空っぽの宇(そら)(注・テオバルト視点)
この小説を初めて読む方は第1話もぜひどうぞ。
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今回のお話は以下のお話も読むと、事情がわかりやすくなります。
6話https://ncode.syosetu.com/n5049kc/6/
31話https://ncode.syosetu.com/n5049kc/31
36話https://ncode.syosetu.com/n5049kc/36/
テオバルト登場回
1話https://ncode.syosetu.com/n5049kc/1/
14話https://ncode.syosetu.com/n5049kc/14/
31話https://ncode.syosetu.com/n5049kc/31
32話https://ncode.syosetu.com/n5049kc/32
37話https://ncode.syosetu.com/n5049kc/37
アンブロスが宣戦布告をしてきてから、父は城の一画の塔に閉じ込められている。理由は知らない。
だが、アンブロスの宣戦布告に父が関与していることくらいは、さすがの俺も気づいている。
つまり、真の王太子はこの世に実在し、父に近づこうとしているのだ。
良かったじゃないか。
感動の親子の再会が、叶うのだ。
俺は、涙をこらえ、歯を食いしばった。
俺は言われるままに、父の代わりに玉座に座った。その日から、俺が王の代わりになった。
近日、俺の正式な即位式が行われるのだという。
デーべライナーの一族の人々が、「デーべライナーの権力が、ついに完成したのだ」と喜んでいる。
この人たちは、手に入れたいものを、全て手に入れたのだ。
良かったじゃないか。
この世の栄華を手に入れて。
一族の人々は今後や政策の話をしている。
俺は彼らの背中を見つめるだけだ。
俺は、塔へ幽閉された父へ会いに行った。
扉が開いている。
母の叫び声が聞こえる。
「あなたが、私を愛してると言ったから、殺さないであげたのよ! 他のあなたの側近は皆、一族もろとも処刑してやったわ! 女も子どもも皆よ! アハハ」
俺は足を止めた。
「ほら、また愛してるって言ってよ!」
心のない愛してるが、そんなに欲しいのか。
俺は、背を向けて、その場を離れた。
母は、父の愛を得るために必死で、父も、実の息子のために必死で、デーべライナーも権力を守るために必死だ。
きっとアルフォンスも王になるために、リーゼロッテも自分たちを守るために、必死なんだろう。
俺は、夜の庭に出て、星空を見上げた。
俺は、手を伸ばして、星を掴もうとした。
俺は、すぐに手をおろした。
この世に、醜いものは、何もないんだな。
この世は、あの星空のように、美しいものばかりで、満ちている。
俺の即位式当日。
謁見の間には教会関係者もいるというのに、マーヤの姿が見当たらない。
聖女だから、参列しそうなのだが……。
儀式は滞りなく終わり、広場へと向かった。
アンブロス軍の迎撃をするために、特別な兵たちのお披露目が行われるという。
俺が広場へ向かうと、兵士たちの中に無表情で立っているマーヤの姿があった。
俺は固唾を呑んだ。
魔法協会の魔術師ミリアムという女が、得意げに、
「この者たちは特別な魔術改造を行われた者たちです。特別な力をお見せしましょう」
兵士二人が、前に出た。
二人の体が波打ったかと思うと、化物に変わった。
「一見、魔物になってしまったように感じられるかもしれませんが、決して魔物ではありません。協会が長い間研究をしていた秘法が完成したのです」
なんと、非人間的なことをしているのだろうか。
デーべライナーの一族たちは、これでアンブロス軍を一網打尽だと手を叩いている。
俺は、喜ぶ一族の横で、ただ、立っていた。
ミリアムはマーヤを示し、
「聖女様の聖なるお力も、我が協会の秘法により大幅に増幅されました。これで、市中に登場する魔物の多くが、より迅速に倒され、戦場の兵士たちが瞬く間に回復されることでしょう」
俺は、この言葉を聞いて、マーヤが騙されたことを察した。
マーヤはミリアムの指示に従って、聖なる力を解放した。その眩いばかりの輝きの強さに人々は驚嘆した。
即位式が終わった僅かな時間を塗って、俺はマーヤに会いに行った。
マーヤの瞳に感情の色はない。かつて、あんなに泣いて笑っていた彼女の面影はまったくなかった。
俺は彼女になんと声をかけようとずっと迷っていたのに、彼女の顔を見た瞬間、自然と口から出ていた。
「戦いが終わったら、戻ってきてくれよ」
