第22話 変化の兆し(4)
一緒に食事がしたいとお願いした翌日の晩から、メインダイニングにわたしの席が設けられ、ルシウス様とイレーヌ姫との会食に同席できるようになった。
主賓の席にイレーヌ姫が座り、対面にルシウス様とわたしが並んで腰かける配席で、食事会がスタートする。
事前に彼が話をつけてくれたとはいえ、あちらがどう出てくるかと身構えていると、まずはにっこりと、仮面のような笑顔が向けられた。
「アレクシア様、先日は本当に申し訳ありませんでしたわ。うちの侍女が連絡を聞き違えてしまったみたいで……」
案の定、例の一件は侍女のせいにして済ませるつもりのようだ。
「そうでしたか。原因をしっかりと突き止められたのなら、よかったです」
なんて余裕を持った返答ができるくらいには、わたしも成長している。それに対し、姫は眉を下げて微笑んだだけで、なにも言い返してはこなかった。追求するのは野暮なので、穏便に視線をはずして幕を引く。
すると、隣でかすかに笑ったように見えたルシウス様が、片手を上げて使用人に合図を送った。速やかに給仕係が動き出し、料理の配膳が行われていく。
(わぁ……なんて贅沢なの!)
調理長のジョニーさんが監修した最高のフルコースは、期待のはるか上をいくものだった。自室に提供されていた料理も十分に美味しかったが、本格の場と比べると、やはり印象からして違う。芸術的に盛りつけられた料理は出来立てで温かく、風味が引き立っている。
ついつい会話を忘れ、食を味わうことに集中していると、ふとルシウス様が気になる話題に触れたので、耳をそばだてた。
「崩落した大橋の修理も進んでいます。もう間もなく完成し、確認が済み次第、国元にお戻りいただけると思います」
「えっ? そう……なのですか……」
それを聞いたイレーヌ姫は、食器を持つ手を止め、悄然とうつむいた。
「母国に戻っても、わたくしの居場所があるのかどうか……。元首である父はとても厳格な人物です。目的を果たせなかったわたくしを、負け犬と罵り罰を与えるかも……」
瞳を潤ませ訴える彼女は、この期に及んで自分の国には帰りたくないと言っている。
見え透いた演技であっても、紳士的なルシウス様がほだされてしまうのではないか──そんな不安を覚えていると、意外な回答が耳元を過ぎていった。
「戦況を不利とみて撤退することは、負けではありません。それに父君は娘煩悩な方だと聞いています。ご心配には及ばぬかと」
「そ、そうかしら……。えっ? 違いますわよ。不利がどうのではなくて、わたくしは心身に不調が出たため、仕方なく辞去したのです!」
「申し訳ありません。そうでしたね」
彼のペースに翻弄されたイレーヌ姫は、すっかり憤慨した顔で食事に戻った。
(今のって、彼の冗談……?)
笑っては失礼だと思い、しばらく下を向いていたが、ふと気になって隣に視線を流すと、同じようにこちらを意識した彼と目が合う。
クールな瞳が優しく細められて、ドキッと胸が鳴った。通じ合うものを感じて、口元が緩んでしまう。
それから滞りなくメニューの次第が進められ、それぞれがコーヒーを飲み干したところで、解散の運びとなった。
(よかった。無事に食事会を終えられそう……)
いい気分でナプキンを片づけていると、部屋の入り口にメイド長が立つのが見えた。一礼をした彼女が、うやうやしくルシウス様のそばに歩み寄る。
「旦那様、少しお時間をいただけないでしょうか。仰せつかった件でご相談が……」
「ああ、わかった」
どうやら、今夜の幸せな時間はここで打ち止めらしい。
ルシウス様は席を立ち、わたしとイレーヌ姫に挨拶をしてから、メイド長を連れて退室していった。その背中を見送ったあと、わたしも自室に戻ろうと腰を上げる。
「それじゃあ、わたしも失礼いたしますね」
イレーヌ姫にお辞儀をしてその場を離れ、扉をくぐって廊下に出たそのとき。
「あっ……!」
突然、ドレスが足元に絡まり、つんのめった。床に突っ伏すことになったが、廊下には厚い絨毯が敷かれているので痛くはない。
視線を感じて振り返れば、驚くほど近くにイレーヌ姫が立っていた。そのつま先は、しっかりと人のスカートの裾を踏みつけている。
「ふん、無様だこと」
きつく睨まれて、怖くないといえば嘘になる。けれども、いい年をしたおとなが人を転ばせ、いきがっている姿は滑稽にも思えた。
呆れ半分で黙っていると、追い打ちをかけるように敵意が降り注いでくる。
「これで勝ったと思わないことね。彼はもうすぐ別れる女に、情けをかけているだけなのだから」
わたしはすっくと立ちあがり、ドレスの裾をパンパンと払いながら言い返した。
「ルシウス様がどう思われているかは、彼にしかわかりませんよね」
「なんですって!?」
イレーヌ姫の目が吊り上がる。だが、もう遠慮するつもりはない。彼女の言うとおり、わたしがルシウス様と夫婦でいられる時間は限られているのだ。
「こんなことをしても、ご自分を貶めるだけです」
きっぱりとそう告げて相手の目を見つめると、姫の頬がぴくりと引き攣ったのがわかる。
しかし彼女はすぐに皮肉な笑みを浮かべ、呪詛めいた言葉を吐いた。
「……今にわかるわ。ルシウス卿が誰を求めているのか」
悪いものを植えつけられた気がして、心がざわめく。
わたしの強張った顔を見て満足したらしい彼女は、不穏な気配を残して引き上げていった。
それから二日後の晩。
相変わらず目つきの鋭いイレーヌ姫の侍女がわたしの部屋を訪れ、主からだと言って、一通の手紙を置いていった。高級感のある薔薇色の封筒を開くと、中の便せんには次のような文面が書かれている。
『ルシウス卿とアレクシア様に感謝の品をお渡ししたいので、今夜八時に庭園までお越しください。イレーヌ・シャドナ』
八時といえば、もう間もなくその時刻になろうという頃合いだ。
こんな遅い時間に猶予もなく呼び出されることを不思議に思いつつも、ルシウス様もそこに来るのならと、重い腰を上げた。
いそいそとランプを片手に庭に出ると、しっとりとした夜の空気が身を包む。散歩道には随所に明かりが灯され、想像していたよりも雰囲気はよかった。
道なりに進み、草木のアーチを抜けて庭園に入ると、急に視界が開けて、別の世界に紛れ込んだような感覚に陥る。
(庭園といっても広いけれど、どこに行けばいいのかしら……)
ぐるりと辺りを見回すと、少し離れたところに一組の男女が立っているのを見つけた。小川にかかる赤い橋の上で、先に到着したルシウス様がイレーヌ姫と話し込んでいるようだ。
わたしに背中を向けて立つ彼の顔は、角度的に見えないが、その肩越しに見えるイレーヌ姫の表情は華やいで嬉しそうに見える。
なにやら出鼻をくじかれた気になり、合流に踏み出せなくなってしまった。
こちらが見ている前で、姫は大胆に一歩前に出て、彼の胸元に手を添えた。手元を見ながら作業をしているから、ポケットチーフかなにかをプレゼントしたのかもしれない。
やきもきしながら見守っていると、イレーヌ姫が手を止めて、顎を上げた。
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