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レーヌの市長と面会

 私の内心の焦りとは裏腹に街の中はいたって平和で、大道芸人たちのパフォーマンスで活気で満ちている。市民たちにはまだ情報がはっきりと伝わっていないのだ。 

 私は市長に面会を求めた。貴族籍を除籍されているので、面会は断られるかもしれない。

 侯爵令嬢だったなら、簡単に面会できたのに。


 アルフォンスとスヴェンも一緒だ。ちなみに、他の三人は町の外へと偵察に行った。


 レーヌの市長は、この土地を治める領主から任命された裕福な商人だ。市長はありがたいことにアンブロスの名前を知っていたから、断られることはなかった。しかし、かなり待たされた。


 身分が変わると、こうも扱いが変わるものなのか。


 市長の名前はデニス。白髪に白ひげという顔立ちに、ふくよかな体型の壮年男性だ。まるで、サンタクロースがスーツを着ているようだ。

 彼は今にも泣き出しそうな困り顔をしている。


 私は単刀直入に、

「巨大な瘴気が発生し、大量の魔物がそこから出現していますわね」

「は、はい。おっしゃるとおりです。先程冒険者ギルドからそのような言葉があり、兵を偵察に向けたところ、まっすぐこちらに猛スピードで向かっているとのことで。どうするべきか対応に苦慮しておるところです」


 だから、市民にいまだ充分な説明すらなされていないのだ。


 デニスは額の汗を拭いながら、

「レーヌの町の騎士団は現在、他領への魔物討伐の応援へ行っておりまして……」

 つまり現在のレーヌの町には主要な戦力が不在なのだろう。


「アンブロス家は30年前のグランツの悲劇で、瘴気を破壊できた数少ない貴族領です。私はどのように対処すべきか教わってきました」

「本当ですか!?」

 デニスは身を乗り出した。

「えぇ。それに、運がいいことに聖女様と王太子様ご一行様が学園の課題のために、レーヌへと向かっている最中なはずです。聖女様が来れば、瘴気はすぐに消せます」


 デニスは明るかった表情を曇らせ、

「どれくらいで来るのでしょうか?」

「私は彼らの詳しいスケジュールは知りませんが、どれだけ急いでも一週間はかかるはずですわ。魔物は三日後には町に殺到するでしょう。つまり、私たちは最低でも四日間耐える必要があるのです」

「四日も……」

 デニスは青ざめ、表情が暗くなった。

 そうだろう。

 主要な戦力が不在なのだ。


 私は言い方を変えた。

「彼らが来る間だけ魔物から耐え凌げばいいのです。聖女様が来れば、瘴気は消せます」

 もっとも、ゲームには聖女が来ないレーヌの町壊滅シナリオもあるのだが……。まさか、そのようなことは起こらないだろう。


 私はさらに、デニスを勇気づけるように、

「市壁がありますし、三日も時間があります。籠城の準備には充分な時間があるのです。つまり、市も市民も、全てが傷つくことなく魔物をやり過ごせる可能性があるのです」

 本当は充分ではないし、やり過ごせるかどうかなんて全くわからない。しかし、今は市長である彼の士気を上げなければ。


 私だって内心は不安でしょうがない。余計な感情は人に見せるなと教育されたから、取り繕うのが上手なだけなのだ。


 私の話を聞いたデニスの表情がパッと明るくなった。まるで暗い部屋に電気がついたみたい。

 あまりの変わりっぷりに、単純な性格の人間に見えてしまう。商人としてはとても優秀な人なんだろう。でも、軍事に関しては本当に知識がないのだろう。

 まぁ、商人としても市長としても不要な知識ではある。


「で、では、まずは何をしましょうか?」

「まずは、堀を作り、罠を仕掛けて、魔物の町への進行を遅らせましょう。そして、今のうちに収穫できる作物や薬草を収穫、糧食やポーションを作りましょう。被害を最小限に抑えるためには町の人々全員の協力が必要です」

