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レーヌの町にて

 私はアルフォンスたちとともにレーヌの町へとたどり着いた。町の入口ではデメルングの最後の一人が待っていた。

 名前はスヴェン。ウェーブした黒いロングヘアに知的な切れ長の瞳が印象的な男性だ。だが、その雰囲気はどこか妖しさが漂う。


 彼は不気味に笑いながら、私の顔を覗きこんだ。

「待ってたですよ、アルフォンス様! そちらが件の娘で?」

 私の背中がざわりと震えた。


「すでに洗脳済みですか? なら、さっさと学園に運んで暴れさせましょう」

 よくこんな人の往来が多い場所でそんな話ができるものだ。道行く人が気まずそうにスヴェンを見て、さっと視線をそらした。


 だが、スヴェンは周囲の視線を一切、気にしせず、不気味な笑みを浮かべているだけだ。


 アルフォンスはムッとした表情で、スヴェンを咎める。

「ここでそういう話はするな。はぁ」

 小声で、「途中から王太子や聖女への怒りや憎しみが、完全に消えてしまった。だから、洗脳の魔法の効果がなかった」


 スヴェンは再び、私の顔を覗きこんだ。ニヤニヤと怪しい笑みを浮かべながら、

「抱え込んでいた負の感情がいきなり消える。そういうこともあるのですねー。ぜひ、あなたの心を解剖して見てみたいものですよ」

 私の頬を、驚くほどに冷たい手で触った。


「こ、困りますわ」

 私は彼の手を払い、身をのけぞらせ気味にして、嫌悪感を示した。

 アルフォンスは眉を下げ、スヴェンを制する。

「彼女を困らせるな」


 私たちはようやくレーヌの街の中を歩き始めた。

 往来には花が植えられ、町並みは明るく、人々は活気で溢れている。


 広場では大道芸人たちが芸を披露していた。私は物珍しさから見入ってしまい、思わず口に出した。

「この町では、こんな多くの人が芸を披露していますのね」

「披露したい者が自由に披露しても良いことになっているからな」

 アルフォンスが答えた。


 私が芸に見入っていると、アルフォンスが、

「先に宿屋へ行くぞ。服も体も汚れているからな」

「そ、そうですわね。でも、私、お金が……」

「そんなものは気にするな。とにかく、ついてこい」

「感謝いたしますわ」


 私は最初デメルングを、誘拐洗脳を平気で行う頭がオカシイど畜生野郎の団体だと思っていた。でも、実際はかなり面倒見がいいらしい。


 庶民が泊まる宿屋は私が知る宿より設備が乏しい。部屋も狭く、調度品も安っぽい。けれど、ようやく風呂に入り、すっきりできた。


 私はすっかり長い旅で疲れていた。夕食まで休憩するつもりで、学園のベッドよりもさらに硬い小さいベッドに潜りこんだ。そのまま深く眠ってしまった。


 目が覚めると、すっかり朝になっていた。

 枕元にはピンクのフリルとリボンがたっぷりの服が置かれていた。まるでロリータだ。


 デメルングの誰かが用意してくれたのだろうが、なんて乙女チックなセンスなんだ。


 こんな可愛らしい服は、前世でも今世でも来たことがない。若干の恥ずかしさはあるが、ありがたく着ることにする。


 窓の外を見ると人はいない。かなり早い時間帯に起きたらしい。

 廊下に出てみた。


 そういえば、お腹が空いたな。

 当然だけど、宿の食堂も閉まってる。


 空腹を紛らわせるついでに、散歩にでも行ってみようかな。近くまでなら迷うことなく帰ってこられるだろう。


 街の空気はひんやりとしていて、朝の光に照らされている。広場に近づくほどに人が増えてきて、陽気な音楽や歌声が響いている。


 広場では早朝から芸を披露する大道芸人たちがいた。ギャラリーも少なくないし、一部の人は投げ銭をしている。


 私はアルフォンスの「披露したい者が自由に披露しても良い」という言葉を思い出していた。


 前世で、私は路上で踊ったり歌ったりしていた。それを思い出したら、懐かしさと少しの痛みがこみあげてきた。

 その時の私は、有名にならなくてはというプレッシャーに支配され、必死だった。


 かつてのトラウマを打ち消そうとするかのように、私は自然と、軽く体を動かしていた。


 前世の体と今の身体は違うけれど、踊ることはできそうだ。

 喉の調子も悪くないから歌うこともできるだろう。


 私は軽快にステップを刻みはじめる。そして、歌い始めた。


「心だけでーもー、遠くへ行くんだー」


 歌っているのは前世で流行っていた曲だ。歌詞をしっかりと覚えていたから、自分でも驚いた。


 それだけ、前世の私は必死だったのだろう。


 次第に人が集まってきた。うん、いい感じだ。


 誰かが私の歌と踊りに合わせて、ハープで伴奏を始めた。

 そちらに目をやると、見覚えのあるフードをスッポリと被った人物がいた。


 顔は見えないが、面白がっているのが伝わってくる。


 彼の名前はロヴィナ。乙女ゲームでは攻略対象の一人で、レーヌの町の魔物襲撃イベントに居合わせる。


 フード越しからも伝わる彼の陽気さと明るさとは裏腹に、私はイベントの始まりが、近いのかもしれないという不安にかられた。


 歌い終わると、拍手が沸き起こった。

「見たことのないステップは、なんて前衛的で斬新なんだ」

 

