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追放悪役令嬢は戦女神の力で世界を救う  作者: 桜雨実世


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レーヌの町防衛準備

 レーヌの町の主要な戦力は現在、他領の魔物討伐の応援のため不在。残っているのは、領主から市長に任命された富裕な商人デニスと市庁舎の職員のみ。

 商人出身の市長はお金稼ぎのノウハウはあるけれど、都市防衛のノウハウはない。もちろん市庁舎の職員さんも都市防衛のノウハウはない。


 この町で現在、戦いのノウハウがあるのは冒険者ギルドの冒険者たちだけど、軍のように都市防衛のノウハウはない。

 それに、兵士たちのように一団となっての戦い方も訓練されていない。


 魔物が出るこの世界では、市民たちも年に一回くらいは戦闘訓練をしている。年に一回だけだから、当然当てにならない。


 そういうわけで、都市の防衛戦力としてはとても心もとない状況だ。

 レーヌの町の壁が分厚くて頑丈ってことくらいしか取り柄がない。


 市壁の上に登って、望遠鏡を覗き込むと、魔物の黒い群れがこちらに向かってくるのが見える。魔物たちの後方には黒い霧やモヤのようなものが天高くまで広がっている。

 あの黒いものが瘴気と呼ばれるものに違いない。近づくだけでも体調に異変起こる。


 こんなのっぴきならない状況だから、レーヌ市民は生き残ろうと上も下も大わらわだ。


 一部の芸術家は、自分の体こそが美の結晶だから、体を汚したくないと防衛のための仕事を拒否している。魔物にズタボロにされたら元も子もないわよ。

 それとも、このズタボロになった傷が、前衛的で美しいとか言い出すつもり?


 現在、婆さんたちは糧食作りに必死。薬師たちは森で薬草の収穫とポーション作りに必死。残りは農地で食べられそうな作物を必死に刈り取っている。


 鍛冶職人は武器や防具作りに精を出している。

 町の外では男たちが罠を仕掛けているし、堀も作っている。


 堀作りはあまり進んでいない。皆は死なないために必死こいているけれど、土が固い上に岩や石も多く、穴を掘るのは重労働だという。


 私は町を覆う外壁の上から作業を見下ろしながら、

「間に合わないかもしれませんわね……」


 近くにいたモーリッツが心配そうに、

「間に……合わない……?」

「おそらく」


 罠があれば、少しでも魔物たちを足止めし、僅かであっても市民たちを訓練する時間が作れたかもしれないのに。


 私は兵士を指揮したことはないけれど、父が元気だった頃に、時期領主になる身だからと、兵士たちの指揮の仕方などを子供の頃から教わってきた。

 その時に教わったのは兵士の練度の大切さだ。


 些細な時間の誤差ではあるが、少しの練度の差が極限状態では、重要になるかもしれない。


 厳しい父の教育の記憶とともに、義理の弟のセバスチャンを羨ましい気持ちで見つめていたことまで思い出してしまった。

 彼はそういうことは一切教えられず、義母からとても甘やかさていた。


 カスパーも私に同意し、

「堀は諦めたほうがよさそうだな」


「精霊使いだって見つかると怖いけど……、間に合わないのは……もっと怖い」

 そう言ったモーリッツの周囲が突然光り輝いた。

 光はよく見ると、半透明の生き物の形をしている。動物に近いものから、人の形に近いものまで。


 「大地の精霊たちよ……、我が声に応じ……、穴ぼこを作り給え……」

 穴ぼこって……。

 でも、精霊たちは、意図を読み取ったのか空気を読んだのかわからないけれど、きちんと堀をこさえた。


 私が驚いていると、カスパーが小声で、

「あの半透明の生き物が精霊だ。危険はない」

「そ、そうなんですの」


 この国では精霊使いは邪教の一味と見なされ、人々を陥れ不幸にするとされている。

 見つかったら、すぐに捕まって処刑されてしまう。


 精霊使いは一般的には恐怖の対象だ。

 私は乙女ゲームでプレイしていたから、精霊が危険な存在ではないことを知っている。だが、カスパーはそんな私の事情を知らない。

 彼としては、モーリッツは危険ではないと伝えたかったのだろう。


「あの半透明の小さな生命体が、精霊だ」

 姿形は人間に近いものからファンタジーの生き物ちっくなものまで様々だが、総じて小さく、意外と可愛らしい。


 当然、多くの人々の注目を浴びることとなってしまい、精霊使いではと疑う者も出てくる。


 私は一歩前に踏み出し、人々に言った。

「彼が使うのは精霊の類ではありません。異国の秘術……ぇっと……モケモケです! 異国の秘術なので私たちに馴染みがないのは当然ですが、すぐに邪悪呼ばわりするのは失礼ですわ! 真に邪悪なものならば、私たちのために堀など作らず、私たちを害していたはず」

