枯れない花(注・アルフォンス視点)
リーゼロッテは行軍中は馬車の中にいて、各地の傍観側の貴族たちに、自分側につくようにと手紙を書いている。
事務方と手紙の文面について、とても悩んでいて、難しい顔をしている。
手もだいぶ疲れているのかパタパタと振ったり、マッサージをしている。
俺は王太子になったが、正直、そんな手紙なんて書けるわけがない。
王権に忠誠を誓い、デーべライナーに反感を抱いている貴族は、すぐに俺を支持し、アンブロスについた。
エレオノーラ妃の特徴を色濃くついでいる俺を、偽物だと否定する要素が彼らにはなかったのだ。
双方の取り決めにより、戦場と開戦日時が決められた。俺は戦争にもルールがあることに驚いた。
アンブロス軍とグランツ王国軍も草原での初戦となった。
グランツ王国のほとんどは草原が広がる見通しのいい土地だから、俺の魔法が活かせる場所だ。
グランツの兵士たちが、化物に変じて、アンブロスの兵士たちを蹂躙していく。
リーゼロッテが驚いて、
「なんて、強さなんですの!?」
スヴェンが苛立ちをあらわにし、
「ミリアムですよ。やつは、人間を非合法に改造することだけに、夢中でしたからね。完成させやがったわけだ」
空中を叩きながら、
「クソ。俺を実験台にして、失敗しておいて、とうとう成功させやがって合法にまでしやがって。俺にも教えろですよ」
「奴らは、人間ではなくて、改造された化物だろう」
俺はそう言って、特大の炎の魔法を見舞った。
兵士の皮を被った化け物たちが消えるはずだったが、消えなかった。
炎の向こう、焼けただれた空間に、一人の少女が立っていた。
兵士たちは、魔法による障壁で守られていた。
リーゼロッテが声を上げた。
「マーヤさん!?」
聖女か。
彼女も改造されたのか。
スヴェンが、
「魔法で障壁を張り、兵士たちを守っても、自分の分の防壁は魔力が足りなくて、張れなかったようですね」
その代わり、自分にはより少ない魔力で行使できる回復魔法をかけたのだろう。
俺の炎を浴びた聖女は、正気に戻ったような顔になった。
リーゼロッテが聖女に近づいていく。
彼女にとって、学園から自分を追い出した張本人が相手だ。だから、死なせることに躊躇はないと思っていた。
無茶をするが、問題はないだろう。
俺も彼女に続く。
リーゼロッテは声を上げ、聖女に話しかけた。
「どうして、あなたがここに!?」
聖女は笑顔で、
「皆で一緒に帰るためです。ここには、学園で一緒に学んできた友達もたくさんいますから」
「自分を改造してでも、ここにいることがそんなに大事なんですの!?」
「まさか、私もこうなるとは思いませんでした。でも、そんなのは関係ありません」
聖女は言葉を続けた。
「私が今、できることは、私が守れるものを、守ることだけ」
「次、アルフォンスの一撃を受けたら、今、私の一撃を受けたら、あなたは」
「大丈夫です。私は倒れません。大切な人の場所に戻るって約束したんです。一人ぼっちにさせないって決めてるから」
曇りのない笑顔で、まっすぐに言い切った。
聖女が兵士たちを守る限り、アンブロス軍は蹂躙されていく。
俺はもう一度、炎を聖女に見舞った。今度の炎は先程よりも何杯も熱いぞ。
彼女は改造により、聖属性が極限まで強化されたからか、常に傷が瞬く間に回復されていく。
ヒルデベルトが首を落としても、落ちる前にくっつき、カスパーが刺し貫いても決して倒れない。
それでも、聖女の瞳は決して折れない。
リーゼロッテが涙ながらに、
「どうして、ここまであなたはされても立っているのです。あなたは必ず負けますわ。降伏しなさい!」
聖女は微笑んだ。
「嫌です。あの人が生きる地獄に比べたら、ここは天国みたいなところです」
誰の地獄と比べているかわからないが、強情なお嬢さんだ。
俺がいる、地獄が、一番の地獄に決まっているだろっ!?