 あ、そうか。

 こっちの世界にはない動きだったわね。ちょっと目立ちすぎたみたい。


 人々がコインを渡すが、すぐに手のひらいっぱいになってしまった。入れ物がない。

「これにでも入れるといいさ」

 ロヴィナがサッと袋をくれた。

 私はありがたく、それに小銭を入れる。人々もその袋に小銭を入れていく。


 ザクザクと小銭がたまっていく。

 すごい。


 私は小銭を見て、これがこの世界の小銭か! と感動していた。


 私はこの世界だとお金を直接見たことがないのだ。

 店に行っても基本的にツケで購入していた。財布すら持ち歩く必要がなかった。

 侯爵令嬢だったから、金はあったのだ。


 今度はいきなり勧誘が始まった。

「うちの劇場で働かないか」

「うちの酒場で働かないか」

 えっと……。

 とりあえず、いきなり就職できそう。


 私が戸惑っていると、ロヴィナがあっけらかんと、

「悪いな。これからこの子は俺とデートするんだ」

「それも違うな」

 突然、割りこんできた声の主はアルフォンスだった。

「すまないが、そういう話は受けてないんだ」


 彼は私の手を引き、少し怒ったように歩き出した。

「突然、いなくなって驚いたぞ! 君は世間知らずの令嬢なんだから、もう少しわきまえたらどうだ! この世はどんな悪いやつがいるかわかったものじゃないんだぞ」

「ご、ごめんなさい」

 心配してくれたのだろう。私を誘拐しようとした人間の言葉とは思えない。


 屋台の営業も始まり、美味しそうなにおいが漂う。

 私が屋台を覗くと、アルフォンスが、

「ずっと寝ていたから、腹も空いてるだろう。宿屋の食堂へ行こう。あの宿の飯のほうがうまい」


 朝食は大きくて黒いパン、野菜と豆の具だくさんスープ、チーズというシンプルなもの。


 いつも白いパンを食べていた私には、相変わらず黒いパンは難くてゴワゴワしていて食べづらい。でも、トーストされていたから、香ばしい香りが食欲を刺激する。

 野菜と豆のスープは優しい味で、ハーブの香りが爽やかに口の中に広がる。チーズはしょっぱくてすっごく固いけれど、パンに乗せて食べるととてもおいしい。


 朝食後は部屋に戻って、オヒネリを数えた。

 部屋には暇だからかアルフォンスたちもいる。


 カスパーが驚きながら、

「かなり稼いだな。初めて自分の力で稼いだとは思えない金額だ」

 初めて……。

 そうか、私はこの世界で初めて、お金を稼いだのか。

 う、嬉しい。


「少しは私の宿代の足しになるかしら?」

「宿代以上だな」


 私は安心して、

「良かったですわ。あなたたちにあまりお世話になるわけにはいきませんから」

「気にしないで良い」

「でも」


 私が申し訳なさそうにしていると、アルフォンスが、

「王太子と聖女がレーヌに来る。俺たちは君のその情報を信じて、ここにいるだけだ。だから、二人が来るまでは情報の礼として面倒を見てやるさ。だから、宿代とか考えずに、その金は自由に使ってくれ」

「ありがとう。それじゃ、仕事を探すために、冒険者ギルドに行ってきますわ」

 冒険者になれば、レーヌの町から早速逃げることもできる。


「まさか本当に冒険者になるつもりか?」

 アルフォンスたちは呆れている。

 私は笑顔で答えた。

「当然ですわ。冒険者は依頼を受けて色々な土地へ行くと聞きました。私も色々な土地を見てみたいのですわ」

 そして、世界の果てを見るのだ。


 アルフォンスは溜め息をついた。

「はぁ。本当に世間知らずだな。町の外は危険だと言うのに。君の才能なら、踊り子でも歌姫でもここでいくらでも稼げるだろうに」

「それはありませんわ」


 私には歌や踊りの才能や能力がないことは、芽衣子の時代に思い知らされた。少しでも才能があったなら、山になるほどのオーディションの落選通知が届かないだろう。


 私はとにかく街へと繰り出した。暇なのかアルフォンスたちも一緒だ。

 その時、冒険者と思われる男性が慌ただしく走りながら、叫ぶ。


「魔物だ! 大量の魔物だ!」


 人々は訝しげに男性を見る。


 私は彼の背中を見送りながら、レーヌの町の魔物襲来イベント時の冒頭のナレーションを思い出していた。


 『魔物の大量の群れを最初に発見したのは名もなき冒険者だった。』


 もう始まってしまったのか!?

 私は冷や汗をかきつつ、叫んだ。

「アルフォンス! 市庁舎の場所をご存知!?」

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