「そうだ! そのとおりだ! すごいぞ、モケモケ!」

「モケモケ!」


 堀作りに疲れていた人々はモーリッツを称賛した。手作業では掘れない土地での堀作りから、解放してくれた恩人だからだ。

 

 人々が去った後、モーリッツは私の服の裾を掴んで、

「……モケモケ。名前、ダサい。間抜け。嫌だ」

「……悪かったですわね。咄嗟の思いつきなんですもの。我慢なさい」


 一方でカスパーがモーリッツに拳に力を込めて力説した。

「何を言ってるんだ! モケモケ、とっても可愛い名前だぞ! 可愛いは正義だぞ!」

 身長二メートルの筋骨隆々の男が、満面の笑みで力説している。なぜか眩しさすら感じる。あまりの熱量に、ついていけない。ドン引きだ。


 とりあえず、良かった。モケモケが幼女の名前じゃなくて。目を輝かせた大男が幼女の可愛さを称賛していたら、この世界でも要注意人物になるからね。


 ……もしや、私が今着ているピンクのロリータチックなおリボンとレースたっぷりの服を用意したのも彼か?

 なんて、身長二メートルの筋骨隆々の大男とは、到底思えない乙女チックなセンスをしているのだろう。


 カスパーも力説する以外は戦闘経験がない者たちに槍と弓の使い方を教え、先生と呼ばれるまでになった。出自は騎士だから、こういう訓練は散々行ってきたという。

 彼の出自は私がプレイしていた乙女ゲームでは語られなかったから、驚きだ。


 この世界の騎士は身分であり一種の資格みたいなものでもある。貴族男子は成年すると、王や自分が仕える大貴族から騎士爵を賜り、王家や大貴族への忠誠を誓う。


 こんな感じで貴族にとっての騎士爵は成年の印程度でしかない。しかし、貴族じゃない場合は自分の身分を表す重要なシンボルとなる。


 カスパーは騎士団に入団し、それなりに経験を積んでいたのだろう。「朝と夜の二部隊に分かれて、魔物と戦うぞ!」と作戦まで立案していて、すっかり司令官の風格だ。

 市長のデニスも積極的にカスパーの意見を聞いている。


 ヒルデベルトは薬師と子どもたちの護衛として、森に薬草採取に出かけている。


 スヴェンは錬金術工房の一角を借りて、ニヤニヤしながら怪しい薬を作っている。

「ふふふ。この薬が魔物共にも、人間にもよく効くんですよ。これで奴らも魔法協会の連中もイチコロですよー」

 人間もイチコロになるようなものを作るな。


 私は結局、ロヴィナに踊りや歌で発動させる魔法を教わっていた。

 市の外から魔物の鳴き声や移動の地響きが聞こえてくるようになり、時間がかなり少ないのをひしひしと感じる。


 最初は市民兵たちに混じって、剣の練習をしようと思ったのだが、アルフォンスの冷静な言葉が決め手となった。

「学校の授業で習った程度の剣術で魔物と戦うより、踊って皆の傷を直したりバフをしたほうが、君も皆も生き残れる可能性が高まるぞ。回復役は一人でも多いほうがいいからな」

 確かに、回復役は教会の神官たちが担うことになっているが、たくさんの人数がいるわけじゃない。むしろ少ない。

 回復役が心もとない状況では、付け焼き刃でも回復役が多くいたほうが絶対にいいに決まっていた。


 だが、私の心の中で、ゲームでは役立たずだった魔法を覚えることに抵抗があり、時間のムダのように思えてならなかった。


 そんな役立たずな回復魔法でも必要なくらいには、私たちは追い込まれているのも確かだ。


 私の魔法の練習にはアルフォンスも一緒だ。他の仲間たちは、忙しそうに町のために働いているというのに、何をしているのかと言いたくなってしまう。しかし、彼は魔術師だ。


 魔物が襲来する前に魔力が枯渇して、魔法が使えませんという役立たずになっては困るから、魔術師にとっては休むなことも重要な仕事だ。


 それに、手のひらの上にずっと魔力で作った球が光っている。何かを魔法で作っているのかもしれない。だとしたら、休んでいるのではなくて、手のひらの魔力の塊に集中しているのだろう。


