表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放悪役令嬢は戦女神の力で世界を救う  作者: 桜雨実世


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/43

おやすみ、悪夢(注・テオバルト視点)

この小説を初めて読む方は第1話もぜひどうぞ。

https://ncode.syosetu.com/n5049kc/1/


今回のお話は以下のお話も読むと、事情がわかりやすくなります。

38話https://ncode.syosetu.com/n5049kc/38/

39話https://ncode.syosetu.com/n5049kc/39/


テオバルト登場回

1話https://ncode.syosetu.com/n5049kc/1/

14話https://ncode.syosetu.com/n5049kc/14/

31話https://ncode.syosetu.com/n5049kc/31

32話https://ncode.syosetu.com/n5049kc/32

37話https://ncode.syosetu.com/n5049kc/37

38話https://ncode.syosetu.com/n5049kc/38

 城にやってきたマーヤはボロボロで、息をするのもやっとの有り様だった。

 彼女は震える右手で、腰に刺している小剣を大切そうに握っている。

 まるで、それだけは何があっても離すまいとするように。


 マーヤの服は大量の血液にまみれ、乾いた布地は褐色に染まりきっている。ずたずたに切り裂かれ、素肌もところどころ見えていた。


 弱りきっていても、笑顔だけは絶やさない。

 

「……テオバルト様、……ただいま、……戻りました」

 彼女はよろめいた。


 あぁ。

 君は、俺との約束を、ちゃんと守ってくれたんだ。


 力なく倒れた彼女を、俺はしっかりと抱きとめた。

 彼女の体が、とても軽く感じられた。


 知らずに、視界が滲んでいく。

 涙が、止まらない。

 彼女は、俺のためだけに、俺のもとに、真っ先に、戻ってきてくれたんだ。


 母上が俺の涙を見て、

「みっともない! 女一人で。女なんてたくさん見繕ってあげるわよ。そんな娘よりももっと身分も地位も高くて美人の上玉をね」


 それなら、なぜ、あなたは父上以外の男の愛で満足できないのだろう。


 マーヤは俺を慰めるように、口角を上げた。


「必ず……守ります……、テオバルト様も……皆も……。そして……、絶対、一人に……させません」


 マーヤはそう言って、笑みを浮かべたまま、動かなくなった。


 まるで、時間だけが止まったかのようだ。


 それでも、彼女の瞳は俺を見つめ続けてくれる。


 息をしているのか、していないのか。

 俺には、もう、……わからなかった。


 彼女との思い出が胸から溢れ出してくる。

 

 両親が殺された時のことを震えながら語った君。

 いつも笑顔の彼女に、こんなトラウマがあったなんて驚いたことを覚えている。


 君が育った孤児院に一緒に行った時、俺は環境の劣悪さに驚いた。

 食べ物が足りなくて、いつも皆餓えていた。早く食べられない子どもは、他の子どもにすぐに横取りされていた。

 大人に呼ばれたら、すぐに走って行かないとムチで叩かれ、土下座をさせられるような場所だった。


 リーゼロッテはマーヤに対して、マナーの悪さをいつも指摘していたな。

 そして、最後には、「王太子ともあろう方が、もう少し身分と品のある女性とともに行動すべきです」と言っていたな。


 彼女の言う通りだろう。

 彼女のような女性をそばに置くのが王太子らしいに違いない。


 それでも、俺は君のそばにいたな。

 君は明るくて、太陽みたいで、一緒にいると楽しかったんだ。

 君のひたむきな笑顔に、癒やされていたんだ。


 ある日、君は夜市があることを教えてくれた。俺が、「行ってみたいが王太子だから行けない」と言った時、君は首を横に振った。


 悪戯な笑みを浮かべて、

「こっそり寄宿舎を抜け出しましょう! 大丈夫です! 全部、私が悪いことにすればいいんだから!」


「でも……」


「行きたいんでしょう! テオバルト様!」

 そう言って、君は戸惑う俺を外に連れ出してくれた。

 楽しかったな、寄宿舎を抜け出して、二人で夜市の屋台に行ったのが。


 俺はある日、君に夢を語ったことがあったな。

「俺は立派な王になって、孤児院の待遇を改善しよう」

「ありがとうございます」

 その時の、君の輝くような笑顔が、今も胸に張りついている。


 俺は、そして、君のような子と結婚したいと言おうとしたが、先に君が口を開いた。

 夢見るように、

「私は、素敵な旦那さんと子どもたちと一緒に、小さな家に住みたいです。それで、一緒に野菜とか果樹を育てて、子どもたちに、夏にはプラムのタルトを、秋にはりんごのパイを作ってあげたいな」


 その時の俺はそっと、口をつぐんだ。

 その願いを、俺は叶えることができないから。


 俺はマーヤの開いたままのまぶたを、そっと閉じた。


 彼女は穏やかな表情を浮かべている。

 もう、誰も彼女の、ささやかな願いを、叶えることは出来ないのだろうか。


 結局、俺を王太子としてではなく、テオバルトとして見てくれたのは、マーヤ一人だけだった。


 最後まで、俺という人間の意思を、気持ちを、尊重してくれたのは君だけだったよ。


 ありがとう。

 俺を人として、見てくれて。

 俺を人として、扱ってくれて。


 でも、マーヤ。

 君が思ってるほど、実は俺は寂しくはないんだ。


 俺は、単なる道具でしかないから。

 寂しいという気持ちは、もう消えてしまったんだ。


 おやすみ。


 それでも、俺にも気持ちが、少しだけ残っているんだよ。


 君はもう、聖女という誰かのための道具ではなくて、一人の笑顔が可愛い女の子に戻ったんだ。


 ようやく悪夢は終わったんだよ。


 だから、君が休めることに、心から安堵している。


 涙は止まっていた。


 だけど、やっぱり悲しいよ。

読んでくれてありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