俺は、何度も、何度も、彼女を焼いた!
とうとう、彼女は弱り果て、地面に崩れ落ちた。
その時、どこからか哄笑が聞こえた。
現れたのはミリアムだった。
「あぁ、良かった! 聖女が倒されて! 聖女を強化して、戦場に向かわせれば、きっとこうなるって思ったの! 私では、手を下せなかったから!」
どういうことだ?
赤く染まった瞳がギラリと光り、背中からは龍のような羽が生え、頭には二本の角が突き出た。
ミリアムはリーゼロッテを見据え、言った。
「お久しぶり! ヴェンデルガルト!」親しげに言った瞬間、怒りに顔を歪ませながら、「お前に地獄に送られたアルシュラだよ!」
「アルシュラ! やはり貴様じゃったか!」
リーゼロッテの肉体を乗っ取ったヴェンデルガルトが叫んだ。
「あんたと聖女の二人がかりじゃぁ、さすがのあたしも倒されちまうからね」
「何故じゃ! 魔族の魂は地獄へと送ったのじゃぞ! もう二度と出てこれぬはずじゃ」
「神々は自らの肉体を脱ぎ捨て、その骸で、地獄を作った。ゆえに、神はこの地上に降臨ができない。でも、神の魂をこの地上に降ろせる人間がいるように、こっちだって、魂を上げることができる人間がいるのさ!」
「人々を、たぶらかしおって!」
アルシュラは高笑いをしてから、
「なーにがたぶらかすだよ! 本当の姿に、戻してやってるだけさ! 人間の持つ魔力は、魔族が持つ魔と同じだ! 魔族の持つ破壊と怒りと憎悪の衝動を、本能を、人間たちも持っている証拠だ!」
俺に指さしながら、
「そのでかい魔力は、元々、あたしたち魔族と同じ力なんだぜ! だから、お前は平気で、心を痛めることなく、必要だからと言いながら、人間たちを焼けるのさ! 自分の怒りを、復讐という言葉で正当化しながらな!」
今度はリーゼロッテを指差しながら、
「お前、魔法が使えねーだろ! 神力はな、魔と相反するから、魔力を体に入れておけねーんだよ!」
アルシュラは聖女を何度も蹴りながら、
「聖女たって、こいつが持つ聖属性だって所詮は魔さ。お前たちは浄化だなんて言うが、正確には魔の減退と消滅の力に過ぎねー」
リーゼロッテが小さく呟くように、
「ヴェンデルガルト。本当なの? 本当に、人の持つ魔力は……」
アルシュラが聖女を蹴る足を止めた。
見ると、聖女が足をしっかりと掴んでいる。
「……人を、馬鹿にしないでください。魔族と同じ力を、……持っていても、人という存在が……あるのは、魔族でも神でもないからです」
「戯言を」
アルシュラは聖女の腹を強く蹴った。
「私たち人は、魔法という道具を、誰かの不幸のためにも、幸せのためにも使えるんです」
聖女は立ち上がった。
「幸せを願って使う魔法には、あなたのような魔族が喜ぶ破壊衝動も怒りも憎悪もありません!」
彼女は最後の力を振り絞ったのだろう。
渾身の聖属性の魔法を放ち、アルシュラの上半身の半分を消滅させた。
だが、それが限界だった。
ヴェンデルガルトが、マーヤとアルシュラの間に割って入り、剣を振るう。
二人は激しい戦いを繰り広げるが、ヴェンデルガルトが押されていた。
双方の部隊もまた激突した。
アルシュラが、リーゼロッテを吹き飛ばし、とどめを刺そうとする。
俺やヒルデベルト、カスパーが割って入るが、簡単に俺の魔法も、武器による一撃も吹き飛ばされる。
だが、アルシュラにも限界が来た。
「チッ。あの小娘め。つまらない仕掛けをしやがって」
そう舌打ちをして、消え去った。
夕方には戦いは終わったが、双方ともに被害は甚大。
聖女の姿はなかった。風のように、彼女は消えていた。
生きているのか死んでいるのかすらわからない。
俺たちは疲れた体を引きずって、占領した街に戻った。




