともなくしたくなければ、二度と俺の前にその姿を見せるな」


 狂ったような金切り声を上げながら、姫は連れ出されていった。


     *


 急転直下の展開に呆気にとられるばかりのわたしは、その後、ルシウス様に手を引かれて自室の前まで送られた。


 わたしが部屋の中に入るのを見届けるつもりの彼と少しでも話がしたいと、まだ落ち着かない鼓動をなだめながら、相手に向き直る。


 まずは、なにから話そうか。街で助けてもらったことに対するお礼、それとイレーヌ姫のこと――頭の中に並べているうちに、彼のほうから改まった調子で頭を下げられた。


「アレクシア。任務とはいえ、これまで気苦労をかけてしまい、すまなかった」

「い、いいえ。わたしは、なにも……」


 謝らないでほしいと訴えると、顔を上げた彼はふっと優しい笑顔を見せた。

 穏やかな瞳に惹かれて、じっと見入ってしまう。彼もまた、目を逸らさなかった。離れがたくてもどかしいこの時間、彼への想いが喉を突いて溢れそうになる。


 ルシウス様はおもむろに手を伸ばし、わたしの肩に垂れていた髪をひと房すくい取ると、それを自らの口元へと持っていき、そっと口づけた。

 絵になる仕草を見せつけられて、胸がドクン、と大きな音を立てる。


「君のことは俺が守ると誓う。だから、今後は安心してほしい」

「えっ!? は、はい……ありがとう……ございます……?」

「ゆっくり休んでくれ。願わくば、良い夢を」


 甘やかな表情でそう言い残して、彼は去っていった。

 ぼうっとしたまま彼の背中が見えなくなるまで見送って、ふわふわした心地のまま部屋に足を向けた。


(君のことは俺が守る、だなんて……)


 まるで物語に出てくる王子様のようなセリフを、わたしが受け取れる日が来るなんて。


 それから入浴と食事を済ませ、早めの床につくまでの間、何度もそのシーンを思い返しては、盛り上がって悶えてしまう。


(おかしいわよね。恐ろしい目にも遭って、酷い一日だったはずなのに……)


 彼のおかげでこうして前を向き、立っていることができる。

 積み重なるすべてのことが、わたしの糧になり、生きる指針となっている。


 ――あぁ、好き……あなたが好きです。ルシウス様……。


 綺麗なだけではない感情が、体中を駆け巡っていた。


お読みくださり大変ありがとうございました。

ついに、退場しました……!

まぁ、このあとも、いろいろあるのですが……


続きのほうも何卒よろしくお願いいたします(*ᴗˬᴗ))ペコリ

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