 それがなんなのか知らないが、スヴェンみたいに、魔物以外にも人にもテキメンに効くようなものでは困る。


 ロヴィナが私に歌舞魔術の概要を語った。

「いいか、歌ったり踊ったりすることで仲間たちの能力を底上げしたり、傷を癒やすことができる。動作や歌、演奏そのものが詠唱になる。体に魔力を込めて動作や声で放出するイメージだ」


 踊りや歌自体はすぐに覚えることができたが、体に魔力を込めて放出するまでがうまく行かない。

 

 アルフォンスが立ち上がり、私のお腹を手で抑えながら言った。

「腹に思いっきり力を込めて叫んでみろ」

「え?」

「いいから、『あ』と言ってみろ」


 言われたとおりに思いっきり叫んだ。

「あっ!」

「魔力もその要領で外に出すんだ。体に魔力を込めることはできてるから、あとは放出するだけだ」

 アルフォンスのアドバイス通りにしてみると、できた。


 ロヴィナの身体能力が上がったような感覚や手応えがある。

「お、成功したな」

 ロヴィナも言ったから、彼自身も能力が上がった手応えを感じたのだろう。


 そして、傷を癒やしたり毒のような状態異常を消す踊りも無事に覚えた。

 踊れば踊るほど、私の体から疲れが消えていく。体が軽い。どんどん踊れるような感覚になる。魔力ですら泉のように溢れてくるようだ。


 ロヴィナが驚きながら言った。

「すごいな。俺の魔力も回復してる! あんたが踊るだけで俺も力がみなぎってくるようだ。リーゼロッテ、あんたはきっと神の踊り手だぜ」

「ハァ? なんですの、その怪しげな名称は」


 ロヴィナは興奮気味に、

「元々、この魔法は並の踊り手なら、体力だけを回復させる魔法なんだ。踊り手の体力も回復するから、魔力が尽きるまで踊っていられるわけだ」

「ふーん。それって普通ですわよね」

「それは普通だろう」

 魔力が尽きたら、いくら踊っても魔法は発動できない。


 彼は私とアルフォンスの冷たい言葉にめげることなく、自慢げに、

「さらに、優秀な踊り手となると、自分や仲間の魔力も回復する上、空腹も眠気も感じることすらなくなって、戦いが終わるまで寝ずに踊り続けることができるって言われてる」

「そんな奇跡みたいなことがあるわけないだろ」

 アルフォンスは即座に否定した。


「仕方ないだろ。俺の国だとそうなんだぜ。そのレベルの踊り手は神の踊り手と呼ばれるんだ。さらに、すごい踊り手になると実際に神を自身の身体に憑依させることができるらしいんだよ」

「それはさすがに言い過ぎではありませんの?」

「そうかもな。数百年前に出たっきりだっていうし。でもさ、こんな非常事態もめったにないんだ。神の奇跡があったっていいんじゃないか?」

「神なんているわけ無いだろ」

 アルフォンスは吐き捨てるように言った。


 ロヴィナは苦笑しながら、

「いいじゃないか。夢があって」


 神……ね。

 実際にこの世界にいるのだろうか?

 原作の乙女ゲームには神は登場しなかったし、地球でも実物を見たことがない。

 どっちの世界でも宗教上の架空の存在だった。


 まぁ、精霊や魔法が実在するこの世界のほうが、地球よりは神の存在確率は高そうだけどね。


 ロヴィナは、純粋な好意で言っているのだろう。

「戦いが終わったら俺の国に来いよ。あんたみたいな踊りては神の踊り手と言われて、国で保護してもらえるぜ。一生、食うにも家にも困らないからさ」

「断りますわ」

 旅暮らし希望の私は、即答した。


 前世ではできなかった旅をしたいのだ。

 ダンスや歌のレッスンにオーディションばかりだった。


 娘を芸能人にしたくて、仕方がなかった母のことを思うと、申し訳なくなった。

 私には踊りの才能はあったらしい。ただし、それは魔法がない日本では発見すらできないものだった。

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