第24話 あなたの妻でいるために(1)
ルシウス様が戻ってきて、館は安定した雰囲気を取り戻した。
それとともにわたしの気持ちにも張りが出て、いっときの気の病のような症状はすぐに引いていった。
ルシウス様がどうあれ、わたしは自分の気持ちを貫けばいい。
それに、大橋が開通すれば姫は自国に帰ることになっているのだから、近くなにかしらの動きがあるだろう。
意識して平常心を心がけていたある日の昼下がり。
わたしとイレーヌ姫は、ルシウス様に呼ばれて応接室に集まることになった。
(三人で、改まった話って……)
認めたくないことを言われるのかもしれないと肩を強張らせていたのだが、実際は予想とはかけ離れた内容で、しかしある意味とても身の引き締まる重要な話だった。
「ルシウス様のお母様が、こちらにお越しになられる……?」
「ああ。事情があって母名義にしてある施設が領地内にあるのだが、そこで問題が生じたらしい。情報を共有するため、こちらに立ち寄りたいと連絡があった。来訪日は七日後の予定だ」
ルシウス様の母親ということは、当然ながらわたしの義母に当たる人である。
名はグレイス・レオパルド前辺境伯夫人。夫亡きあとは領地を離れて、今は王都のタウンハウスに住んでいるという。
夫人はルシウス様とわたしの婚礼式にももちろん出席していたが、それ以来、いちどもこちらに顔を見せてはいない。
その理由は考えるまでもなかった。息子の最悪の門出――幸せな結婚とは程遠い悪夢のような一幕を見せられて、嫁であるわたしに対し、怒りを覚えているからに違いない。
青ざめていくわたしとは対称的に、隣ではイレーヌ姫が表情を輝かせた。
「グレイス夫人とは、王宮で開かれたパーティーでお話したことがあります。ぜひお会いしたいわ!」
「――実は橋の工事と安全確認はほぼ完了し、姫の帰国が叶う状況ではあるのですが」
その知らせにも強く興味を引かれ、続く言葉に耳を傾ける。
ついに橋が完成したらしいが、姫はどうするのだろうか。
「警護の関係上、出国日は公国側と調整する必要がございます。それに母の手紙には、どこで聞きつけたか姫がここにいることを知り、直にお会いしたいと……。もうしばらく滞在を伸ばしていただいても構いませんか?」
「まぁ、嬉しい! もちろんです。楽しみですわ、とても」
話を聞くにつれ、心拍数が上がっていくのを感じた。
義母がイレーヌ姫に会いたがっているだなんて、なんだかショックだし、嫌な予感しかしない。
せっかく贖罪の機会となる義母との対面だというのに、わたしの出る幕はないかもしれないと考えていると、ルシウス様がそっと声をかけてきた。
「アレクシア。妻の役目として、母上の歓迎の準備を頼めるか」
さりげない気遣いに、胸がときめく。わたしが領主夫人としての仕事をしたいと言った話を覚えていてくれたのだ。
「はい……お任せください」
不安に思われないよう、朗らかに応じた。
離婚の目安としている式典まで、もう二カ月を切っている。これがわたしの最初で最後の仕事になるかもしれない。
ルシウス様はひとつ頷くと、室内に待機させていたメイド長をそばに手招いて言った。
「仕立屋を呼ぶので、必要なものを頼んでもらって構わない。イレーヌ姫も遠慮なく、好みのものをご注文ください。――メイド長。俺はこのあと訪問者との面会の約束がある。ふたりの希望を聞き、特別の急ぎで手配をしてくれ」
「かしこまりました、旦那様」
指示されたメイド長が、深々と頭を下げる。それを確認し、ルシウス様は次の予定をこなすために退室していった。
領主の館には、事業の許可申請や陳情など様々な目的で客が訪れる。
施政の仕事も苦労は多いのだろうなと考えながら、彼の消えた扉のほうに気を取られていると、
「ドレスをいただけるのは嬉しいけれど、納期が短いからパターンオーダーがせいぜいでしょうね。今この国の流行は、どんな感じなのかしら?」
「最近はレースを使用したり、大きな柄の入ったエレガントなデザインが人気のようです。姫様にとてもよくお似合いになるでしょう」
あちらでは、さっそく打ち合わせが始まっているようだ。
ふたりが相談している間、自分の分はどうするかを思い悩んだ。
服ならクローゼットルームに溢れるほどあるが、ほとんど奇抜で上品とはいえない。だが歓迎の場で、いつものように間に合わせの格好をするわけにはいかないだろう。
(お金を使うのは気が進まないけど、頼まないわけにもいかないわね)
イレーヌ姫とメイド長の話は長引きそうだったので、「ごめんなさい」とこちらから声をかけた。後回しでいいので、自分にも仕立屋との相談の場を設けてほしいと告げると、メイド長はあからさまに嫌な顔をした。
「あれほど贅沢なドレスばかりを買い集めておきながら、まだ必要と申されるのですか。奥様はこちらに来られて三日の間に半年分の予算を超える支度費を使い果たしたのですよ」
そう来るだろうと思っていたが、案の定だ。もともとわたしに対して良い印象を抱いていないメイド長は、協力してくれるつもりはないらしい。
ここは冷静に、頭を使いながら答えた。
「新調するのではなくお直しをお願いしようと思っているんです。装いに手を抜いては失礼に当たるでしょう?」
これで論破できると思っていたが、メイド長は冷笑を浮かべて言った。
「今さら大奥様の機嫌を取れるとでも? 当家の奥方に代々受け継がれる儀礼用の指輪を、古めかしくて気に入らないといって街で売り払ってしまわれたことをもうお忘れですか」
「えっ……!?」
絶句するわたしを、イレーヌ姫がさも楽しげに後方から眺めている。
前面に出たメイド長は、してやったりといった表情を浮かべ、とどめの一撃をよこした。
「寛大な旦那様がお許しになっても、大奥様がこのことを知れば、ただでは済まさないでしょう。身の振り方をお考えになられたほうがよろしいかと」
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