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第13話 レオパルド邸の秘密(5)

     *


「なぉーん……」


 椅子の上で膝を抱えて、どれくらいうつむいていただろう。耳に心地いい鳴き声がして、顔を上げた。


 続いてコツンコツンと、窓のほうからガラスを小突くような音がする。

 音の原因を確かめるべく、部屋つきのバルコニーに出るための大きな窓扉に近づいた。


 ガラスの向こうは夜の帳が下りている。カーテンを除けてよくよく外を覗いてみると、透明な板を挟んだ足元に、小さな動物の影を見つけた。小首を傾げてこちらを見上げているのは、黒猫のようだ。闇の中で黄金色の双眸がらんらんと輝いている。


「どうしたの? あなた、どこから……」


 窓扉を開けると、猫がするりと室内に入ってきた。

 生き物を部屋に入れても平気だろうか。注意されるとしたらルシウス様からだろうけど、わたしとは関わりたくないだろうし、気づかれたところで問題はないかもしれない。


 元どおりに窓扉を閉めてから、猫の姿を目で追った。うろうろと部屋中を歩き回るのを見ているだけでも飽きないのだが、あちらは纏わりつく視線が気になったのか、小さな頭をわたしのほうに向け、とことこと近づいてきた。


 ビロードのように滑らかでつやつやとした黒い毛並み。美しい金色の瞳をしていて、耳は猫にしては丸くて厚みを帯び、尻尾はストレートに伸びている。性別は雄のようだ。


「綺麗な子……」


 そう呟くと、猫は返事をするかのように「みゃ」と鳴いた。お髭がピンと伸びて、得意げな顔をしているように見える。


 釣られて表情を綻ばせ、なおも様子を見ていると、彼はワゴンを寄せたテーブルの下へと向かった。


「みゃあ?」


 だいぶ前に夕食が運ばれてきていたが、手をつけていなかったものだ。しっかりとしたフルコースがテーブルの上にセットされているが、料理はすでに冷めてしまっている。


 猫が「にゃおにゃお」と呼ぶので、そちらに近づいた。テーブルの横にある椅子に座れと言っているような気がする。


 指示に従うと、彼は着席したわたしの膝の上に飛び乗ってきた。そうして前足をテーブルの縁にかけて、テーブルの上にある食事を眺めている。


「よかったら一緒に食べようか。えっと、猫ちゃんが食べられそうなものは……」

「うにゃっ」


 これがいいと言わんばかりに、小さな手でお肉を示してきた。人の言葉がわかるみたい。異世界だから、猫も賢いのかもしれない。


 猫が食べても大丈夫と判断したものを与えておいて、わたしは目の前にあった食前酒を取り上げ、口に含んだ。すると食欲のなかった胃袋が活動を始めたみたい。ナイフとフォークを持ち上げ、お皿に向かう。冷えたスープも冷製スープと思えば十分に美味しい。


 愛らしい同席者のおかげで食事も進み、あとは簡単に後片づけをしたワゴンを廊下に出しておく。こうしておけば、メイドが食器を回収するのに役立つだろう。


 そのまま部屋に居ついてしまった猫は、しばらく好きにさせておいた。


 彼は気ままに過ごしていたけれど、わたしがカウチの上で足を伸ばし、踵の傷の様子を見ていると、するりとそばに寄ってきた。おいでと手を広げると、素直にお腹の上に乗ってくる。


「人に懐いているのね……。ひょっとしてアレクシアの飼い猫?」


 首のうしろを撫でながらそう尋ねると、彼は急に髭を逆立てて「みゃおみゃおッ!」と怒ったような声を上げた。違うと言っているらしい。


「よくわからないけど、来てくれて嬉しい。わたし、猫が大好きなの。落ち込んでいたのだけど、おかげで少し元気が出たわ」


 するとこちらを一瞥した彼は、おもむろに体を伸ばし、わたしの胸の上に手を置いて、身を乗り出してきた。毛むくじゃらの顔が、ずずいとアップになる。


 なんだろうと思っていると、頬をぺろりと舐められた。泣いたあとだからしょっぱい匂いがしたのかもしれない。


「ふふ、くすぐったい」

「なーぉ?」


 カウチの背もたれに寄りかかり、されるがままになっていると、ビー玉のような瞳が、じっとわたしの目を覗き込んでくる。その表情は、大丈夫かと尋ねている気がして……もしかして本当に慰めてくれているのかもしれない。


「大丈夫よ。ありがとう……」


 愛らしい生き物を抱き寄せ、そっと頬擦りすると、彼は鼻をぴすぴすと動かして、そのまま心地よい重さの体重を預けてきた。気を許してくれているのがわかり、とても嬉しい。


 温かくて柔らかいものを抱いていると、心が満たされてくる。

 安心してお腹もいっぱいだったせいか、なんともいえない眠気が襲ってきた。


「疲れたなぁ……まだお風呂……入ってない、けど……」


 心も体も、弱っているときには寝るのが一番。そして睡魔に襲われたとき、抵抗せずに流されるのはなにより気持ちがいい。


 中途半端な時間に目を覚ますことになりそうだと頭の片隅に思いながら、体のサインに身を委ねた。


お読みくださり大変ありがとうございました!

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続きのほうも何卒よろしくお願いいたします(*ᴗˬᴗ))ペコリ

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