「レーヌの町は芸術家の街。汚い仕事をしたくない連中も多いでしょう」

「町がなくなったら、元も子もないのですけど」

「市民たちに急いで命令します」

「頼みましたわ。レーヌと私たちの明日を一緒に守りましょう」


 私は市庁舎を出て、急ぎ足で武具屋へと向かいだした。

 街を歩きながら、アルフォンスが訝しげに、

「なぜ、慌てる冒険者の言葉だけで、瘴気や魔物が大量に発生したことに気づいたんだ?」

「さぁ、なぜでしょう?」

 私は笑って誤魔化そうとした。


 だが、アルフォンスはそんなことでは許してはくれなかった。

「誤魔化さないでくれないか」


 私は一つだけため息を吐いた。

 言わないほうが、本当はいいのだろう。

 だが、まともな嘘が思いつくほど、私の頭は切れていない。


 まぁ、別にいいか。

 信じるも信じないもアルフォンスの勝手だ。

「わかりました。教えてあげます。実は前世で別の世界にいたのです。そこで、私はこの世界を舞台にした物語を見聞きしたのです。レーヌの町の災いはそれで知ったのですわ」

「君は何を言ってるんだ?」


 アルフォンスは困ったように、眉間にシワを寄せながら頭を抱えた。

 スヴェンが笑いながら、

「面白いお嬢さんだ!」

 嘘は言っていないのだ。しかし、この話を信じてしまう人間は地球であろうがこっちの世界であろうが、ヤバい人間なのは確かだ。


 二人は完全に私の話をデマカセだと思っている。

 アルフォンスは、

「前にも君は英雄になるとデマカセを言っていたな。本当に平気でデマカセを言えるんだな。まるで悪党みたいだ。善人として生きたいなら、そのクセを直したほうがいいぞ」

「まぁ、失礼しちゃいますわね」

「……もっとも悪党としていきたいなら、話は別だがな」

「この上なく善良な乙女である私が悪党だなんて。良心が痛んでできませんわ」


 スヴェンはニヤニヤしながら、

「良心が痛む奴は息するように、デマカセを言わないですよ」


 市庁舎から出ると、一部の者にはすでに魔物の発生の情報が伝わっているらしく、武具屋に向かう途中で多くの冒険者たちにすれ違った。

 皆、一様に硬い表情をしている。戦いは避けられないこと。普通に戦えば、負け戦であること。生きる希望がすでにないことを悟っているような表情だ。


 魔法使いたちも多くが同じ方向へと歩いている。おそらく魔法協会や魔法ギルドでもあるのだろう。やはり誰もが硬い表情だ。


 朝に出会ったロヴィナと再会した。彼は明るく飄々と、

「やぁ、随分と町に冒険者や魔法使いが増えたと思わないかい? まるで、戦争でも始まるみたいだ」

「仕方ありませんわ。大量発生した魔物が、この町に向かっているのですから」

 私は冷たく告げた。

 事情を知らないとはいえ、そのノリの軽さはなんておめでたいのだろう。


「そりゃ、おっかねぇ。早いとこ別の町に逃げるか」

「魔物に追いつかれて、助からないと思いますわ。それでも良ければどうぞ」

 私が言うと、ロヴィナは肩を竦めた。


「それじゃぁ、これから君はどうするんだい?」

「これから武具を買って戦います。これでも元貴族です。何もせずに死ぬなんてごめんまっぴらですわ」

 私は胸を張って答えた。

 

 犬死になんてしていられない。私には世界を自由に回りたいという目標があるのだから。


 自分が行きたい場所に自由に行く。これは前世ではできなかったことだ。今世で今やっとできるようになったんだ。


 このチャンスを手放したくはない。


 アルフォンスが眉をひそめながら、

「学校で習う戦闘術なんて、俺から見たらお遊戯だぞ」

「父とともに魔獣程度となら戦ったことがありますわ」


 アルフォンスがまた頭を抱えた。

「それはおそらく単なる狩りだろう? その程度でか……。出陣する兵士たちを歌って踊って、見送ったほうが君は助かると思うぞ。兵士の士気も上がるだろうしな」

「そ、そうですけれど、とにかく私は戦います」

 自分でもわかっているが、魔物が町に押し寄せているのだ。


 ロヴィナは割り込むように声を上げた。

「それだ!」

「え?」

 私たちは唐突すぎる叫びに驚いて、思わずロヴィナを見た。


「アール王国って知ってるか? 俺、実はそこから来てるんだよ。それで、その国にはすごい魔法がある!」

「ほぅ」

 で、どう繋がるんだとアルフォンスは言いたげに答える。


 ロヴィナが私の肩を掴んで、

「歌や踊りに秀でる君なら使えるかもしれないな」


 あぁ、アール王国の限られた人々だけが使えるあの魔法か。


 ロヴィナがその秘術を使えるのは、アール王国の王子だからだ。


「なんですの? 歌ったり踊ったりするだけで発動する魔法があるとでも?」

 とりあえず、知らないフリをしておいた。

 ロヴィナは驚いた表情をした。図星のようだが、すぐに自慢気に、


「そうなんだよ! 俺は全然なんだけど、すごい使い手が使うと本当にヤバいくらいにすごい魔法なんだぜ!」


 ロヴィナは得意げに言っているが、原作だと仲間をバフする魔法が中心で、ステータス上昇率もしょぼく使い道はほぼ皆無だった。

 今は使えなさそうな魔法を教えてもらう時間はないくらい忙しいのだ。


 背を向けて武器屋と進もうとしたんだけど、ロヴィナは食い下がらず、私の腕を離さなかった。

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