第25話 あなたの妻でいるために(2)
「突然、街に行きたいって、いったいどうしたんだ?」
「お願いだから連れていってほしいの。大事なことなのよ」
風雲急を告げる事態とはまさにこのことだ。
ぼんやりしてはいられないと応接室を飛び出したわたしは、ロキ君に泣きついて馬車を手配してもらい、急遽、丘の麓にある街へ向かっていた。
一緒に馬車に乗り込んだロキ君に事情を話すと、「またおまえの尻ぬぐいか」と呆れた顔を見せる。わたしはひたすら恐縮するしかなかった。
アレクシアが換金してしまったという指輪は、義母が親から受け継いで、また次世代に残そうとしたもので、石はないが金細工そのものに価値がある貴重なものだったらしい。
そんな大切なものを処分した行為そのものが許せないし、取り戻さなければルシウス様にも義母にも顔向けができない。
売った先の店に心当たりはないかと尋ねると、ロキ君は首を横に振った。
「知らないな。だってその頃は、おまえに興味もなかったし」
「そう……」
とりあえずしらみ潰しに聞いて回るしかない。きっと珍しくて高価なものだから、もしかしたら売れ残っている可能性もある。
早く早くと焦れながら、馬車の揺れに身を任せた。
領主お膝元の街ノースルクスは、高台にある館からも見通せる位置にあり、馬車で移動すれば三十分とかからない。
馬は問題なく仕事をし、日が高いうちに街の中に入ることができた。
「今日はバザールが出てるな。うまいものがありそうだ」
車窓から外を眺めながら、ロキ君が教えてくれる。陽気のいい空の下、太い道筋の脇には露店が軒を連ね、買い物客で賑わっていた。
レンガ造りの街並みは素朴で温かみがある。道のところどころに植えられた植栽には、モクレンに似た白い大ぶりの花が咲いていて、見た目にも麗しい。
(ここがルシウス様が治める街のひとつなのね。いつかまた、ゆっくり観光したいな……)
だが、今は残念ながらそれどころではない。ロータリーの役目を果たす噴水広場に馬車を止めると、徒歩で行動に乗り出した。
庶民的なメインストリートから少し奥に入り、落ち着いた高級店が立ち並ぶエリアに目星をつける。
煌びやかなブティックや宝飾品店を巡り、店員に話を聞いたが、そう簡単に欲しい情報は集まらない。売却した日から時間が経っていることもあり、手がかりすらも掴めなかった。
十軒近くを回って足に疲労を感じた頃、小さな呟きが耳に届いた。
「腹減ったなぁ~」
はっと横を見ると、頭のうしろで手を組んだロキ君が退屈そうに宙を見ている。
焦るあまり、ずっとつき添ってくれている彼のことを気遣えていなかった。気づけば空は橙色に染まり、日も暮れかけているではないか。
「ごめんね。もう帰ろうか……」
「まだ回っていない店があるんだろ? 片づけちゃえよ」
そう言われて、通りの奥へと目を向けた。貴族御用達の雰囲気を漂わせた店舗が、一軒残っている。
「そうね、そしたらあのお店を最後にするわ。ロキ君、お腹が空いたんでしょう? 表の通りでなにか美味しいものを買って、食べていてもいいわよ」
自分ひとりでも噴水広場に戻れるからと告げると、素直な彼は「わかった」と笑顔を見せる。馬車の前で待ち合わせることにして、その場で別れた。
高級な雰囲気のある店の看板をくぐると、支配人らしき老紳士が姿勢を低くして進み出てきた。
「やや、領主夫人……? ようこそお越しくださいました」
わたしの顔を知っている様子に、もしやと期待が膨らむ。
指輪のことを尋ねると、「あぁ、あのお品でしたら」と話が繋がったので、ついに当たりを引いたと心が湧いた。しかし続く説明を聞いて、落胆に突き落とされる。
「ええっ、売れちゃったんですか……!?」
「そうですね、割とすぐに買い手がつきまして……」
アレクシアが持つ宝石類やドレス、すべてを差し出してでも買い戻すつもりでいたのに、該当の品がなくてはどうしようもない。
「どなたが買っていかれたかわかりますか……? できれば交渉したいんですが」
「さぁ……フードを被っていたから。小柄だったので、裕福な家の小姓かなぁと思ったんですがね。かなりの金額を積んでくださって……。おや、おかしいな……どうしてかそのときの帳簿が抜けていて……申し訳ありません」
「そんな……」
困った顔をした老支配人を、いくら問い詰めても無駄のようだ。
店内にはほかにも対応を待つ客がいて、押し問答をしてはいられない。もし指輪の行方がわかったら連絡をくれるようお願いして、渋々とその場をあとにした。
がっくりと肩を落として店を出る。
夕日を鬱陶しく感じるほど、気分が重かった。
目の前の道には、さまざまなものを買いつけにきた人たちがまばらに行き交っている。この中に、指輪を買った人物、またはその関係者が紛れていないだろうか。
諦めきれずにそんなことを考えていると、横から「あの」と声をかけられた。振り返ると、ひとりの男性が立っている。
見たことのない顔だ。頬は痩せていて労働階級の人物に見える。真新しいローブを纏っているから、どこかの家に仕えはじめた使用人かもしれない。
「先ほど、あっちの宝飾店にいらっしゃいましたよね。店主との話が聞こえたのですが、少し心当たりが……」
「えっ!?」
思わぬ申し出に、つい大声を出した。
男は記憶を掘り返すように考え込みながら、笑顔を交えて言う。
「おっしゃっていたお品の特徴が、うちの奥様が買われたものと似ているのです。奥様はすぐに飽きられる方なので、お力になれるかもしれません。まずは、それがお探しのものと同一かどうかですが……当時、買いつけた同僚と一緒に来ているので、会ってみませんか?」
「お、お願いします……!」
目の前に差し出された手がかりに、思わず飛びついていた。
いちど馬車に戻ってロキ君に声をかけるべきか迷ったが、男はすでに前を歩き出している。少し話を聞くだけなら大丈夫だろうと、あとを追いかけた。
「うちの奥様はお金に糸目をつけない方でして。使用人が手分けして、主人が気に入りそうな品を集めているんですよ。馬車は一本裏の道筋に停めてありますので……こちらです」
途中で道を譲られて、近道だという路地に入り、建物の間を進んでいった。
角を曲がるよう言われた先に道が見えてくると思いきや、行き止まりだ。不審に思って振り返ると、うしろから伸びてきた手に口を塞がれた。
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