彼女が戦場に行く運命を、俺は変えることができない。
彼女は頷くでもなく首を振るでもなく、ただ立ち尽くしているだけだった。
神官に促され、彼女は城を後にした。今の彼女は、命令で動くだけの人形になってしまったのか。
俺は、彼女を見送ることしかできない。
あぁ、彼女の決意は、とても美しいな。
だから、利用されてしまったのだろう。
即位式が終わったあとは、盛大なパーティが大広間で開かれた。
貴族たちが列を作り、一人ひとり俺に挨拶をする。
俺はそれに、答える。
それが終わったあとは、誰も彼もデーべライナー一族に群がり、俺のことは見向きもしない。
きちんと皆、権力が俺ではなくて、母やその身内にあることを理解している。
俺はそっと部屋へと戻った。
父はずっと耐えてきたんだ。
常に、自分が蔑ろにされてきた人生に。
ソファに座ると、一人のはずなのに、誰かの気配がした。
眼の前に、ミリアムがいた。
「フーリャでも会ったな」
俺は言った。
女は微笑みながら、
「そうですね」
「セバスチャンもマーヤも、その微笑みで、甘い言葉で、騙したのか」
「あら、嫌だ。騙していませんよ。ただ、私は彼らの願いを叶えたんです。セバスチャン様は特別になりたいと言ったので、特別な魔物にして差し上げました。マーヤ様は多くの方を救いたいと願いました。だから、救えるようにしてあげたんですよ」
「そうか。それで、俺には何をしに来たんだ」
「何かをするつもりだったんです。でも、あなたには、何もできないんです」
「そうか。残念だったな」
「その乾いた声、乾いた表情。全然、残念そうじゃありませんし、安心したようでもありませんね」
「そうだろうな。どっちでもないからな」
ミリアムは怒りを堪えた笑みを浮かべ、
「本当に、つまらないわ」
まるで、ミリアム以外の女が喋りだしたかのように、雰囲気が変わった。だが、正直、俺にとってはどんな女が喋ろうがどうでもいいことだ。
また、ミリアムに戻った。
「あなたって、あまりにも、心が空っぽすぎて、使えないんですもの」
俺の心は、とっくに、すり減ってしまったのだろう。
「代わりに、あなたのお父上を、たぶらかしてみようかしら」
「俺の父や母なら、簡単だろう」
「あぁ、その言い方がムカつく。あなたを利用するために、ここまで頑張ってきたのに。あなたなら、最高の化物か人間兵器にできると思ったのに」
ミリアムは俺に顔を近づけて、怒鳴った。
「どうしてなのよ!? あなたの中にある劣等感はどうしたの!? 怒りはどうしたの!?」
「あぁ、そういう感情が必要なのか」
俺は納得をしながら、言った。
「人間は美しいだろう」
「は?」
彼女は拍子抜けしたような声を上げた。
「人間は美しい。彼らは自分のために、皆、必死だ。だからこそ、平気で人を蔑ろにできる。でも、仕方がないんだ」
「何を言っているの?」
「それが人間だからだ。どんな理由であれ、どんな感情であれ、彼らのそのために必死に生きる姿が、俺には、とても美しく見える」
愛されたいと父にすがる母の醜い幼さも、愛する息子にすがる父も、権力にしがみつくデーべライナー一族も、その、人間臭さが美しいだろう?
だから、彼らは間違うし、誰かを傷つけるし、誰かを蔑ろにするのだ。それは仕方がない。
人間だからだ。
俺も、間違うのだ。俺も、誰かを傷つけているのだ。そして、誰かを蔑ろにしているのだ。
皆、何かを手に入れたり、守ろうとしている。結果的に、傷つけ合っていたとしても。
そこに、善悪が入る余地があるだろうか。悔しさや、悲しさや、怒りを、抱く余地があるだろうか。
ミリアムはナイフを俺の眉間に突きつけた。
「 わけがわかんない! 今すぐ、私はお前を殺せるんだぞ」
「そうだな」
俺は静かに肯定した。
「チッ。全然、お前の感情が動かない。恐怖の一つすら生まれりゃしない」
ミリアムはナイフを仕舞い、強く言った。
「お前は、何もするな! 何かをしたら、お前の父親を、世界で一番、醜い魔物に変える」
「わかった」
俺は素直に頷いた。
彼女も、何かを手に入れようとしているのだ。
「私は、全てを、破壊する」
「そうか」
ミリアムは念を押すように、
「いいか! 絶対に何もするな! 本当に、お前の父親を怪物に変えてやる」
「もちろんだ」
彼女も、また、美しいものの一つなんだな。
俺は、彼女に言われなくても何もしなかっただろう。
父は長い間、孤独に耐え、アルフォンスという愛するたった一人の息子を待っているのだ。
会わせてあげたいではないか。
愛する息子が、王位につく姿をきっと見たいだろう。
そして、デーべライナー一族が、無惨に死ぬ姿も見たいだろう。
長い間、苦しんできた父の願いを、叶えてやりたい。




